ファイブメン

@marukun3

第1話 4番 シューティングガード 佐藤飛鳥

 歓声と比例して全身から汗が噴き出した。コートに落ちるより早く前に走り出す。

 相手のミスに救われた。もしくは、今までの努力が相手の攻撃を鈍らせたのかもしれない。山家監督が大きな声で「走れ」と叫んでいる。


 残り10秒、1点差、マイボール。正真正銘これがラストチャンスだった。


 後輩の太郎がボールを運んでいた。俺は自分にできること、誰よりも早く前に向かった。同時にセーフティで待機していたガードが並走してくる。残りの相手は少しでも自陣に攻め込まれるのを防ごうとオールコートディフェンスを行っていた。太郎は絶対にボールをなくさないし、絶対にこっちに運んでくる。「バスケは5人しかいないからこそ、信頼とか他のスポーツと比べてより重要になってくるんだ。信じろ。そして、パスを出せ、受けろ」と監督は言っていた。

 そろそろだろうと俺は相手を全力で押し込む。相手が踏ん張っているのがわかるがじゃれ合うつもりはない。すぐに切り替えし、ボールに向かって一歩踏み出した。

 「先輩!」太郎が声をあげ、パスを出した。俺はそれをしっかりと補給する。新しく新調された人工の革製のボールの表面はとても荒く、それでいて敵味方関係なくその試合に出た全ての人の体温で少しだけ生ぬるくなっていた。ボールを持った瞬間、相手の監督が大きな声で叫ぶ。


 残り8秒。


 俺は相手と相対した。その時間は本当に一瞬だが、二人にとっては小一時間ずっとお互いの動作を読み合い尽くしたような感覚だったと思う。その刹那の中で俺は自分の身体を真っ二つにする。頭の先から股までを見えないナイフで切ったかのようにする。

 動かすのは左半身だけでよかった。ほんのわずかにだが、相手にはしっかりとわかるようにフェイントをかける。自分の技術と自陣に攻め込まれたら負けてしまうという責任感が、相手の身体をほんの少しだけ左に傾けた。ほんの一瞬だった。しかし、それで十分だった。俺は瞬間に腕半歩分右側にボールを。同時に左足を思いっきり蹴り上げる。ここからは、意識とかよりも、日頃の反復練習がなせる脊髄反射のようなものだった。右足と左足のかかとが同時に地面に着く。汗が縦横無尽にコートに落ちていたと思う。相手との距離は左側にずれた半分と、右側にけり込んだ半分で、1個分の間隔になっていた。それだけで十分だと俺は思っていた。


 残り6秒。


 身体の目の前からディフェンスがいなくなった。右手にあったボールを全力で左手にぶつける。騎手が最後の直線コースで鞭を叩いたような大きな音がなった。しかし、聞こえるのは俺とディフェンスのみだった。俺がフリーになった瞬間、会場のボルテージが上がる。「抜いた!」と息を漏らす観客が何人かいたはずだ。力強く叩きつけられ機嫌を損ねたボールをあやすように優しくしっかりと額の上に移動させる。何千回とやってきた動作だ。「右手と左手で作った正三角形の頂点にしっかりとバスケットボールを置く。あとは、腕をまっすぐに、そうひたすらまっすぐに伸ばすだけだ。なあ簡単だろ」と入部したてでシュートフォームが安定していない俺に監督が言っていた。腕をまっすぐに伸ばすという意識はあったがあとは自分の感覚だった。いつも以上に正確に腕を伸ばそうとした。その時だった自分の視界が相手のディフェンスで塞がったのは。


 残り4秒。


 相手が完全に追いついたわけではなかった。手だけ、手の指先だけだった。一歩分の開いた距離を全身を使って埋められた。しかし、ブロックには至らなかった。相手のこれまでの努力はこの一瞬のためにあったのかもしれない。左目に被さった相手の指先はいつものタッチを狂わせた。人差し指と薬指がわずかにいつもより長くボールに接着した感覚がした。しかし、放たれたボールはいつも通りに宙に弧を描いた。いつも通りにゴールに吸い込まれていったような気がした。そして・・・。




「先輩バスケやりましょうよ」

俺は、一瞥し酢豚を口に運んだ。

「えっと、どちら様です?」

「先輩僕ですよ!僕!久しぶりなのにひどいですよ。本当に覚えていないんですか?」

「すまん、全く覚えていない」というのは嘘だった。先輩と呼ぶ声に懐かしさを覚える。あの時から、2年の月日が流れていた。

「うわー残念だな。あんなに先輩にパスを出していたのに。でも、最後にあったの高校の頃だから2年前とかですかね。1年って365日じゃないですか。でも、2年だと730日なんですよ。なんか、割り切れてすごくすっきりしませんか?」

