再臨
序章 現代編
1.蝋化病《フェイズ1》
「金くれよ姉さん」
「あらあら? この前お小遣いあげたばかりでしょう?」
「使いきったからくれって言ってんだよ」
「あらあら……。最近の若い子は活発的なのね」
片手を頬に当て首をかしげる姉。困った様子を見せながらも姉はいつものように引き出しから紙幣を取り出す。
少年は姉の差し出した諭吉をぶっきらぼうに掴み取った。
「何が若い子だ。お前だってやっと酒飲めるようになったばかりだろうが。さっさと恋人でも作れよ」
そう言い捨て玄関を出て行く。
「……あらあら」
彼女は一人呟いた。
「ごめんね、いっくん……」
家を出た彼は近くのゲームセンターに足を運んでいた。
ここは彼の通う高校から一番近い店で不良達のたまり場になっている。
格闘ゲームコーナーにたむろする集団に彼は歩み寄る。それに気づいたリーダー格の男子生徒が下品な笑みで声をかけ、ごつい手を馴れ馴れしく少年の肩に置いた。
「イーツーキくぅぅぅん。遅かったじゃねーか」
男にイツキと呼ばれる少年は先ほど姉から受け取った諭吉を差し出すと、それを見た男はにやりと笑みを漏らす。
「ちょうど金切らしちまってよ。助かったぜ」
「……こ、今月はこれで最後だから」
差し出された現金を受け取ると男の態度は雑なものになった。男は子犬を追い払うかのように手を数回振った。
「あ゛ーあ゛~わーってるよ。もういいからとっとと帰えんな」
一旦背を向けたイツキだったがすぐに振り返り、震えそうな声を必死に振り絞る。
「……な、なあ。今回で最後にしてくれないか、な。うち姉さんと二人暮らしで余裕なくてさ……」
「あ゛ぁ?」
物々しい視線がイツキに向けられ、目が合ったことを理解する頃には彼の視界は大きくブレていた。床に伏すイツキを見下すのは片足を蹴り上げた姿勢で立つリーダー格の男。彼の腹部には痛みが残った。
「なーに寝ぼけたこと抜かしてやがるんだ? 来月も頼むぜイツキくん? ギャハハハハ」
男に続いて取り巻きの男子たちもあざ笑った。だるい体を起こしたイツキは不協和音を背にゲーセンをあとにした。
その後、本屋で数時間過ごしてから帰宅したイツキ。
居間でテレビを見ていると台所の方から見慣れたエプロン姿の姉がやってきた。
「あら? 帰ってたのいっくん」
イツキは無愛想な顔をしかめた。
「……何度も言わせるな。やめろよ、その呼び方。俺はもうガキじゃないんだ」
姉は微笑む。
「ふふ、そうね。ごめんなさい」
イツキはあることに気づいた。姉の指から血がぽたぽたとたれている。姉に痛がる様子はない。この時彼は『またか』程度に思っていた。楽観的で、天然混じりな姉。昔から成績は優秀だったにも関わらずどこか抜けている。
それを理解している彼はやれやれといった態度だ。
「おい、怪我してんだろ。止血ぐらいしろよ」
「あらあら? ほんと。いつの間に切ったのかしら。うーん、きっと夕食の支度のときね」
「っち。そんなこと言ってる場合か。お前は椅子に座ってろ、救急箱取ってくるから」
イツキは足早に居間の方へ向う。
間もなくしてテーブルに救急箱をドンと置き、横に座る姉の手を取り消毒する。それを終えると余分な水分と血をふき取りバンソウコウを貼り付ける。
「うふふ、ありがと」
イツキは何も言わず顔を逸らした。
「……」
翌日、イツキの通う高校の昼休み。彼がトイレへ向かう途中、横には人だかりが出来ていた。ゲーセンに溜まってた男子生徒達だ。その中心にはクラスメイトのレイカもいた。
そのまま通り過ぎようとした彼にレイカの視線が突き刺さる。
「イツキ、あんた今日も一人飯だったわよね。いい加減友達作ったら? いつも教室の隅で目障りなのよ」
一瞬反応を示すが気に留めず前を横切った。その態度に顔をしかめるレイカ。
それを見ていたリーダー格の男は不満げだった。
「あんなクズ放っておけよ。つか放課後オレらとカラオケいかね?」
「え、ああうん。そうね」
放課後。校門を出たところでイツキは男達に囲まれた。その集団を仕切るのはあのリーダー格の男だ。
「おいてめぇ何オレの女に声かけられてんだよ?」
「は? な、なんだよそ、ぐっ……!」
イツキは有無を言わさずに殴られた。転倒した彼を取り巻きの男数人が蹴りかかる。
「口答えすんじゃねーよ。人の女に手ぇ出すとかクズすぎんだろイツキくん?」
そこへレイカがやってきた。
「あんたら何騒いでんのさ? そいつどうかしたの?」
「いやこいつ物分りが悪くてよ、体罰でも加えなきゃわからないみてーなんだ」
「ふーん。それよりカラオケはいいわけ? 時間なくなるわよ」
「おっといけねぇそうだったな。これに懲りたら気をつけろよイツキくん」
男を筆頭にばらばらとその場から立ち去る集団。
去り際にレイカは呟いた。
「あんた、カツアゲされてんでしょ。なんで教師に相談しないわけ」
地面に這いつくばりながら上半身を起こしたイツキは憤り混じりに言った。
「……っせーな。そんなことしたら姉さんにバレちゃうだろーが」
「うわきも。ただのシスコンね」
一分にも満たない二人のやり取りはそこで終わった。
立ち上がったイツキは慣れた様子で土をほろいカバンを拾うと、何事もなかったかのように家路に着いた。姉には何も言いはせずにイツキは床に就いた。壁にかけられた制服を、寂しい表情で見つめる姉に彼は気づかない。
数日後。
二人が夕食を済ます頃、居間のテレビには報道番組が映っていた。
『……男子学生が列車に飛び込み自殺。男子学生の父親は取材に対し、「学校でいじめがあった」と話していて、学校側は調査を始めた模様』
特にニュースには触れない両者。姉は箸を置くと手を合わせ、
「ごちそうさまでした。ほらいっくんも」
イツキは目を逸らした。
「言うかよガキじゃあるまいし」
「あらあら、うふふ」
食器を洗うため台所へ向かう姉。
直後、皿の割れる大きな音が響いた。それを聞いたイツキはすぐに駆け寄った。眼前の光景に彼は目を見開いた。
「姉さんっ!」
姉は床に倒れ込んでいた。その場にしゃがみ込んだ彼はうつ伏せ状態で倒れる姉を、上半身を抱き支えるように仰向けにした。
「……。私ったらどうして。……あら、ひどい顔ね。心配しなくても大丈夫、ちょっとつまづいただけだから」
不安な表情で見下ろす弟の頬に優しく手を当てながらそう言う姉。彼女の言うように目立った外傷はなかった。
「な、なんだよ……心配させやがって。念のため医者に見てもらうぞ」
「もぉ、いっくんは大げさなんだから。少し休めば平気だから食器洗いお願いしてもいいかしら」
「いいから大人しくしてろ。今救急車呼ぶから」
姉を壁際に座らせ電話をかけた。住所を伝え状況を簡潔に説明すると間もなくして窓の外で赤いライトが輝く。
自宅へやってきた数人の隊員は慣れた様子で姉を運び出す。イツキは唯一の家族として同乗し付き添った。
「あらあら、姉さん救急車に乗るの初めて」
無邪気に微笑む姉。その表情に少しほっとするイツキ。
受け入れ先の病院へたどり着くとすぐに診察を受けた。二時間ほど待たされた彼が案内されたのは隔離された特別入院室だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます