ヒバナは人殺しになりたがる 2

 墓場ってのは居ると結構面白い場所だ。

 いろんな声が聞こえてくる。もちろん声といっても、耳で聞けるものじゃあない。

 そんな声を感じとっていると、どうしても笑いがこみ上げてしまう。滑稽なんだから仕方ない。


「笑うのを止めてくれないか?」


 おっと、笑い声を聞かれた。墓守に目をつけられてしまった。


「墓場を上から見下ろすのも止めてほしいな」


 墓守は、この墓場を囲む柵の上に立つ私を見上げて言った。目に力が入ってら。

 やだねー悔しかったら無理矢理降ろしてみろ、なんていたずら盛りの子供みたいなことを言うほどの幼稚さはないので素直に飛び降りる。

 そこそこな高さだ。人間だったら良くて足がビリッとなり、悪ければ――まあ、ねんざですむだろう。

 

「墓場での礼儀を知らないなら出て行ってくれ」


 かわいい声と荒っぽい口調で墓守は私に警告する。

 はい、すいませんでした出て行きますなんて優等生じみたことを言う気はない。


「わかることとわからんことがある。この柵の上に立っていたことは確かに、まっとうな常識にしたがって日々を生きようとするやつにはふさわしくない行動だ」


「僕の気に障るのは墓を上から見下ろすことだ。死したる人は尊い存在で、墓場は死したる人の神聖な寝床。偉そうに上から見下ろすなんて持ってのほかだ」


 この墓守は死人と墓が好き好きでたまらないので、こんなことをよく言い聞かせたがる。

 

「それについてはもう二度とやらないと反省しても構わない。だが全くわからないのは、なぜ墓場では笑っちゃダメなんだ?」


「墓場はただ静かに死したる人のことを思う場所でなければいけない」


「そうか、泣かないといけないか。ああ死んだ人はなんてかわいそうなんでしょう、もう人と話すこともできない美味しいものを食べることもできない、欲しいものも手に入れられないと大泣きしてやるべきだったんだな。じゃあ今からそうしよう」


「ふざけないでくれ。喜びも悲しみも抱かず、ただ静かに死したる人のことを思ってくれと言ってるんだ。泣くことで死したる人に敬意を抱いてる気になってはいけない」


「だが人間たちにとっては、人が死んだら泣くのが当たり前だ」


「みんなわかっていないんだ」


 墓守は目線を下げた。しょぼくれたか? いや怒っているのか。

 こういうときは相手の気持ちを思いやって、謝るなりなんなりして怒りを静めようとするもんなんだろう。


 私にはそれができない。


「私もわかってないな。お前の言うように静かに死人に祈ったって死人だって、うれしかないだろう」


「死したる人は喜びも悲しみもない中にいる。感情に流されることはないんだ。墓場では生きている人もそれにならうべきだ」


「そこだよそこ!」


 あからさまに墓守を指さしてやる。墓守、私の人差し指に目を見開く。


「お前は一つ誤解をしている。知らないのか? 死人にも心はあるんだ」


「わかっているよ。だがそこに感情はない」


「ちがうね。思うに、本当はお前もわかっているはずだ」


 少し歩いて墓守の後ろに立つ。墓守の、黒いフードを頭にすっぽりかぶる後ろ姿がよく見える。


「私たちは人の心を感じとることができる。人が心の中に抱く思い、感情だの願望だのは本人の知らないうちに外に出ていて、そこらじゅうを漂っているんだ。嬉しい、悲しい、腹立たしい、あれが欲しい、とかいう思いがな。心の声が漏れていると言えばわかりやすいだろ。人間はそんな心の声を感じることすらできないが、私たちは聞くことができる。もちろん耳で聞くわけではないが。ここまではわかるな?」


「わかるというか知っている」


「こっからが肝心だ。お前にとってショッキングな話かもしれないが、死人も感情や願望を抱いている。私は今もそれを感じている。わからないか? 人は死んでも、心の中で思うことは止められないんだ」


