第5話 隊長会議

 まず初めに隊長全員に二センチほどの厚さにまとめられた資料が配布された。

 一枚目には今回の会議の主題であろう『二〇四六年度――第一八回小隊長会議資料』と印刷されている。特にいつもと変わらない形式の書類だが、枚数がやけに多い。普段の五倍はある。


 岩野教官の話のもと、この会議は進行された。資料の初めにはだいぶ前に授業で学んだような世界の戦争の歴史が書かれており、黒雨戦争のことも当然載せられていた。どれだけの死傷者が出て、いまだ続く世界中の紛争でどれだけの人が苦しんでいるのかを再確認するような話がされた。


 なぜ今になってこのようなことを話すのか。おそらくこの場にいる生徒全員が思っていたはずだが、中将までいるピリピリとした空気の中ということもあり、誰ひとりとして疑問の声をあげる者はいなかった。


 資料の半分まで進み、今度は今後の計画表のようなものの説明に入った。


 ライアは首を傾げる。


 この資料には明日からの予定――午前四時を過ぎたところから細かく記載されていた。夜中からなにをさせられるのだろう。眠る時間はあるのだろうかとライアは心配した。


 岩野は予定を淡々と読み上げた。最初は眠くなってきた目をこすり、ただ目で文字を追っていたライアだったが、


 〇五〇〇【武器整備】


 〇六三〇【小隊員全員Zスーツ着用後、一階ホールに集合】


 〇七〇〇【リウェルト軍本部への物資補給開始】


 ――あたりから眠気も吹き飛んだ。


 今まで私語なく聞いていた生徒たちも流石にざわつき始めた。


「岩野教官、一体これは」


 生徒の問いを無視し次々と読み上げられていく日程。訓練であってもここまで詰まったスケジュールはない。分刻みの予定の読み上げについていくのがやっとだった。


 ミサイル搬入など、まるで戦争の準備をしているかのような作業が、明日の午前すべてを使って行われることになっている。


 そして最後のページにある日程を岩野が読み上げたとき、まだざわついていた会議室が一気に静まった。


「これは、訓練……ですよね」


 生徒の一人が静まった中で小声で発言した。


「訓練だ」


 岩野の答えに安堵の声が漏れるが、


「そのように――自分の小隊メンバーに伝えておきなさい」


 続く高津の答えで再び会議室内が静寂が包まれた。生徒たちの顔が今までにないほどに強ばる。


「情報が漏れないよう、この時間に小隊長だけに事実だけを伝えているのです。生徒はあくまで正規軍の準備とサポートを行なってもらいます。危険はありません」


 しばしの沈黙のあと、一人の生徒が口を開く。


「ちょ、ちょっと待ってください! 危険とかそういうことじゃなく……なぜ今こんなことをするのですか! これはこちらからどこかに戦争を仕掛けるということですよね? そんなことの手伝いなんて自分には――」


「この軍に――命を捧げているのではなかったのかな」


 高津が、座ったまま変わらぬ温和そうな顔で問う。


「その、通りです……しかし、この軍は戦いを終わらせるために作られたはずです。自分はその言葉を信じてこの学園に入りました。ですから……」


「この戦いは、すべての戦いを終わらせるためのものなのです。そう、非常に大切な戦いです」


 高津は立ち上がり、会議室内の生徒一人ひとりを見るように歩き出した。


「この戦いが終わったのち、諸君は正式にリウェルト軍に席を置くことになり、新たな世界で民を導くその一員になってもらいます」


「新たな……世界?」


 ライアは小さく呟く。


「今、それがなにか知る必要はありません。ただ我々本部の指示に従っていればいいのです」


 混乱していた。ライアだけではない。ここにいる生徒すべてがだ。


 日本が戦争を起こそうとしている。宣戦布告もなしに。


 理由は? 戦ってなにを得る?


 新たな世界? まさか人類を一掃しようとでもいうのか。


 自分たちだけ事実を言い渡され、仲間たちには嘘をつけという。


 知らず知らずのうちに、仲間に戦争――人殺しに加担させようというのだ。

 ふと、ライアの頭の中に一人の少年の顔が浮かんだ。


 ――俺さ、平和になった世界でお前たちと朝から晩までわいわいやるのが夢なんだよね。


 いつだったか彼と二人っきりになった時に言っていた言葉だった。

 これではその夢も、おそらく叶わなくなるのではないか。いや、きっと叶わないだろう。


「わたしは……」


 ライアはなにを話すのか考えずに立ち上がっていた。皆の視線が一斉に集まる。


「参加したく……ありません」


 本当はどうにかこの作戦を止めることができないかと発言したかった。絶対に無理だとしてもこの場にいる小隊長たちが同じ気持ちであれば、なにか変えられると思ったのだ。


「んん……困りましたね。君は……第一七小隊の琴宮ライアさんですね。資料も見ました。なかなかに優秀ではないですか。ちなみに君には家族は?」


「え……? 妹が施設に」


「ふむ。この戦いで当然民間人を保護させていただきますが、どうしても避難に遅れてしまう方々もいるでしょう。しかし、この作戦に参加する隊員の家族は優先的にシェルターへ避難してもらうことが決定しているんです。実はもう動き始めてましてね。君がここで作戦を降りるというのであれば、その枠をほかの方に譲ることになってしまいますが、さて、どうしましょうかね」


「そんな……!」


 高津は小さく微笑み、


「ほかのみなさんはどうでしょうか。この作戦を降りるという方はいらっしゃいますか?」


 当然挙手する者はいなかった。皆顔を下げ、黙っていた。


 もはや作戦は決定事項。生徒たちの意見でどうこうなるものではなかった。家族の命が関わっても拒否する馬鹿はいないだろう。なにより自分たちは安全だと保障してくれている。ライアは拳をぎゅっと握った。


「どうしますか琴宮隊長。あなただけ抜けたら仲間たちが心配するのではないですか? いや、小隊は隊長あっての小隊。あなたが抜けるということは、あなたの仲間も抜けていただくことになる。そうすれば当然、先に言ったように家族の保護は優先されなくなる。さて、時間がありません、決断してください」


 仲間たちに戦争の手伝いなどさせたくない。その気持ちは変わらない。しかし仲間には自分と同じく家族が残っている者がいる。家族のために学園に来た者がいる。


「わたしは、わたしは……っ」


 身体が震えだした。呼吸も整わない。


 高津の微笑むような視線が恐ろしい。自分には拒否権がないことを嫌でも教えようとするような、冷たい視線。


 こんな時、あの人だったらどうするのだろう。


 難しい問いかと思ったが、なぜか容易に想像できた。


 でもそれは自分には絶対にできない選択だった。

 ライアは会議室の後ろのドアまで一気に走った。その後のことまで考えずに、ただ逃げ出したかった。


「琴宮!」


 岩野がライアを止めようと叫ぶ。その声が聞こえても、もはや走り出した足を止めることはできなかった。


 会議室から出ると、自分の名を呼ぶ違う声も聞こえたが、誰かなんて考えることはできなかった。自分は軍のトップに近い人物に歯向かった。もうどうせここにはいられない。今誰かに捕まったら、きっと自分は暴れるだろう。駄々をこねるように――戦いたくない、と。


 自分のすぐ後ろから大きな足音が聞こえる。おそらく追っ手だろう。自分が戦争を始めようとしているこの軍に抗うためになにができるだろうか。明日の日程を思い出す。


 〇六三〇【小隊員全員Zスーツ着用後、一階ホールに集合】


 Zスーツが使えなければ、予定が少しでも崩れるのではないか。そう思い、ライアはZスーツ保管庫に向かった。

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