第4話 想い
二時間半前。
ライアは仲間たちとの夕食を済ませると、トイレで身だしなみをチェックした。
校則で髪の長さは意外に厳しくない。ライアは肩より少し伸ばした黒髪を、後ろでゴムで留めたり、時には左右で縛ったりと、気分によってヘアスタイルを変えている。
――こんなことしても、きっとあの人はなにも見てないわよね。それに今日はもう会わないし、別に髪なんてどうでもいいか。
今日はなにもせずストレートでいたため、はねているところはないか、つぶれているところはないか一応確認した。特に問題なさそうだったのでライアは時間を確認し、すぐにトイレをあとにした。
会議開始時刻は一九〇〇。あと五分ほどで始まってしまう。
――まったく、みんなといると時間が経つのが早い早い。
小隊の仲間たちとの会話を思い出し、つい顔が緩んだ。
小隊を結成したのはちょうど一年前、学園に入学して三~四ヶ月が経った頃だった。小隊メンバーは入学時の実技テストや訓練の成績を元に学校側で決める。
未来学園の一個小隊というのは、本来の軍隊にある小隊とは規模が大きく違う。自衛隊などの組織ではいくつもの分隊が集まってできるものを小隊と呼ぶが、この学園でいう小隊とは、せいぜい五から一〇名で構成された小規模な班のようなものなのだ。
そんな小隊がこの学園には三〇強存在する。
ライアが配属されたのは、その中の第一七小隊だった。
学園を巣立っていった先輩方のあとに、新入生五名のみで構成された小隊だ。
顔合わせ初日。まず目に入ったのは、どうしてここにいるか理解不能な金髪ピアスのチャラ男。欠伸をしながらだるそうに立っている。
次に目に入ったのはとにかく大きい怖そうなひと。その隣にはいかにも真面目そうな、メタルフレームのメガネをかけたひと。
そして最後に見たのは、この中では一番話しかけやすい印象をもつひとだった。どうしてそう思ったかはわからない。
それからあれこれ会話をした後、なぜかクジで自分が小隊長にされてパニックになった。
「いんじゃね。女の子がここにいるのも珍しいし、隊長なんてもっとすげーじゃん。まあ、なんかあれば俺らに頼れよ」
じゃあ自分がやれ。そう言いたかったのになぜか言えなかった。紫藤レイジという男は嫌味で言っているわけではなく、自分が隊長に選ばれて単純に嬉しがっているようだった。実際あれから仲間としてやっていくうちに、それが素であり、ただ単に馬鹿なのだと知った。
仲間と打ち解け、厳しい訓練をこなすようになって、一七小隊のメンバーと組めて良かったと思えるようにもなってきた。
最初は変なメンバーだとも思っていたが、それぞれ実力があり、特に紫藤レイジの動きは目を見張るものがあった。
教官たちへの態度が悪いけれど、それで処罰されないのはきっとそれのおかげなのだ。
いつの間にか、ライアはレイジのことを目で追うようになっていた。
この一年と少しで学園内の数多くの男に告白されたが、すべて丁寧に断った。この学園の男女比率は七:三である。
その少ない女子生徒の八割が衛生兵希望のため、ライアのように小隊に所属している女子生徒は数少ない。男が寄ってくるのも理解できた。
この学園に恋など必要ない。無事卒業すれば、小隊は解散しそれぞれ基地に配属される。そして年々危険化している戦場に放り出されるのだ。
この世界が平安を取り戻すまで、恋をすることは許されない。そう自分に言い聞かせた。
小隊が結成され一年が経ってもライアは恋愛の『れ』の字すらない状態だった。特に不満はない。憧れというだけで、叶って欲しいわけではなかった。
時々吐き出されるため息を聞いて、彼が話しかけてくれる。それだけで十分だった。
「はあ」
会議室に向かうまでに色々と思い出し、ライアは顔を赤く染めながらため息をついた。
第二会議室に着くと、隊長は八割ほど揃っていた。
教官の姿はまだないことを知りほっとすると、窓側三列目の端の席を見つけ着席した。
「よ、おつかれさん」
「おつかれさま」
「ねえ琴宮さん、今日俺さ――」
隣の男子生徒に話しかけられる。男だらけの中にポツンと自分ひとり女子という状況は最悪だった。毎回のことなので流石に慣れたが、初めからこんなことになると知っていたら、脅してでも隊長を変えてもらったはずだ。
周りの会話が耳に入ってくる。その大体が、こんな時間になんの会議をするんだろうといったものだ。ライア自身も気になっていた。こんなことは初めてだったからだ。
いろいろ考えていると会議開始時刻になり、時間ちょうどに岩野教官ともう一人――見知らぬ中年の男性が姿を現した。
軍服を着ているため学園内の人ではないことがわかる。階級章まではライアの位置から見えない。そのあと軍服を着た、おそらく護衛が二人入出し、最後にこの学園のトップである六〇歳くらいの白髪の男性――学園長が現れた。
学園長がこの会議に参加することも今までになく、ますますこれからなにが起こるのかわからなくなった。
「起立! 敬礼!」
当番の小隊長の一人が号令を出す。
「紹介する。リウェルト軍本部からお越しいただいた、高津久秀中将閣下だ」
学園長が軍服を着た人物の紹介を始めた。
中将とはどのくらいの立場だっただろうか。ライアは上から順番に記憶している階級を並べていこうとしたが、すぐに中将までたどり着き目を見開いた。なぜそんな方がここへ来たのだろう。
「休め。高津です。諸君の日々の努力はよく聞いていますよ」
休めという号令でライアたちは敬礼の右腕を下ろし、後ろで両腕を組んだ。
ニコニコとした温和そうな顔つきで話す中将を見てライアは少し安心した。
「なぜわたしがここに来たかを話す前に、諸君に確認したいことがあります。このメンバーはここ美来学園に入学し、少なくとも一年以上が経っているようですが、そこの君、君はリウェルト軍にすべてを差し出す決意はできていますか?」
指をさされた高津の正面にいる生徒は、いきなりの質問に一瞬戸惑ったが、すぐに答えた。
「は! この命はすでにリウェルト軍のもの。どんな命令でも従う所存であります!」
「うむ。いい答えですね。他の皆もそう考えていますか?」
その問いに全員が肯定した。
「では始めましょう。今夜は長くなる、座りなさい」
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