だから、もやもやした思いを抱えている人とあったりするのは2年後のときとかのほうがいいみたいですよ。と支離滅裂なことを言う。こんなところも変わってない。

「おいそれは一体どういうことだよ、太郎」とギロリと睨む。怒ってはいない。俺は赤い酢豚のソースをピーマンに絡め口に運ぶ。

「あれあれ、先輩そんな怖い顔しないでくださいよ。冗談ですよ、冗談。先輩と久しぶりに再開した嬉しさを隠そうとして適当なこと言っただけですよ。それより、先輩バスケやりましょうよ、バスケ」

「俺はもうバスケをやめたんだ。あの試合で俺のバスケ人生は燃え尽きたんだ」

「え!先輩もう燃え尽きちゃったんですか。あんな試合で燃え尽きちゃったんですか?」

ニヤニヤとこちらを見ながらわざと挑発してきている。俺はそれに簡単に乗らないようにする。

「ああそうだよ、もう終わったんだ」

「もったいなあー。先輩の腕なら、けっこういろんなところで通用すると思ったんですけどね。あの伝家の宝刀のシュートならそう止められるわけではないんですけどね」

俺はパイナップルに手を付ける。悪い気はしないが、その伝家の宝刀で自分のバスケ人生、あの時の最後の試合を断ち切ったのだ。

「しかし、お前なんでこの大学にいるんだ?たしか、進学した学校は池袋の方だろ」

「いやそれがですね。僕も遂に大学生になったので、やっと友だちができたんですよ。他大学、つまりここにいるんですけど。しかし、そいつがわけありの事情があってですね。簡単に仲良くできそうな相手ではないんですよ」

「そこで先輩に聞きたいんですけど簡単に仲良くなれる方法ってなにか知ってたりします」と勝手に前に座った。久しぶりにあったから、会話をしてやるか。

「突然急だな。仲良くなれる方法か」と同じような質問を友達が友達にしていたのを思い出す。

大半の大学生はこの回答に「飲み会」と応えるだろう。たしかに、お酒を挟むことで会話が円滑に進むことがある。しかし、それはお酒がないとなかなかコミュニケーションを行うことができないということではないだろうか。お酒を苦手な人だっているはずだ。仲良くなる手法としてお酒を介すのは、逃げなような気がした。そのため「スポーツ?」と口にした。

「スポーツ!さすが先輩わかってますね。僕もそう思ったんですよ。そこで、その子もできるスポーツを探していたんですよ。そして、その子が身長がすごく高くてですね。バレーかバスケを一緒にやったらいいかなと思ったんですよ」

俺はここでしまったと思った。続けて「だから、バスケをやろうと思ったんです。その時は、先輩もいたら絶対に面白いなと思ったんですよ」と太郎がカバンから一枚の髪をとりだした。

そこには、黒と紫色で派手に描かれた「3on3コンテスト開催!挑戦者求む」と大きく描かれており、バスケの神様もこちらを見ながら「楽しもう」と胡散臭そうなフォントで吹き出しをつけられていた。

「仲良くなるって言ってもいきなり大会にでるのかよ」初心者も急に試合にでても困るだろうと思った。

「やっぱりバスケの初心者には大会、試合が大事ですよ。スリーメンとか練習やってもあんまりおもしろくないじゃないですか、つらいし。それなら、試合をやってバスケの楽しさに触れてもらおうと思ったわけですよ。」

「それなら、いきなり試合にでるんではなくて、適当に人数集めて知っている人同士で試合やったほうがよくないか?初心者で試合でるのは少しかわいそうな気もするが」

「バスケやるのに10人も必要なんですよ?大学に入ったばかりの僕がそんな人数集められるわけないじゃないですか。一番仲良い知り合い先輩しかいないんですもん。友達100人できるのは小学生であって、大学生は友達10人もそんな急にできませんって」

そういうわけで声をかけてきたのか、俺とこいつとその友達の三人で3on3で試合をしようと思ったのか。試合なんてあの日以来一度もやったことがない。少しだけワクワクするが、それだけだった。試合、バスケはもうやらない。

「それなら俺が他のやつを紹介してやるよ。この大学にはバスケやってるサークルだってあるし、俺の同期のやつも紹介してやるからさ」

「いやですよ、それは僕バスケするなら絶対先輩とやろうと思ってるんですから」

突然前の前に現れて傷口をえぐってきた。いったいそんなに俺とバスケをやりたがるのは一体なぜなんだろうと思った。

「なんでそんなに俺とやりたいんだよ」

「だって、先輩となら絶対に勝てますもん」太郎は真顔でそう言った。

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