部活動Ⅹの複雑な事情、あるいは恋愛事情
@bananamen877
第1話
木々の枝で小鳥たちがさえずる素敵な一日の始まりに、王野勝秋の一言目はこうだった。
「頭脳を極め、運動を極めたオレに、足りないものはいったいなんだ?」
ちょうど登校してきたところだった佐古郷平は、自分の机の上にカバンを置いた。教室のあちこちで生徒たちが駄弁っている。喧騒のなか、佐古は椅子にどっしりと腰を下ろしてから答えた。王野に足りないものだって?
「……社会常識?」
「そうだ、恋愛だ」
王野は食い気味に言い切った。
いまさら佐古はため息をつく気にもならなかった。二年生に進級してかれこれ一か月、王野の奇矯な振る舞いにはもう慣れっこだったから。でも、代わりにこう言わないではいられない。
「お前はバカか?」
隣席の
「郷平の言う通りオレはバカだった。学園生活をバラ色に染めるためにオレはあらゆる犠牲を払ってきた。勉学にはげみ、筋トレにはげんだ。血のにじむ鍛錬によって五感を磨き上げたオレは健やかなる学生の鏡とでも言うべき男に仕上がった。だがな――」
演説気取りの王野はここぞとばかりにビシリと人差し指を立てた。
「本当の意味で学園生活を彩るものは別にあった。それすなわち恋愛なんだよ。空すなわちこれ色なり、学生すなわちこれ恋なり。オレは次に恋愛を極めようと思う」
王野の言うことがどれくらい信用できるか、もとい、どれくらい信用できないかはさておいて――佐古は思った。勉強や運動を極めたうんぬんは言い過ぎにしても、一年生のときから、すでに王野勝秋の名前は学校中に知れ渡っている。
テストの成績では常に上位十位圏内だし、体育祭でひときわ目立つ程には運動神経もいい。そのうえ奇行の目立つ変態として名を馳せている。まあ、それらが王野の努力の賜物かどうかはわからないけど。
佐古はそんな悪目立ちの化身みたいな男をじとっとした目つきで見た。
「あのな、恋愛なんて極めようと思って極めるようなもんじゃなし、第一それがそんなに重要なもんだとは思わないね、おれは」
王野はふふんと鼻を鳴らした。
「上から目線だねえ。それは世に聞く、経験者は語るというヤツかな?」
「バーカ。おれは恋愛未経験者だよ」
その言葉は嘘ではなかった。少なくとも佐古郷平本人にとっては。
「恋愛は無意味なんて、郷平に言われても説得力は皆無だな」
「無意味なんて言ってねーよ。ただ恋愛は付随品みたいなもんだろ? 性格がいいとか、勉強できるとか、運動できるとか、そういうステータスにくっついてくるもんだ」
「あと、顔がいいとかね」
「……とにかく、勉強も運動もできるお前がモテないってのは、それなりの理由があるってことだ。なのに恋愛だけ上手くやろうったって、そう都合よくいきやしないんだよ」
馬鹿には馬鹿なりの節度が必要だ。一人で悪ふざけする分には構わない。だが他人様に迷惑をかけさせるわけにはいかない。そういう佐古なりの配慮がつまった説教だったが、意に反して王野はうんうんと頷いている。
佐古はなんだか嫌な予感がした。ささやかな経験上、この頷きは「そうだな、恋愛を極めるなんて馬鹿らしい」と考えを改めた頷きじゃない。これは、そう、「やはりオレの言うことに間違いはない」の頷きに違いなかった。
「よくわかった。郷平の言う通りだ」
王野は腕を組んでもっともらしく首を縦に振った。
「一応聞いとくが、なにがわかったって?」
「恋愛を成就させるために、つまり異性を惹きつけるためには、それなりの理由が必要だってことさ」
言いながら王野はブレザーの内側に手をつっこみ、懐から一枚の用紙を取り出した。ひらひらと、窓から吹きこんだ風にはためくなにかの紙。
「というわけで、郷平にはオレの部活動に入部してもらう」
「はあ?」
困惑に眉をしかめた佐古は、このときまだ気づいていなかった。王野が迷惑をかけようとしている他人様――それが自分自身であるということに。
「ようこそ、我がボードゲーム部へ」
校舎中に、清々しい朝の終焉を告げるチャイムが鳴り響いた。
○
「そろそろ頃合だな。それでは今日はインディアンポーカーをするぞ」
部長の宣言に部室はしんと喝采を送った。つまり、誰も反応を示さなかった。
「ふっふっふっふ、それもただのインディアンポーカーじゃない。これは趣向を凝らしたパーティーゲーム、変則インディアンポーカーなのだ!」
静寂に包まれた部内でも覇気を失わないあたりが、やはり王野勝秋その人だった。
佐古は仕方なく読みかけのマンガを机の上に放り出した。
部室にはめずらしく部員が全員――仮部員も含めて――集まっている。
テーブルの一応の上座を陣取っているいつもどおりの王野。窓際の席で薄型ノートパソコンのディスプレイに目を走らせている福森。ぶ厚い本に熱中してまわりのことにいっさい気を散らさない様子がもはやちょっと怖い南雲。机を挟んで佐古の反対側に座っているのは、目下部活の参加率が最低を誇っている鈴木。
全員がそろっているのはある意味で異常事態だったが、その誰ひとり王野の話を聞いていないところはいたって通常営業なボードゲーム部だった。
それにしても、と佐古はちらりと目線を配る。その先にいるのは鈴木桃花だ。
細い足を組んでパイプ椅子に浅く腰かけているだけなのに、彼女の姿はなぜか様になっている。すっと通った頬の輪郭に、付き添うように流れる中性的な髪形。雑誌に視線を落としている長いまつげは柔らかいカーブを描いている。
あれだけまつげが長いと雑誌に影が落ちるんじゃないか、そんな馬鹿なことを佐古は考える。つい佐古が鈴木に見とれるのにはもっともな理由があった。
いったいこいつがここに顔を出すのはいつぶりのことだろう。
鈴木桃花はけっして不良生徒というわけではない。むしろ性格としては真面目な方で、真面目過ぎるせいで遊びがないと反感を買うこともあるくらいである。でもそれは委員長じみた真面目さというよりは、義をもって情を制すような、義理堅さが彼女の印象を決定づけているせいなのだ。
佐古が彼女を気にかけるのは、ボードゲーム部発足以来の二週間で、彼女が滅多に自発的に部室に顔を出さないというだけでなかった。
ぱたん、と音を立てて鈴木は雑誌を閉じた。それからぎろりと流し目で佐古を見て、佐古はその目つきの鋭さに、覗き見ていた後ろめたさもあって肝を冷やす。
そう、鈴木桃花と言えばその目つきの悪さを欠いて語ることができない。
「なに? 人のことじろじろ見て」
ひと睨みで発情期の猫も一発で黙らせるだろう。男子たちのあいだではそんな噂が根も葉もなく流れている。
「なんでもない」
素っ気なく言って佐古は顔を逸らす。ふん、と鼻を鳴らす鈴木は佐古に対して不機嫌そうに見えるがそういうわけでもない。彼女がイラついているのは、一体なにが目的かどうかわからない現状のもどかしさに対してで、そのことは佐古もよくわかっていた。
「やるならやろう。さっさと終わらせて、それで今日はお開き」
王野や佐古が声をかけても意に介さないくせに、なぜか彼女がそう言うと、冬眠から起き出してきた虫かなにかのように福森と南雲は目を覚ますのだ。王野の声は念仏のように聞き流していたのに、都合のいいことで。
王野はさっきから延々としていたゲームの説明が聞き流されていたことも一向に気にしていないふうで、ふむ、とうなずいてまた同じことをしゃべり出した。
「今日はインディアンポーカーだが、一味違うのはトランプを使わないところだ」
「あ、わかった」
そう言ったのは福森で、このゲームマニアはひとりでオンラインゲームでもやっていれば可愛い後輩なのだが、こと王野×ボードゲームの組み合わせに掛け合わされると、厄介な要領の良さを発揮する。佐古は早くもマンガを置いたことを早まったような気分になった。
福森は、なぜそんなものが用意されているのか、備品用の棚の中から白紙のフリップカードを持ってきた。お札のような大きさのボードで、水性ペンで書いてはクリーナーで消せるという代物である。
「これに書くんですね?」
「その通り。察しがいいな、慶太郎」
福森慶太郎は悪い気はしないとばかりに指で鼻をすすった。小柄の体もあいまってまるではなたれの少年のようである。
佐古も彼の無邪気さばかりは認めなければならない。打算だらけのボードゲーム部のなかで、福森だけが唯一純粋に、この部活動を楽しみにここに来ているのだから。
「今日のインディアンポーカーはおれたちでお題を決めてやる。つまり、お題に合った言葉をそれぞれが自分からは見えないように頭の位置に貼りつけ、会話しながら自分の言葉がなんなのかを当てるんだ」
王野はからからと楽しそうに笑った。
「され、それではお題はどう決めようかな」
王野の思案顔に、佐古は嫌な予感がする。
お題、という言葉がなにか不吉な兆しを見せているような気がした。それにお題を決める方法のことを考えると過去のことが蘇り、頭まで痛んでくる。
以前、鈴木を除く四人で部活動(という名の遊び)に励んでいたとき、どのゲームで遊ぶかということを決めるために人生ゲームのルーレットを回す順番を決めるために神経衰弱をするか七並べをするか決めるためにアッチむいてホイ大会が行われたことがあった。
最初は四人とも乗り気だったのだ。童心に帰っていろんな遊びを思い出していたし、熱がこもればその分だけわけもなく盛り上がることができた。
だが終わってみれば体力の消耗と、とんでもなく意味のないことをしていた虚無感に襲われて、全員が無口になって部室を後にした。全員とはもちろん、いついかなるときも、王野を除いて、の話だけれど。
はたしてあのときのような悪夢が再現されやしないかと、佐古はほんの少し怪訝に思った。でもそれは杞憂だった。なぜなら今日は鈴木がいる。
「じゃ、ひとり一個ずるお題を考えて。あとでアミダで決めるから。お題を考える時間は十分あればいいでしょ」
そう言って彼女は鞄からノートを取り出すと、ページ一枚を等分に破り、全員に配った。頭の回転が早いのか、するするとやるべきことが決まっていく。態度は目に余るところがあるくせに、こういう鈴木のソツのないとこが、佐古を幾度となくハッとさせるのだ。
とにかくゲームが始まる前に妙な袋小路に入りこむことはなかったが、佐古の安堵は気が早かった。それに鈴木の要領の良さもまだ爪が甘かったというべきだろう。
部が出来て間もない彼らは、まだ誰もわかっていなかった。
お題を好きに決められるような自由度の高いゲームで、大人しくしているわけがない男がいるということを。王野勝秋という名の袋小路の存在を。彼の目的が、きわめて馬鹿げたものでるということを。
○
佐古は友人が一人もいない寂しい男というわけではなかった。変人の王野がまとわりついているので、クラスメイトは誰も近寄ろうとしなかっただけだ。
逃げるように教室を出た佐古だったが、しつこいストーキングに負けて、中庭のベンチに腰を下ろした。小さな丸テーブルを挟んだむかい側に、王野は当然のように腰かける。
佐古は諦めの溜息をつき、逃避ついでに買って来た購買のサンドイッチを開封する。一方の王野はというと、持参していたらしい弁当箱をブレザーの懐から取り出して、テーブルに広げていた。
「で、部活動がなんだって?」
「郷平はオレと一緒に部活動をやることに決まった」
「そうか。おれはうんともすんとも言っていないわけだが」
「構いやしないだろ? どうせウチの部活動なんてそんな値打ちもない」
公立高校の中でも取立てて取り柄のないのがこの学校の特徴だった。駅のすぐ裏にあるから交通に便利なのは確かだが、中心街に出るにしても、県外に遊びに行くにしても微妙に遠い中途半端な場所にある。
王野の言っていることは概ね正しい。
自由な校風を説くこの学校では、部活動に力を入れていないばかりか、むしろ力を抜いている感すらある。
始業式の校長いわく「近年における当校の学力低下に懸念の意を」表し、ただでさえ偏差値が低いのだから焼け石に水なのだが、教員総出で学力重視に舵を切った一年目。それが今年度のことである。
佐古も王野には概ね同意見だった。ただ、一言だけは断っておくことにする。
「お前、そんなこと言ってると部活に命かけてる連中に殺されるぜ」
「オレは自分の意見を言ったまでだよ。本気で部活に価値があると信じているならそれでいいさ。それはそいつの自由だ」
「ふうん。そんな理屈で相手が納得するか?」
「血気盛んなヤツらにこんな話を吹きこむほどバカじゃないさ」
「ちなみに俺も一応、バスケ部所属なんだけどな」
王野は箸でつついていた弁当から顔を上げて、佐古がツナ・サンドイッチにかぶりつくのを見やる。そしてにやりと笑った。
「殴りかかるかい?」
佐古は黙ってストローの刺さったコーヒー牛乳のパックを手に取った。
「アホらし」
くくく、と王野はいびつな声をもらし、口の中に卵焼きを放りこみながら言った。
「だからこそ、お前がウチの部に必要なんだよ」
佐古は明後日の方向を見た。
東棟と西棟を繋ぐ連絡通路を超えた先に来客用の駐車場が、さらに奥に進むと正門の横に体育館がある。静まり返った体育館。王野の言いぶりに思うところがないわけではなかった。
佐古は目の前の男を見た。忙しなく箸を動かしながらも、貪欲に輝く瞳はこちらを射抜いて離さない。なにかわけのわからないことをまくしたてている。
王野はバカだ。一見すれば変人奇人以外のなにものでもない。
けれど同じクラスになり席を隣りにして一か月が経つと、わかってくることもある。
人を苛立たせても最後の一線がどこにあるのか知っている。存外に鋭いバカ。
少なくともこいつは嫌なバカじゃない。それが佐古にとっての王野勝秋という男のの印象だった。
「――そうして俺は考えたわけだ。女にモテるにはどうすればいいか? 答えは簡単だよ。ヒーローになればいいんだ。誰にも真似できない特別な存在に」
「それと部活になんの関係があるんだよ?」
食事を終えた佐古は、空になった紙パックのストローを噛んで、それを持ち上げたり下げたりすることで異論を訴えた。
王野はチッチッチと人差し指を振る。
もったいつけた仕草、芝居がかった手口。ギリギリまで人をイラだたせる名人。それが佐古にとっての王野勝秋という男の印象だった。
「察しが悪いな。ヒーローもとい特別な存在ってのはだな、要約すれば一芸に秀でた人間ってことだ。それでだ、学校という疑似社会における一芸ってのは、部活が最もたやすく象徴してくれる。だからこその部活なんだよ」
ストローの抜けた紙パックが草の上に落ちる。
「……大道芸部にでも入れば?」
大道芸部なんて存在している高校が他にあるだろうか。
しかしこの学校には存在する。他にも様々雑多なイロモノ部活動が。プラモデル部、スイーツ部、地質研究部などなどなんでもござれで、自由な校風はこんなところにも脈々と息づいていた。
「なにをバカな」
佐古の提案がお気に召さなかったらしく、王野は憤慨した様子で煮っ転がしの芋に箸を突き刺した。
「手品部に入ったら先輩がいるだろう?」
「まあ、そりゃあ、いるだろうな」
「それだと俺は特別じゃないだろ。最低でも〈この学校で先輩に次ぐ二番目に手品を嗜んでいる男〉に成り下がってしまう」
佐古は乾いた声で笑った。なんとなく先が読めたのと同時に、あらためて王野の自分本位さに呆れていた。
そんな聞き手の絶望を知ってか知らずか、俄然、王野の口調は滑らかになる。
「特別であるためにはナンバーワンでなけりゃダメだ。ナンバーワンのオンリーワンだ。部活に所属しようがベンチウォーマーじゃ意味がない。狙うはエースだ。エースのみを狙うのだ。エースを狙え!」
「……それで部活設立かよ」
「お、なんだ。急に察しが良くなったじゃないか」
浮かれる王野を無視して佐古はテーブルの下にかがみこみ、芝生の上から紙パックを拾い上げた。
「五千歩譲って部活設立には納得してやるよ。お前は女子にモテたい。だから新しい部活をつくる、と。いいな?」
「うむ」
「ところでだ。それならなんで〈ボードゲーム部〉をつくる?」
佐古は紙パックを握りつぶす。
「ヒーローでも特別でもオンリーワンでもなんでもいいが、〈ボードゲーム部〉で有名になったって誰も尊敬してくれないし、ましてや女子は惚れてなんかくれない。それじゃ本末転倒じゃないのか? 女にモテるための部活なんだろう? それくらいお前でもわかるだろうに、なんでよりにもよってボードゲームなんだ?」
佐古はサンドイッチの包装を結びつけたストローをつぶれた紙パックに差し、ゴミ箱目がけてそれを遠投する。元・紙パックは、ゴミ箱の縁に跳ね返されて無様に地面に転がった。
「バカめ」
丁重な手つきで弁当のふたを閉めると、王野は言った。
「オレがボードゲームを得意にしているからに決まっているだろう」
満腹のためか、王野はふんぞり返っていた。なんだか偏頭痛がしてきた頭を抑える佐古に、王野は話し続ける。
「そうか。よし、それじゃあこうしよう、郷平はなにがいい? 新しい部活でなにがやりたい?」
「いや、なにがいいって言われても……」
佐古は苦笑した。自分のやりたいこと、言われてみるとそんなもの考えたこともない。でも、もし、しいてひとつだけ選ぶのなら。
「あー……バスケ、とか……?」
「チッ! この健全なスポーツマンシップ野郎め」
悪態をついた王野はいつのまにかベンチの上であぐらをかいている。
「だがいいさ。お前にナイスアイデアがないなら設立するのは〈ボードゲーム部〉に決定だ」
王野は懐から折りたたんであった用紙を取り出すと、テーブルの上にそれを開き、胸ポケットに挿してあったペンでさらさらとなにかを書いた。
「これでよし」
佐古は眼前につきつけられた用紙を見た。部活動設立申請書類。乱雑な字で書類にはこう書いてある。〈団体名:ボードゲーム部〉。
王野はさらに書類の代表者の欄に自分の名前とクラスを書き入れると、ペンと書類を佐古の方に寄越した。
「……なんの真似だ?」
「書け。名前とクラスを」
王野は口をへの字につっぱって、毅然とした態度をみせた。
「だから、俺はバスケ部に……」
「この学校では運動部と文化部の掛け持ち、及び文化部と文化部の掛け持ちは禁止されていない」
「とは言ってもな、バスケ部の練習に毎日手一杯で……」
「うちのバスケ部は顧問だけでコーチも監督もいないそうだな。学校としても力の入れようは少ない。一週間で体育館を使えるのは半分だけなんだって? そのうえ伝統的に年功序列が幅を利かせてるから、上級生が卒業するまで試合はおろか練習もまともに参加させてもらえないとか」
佐古はぎこちない笑みを浮かべながら王野をにらむ。こいつはどこまで事情を知っているのか。腕を組んでしてやったりとばかりに眉を上げる王野が憎たらしかった。
「……よその部のことをよくご存じで」
「さる筋の情報だよ。ま、うちの学校にしては珍しく旧態依然とした部だから目立つと言えば目立つけどね」
脱力した佐古はどっかりと背もたれに体を預けた。
「そうだな、お前の言う通りだ。旧態依然っていうのはちょっと違うけどな。別に体育会系で後輩いじめが盛んとかってわけじゃない。ただ、体育館を使って遊ぶにはちゃんと並んで順番を待て――そういうルールなんだ」
