メイはいじめられたい
「この町に住んでいる限り、衣食住で困ることはない。だがこの町にはかつて私たちの社会に存在していたまともなルールというものはない。ゆがみの娘が私たちの命を守る。その代わりゆがみの娘が私たちに何をしても逆らうことはできない。やつらにとって私たち人間はペットのような存在なのだ」
――ある人間の語り
わからない人にはとことんわからない話なのだが、人にいじめられるのが大好きという人がこの世には結構いる。
体に直接与える暴力も、心を傷つけるようなひどい言葉も、いじめられるのが大好きな人にはこの上ないごほうびとなる。無論、誰からでもいいということではなく自分が好意を抱く人からという条件はあるのだが。
なぜいじめられることが大好きになってしまうのか?
何もされないよりも愛情が感じられるから?
大好きだと思わなければ心がおかしくなってしまうから?
でもいじめられるのが大好きというのは、心がおかしくなっているからそう思うのではないのだろうか?
少なくともこの世界では、いじめられるのが大好きというのは心のゆがみと見なされているようである。
ゆがみの娘のいる町にも学校はある。
ものを知らない子供をものを知らない大人にさせないために、そこそこものを知っている大人が子供たちにものを教えている。
ものを教えるだけでなく、世のため人のためを思う優しい心を持つ人を育てるのだという理念はあるのだが、それが現実になっているのかというと、そうではない。
人のあまり通らない校舎の裏で、一人の子供を複数の子供がよってたかって殴りつけ汚い言葉を浴びせている。
どうしてそんなことになったかなんて、この場にいる子供たち全員わかっていない。
殴られる子供にとっては、もういつものことになってしまっている。
大人に話しても、何も解決しないと確信している。
自分が殴られているとき、その様子を偶然遠くから見つけた教師が、自分と目が合った瞬間とっさに目をそらして、足早にその場を去っていくのを見た。
自分は一生このことを心に秘めたまま生きていくのだ、そんな後ろ向きな決意をして帰り道を歩いていた。
ジャラ・・・ジャラ・・・
金属を引きずるような音が聞こえてくる。
不気味な音に子供の足が止まる。
ヘヘヘヘヘ・・・
不気味な笑い声に子供の足が震える。
「感じるぜ。お前が心にしまおうとしている気持ち」
後ろから聞こえた声に振り向き、子供は何もできなくなる。
「その気持ち、俺にぶつけてくれよ。隠すことはないのさ――誰かをいじめたいって気持ちをな」
感情や欲望を心の中に閉じ込めようとしても、この町ではそれを感じ、自分の感情や欲望のために利用しようとするものがいる。
「さあがまんする必要はないぜ? 俺が何を言ってるのかわからないか? じゃあわかりやすくお願いするとしよう。――俺をいじめてくれよ」
そのゆがみの娘のほほ笑みは、子供には恐ろしいものにしか映らない。
「自己紹介してやるか。俺の名はメイ。さあ、お前は俺をどういじめてくれるんだ?」
メイはいじめられるのが大好きな心から生まれたゆがみの娘。
少女が自分のことを「俺」と呼ぶことには、そう目くじらを立てることはない。
金属製のアクセサリーを、やたらとたくさん身につけたかっこうは、メイの趣味。
その中で一番目を引くのは、手錠だ。
罪を犯したわけではない、かけているのはメイの意思。メイの趣味。
「こいつが気になるか? 気にすんなよ好きで着けているんだから」
子供の視線に気づいた、メイ本人の弁。
「そんなに痛々しくはないだろう? この通り鎖が長いんだから、こいつで縄跳びだってできる」
メイの言うとおり、手錠の鎖は引きずられて土の地面に後を残すほどの長さを持つ。
自由にされたいのか不自由にされたいのか、メイの考えていることはわかりにくい。
「アクセサリーのことなんかどうでもいいんだ。お前、誰かにいじめられているな? 顔についてる傷みりゃわかる。でもいじめてるやつに立ち向かう勇気はない。でも自分だけがいじめられるのは悔しい。だから自分と同じ目にあわせたい、誰かをいじめてやりたいと思っている。お前の心を感じりゃわかる」
ゆがみの娘は人の心をくみ取るのが上手いというより、心を読めると表現したほうがいい。
ただし、読めるのはゆがみの娘がそれぞれ強い関心を抱くものに限られる。
メイは人が誰かをいじめたいという心をよく読み取る。それ以外の心に大した興味を持たない。
「そんなことはない? そうやって自分自身の心を否定するのはやめろよ、悲しくなるだけだぞ? ここにお前にいじめられてやるって言ってるやつがいるんだ。人の好意は素直に受け取らないとかえって失礼だぞ? どういじめたらいいかわからないのか? じゃあそうだな・・・お、こいつがいいや」
メイはたまたま落ちていた、長めの太い木の枝を折って持ちやすくなおかつ振りやすい形にした。
人を殴りやすいように。
たじろぐ子供に、メイは木の棒を手渡す。
「よし、そいつで俺を思いっきり殴れ。思いっきりな」
子供から見たら怪しさ満点の笑みを浮かべながら、メイは子供に命令した。
子供は、自分は気が小さくて優しい人間だと思っている。どんな生きものであろうと、こんなぶっそうなもので殴るなんて考えられない。
「どうした? 何をためらってる?」
メイは子供を傷つけようとはしていない。
子供はメイを傷つけたくはない。
だがメイのかもす威圧感は、子供を恐怖でおかしくさせるのに十分だ。
「やれよ。俺を怖がるなよ」
メイの言葉に、子供はとうとう恐怖に屈した。
言われたとおり、子供はメイを棒でも思いっきり殴った。
バコーンと木の棒がメイの頭に当たった。
ここで「あれ? このシーンおかしくない?」と思った読者には、今までの物語をよく読んでくれてありがとうと感謝を述べたい。思わなかった人は興味があればでいいので、今までの物語を読んでほしいとお願いしたい。
ゆがみの娘は人間には傷一つつけられない。
本来は石を投げても、スッと石がゆがみの娘の体をすり抜けていくはずだ。
しかし実を言うとそれは、ゆがみの娘本人のさじ加減でどうにでもなる。
本人が望めば、人間が自分の体に触れることも、人間が使うものが自分の体に当たることも、人間が自分を傷つけることも可能になる。
もし人間がゆがみの娘に触れることができたら、その人間はゆがみの娘に大いに信頼されているという何よりの証となる。
もちろん、そう思わせておいて後で裏切るつもりということもありえる。
メイが自分自身を殴って欲しいと心から望んだから、子供はメイを殴ることができたのだ。
ちなみに、ゆがみの魔物も同じようなことができるはずだが、やつらが人間に傷つけられたいと心から願うことはまずありえないであろう。
閑話休題。望みどおり殴られたメイだが、なにやらムスッとしている。
怒っているのではない、不満なのだ。
「こんなんじゃ全然、痛くもかゆくもないってやつだ。棒が俺に当たる瞬間、急にスピードが落ちた。だから大してダメージがないんだ。お前なあ! 思いっきりやれって言ったんだから、ためらうことなく思いっきりやればいいんだよ!」
そんな怒りかたをされても、子供には理不尽なだけ。
「いいか。誰かを殴るときは、力よりも速さが大事なんだ。今度はとにかく棒を速く振るようにしろ、もちろん俺に当てるようにだぞ。いいか、速さが大事だぞ! 怖がるな! 途中でスピードを落としたりするんじゃないぞ! なに震えてるんだ、さっさとやれよ! じらすな! そんなの求めていない!」
一度恐怖に屈したおかげなのか、今度は子供に勇気が湧いてきた。
勇気をふりしぼり、子供は棒を捨ててメイから一目散に逃げ出した。
「待て! 逃げるな! 人が欲しがってるのに無視して逃げるなんてどういう神経してんだオイ!」
子供はもうメイの言葉に耳を傾けない。家に駆け込み、今まで経験したことを墓まで持っていくことを誓う。
ぽつんと一人取り残されたメイは、ただただ不機嫌。
「全くなんなんだ最近のガキは。誰かをいじめたいって気持ちを持っているのに、いざいじめて欲しいとお願いしたら急にビビリやがって。こちとらあいつの気持ちを汲み取ってやってんのに、向こうは俺の気持ちに応えようとしないなんて、コミュニケーションってもんがわかってないのか最近のガキは」
ぶつくさ文句を言いながら、メイもその場から立ち去る。
メイは子供のことを考えてこんな行動に出たのは間違いない。
その行動は間違ったものでしかないが。
とある日、子供はまたとