第1話 美来学園

黒雨こくう戦争』


 後にそう呼ばれるようになった世界大戦が終結して、六年の月日が流れた。


 戦後しばらく続いた大きな暴動やテロ行為は、リウェルトの登場から一気に減少した。


 それで、まずは崩壊した多くの都市を復興させること、人々が安全に暮らせる町を作ることを皆が目標とした。


 しかし、その願いも長くは続かなかった。


 安全というものを確立するのに、想像以上に時間がかかってしまったからだ。大半の政治家や警察関係者が亡くなったため、法律すべてが機能していなかったのも一つの原因である。


 よって人々は各々自分の良心に従って生きていくしかなかった。しかし予想通りすべての人がかつての法律を守ることは不可能で、窃盗などの犯罪から、殺人という大きな犯罪まで毎日のように起きた。


 さらに以前のようにどこからか入手した武器を使って人を襲い始め、各地で食料や金を求めた政府へのデモ行為や戦闘行為が繰り広げられるようになっていった。


 ついには治安を保つために設立されたリウェルトも、各地で起こる争いすべてに対応できなくなり混乱する始末であった。


 そこで次に政府が用意したものは、リウェルト軍の養成機関だった。


「美しい将来」を願って付けられた、『美来みらい学園』。


 圧倒的な武力。リウェルトは美来学園設立後、それを手に入れ始めた。戦いの知らせを聞けばすぐに駆けつけ終わらせる。戦意が沸かなくなるような軍事力で戦いを制していった。


                    ■□■


 それから更に四年。

 美来学園、とある一室。


 紫藤レイジは、怒りのあまり声を荒らげていた。


「なんでだよ! なんで俺たちはいつまで経っても戦場訓練に行けないんだ! 基準はとっくにクリアしているはずだろ!」


 一〇畳ほどのミーティングルームに響き渡る声は、レイジの左右で綺麗に整列している仲間たちの顔を歪めた。

 あちゃーという表情が見て取れる。


「確かに貴様たちのこの学園での成績は悪くはない。数ある小隊の中でトップクラスの成績だ。個々の能力が高く、順応性も高いところは評価できる。だがな紫藤、貴様のワンマンプレーが目立ちすぎている。これでは仲間を殺すぞ!」


「仲間を殺す? なに言ってんだよ、俺は――」


「ちょっとレイジくん! 教官、紫藤は――」


「黙っていろ」


 レイジが所属する小隊メンバー唯一の少女、琴宮ライアが弁解を図ろうとするが、目の前のスキンヘッドで体格の良い教官、岩野ゲンゴウの鋭い睨みにこの場は屈するしかなかった。


 歳は四〇歳前後。誰もが恐れる鬼教官として有名だ。


「紫藤、貴様はここに入ってなにがしたいんだ! 戦場で戦うのが夢なのか? もしそうなら学園ここを去るがいい! ここにそのような考えの輩を置いておくわけにはいかん! 自惚れるなよ、貴様などいなくとも戦場は十分に機能している!」


 レイジは歯を食いしばった。戦場に行くために自分たちはその教育と訓練を受けている。戦うためにここに入ったのは間違いない。だが今の問いに肯定することはできなかった。


 答えがないことを確認すると、岩野は鼻を鳴らし、大きな足音を立てながらこの部屋から退出した。


「……戦うことが、夢なわけがあるか」


「レイジくん……」


 レイジは下を向きギュッと拳に力を入れる。ライアはどう声を掛けていいかわからなかった。


「おいおいやめろよなレイジさんよー。殴られるかと思ってヒヤヒヤしたぜ。ま、あのハゲの質問は卑怯だよな。誰も答えられねーよ」


「ナツキ……」


 勢いよく肩に手を回してきた三倉ナツキも小隊の仲間であり、レイジがよくつるんでいる悪友でもある。規則が厳しいこの学園内で髪を金色に染め、ピアスをしているのはおそらくこの男だけだろう。


 その他の二人の仲間たちもレイジのことを悪く言うことはなかった。教官の言うレイジのワンマンプレーがどういう意味なのか、小隊メンバーが一番よく理解しているからた。


「みんな、悪いな」


 レイジは人が傷つくのを極度に恐れる。例え訓練であっても、仲間たちの危機に状況を考えず助けに行き、自分の担当外の敵に突撃してしまうのだ。


 それによって状況は悪化することはないにしても危険行為とみなされ、教官からの点数が低くなってしまっている。


「さ、行きましょう。そろそろ夕食の時間だし」


 ライアは時間を確認して皆にそう言った。レイジもそれに釣られて壁に掛けられている時計を見上げる。


「明日で一〇年か」


 時間と一緒に表示されている日付を見てレイジは呟いた。

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