パンと乾いた音をたてて王野が両手を打った。その顔は勝ち誇っている。
「さて、そういうわけで郷平が〈ボードゲーム部〉に入らない理由はなくなったわけだが……」
佐古は慌てて居住まいを正した。
「おいおい、ちょっと待て。いつも思うんだが、お前の言い分はいろんなものを無視し過ぎなんだよ。例えば今ならほら、俺の意思とか」
王野はむくれて低い声を出した。
「入りたまえ」
「嫌だよ」
「なぜだ! いいから入るのだ」
「むしろ俺がなんでだよ。嫌だって言ってるだろ」
「なんでもなにも理由などない」
嘘をつけ、と佐古は思った。王野はなんでもいいから自分を入れたがるような考えの薄っぺらいバカではない。バカはバカでも戦略的なバカだ。なんでもないだと? いや、なんでもなくはない。そこにはなにかきっと裏があるに決まっている。
やりたいやりたくないどうこうではなく、佐古は王野の悪戯癖を警戒していた。
「よし、わかった。ではこうしよう」
パン、とまた王野が手を打った。とはいえ佐古に手を打つつもりはない。
「おれとお前とでひとつ賭けをしようじゃないか」
「賭け? なんの賭けだよ」
佐古が身を乗り出すと、王野は先ほどの用紙を再びテーブルの上に広げた。
「新しく部活を設立するには顧問と、代表者を含めた五人の部員が必要になる」
王野は用紙を指でトントンと叩いた。
「今、この用紙に名前があるのは俺だけだ。顧問も合わせて残り五人。集められるかどうか、賭けようじゃないか」
「つまり、顧問と四人の部員を見つけたら、俺に最後の一人になれってことか?」
「その通り」
顎に手を当てながら佐古は考えを巡らせた。
「期限は?」
「そうだな。三日後まででどうだ?」
「もうすでに何人か話がついている、なんてことはないだろうな」
「安心しろ。部活設立を思いついたのは昨晩で、口に出して話したのはお前が一人目だ」
机の上に乗り出したまま、佐古は王野の表情を窺った。不敵な笑みを浮かべているが、それは普段と変わらないことでもある。
「それで、もし集まらなかったらお前はどうするんだ?」
「バスケ部の規律を自由にしてやる。試合にも練習にも、平等に実力で参加できるように」
ぎょっとして思わず佐古は鼻で笑った。
「冗談はよせよ。お前にそんなことできるわけないだろ」
「できるさ」
王野は自信に満ちた目をしていた。誰に頼らなくても自分だけを信じて生きていける強い意志。お得意のハッタリだろうか? 佐古の頭に疑問がよぎる。できるわけがない。でも知っている、そんな奇跡をやり遂げる人間は確かにいて……。
佐古は微笑んだ。
「……いいだろ。その賭けに乗ってやるよ」
王野もにたりと口角を上げて応じる。
「本当だな?」
「ああ。ただし条件は変えてくれ。もし俺が勝ったら――」
数秒だろうか、二人の間に会話の死角のような時間が流れた。
「それは別に構わないが……。本当にいいのか? もしかして俺がハッタリをかましてると思ってるのかもしれないが、望むのならさっきの件だって本当に」
「いや、いい。俺が今、一番心から望んでることだ」
両手を挙げて佐古が腹の内になにもないことを示すと、王野はいぶかしげな目つきのまま渋々と頷いた。
「そうか? まあ、郷平がそう言うなら……」
「つーか、他人の心配してる場合かよ。変人で有名なお前に、本当に部員なんか集められるのか?」
佐古の安い挑発に、王野はすぐさま尊大さを取り戻す。変わり身の早さには自他ともに定評がある男だ。唾を飛ばしながら尊大な男は言った。
「誰にモノを言ってるんだ? オレは王野勝秋だよ」
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