 墓守の返答は無言だ。

 こちらを振り向こうとしない。墓守の肩に私は手を置いた。


「しかも生きている人間みたいに、嬉しいときもあれば悲しいときもあるなんてことはない。死んだときに最期まで抱いていた思いを永久に思い続けるのさ。悔しいと思っていれば悔しいまま、嬉しいと思っていれば嬉しいまま、何かが欲しいと思っていれば欲しいと思っているまま。当たり前だ、何かを思ったところで死んだ人間には何もできない」


 墓守が首を私のほうに向けた。

 妙に顔が近くなってしまった。


「何を言いたい?」


「私が笑ってしまうのはそこなんだ。死んだ人間が感情を抱くことを止めていない様ってのは、私にとっちゃあ滑稽でたまらんのさ」


 墓守は私の手を払い、私と距離を取るやいなや、右腕を横に振った。

 とたん、先のとがった石が私めがけて飛んできた。

 飛んできただけで、私の目の前で止まった。そこで宙に浮いたままだ。


「なんのおつもりで?」


「今の言葉は死したる人への侮辱に他ならない」


 墓守の目がきつくなっている。黒いフードをかぶっていてもよく見える。


「撤回しろ。さもなくば二度と墓場に来たくないと思わせてやる」


 声も本人なりにドスを利かせていることが伝わってくる。

 声質のせいで、そこまできつくなってはいないと知れば本人は残念がるだろう。

 やってみろ、どんな目にあおうが私は自分の発言を曲げない、そんなことを言う勇敢さはないので両手を上げて相手の言うとおりにする。


「悪かったよ。申し訳ない。発言を撤回し、さらに心の底からお詫び申し上げたい。」


 墓守は私の言葉を信用していない。私も心の底からお詫び申し上げる気なんてない。

 しばらくとがった石が目の前で浮いている状態が続いたが、やがて墓守のほうが折れた。

 石は支えを失くし、コトンと地面に落ちた。


「今は許す。だけど、死したる人を笑うのが目的なら二度とここに来ないでほしい」


 墓守は強気の姿勢を崩さず、私に命令する。


「落ち着けよ。私もそんなことが目的でこんなところに来たんじゃない」


「じゃあ何をしにだ?」


「墓守ならわかるだろう? 墓参りだよ」


 墓守はきつい目を止めない。


「君が誰の墓参りをすると言うんだ?」


「苗字しか覚えていないんだ、確か・・・サイト・・・いや、サト・・・? やっぱり覚えていない」


 墓守のきつい目が崩れて、丸くなった。

 つい最近死んだやつの名前の頭文字は「サ」であることと、そいつと私の関係を知っているせいだ。私がそいつに何をしたかを。

 墓守は悩んだ。うつむいて私から視線を反らした。

 少し考えた後、視線を元に戻して私の目を見た。


「案内する。ついて来てくれ」


 墓石の建ち並ぶ石畳の道を、墓守の後ろをついて歩く。

 結構広い墓場だ。目的の墓石につくまで、そこそこ時間がかかった。まだるっこしい、墓石から墓石へ飛び移って移動したくなったが、そんなことをしてまた墓守を怒り心頭に発させるのは、私の得にもならんのでこらえた。

 目的の墓石の前まで着いた。名前は――やっぱり名前なんぞどうでもいい。

 墓の前まで来たものの、どうすべきか。


「墓参りに来ていながら、何をすべきか全く考えていなかった。花も供え物も何も持っていない」


「謝るのは?」


 墓守が私に言った。


「謝る? なんで?」


 とぼけてみた。


「この人は君に殺された」


 紛うことなき事実を墓守は告げた。


「ええ犯行に使用された凶器はこれです」


 左手に得物を握った。自慢ってわけじゃないが愛用品だ。


「やけにきれいだね」


「私らの道具だからな。血で汚れてさびることなどない」


「人を殺すことだけが目的って感じのナイフだね」


「ものを見る目があるやつは尊敬するよ」


「結構」


 優雅な会話は一段落し、少しの間お互い沈黙する。

 先に再び口を開いたのは私だ。


「またしてもお前の神経をさかなでるようなことを言ってしまうが、こいつは墓を建てるのにふさわしいやつだったか?」


「死は全てを平等にする」


「人を殺してみたいという理由で自分の親を殺したやつでも?」


「どんな人でも」


 数日前のひどい土砂降りの夜だった。

 とある人間が自分のただ一人の親を、その手にかけた。理由はさっきも言ったが、人を殺したかったから。一番近くにいた人が自分の親だったから。とてもすばらしい親子関係だったようだ。

 

「ほう、殺人事件の被害者と加害者が隣同士で眠っているな」


 ふと右隣の墓石に目をやったら、名字が同じだった。


「同じときに死したから。それと、どっちも被害者だ」


「被害者である前に加害者だ。被害者でしかない方はたまったもんじゃないな」


「死したる人は静かだ」


「耳をふさぐな――いや、心を閉ざすなと言ったほうが正しいか? いやそれより、殺されたほうが心に何を抱いているか本当に感じてないか?」


「・・・・・・」


「殺意だ。人を殺したいという思いがうずまいてる。主にこのへん」


 となりの墓石の上辺りを指をぐるぐる回して示す。

 墓守は何も見ていない。


「察するところ、この殺意の目標は自分の子供だ。わが子に殺された親の最期の思いは、わが子を殺したいか。本当にとてもすばらしい親子だったようだ。一方、子の方は、怒りだ。私に殺されても自分のやったことを悔やむことはなかったな。なぜ自分が殺されるのかという怒りがやつの最期の思いだった」


「笑うのをやめて」


「悪い悪い。あのときのことを思い出して、また笑いがつい・・・お前、本当に何も感じていないのか?」


「死したる人は喜びも悲しみも殺意も怒りもない」


「思い込みとは恐ろしい。あるものもないと思ってしまう」


 再び優美な会話を一段落させて、沈黙が訪れた。

 最初に沈黙を破ったのは――


「何の音だ?」


 不自然な音に私が耳を傾ける前に、墓守は走り出していた。

 がたんと重いものが倒れる音の後に、ザクザクと土を掘る音が聞こえる。

 私も墓守に続いて走る。

 足の速さでは私に分があるため、墓守を追い越した。

 どこに行くべきかはわかっているので問題ない。

 目的の場所まで、あとわずか。何が居るかもわかっている。

 ナイフを握り、前方へ投げる。

 当たった。

 その場所までたどりついた。

 私のナイフは見事、獲物をとらえていた。

 異形のバケモノ。そう表現するしかない姿をしたものが、倒れた墓石の前に開いた穴の前で、背中に私のナイフが刺さったままうずくまっている。

 手がやけにでかい。穴を掘るのにその方が楽なんだろう。シャベルみたいな形をしてるし。

 やるべきことはわかっている。バケモノの背中に刺さったナイフの柄を握り、もっと深く刺し込んだ。

 悲鳴があがった――というのは気のせいというかウソ。

 このバケモノどもには声を出すことができない。

 えぐりもした。声はしないが、そうとう痛がっていることは伝わる。

 こいつらが痛みを感じているかどうかはよくわかっていないが。血も出ないし。

 ビクッと体を大きく反応させた瞬間、バケモノはそこで静止した後、煙になったように、水が蒸発して水蒸気になったかのようにして、消滅した。バケモノは死んだ。

 面白くない。血の流れてないやつを殺しても面白くない。

 墓守が遅れてやってきた。


「やっつけたのか?」


 墓守が聞いたので「ああ」と答えた。


「すまない。あいつの相手は僕の役目なのに」


「ふん、気にするな。町の住人としての義務だ」


 死人を掘り出そうとしていたバケモノは、この町名物、人呼んでゆがみの魔物。

 様々な種類のバケモノがおり、さっきやったのは死人と墓場が好きで好きでたまらないという思いが生み出したやつだ。

 この墓守と同じだ。


「すぐに墓石を作り直さないと・・・穴は、よかった死したる人には届いていない。君のおかげだ感謝する」


「大好きな死人を侮辱したやつに感謝するのか?」


「それとこれと話は別さ」


 墓守はひざまずいて、頭を地面につけんばかりに頭を下げた。


「死したる人よ、僕の不手際であなたの墓石を心ないものに脅かされてしまった。心の底からお詫びし、あなたの墓石を元どおりに、そして前以上にりっぱなものにすることを誓います。本当にごめんなさい」


 十秒ほど土下座の体勢になっていた。

 この墓守は、本当に死人が大好きらしい。

 頭を上げると、墓守は穴を埋めた。

 手を使わずに。厳密に言えば、少し手を動かすようなことはしたが、土には一切手を触れていない。土が勝手に動いて穴を埋めた。

 この墓守の力だ。土や石を手を使わずに動かせる。

 そんなことができるのは、こいつもあのバケモノと同じ種類の生きものだからだ。


「また、なにを笑っている?」

 

「いや、あのバケモノとお前ではやることが全くちがうんだなと思って」


「当たり前だ。やつらは死したる人を自分のものにすることしか考えていない。僕は死したる人に心の底から敬意と愛情を示し、守ることを第一にしている。墓を作るのも、この墓場の番人を務めるのも葬儀を執り行うのも全てそのためだ」


 墓守は力説した。うわべだけの言葉なんかじゃない、本心を言っていることが伝わる。

 あのバケモノが大嫌いだということも。

 バケモノは死人を愛し、墓を掘り起こし(この町は土葬、墓守の主義だ)死体を自分のものにしようとする。

 この墓守は死人を愛し、墓石を自分で作り、葬儀も自分で開き、墓場を守る。

 このちがいは一体なんなんだろうか。


「お前がいつまでも自分の役目を果たせることを祈っているよ。じゃあな」

 

 用件は終わったというかもうここにいる理由はなさそうなので、私はきびすを返して立ち去ろうとする。

 そこで墓守は私を呼び止めた。


「まだ人を殺すつもりなのか?」


「当たり前だ」


 墓守の質問に私は即答する。


「バケモノだけを殺そうとは思わないか?」


「思わん」


「なぜだ?」


「人を殺せるのは、人もバケモノも同じだ。私は常にフェアなんでね」


「正義の味方のつもりかい?」


「そう聞かれれば、ちがうと答える。正義だの人のためだのこっちから願い下げさ。私は私を楽しませるだけにやっている」

 

「飽きることはないかい?」


「好きなことは簡単に止められないから好きなんだ。お前は死人を運んだり墓石を作るのを止めたいと思ったか?」


 墓守は返事せず。


「話が平行線をたどるとはこのことか・・・・・・じゃあ最後に一言だけ言わせてほしい」


「なんだ? そう前置きするからには一生心に残るような、ふかーい一言が聞けるんだろうな?」


「人の死は人の手によってもたらされるものではない」


 私は大笑いしてしまった。


「とてもいい言葉だ。だが一つだけ言わせてもらう」


「なんだ?」


「私たちは人じゃない」


 そう言うと墓守は黙りこくる――と思いきや再び口を開く。


「最後まで笑顔が崩れることはなかったね。今のは落ち込ませようと思って言ったのに、完全に逆効果だった」


「笑顔が私のとりえなのさ」


 話は終わった。歩いて墓場を出る。

 あいさつはちゃんとしておこう。


「じゃあな、また会おう墓守」


「シキだ」


「は?」


「僕の名前はシキだ。呼ばれるときに名前を使われないのは不愉快だからね。確か、前も教えたはずだ」


「あー名前を覚えるのは苦手だ」


「覚えるようにするんだ。人の名前を覚えないのはとても失礼なことなんだよ―― ヒバナ?」


 墓守のほうへ首が向いた。


「名前教えたか?」


 私にそんな記憶はない。


「人から聞いたんだ。君の名前を知っている人は君のほかにもいる」


「そうか」


 それが誰かを聞く気はないので、私は向き直り墓場の出口まで再び歩き出す。

 しばらく歩いたときだった。墓守の独り言が聞こえてきた。


「同じ人殺しでも、あの子のほうは話が通じるほうなのにな。いったいなにがあんなちがいを生んだんだか」


 一瞬足が止まってしまったが、またすぐに歩き出した。墓守は独り言を聞かれたことに気づいていない。

 あいつ、私の笑顔を崩せることを言えるじゃないか。

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