ヒバナは人殺しになりたがる 3
町中を歩く。
やけに人通りが多い。今日は休みの日だったか。
人ごみは嫌いだ。騒がしい。いい気分はしない。
どいつもこいつも同じようなデザインの服を着ている。何かの軍団にでも入っているのか。余計にいい気分がしなくなる。
誰かと肩がぶつかりそうになった。ぶつかることなどない。
私の肩を人間の肩がすりぬける。すりぬけたほうは、違和感に気づいたらしく私のほうをふりむく。
私はそのまま通り過ぎる。なんだいまの、なにかおかしかったぞという騒ぐ声が聞こえてくる。
あいつ、この町に来たばかりか? 私たちのことを知らないようだ。
道の真ん中で騒いでるやつがいると、視線が集まりだした。面倒くさい。
ジャンプした。二階建ての家の屋根までひとっ飛びで飛び移れる。
視線が私に集まっているとわかる。
他の家の屋根、もっと高い建物の屋上まで飛び移るを繰り返す。
だいぶ高いところまで来て、後ろを振り向いてみる。町の景色がそれなりに見渡せる。
私にぶつかれなかったあいつは理解できただろうか、この町には人間の姿をしたバケモノがいることを。
心のゆがみとは便利なものだ。
自分がかわいくてたまらないとか、他人を傷つけたくてたまらないとか、人を殺したいとかそんなゆがんだ心にはバケモノを生み出す力がある。たとえ話じゃない本物のバケモノだ。
この町はそんなバケモノどもに追われた人間の受け皿となっている。ところがこの町にもバケモノが生息しているのが現状。
ただよそと違うのは、バケモノに対抗できるバケモノがいること。
この私もそうだ。
町で一番高い建物がある。時計塔だ。町の住人が時間を知りたいときに便利とされている。
そのてっぺんまで登る。流石にジャンプではいけない。建物の壁を走る。バケモノは重力に逆らえる。
高いところは嫌いじゃない。バカと言われても通じない。
一番高いところといえば、この時計塔より高い城を建設しようと計画し、実際完成にこぎつけたやつがいる。とんだ突貫工事でわずかな期間で建てられ、まるでマッチ棒で組み立てた工作をそのまま大きくしたような見た目が通の間で評判だった。
そんな豪華な城だったが、事故によって倒壊するという不幸に見舞われた。
しかしすぐに再建された。そしてすぐに倒壊した。でもまたすぐに再建、そして倒壊、それを何度も繰り返している。
運もあきらめも悪いやつがいたもんだ。
この前は完成した記念に、あるシンガーソングライターのライブ会場として使用されたが、演出で使うために、城の建築者自らあつらえた花火に問題があったらしく、歌手が登場すると同時に大爆発、城は全壊という事故があったそうだ。リハーサル中の事故だったので、人間の被害者はいなかったとのこと。
以上町のちょっとしたニュース。
時計塔のてっぺんに立つ。バランス感覚には自信がある。
町全体が一望できる。いい景色だ。だが景色を楽しみに来たんじゃない。
目を閉じる。声が聞こえてくる。のどから出す声じゃない。心の声だ。
私たちは心のゆがみから生まれたバケモノ。バケモノには特別な力がある。
人が心に抱く思いを感じ取ることができる。人の心の声を聞くといったほうがわかりやすいか。
とはいえ、心の中身を全て見通せるわけじゃない。じゃんけんやトランプで全戦全勝することはできない。
私たちが感じ取れるのは嬉しい、悲しい、腹立たしい、楽しい、といった感情と、あれが欲しい、あれがしたい、あれを殺したいといった願望だ。ただし具体的なことまではわからない。
誰かが嬉しいと思っていても、それは欲しかったおもちゃを買ってもらえたからか、嫌いなやつが死んだおかげなのかはわからない。人が誰かを殺したいと思っていることはわかるが、それが恋人の浮気相手なのかそこらへんの野良犬なのかはわからない。
私がなぜこんな声を聞きたがるか? お楽しみのためだ。
本来なら、心の声を聞くにも相手が近くにいる必要があるが、私には他のやつにはない特技がある。
聞こえてくる。殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、あっちこっちから聞こえてくる。
私は人を殺すのが大好きな思いから生まれたバケモノ。だからこそ、私は人を殺したいという思いを鋭く感じ取れる。
おかげで殺意に限れば、こんな高いところにいても町に住む人間みんなの心の中を全て見通せる。
殺したい殺したい殺したい、殺意を抱く人間なんぞ掃いて捨てるほどいる。
当然、問題は実行するかどうかだが・・・一つひっかかった。
殺したい、強いを殺意を抱いているやつがいる。あの辺りは・・・人通りの少ない道だ。殺意を抱いているやつは一人。
殺したい殺したい殺したい――行くか。
時計塔から飛び降りる。自殺ではない。バケモノは数十メートルの高さから落ちても無傷。
現場まで駆けつける。悠長に道を走る気はない。屋根から屋根へ飛び移り、壁を蹴って飛ぶ。
現場に近づけば近づくほど、殺意以外の心の声も聞こえてくる。
怖い、悲しい、悔しい――これは、殺されそうになっているやつだな。
もう一つ、殺したい殺したい殺したい――これは・・・予想通りだ。
現場に着地。そこにいたのは、腰を抜かして震える子供と――おでましだ。
異形のバケモノ、ゆがみの魔物。それも一番単純かつ危険なやつ。
人を殺すのが大好きという思いから生まれたゆがみの魔物。
私と同族だ。
震える子供に得物を振り下ろそうとするバケモノの背中にナイフをぶっ刺す。バケモノ、ピクピクと小刻みに震えただす。
ナイフを抜き、今度はズタズタに切り裂く。バケモノ、抵抗する暇なし。
バケモノは消え去った。死んだ。
消えたバケモノの向こうにいる子供の姿が見える。まだ腰を抜かして震えている。
視線は私の左手にあるナイフに向いている。
正義の味方なら、ここでナイフを収めて子供に手を差し伸べ「もう大丈夫だよ」とでも声を掛けるんだろう。
私はちがう。
ジャンプしてその辺の家の屋根へ。子供の視界から消える。立ち上がってキョロキョロする子供を尻目に、時計塔まで戻る。
面白くない。やはりバケモノよりも人間を殺したい。
時計塔の上から、人を殺したいという思いを抱いてる人間を探す。
こんな酔狂なことになぜ勤しめるのか?
私はバケモノ。人を殺すのが大好きという思いから生まれたバケモノ。
さっきのやつと見てくれがちがうだけの同じ存在。私が殺したいのは、バケモノではなく人間。
数日前の土砂降りの夜だった。バケモノは雨が降ったからって、家でおとなしくすることはない。
あのときも私はここで、心の声を聞いていた。そうして強烈な殺意を抱いているやつを見つけた。
たいていの場合、人間は殺意といっしょに、その土台となる感情を抱いている。
殺したいやつに対する、怒り、憎しみ、ねたみといった感情が大概だ。
中には、悲しみを抱くやつもいる。殺したい相手のせいで、自分はこの世で一番不幸な人間だと思っていたり、あるいは人を殺したいと思っている自分がかわいそうだと思っていたりだ。
問題は、殺意ってのはどんなに心がきれいな(と本人は思っている)人間でも心の奥底に抱くもの。
本当に人殺しを実行するとは限らない。
私のターゲットは、あくまでも人を殺した人間だ。心の声を聞くにもいろいろと限度というか制約があり、簡単にそんなやつらを見つけることはできない。
骨の折れる作業だ。さっきみたいに、ターゲットでないやつを見つけることもある。
人間は殺したい、憎い、悲しいという風に殺意とともに様々な感情を抱くのに対し、あのバケモノは殺したい殺したい殺したい、それしか心の中にない。
人を殺したいという思いから生まれたものなんだから、無理もない。
一応、あのバケモノを退治するのが、この町に住む同じバケモノたる私の役目らしいので、見つけ次第、このナイフの餌食にさせているのだが、誰に命令されたわけでもないのに、なぜこんなことをしているんだか。
さっきだって、先走りすぎた。子供が死んでから行ってもよかったものを。
ちなみに、人間も死んだ場合は最後に強く抱いていた思い一つだけを、永久に思い続けるようになる。墓場に入っても。
うれしいうれしいうれしい、悲しい悲しい悲しい、死にたくない死にたくない死にたくないといった具合に。
人間も死んでしまえばバケモノだってことだ。
あの墓守にそんなこと言ったら、今度は岩石でつぶされるかもな。
だいぶ話が反れてしまった――誰に向かって話してんだ? こんな心の中で。
まあさておき、あの土砂降りの夜、私はある殺意を抱いてるやつを見つけた。
ピンと来た。これは心の声を感じるのとは関係ない、第六感ってやつだ。――この言葉、人間に備わっている感覚を五感というのであって、心の声を感じるという六番目の感覚をすでに持っている私たちには当てはまらないような――私はそいつをマークした。
そいつの心の中が乱れ出した。あらゆる感情がごっちゃになって一つや二つに定まらなくなっている。
何かがあった。
そいつの心から殺意がなくなった。
代わりに、他の人間の殺したい殺したい殺したいという声が聞こえてくる。
やった、な。
私たちが感じ取れるのは、感情と願望だ。記憶は感じることができない。
「殺したい」という願望はわかるが、そいつが殺人を実行した後の「殺した」という記憶は私たちには読み取れない。
だが推理することはできる。殺したいという思いを抱いていたやつの心から、突然それがなくなったら・・・当然、まずは調べなくてはいけない。
誰かが近くにいるやつを殺した。殺されたほうは、加害者に対する殺意を抱いて死んだ。
これはまだ仮説、現場で捜査をしなくては。
私は現場に急行した。面倒なので、二階の家の窓を蹴破って入らせてもらった。
そこで見つけた。中年の男の人間の死体と、そばでたたずんでいる若い女。
女は私に驚き、怖がっていた。当たり前か。私はそいつに聞いた。
こいつをやったのはお前かと。
女は質問に答えず、外へ逃げ出した。逃亡は肯定だ。
雨の中、追走劇が始まった。
その後のことを考えると、私は楽しみで心がいっぱいになった。つい一人でハッハッハと大笑いをしてしまったよ。
逃げる女を挑発するようなことを言ったが、具体的にどんなことを言ったかは覚えていない。
そのうち女は転び、走れなくなった。私はそいつの肩をつかんだ。
そのときも何か、そいつをからかうようなことを言った。確か、「漫画や小説」というフレーズを使った記憶はあるが、やはり全部は覚えていない。
自分の言葉は覚えてないが、やつが言ったことは覚えている。
お願い殺さないでとまあ、月並みな命乞いだった。
私は尋ねてみた。お前が殺したあの男は誰だ? 女は父親と素直に答えた。
私はさらに尋ねた。なぜ父親を殺した? 殴られるからか? 恋人を認めてもらえなかったからか? と
女は答えた。
人を殺してみたかったと。
その後は尋ねてもいないのに、ほんの好奇心だった、やってはいけなかった、後悔しているなんてことを女は言いつづけた。
残念ながら、私にはわかる。その言葉は全てうわっつらだ。
その女の心の中には、つまらないという感情があった。悲しいでも悔しいでもない、つまらないだ。
私は確信した。女の本心は「人殺しはそんなに楽しくなかった」だ。
自分の親を殺しておいて、それはないだろう? だから、私はやるべきことをやった。
そいつの首をナイフで一なぎ。
首は体とつながったままだが、女の命は一瞬で終わった。
女は力を失くし、倒れた。
死ぬ間際に女は心変わりした。女の心を満たしたのは、怒りだった。
自分が殺されたことへの怒り。
私は――楽しさで心がいっぱいになった。
胸が沸き立ち、心躍るような感覚、そしてこみ上げてくるのは、笑い。
ハハハハハハハと大雨の降る真夜中の町中で、私は高笑いした。
つくづく痛感したよ。やはり自分は人間の姿をしたバケモノなんだってな。
数日前のことを思い出しているうちに、日が落ちてきた。
殺したい殺したいという声は尽きない。
どれもピンと来ない。実行する気のないであろう、弱い殺意ばかりだ。
たくさんの殺意が密集している場所がある。どの殺意も弱い。そこにあるのは何だ?
何かの工場か。
思うに、そこの現場監督か誰かが従業員を道具扱いするようなやつで、相当恨まれてるんだろう。
今は興味ないが、一応あの場所は覚えておくか。
殺意を持っているだけのやつに興味はない。やるならやはり、人殺しを実行したやつに限る。
そいつらは心のどこかで、自分は殺されることはないと思いがちというか、本気でそう確信しているやつも多い。
そういうやつらの盲点を突いてやるのが、この上なく楽しい。
人殺しが好きとはいえ、いや、好きだからこそ、どんなやつをどんな形で殺すのかはこだわりたいものだ。
ナイフをいじりながら、「捜索」を続ける。
日は完全に沈み、月が昇っていた。
ピンと来るものがあった。強い殺意だ。
待て、あの家は・・・確か前々から殺意を持っているやつが住んでいた。だが、いつまでたっても殺意が消えないので、最近は忘れていた。
これはうかつだった。そこに住んでるのは、連続殺人犯で一人や二人殺したぐらいじゃ、満足しないという可能性もあるじゃないか。
次はあそこだ。現場まですっ飛んでいく。
現場まで近づくにつれ、心の声が聞こえてくる。
殺したい、痛めつけたい、壊したい、こりゃ相当だな。
近くにもう一人いる。同居人がいるとは。
そいつの心は、悲しい、それに――愛おしい?
この愛おしさの相手は、殺意を持ってるやつか? どうやら、ゆがんだ人間関係が構築されているようだ。
壁を蹴って飛ぶ。現場までの距離を縮める。
なんだ? 心の声が乱れだした。一瞬、なにも聞こえなくなった。すぐにまた聞こえてきた。
怖い怖い怖い――これは、死人の心だ。
妙だ。死んだのは、殺意を抱いていたやつのほうだ。
もう一人のほうは・・・これは強い心の声だ。悲しみ、そして怒りに・・・恨み。
なにかおかしい。あの家で殺人があったのは間違いない。でもなにかおかしい。
殺したのは、同居人じゃない。
じゃあ誰が? どうしてそいつの心の声が聞こえてこない?
――胸がはりさけそうな思いがした。とてつもなく強烈な、嫌な予感だ。
あの家に行きたくなくなってくる。いやだめだ。ここで二の足を踏んではいけない。
あの家に何かがいる。何か、普通のものではない何かが。
行くんだ。例え何がいようと、あそこで人殺しをやったやつを、私が殺すんだ。
家の前に立った。
玄関のドアが壊れている。痕跡から判断するに、蹴破られた。
家の中に入る。
女の死体がある。
そのそばで号泣する、子供がいる。
そして、あいつがいた。女を殺したやつが。
血に濡れて赤く染まった刀を手に持つ、真っ白な髪をしたあいつが。
人を殺しても、眉一つ動かさないあいつが。
あいつが、私に気づいて振り向いた。
「ヒバナ、あなたも来てくれたんだ」
私の顔を見たとたん、あいつはほほ笑んだ。
嫌な予感は当たった。
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