第18話 大騒動の頁
今日も中庭では、金属のぶつかり合う音が響いている。
テオとバルトは陽炎と共に、灼熱地獄の中で舞っていた。
「やぁあっ!!!」
「甘い甘い!もっと本気出してこいよ!!」
今日は稽古ということで、リルは呼んでいない。
女子組は買い出しの為に、レアシスの商店街に行っていた。
「バ、バルト…そろそろ休憩したい…」
「そうだな、水取れ、水!」
テオは近くに置いておいた自分の水筒の蓋を開けると、やや乱暴に水を飲んで、口から溢れた水を手の甲で拭った。
口に水を含んだだけで、テオは水が体全身に染みこんでいくように感じた。
「お〜、良い飲みっぷりだなぁ!」
「お酒みたいに言わないでよ………」
「はははは!たまには酒でもいいんじゃねぇか〜?」
バルトはそう言いながらテオよりも豪快に水を飲み始めた。
「冗談じゃないよ…!僕まだあと一年は飲めないし!!それに僕、家系的にお酒弱いと思う…」
「…っぷはぁ!やっぱ動いた後の水は最高だわ!!」
「風呂あがりに牛乳飲んでるおっさんみたいな台詞だね…」
テオがそう言った丁度その時、玄関が閉まる音と、騒がしい程の足音が、中庭にまで響いてきた。
「おうおう、随分賑やかだな〜?」
バルトが中庭の入り口に目を向けると、しばらくして、リルが息を切らせて中庭に入ってきた。
「た………たい…たいへ…大変なんれす………」
相当疲れたのか呂律の回っていない口でそこまで言うと、リルはその場でへたり込んでしまった。
「リルどうしたの?!!!」
テオが駆け寄ると、リルはやや目も虚ろにしながら、必死に自分が来た方向を指さした。
どうやら体力の無い彼女が、それなりの距離を一気に走ってきたらしい。
「モ、モンス…ターの……大群が…商……店街に…」
「何だって?マジかよリル?」
真っ先に反応したのはバルトの問に、リルは
「アナスタチアの野郎、とうとうやり出したか…?おい、テオ行くぞ!レシカは向こうにいるんだな?リル?」
「一人で、全部…相手してます…」
「なっ…何で?!街の人は?!」
「レアシスの人間は基本、武器の持ち込みが禁止なんだ。その代わりに国の兵が、あそこの保護を担当してるはずなんだが…」
「そういうことか…分かった。でもリル、大丈夫?部屋まで運ぼうか?」
「私よりも…レシカさんのとこに早く行っへあえてくらさい…」
そこまで言われてもテオはリルが心配で仕方がなかったが、バルトにも
✽✽✽
「うっわ!?何これ?!!!」
テオは余りの場の壮絶さに思考回路が一瞬停止した。
店という店を沢山のモンスターが埋め尽くし、少し離れた場所から見ると、まるで点描画の世界に迷い込んだようだった。
その点描画に、時折、煙の線が入る。
レシカが、モンスターを飛散させて作っているものだと、直ぐに解った。
しかし、絵の具を水で滲ませた様にも見える煙が消えた後には、点描画がその下に再び描かれている。
暑さの影響もあり、とても目に
「やっべぇなこりゃ…国はまだ動いてねぇのか…?」
苦笑混じりにバルトはそこまで呟くと、アックスを構えた。
「つべこべ言っててもしゃあねぇな、やるか!」
二人は同時にモンスターの群れに突撃していった。
✽✽✽
「きりがねー…そろそろ飽きてくるわ〜…」
あの戦闘狂のバルトでさえ、こんな愚痴を零し始めたのは、戦闘を始めてから一時間は経つ頃だった。
――国は何やってるんだろう…レアシスと首都ってそんなに離れてた覚え無いんだけど…
そんなことを考えながら、テオはレシカの様子を見た。
一番戦い続けている彼女は、攻撃の威力は落ちていないが、明らかにスピードが落ちていた。
いくら彼女と言えど限界がある。
「レシカ、ちょっとだけでいいから、何処かへ避難して一旦休んだ方が――」
「話しかけないで。集中が切れるでしょ」
「…!いや…もう切らしてもいいんじゃねぇかぁ?」
そう言ったバルトの目線の先には、馬に乗った数十人の兵がいた。
「やっときたんだ…!」
テオは安堵で少し気持ちが楽になっていたが、ふと見ると、いつの間にかレシカとバルトの顔が険しくなっていた。
「「アイリス…?」」
テオは二人の声を聞いて驚愕した。
珍しく二人が声を揃えた事に――ではない。
いや、それも勿論珍しいが…
「ア、アイリス…て、あ、あの、アイリス女王陛下?!」
戦いながらその軍の先頭を改めて見ると、真っ黒な馬に乗った女騎士がそこにいた。
海のように深く青いショートの髪を
剣を片手にモンスターたちの中に自ら進んで入ろうとしている姿は、決して男に引けを取らない。
「か、格好いい……」
「余裕だな〜?お前、モンスターを片手間にできる程アイリスに見惚れたのか〜おい?」
「そういう訳じゃない!!」
そうこう言っている間に、小さな軍はモンスターを一掃し始めた。
三人では進行を食い止めるのがやっとだったものを、軍はものの数十分でモンスターを一体も残さず消していた。
人数は護衛隊程だろうが、やはり数というのは重要だと思い知らされる。
「良かった、これで一安心だ… ね?バ――バルト?」
「…………………」
気付けばバルトは、女王アイリスと見詰め合っていた。
いや、アイリスだけではない。
軍の全員が、バルトのことを凝視していた。
バルトの顔は、いつものように飄々としていたが、どこか取り繕っているようにも見える。
――いつものバルトの瞳じゃない…
何とも言えない、ピリピリとした空気が、テオの肌を打った。
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