ヒバナは人殺しになりたがる 5

 心の声が聞こえてくる。

 殺したい殺したい殺したい。

 殺意は珍しくない。でもなにかおかしい。

 バケモノたちの声がやたら多い。殺したいとしか思わないやつらの声が。

 バケモノどもの数が増えている。それも、人殺しのバケモノだけが。

 ここ数日、私が仕留めたやつもみんなバケモノだ。

 多いときでは一日に三回もバケモノの相手をした。

 一度目は散歩していた人間を殺したやつを。

 二度目は買い物をしていた人間を殺したやつ。

 三度目は親子を殺そうとしていたやつ。

 なぜあいつらだけが急に増えだした?

 町は人気が少なくなっている。

 相次ぐバケモノたちによる殺人に、人間たちは自分の身を守るようにした。

 必要でない外出を控えた。学校もしばらく休みになるらしい。

 犠牲はなくならない。

 自分は関係ないと、家族の制止も聞かず遊びに出た若い人間は二度と家に帰れなくなった。

 バケモノがなんだ、仕事を休むんじゃないと、従業員たちに出勤するよう命令した仕事場の主は、通勤途中で殉職した。

 いよいよ外を歩く人間を、町で見かけなくなった。

 休みの日にはあれだけにぎわっていた大通りも、いまや死んだように静かだ。

 家に閉じこもる人間たちの心の声が聞こえてくる。

 恐怖、悲しみ、怒り、なにもできずただただ、ネガティブな思いを心に抱くだけ。

 私もいらだっている。ここ最近、全く人間を殺していない。

 バケモノを相手してもつまらん。やつらを殺しても笑えない。

 町をうろつくバケモノどもを見つけては、サクッと仕留めているが、きっとこんなことを続けていても終わりは見えん。

 何かあるんだ。やつらを大量に生み出している、何かが。

 ――背後に気配がした。ヤバイと瞬時に思った。

 振り向いたときには遅かった。バケモノはすでに殺されていた。

 真っ二つにされたバケモノの向こうに、見えた。

 あいつの姿が。


「ぼうっとしてちゃだめだよ、ヒバナ」


 ひゅんと剣をふりながら、あいつは私に言った。

 反論する。


「考え事をしていたんだ」


「それで周りが見えなくなっていたら、ぼうっとしてるのと同じだよ」


 反論、できない。

 黙りこくるが、あいつは話を止めなかった。


「気づいてる?」


「気づいてる」


「まだ何も言ってない」


「何を言いたいかわかる」


「本当に?」


「本当」


「言ってみて」


「断る」


「なんで?」


「お前とは話したくない」


 言い終えると同時に、右方向へナイフを投げた。

 バケモノの腹に命中、仕留めた。


「すごいね」


 言い終えると同時に、あいつは自分の背後に刀を突き出す。

 バケモノの腹を貫通、仕留めた。

 私は何も言わん。


「やつらの数、やけに増えてる」


 ほめられなかったことには言及せずか。


「わかってる」


「みんな殺すしかないかな?」


「なんで疑問文なんだ?」


「私はそうするしか思いつかないけど、ヒバナならもっといいことが思いつくんじゃないかなって」


「私を何だと思っている」


「私にはできないことができると思っている」


「どういう意味だ?」


「言葉通りの意味」


「その言葉は、私を非難しているようにも解釈できる」


「ごめんね。でもヒバナは私よりもがんばっている」


「何を?」


「この町を守ってくれている」


 この瞬間、私は心の中がドス黒くなるのを自覚した。


「ヒバナは私と同じ、いや、私よりも町のみんなを守ることに力を尽くしてる」


「この町では人かバケモノを殺した記憶しかない」


「みんなを守るためには、みんなを傷つけるやつを殺すのが当たり前だもの」


「この町の人間を守るためにやったつもりはない」


「じゃあなんのつもり?」


「ただの快楽」


「ちがう」


「ちがう?」


「ヒバナは私と同じ、みんなを守るために殺している」


 一瞬だった。

 あいつの体のど真ん中めがけて、ナイフを突き出した。

 一撃で仕留めるつもりだった。

 失敗した。

 私のナイフは、あいつの刀に受け止められていた。


「私と同じ・・・この言葉、そのまま返すぞ」


「ヒバナと私は同じ、意味が変わってないよ?」


「いいや、全くちがう。お前は私と同じただのバケモノだ。人殺しを楽しむだけのバケモノだ」


 自分の目が血走っていると、鏡を見なくてもわかる。

 それに比べてあいつは、やっぱりすましたような顔をしている。

 怖いなんて一かけらも思っていない。


「認めろ。みんなを守るなんて建前で、本当はただ人を殺すのが楽しくてたまらないだけだと」


 ナイフの切っ先と、刀の刀身が削りあう。

 お互いかなりの力をこめている。

 私は歯を食いしばっているが、あいつは眉一つ動かさない。


「それはできない。人を殺すのが楽しいとは思っていない。みんなを守るためなら人を殺すのが当然だと思ってはいる」


「それが建前だと言っているんだ」


「ヒバナ、私を殺したい?」


「でなけりゃ、なんでこんなことをする?」


「本当に?」


「本当だ」


「わかったよ」


 はじき返された。距離をとられた。

 

「ヒバナがそうしたいなら、全力で私を殺せばいい。だけど」


 あいつはゆっくりと刀を構えた。


「私は殺されるつもりはない」


「ああ、バケモノはバケモノらしいことをしよう」


 ナイフを構える。


「町のみんなを守るものを、大嫌いだという理由だけで殺してやる」


 お互い口を閉ざす。

 少しの間、じっと動かない。

 最初に動いたのは、私だ。

 正面からつっこむ、と見せかけあいつの直前で横に飛ぶ。

 あいつの後ろに回りこむ。

 ナイフを振り下ろす。

 失敗。うなじへの一刺しも刀で受け止められた。

 すかさず距離を離す。

 動きを読まれていた。

 振り向きざま、あいつは一気に駆け込む。あいつにとって絶好の間合いに入ってしまう。

 あいつが刀を振り下ろす。

 ナイフで受け止める。

 二の太刀が来る。

 なんとか受け止める。

 刃と刃がぶつかり合う衝撃が、私の左手にも伝わってくる。

 あいつは私を休ませようとしない。ひたすら刀を振り下ろす、振り上げる、なぎ払う、突く。

 めった斬りにする勢いで刀を振ってる最中も、あいつは無表情だ。

 防御しかできない。

 あいつの太刀筋は、速い上に重い。

 やはり認めざるを得ない。あいつは私よりも人を殺すのが上手い。

 正面から立ち向かっても勝ち目はない。

 なにか、考えなければ、あいつの不意を突く方法を。

 突然、あいつが足をなぎ払おうとした。

 スキを突いたつもりか? こっちにとってはチャンスだ。判断を誤ったか。

 高く跳んでかわす。あいつも私に続いて跳ぶ。

 二人とも家の三階あたりの高さにいる。

 空中で私と相対し、あいつは私めがけて刀を振る。

 しくじったな。跳ぶとき、私は少し前方に向かっていたのに対し、あいつは垂直に跳んだ。

 距離が詰まった。今、あいつは私にとって絶好の間合いにいる。

 ここだ。

 あいつの刀を持つ手を、右手でつかんだ。

 

「!」

 

 あいつが驚いたような声を漏らす。顔は無表情のままだが。

 あいつを引き寄せて、右手をひねる。力をなくし、刀を落とす。

 刀と同時に私とあいつも、地上に落ちる。

 刀が地面に突き刺さる。私とあいつも地面に着いた。

 あいつに馬乗りになるような体勢になった。

 あいつの手をつかむ右手は離していない。あいつは素手、こっちはまだ左手にナイフがある。


「もらう」


 つい声が出た。

 もうやることは一つ。

 ナイフをあいつに振り下ろす。

 ――――――――――――――――


「ヒバナ?」


 あいつが私に声をかけた。

 私は――いったいどうなっているんだ。

 あいつに突き刺そうと振り下ろしたナイフは、あいつの寸前で止まった。

 止まった? ちがう、止めたんだ。私が。

 どうして、こんなことになる。

 目の前がかすんできた。頭もクラクラしだした。息をするのもつらくなってきた。

 呼吸がどんどん激しくなる。意識がなくなりそうになる。

 なんで、こんなことになる。

 まるで自分の体を内側からえぐられるような、私が私でなくなるような、そんな感覚に苦しんでいる。

 体に力が入らない。

 ナイフが私の手から消えた。

 崩れ落ちるように横に倒れた。

 起き上がれそうにない。横になっても体は楽にならない。胸が苦しい。

 あいつの横顔が見える。こっちを向いた。胸の苦しさが増した。

 あいつが起き上がる。どうする気だ。

 私だったら――そばに刺さっている刀を手元に戻して、私にとどめを刺す。

 あいつはちがう。刀を手に取ることなく、私に手を触れた。

 あいつの手を払おうにも、そのための力が湧かない。

 抱き起こされた。呼吸は激しいままだ。

 今、私どんな顔してるんだろうか。あいつを威圧するような顔になってるだろうか。自分ではそうしてるつもりなんだが。

 あいつは、殺しあう間まったく表情を動かさなかったあいつは、私の顔をのぞきこみ、私のほほをなでた。


「もう、大丈夫だよ、ヒバナ」


 笑顔で私にそう言った。

 殺しあった相手に、あいつは笑顔を見せた。


「なにが・・・大丈夫だ・・・お前は・・・自分の身が危ないと・・・思わないか・・・」


 息を切らしながら、何とかあいつに悪態をつく。


「思わない」


 あいつははっきりと言う。


「私が・・・ナイフをもう一度出して・・・お前の胸でも・・・腹でも・・・突き刺すつもりだとは・・・思わないか・・・」


「思わない」


「なんで・・・そう・・・・・・何を根拠に・・・そう思う・・・?」


「ヒバナは私を殺そうと思ってない」


「ふざけるな!」


 苦しみながらも、必死で大声を出した。


「ふざけてない。ヒバナは私を殺そうなんて、心の中では思ってない」


「・・・はったりは・・・相手を選べ・・・わかってないなら言っておくが・・・私たち・・・人の姿をしたバケモノ同士なら・・・心を読むことはできない・・・」


 あのとき、親を殺された子供の家の中にいたあいつに気がつかなかったのもそのせいだ。


「わかってる」


「じゃあなんで・・・」


「顔を見ればわかる」


「なにを言っている・・・」


「心の中を読まなくたって、顔、特に目を見ればわかる。ヒバナの心はよく顔に出るから」


「はったりは・・・相手を選べと・・・・・・」


「今も、ヒバナ泣きそうな顔してるよ」


 ――――――――――――――――――

 思考が一瞬止まった。

 言葉が出てこない。

 あいつは私をいたわるような笑顔のままだ。

 突然、あいつが笑顔を止めた。

 何かを感じたようだ。私もそうだ。

 近づいてくる。たくさんの数を引き連れている。

 心の声が聞こえてくる。

 殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい

 囲まれている。

 人殺しのバケモノたちが、見た目からしてバケモノのやつらが、私たちを取り囲むように現れた。

 数が多い。

 これは、一巻の終わりというやつなのか? 私はますます体に力が入らなくなった。

 バケモノたちが近づいてくる。明らかに獲物は私たち。

 あいつはどうするつもりだ? ゆっくりと、優しく、私をどこかの家の壁にもたれさせた。

 立ち上がった。そばに刺さっていた刀が消え、あいつの右手に再び現れた。


「私たちの殺し合いをかぎつけてきたみたい。自分も混ぜろって」


「どうする・・・つもりだ・・・?」


「私はこの町に住むみんなを守る。当然ヒバナも守る。だから」


 あいつは瞬時に構えた。


「みんな斬る」


 神速という言葉を何かの本で見たことがある。

 今のあいつにふさわしい言葉だ。

 一匹斬ったと思ったら、すぐにもう一匹、またもう一匹、次々と切り刻んでいく。

 あいつ――はじめて会ったときよりも、強くなっている。私が一人殺す間に五、六人ってもんじゃない。

 多勢に無勢という言葉は、あいつには通用しなくなっている。

 おびただしい数のバケモノも、あいつ一人にまるでかなわない。

 次から次へと、バケモノたちが真っ二つにされ、消えていく。

 聞こえないはずの悲鳴が、聞こえるような気がした。

 さっきの笑顔はどこへやら、顔色一つ変えず、あいつはバケモノどもを斬っていく。

 その様を目に焼きつけ、私は――

 意識がはっきりしてきた。体に力がみなぎってきた。歯を食いしばる。

 若干ふらつきつつも、立ち上がった。左手を開いた。光と共に出現したナイフを握る。

 目が力を取り戻したことを自覚する。さっきのように、血走った目になっている。


「ようやくわかったよ・・・あいつが嫌いな理由が・・・至って単純だった」


 自分に言い聞かせるために、私は独り言を言った。


「人かバケモノかは関係ない・・・あいつが、ああやって刀を振り回して、何かを殺しているところが・・・一番嫌いなんだよ!!」


 私の心を満たすのは、殺意と――怒りだ。

 地面を蹴った。バケモノどもまで一気に駆け寄った。

 一刺しで仕留めた。そばにいたもう一匹をなぎ払った。

 まだ生きている。殺すまでズタズタにする。消えた。

 

「ヒバナ!」


 あいつが私の名前を呼びながら、一太刀でバケモノを斬る姿が目に映る。

 ――やっぱりそうだ。あいつが何かを斬る姿を見るとき、これ以上ない怒りと憎しみを感じるんだ。


「引っ込んでろ!」

 

 あいつに向かって叫ぶ。


「お前が刀を振り回す様なんか見たくない!」


「ヒバナを守るにはこうするしかない!」


「お前に守られたくなんかない!」


 背後のバケモノを刺す。二、三度刺して仕留める。

 前方にバケモノが迫る。下から斬り上げようとした。

 その前に、あいつにバケモノを袈裟斬りにされた。


「退け! こいつらは私だけでやる」


「やだ!」


 話は通じない。

 バケモノが群がっているところに突っ込む。

 ひたすらバケモノを殺し続ける。切り刻み、ズタズタにし、めった刺しに――

 ――体から力が抜けていく。目線を落とす。

 私の体を刃物が貫いている。

 しくじった。

 今度こそ、終わった。

 目の前がどんどん暗くなる。意識が遠のく。

 ――何も感じなくなる。


「ヒバナ!!」


 あいつの声だけが、耳に響く。

 最期に聞くのがあいつの声とはな・・・

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