第16話 癒やしの少女の頁-4-
逃げ出したリルは、目的地に向けて、示された通りの道を進んだ。
…いや、進んだはずだった。
「ここ…どこですかぁぁ……」
保身用の真っ白な銃を手に、リルはフラフラと森を彷徨っていた。
屋敷と別邸は国境ギリギリで分けられていたが、森を挟んでも馬車ならすぐの場所だった。
――が、馬車でしか別邸に行ったことのないリルには、今現在自分が何処にいるのか全く把握できていなかった。
そもそもその別邸に行ったことも十回に満たない程であり、それも最近の話ではないのだから仕方がないといえば仕方がない。
「ほ…ほんとどうしましょう…………」
恐ろしさに寒さも重なり、震えながら辺りを見渡すと、闇に包まれたこの森でも確認できる程の黒い物体が、視界の片隅に映った。
「…?何か鉄の臭がする……」
嫌な予感がしてその物体に近付くと、それは瀕死の狼だった。
横の腹から大量の出血をしていて、それは周りにある雪を鮮やかな紅に染め上げていた。
「大変?!」
リルは銃をしまって駆け足で近付くと、瀕死のはずの狼は、それでも人を近づかせまいと力の無い声で必死に唸った。
「ダメですよ動いちゃ!今治療しますから!ジッとしてて下さいね?」
優しくそう言って狼に手を当て、治療を始めた瞬間だった。
「ガルルルルルッ!!!」
と、後方から明らかな威嚇を示す唸り声が聞こえてきた。
驚きで手を離しかけたが、そこはなんとか堪える。
片手でも離してしまえば、治療しかけの傷には能力に対する耐性ができてしまう。
それを許せば二度と、この狼を救うことができなくなるのだ。
「悪いことをしようとしてるわけじゃないです!!お願いですから攻撃しないでください!!」
狼に何を言っても無駄なのだろうが、それでも必死にリルはそう叫んだ。
「…………グルル…」
唸り超えこそ小さくなるも、気配はどんどんリルに近付いてきた。
その気配は、リルの視界に入る位置にまで移動してきた。
見えたのは、正に純白。
真っ白な狼だった。
その狼は、治療を受けている真っ黒な狼と、少女の手元を、暫く見詰めていた。
何をしているのか、解ったのだろうか。
真っ白な狼は、少女には何もせず、ただ心配そうに黒い狼に擦り寄った。
体格からして親子ではないのだろうが、とても仲が良さそうだった。
「お友達さんが倒れて、心配だったんですね…」
「クゥン…」
まるで少女に反応するように白い狼が鳴いた瞬間、ガチャガチャと耳障りな足音が聞こえた。
「おい!こっちだこっち!!」
「ん?おい、あれ誰だよ?」
「おい、誰かいんぞ!!」
「ひっ?!!」
リルは再び思わず手を離しかけた。
胸元のバッジを見ると、それは確かにアナスタチアの兵のものだった。
――どうしましょう……?!
本来なら逃げるべきだが、この狼を見捨てるわけにはいかなかった。
「おいお前!そこで何をしている!!!!」
「おいおい、なんか狼増えてねぇか?」
「まじかよ、厄介だなぁ」
三人はリル、黒い狼、白い狼を順に見ると、揃って銃をそれぞれに向けた。
「おいそこの娘!」
「!!」
余りにも怖くて声も挙げられないリルに、兵士は続けた。
「その狼から手を離せ!」
人生初の命の危機を前にしても、リルはその手を離さない。
手を離せば、まだ傷の治りきっていないこの狼は、確実に死んでしまう。
「い…いや、です!!」
リルは震える声で言い切った。
「はぁあ?お前、俺達をなめてんのか!!!」
違う兵士がパンっと一発、リルの腕を撃つ。
弾は掠っただけで終わり、傷は能力による自己治癒で勝手に消えてしまったが、リルの心に恐怖を刻むには十分だった。
兵士たちは更にリルを追い詰めようと、銃口を一気にリルに集中させた。
「ガルルルルル!!!!」
それを見た白い狼は、リルの前に立って盾の代わりとなろうとした。
「だ、ダメですよ!!退いてください!!危ないです!!」
「は?!なんだよこいつ!友情ごっこ?」
「狼と?ぼっちかよ!」
「笑えるわ〜!
じゃあお友達さんと纏めて一緒に――」
「纏めて一緒に…何だって言うんだ?」
余裕をかましていた兵士たちは、最後にかぶせてきた男性の声に、顔面に雪玉をぶつけられたような顔をした。
「だ、誰だよあんた!!」
銃口は仲良く三人同時に、彼らの後方にいる一人の男性に向けられた。
突然現れた青年は、グレーの髪を掻きながら、何か企んでいるような光を、その黄色い瞳に湛えていた。
「おーいおいおい〜俺何の武器も持ってねぇよ?もう少し穏便に行こうぜ〜?」
「な、何なんだよ!俺達は任務中なんだ!邪魔すんな!!」
「つーかこいつ結構若くね?もしかして兵士か?」
「制服着てねぇのにんなわけあるか!」
さっきまでの余裕は何処へやら。
完全に三人は取り乱していた。
「あ〜、俺?俺兵士じゃねぇよ?」
「…じゃあ何だ?徴兵免れたのかよ?!はぁ?!!意味解かんねぇ!!」
だんだん、何か的外れな方向に話が傾いている気がする。
怒りや焦りから思考回路が上手く回らなくなってきているのかもしれない…が、半分は本心だろう。
だが確かに、徴兵制を敷くこの国で、彼くらいの歳の人間が兵をやっていないというのは不思議なことだ。
「もういいよこいつ、う、う、撃とうぜ?!な?!!許されるって!!」
「はぁ?!!お前がやれよ!!」
「や、やだよ人殺しなんて!!!!」
「「こんな時に善人振んじゃねぇ!!!」」
とうとう仲間割れ起こした彼らを見て、リルはどこかホッとした。
――もうこれなら危険性もそこまで高くは…
「あ、撃つか?撃つなら撃っていいぞ?」
――何てこと言ってるんですか?!!!!
余りに予想外な発言に、リルは声も出せなかった。
「お、お、おま、おま!!馬鹿にしてるだろ!!!」
「え?いや〜別に?」
「ふ、ふざけんなよ!!!撃てるさ!!撃ってやる!!」
「お〜頑張れ〜」
挑発的な態度に堪えきれなくなり、本格的に銃を構えだしたら兵士たちを見て、リルは顔を真っ青にした。
――どうしよう、三発も撃たれたら、助けられるかどうか……!!
そもそも、体に銃弾が残れば、彼が生き残っても治療ができない。
リルが必死に思考を巡らしている時だった。
「ぷっ…くくっ…ふっ…はははははは!!」
堪えきれなくなったというような、男性の盛大な笑い声が、森全体に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます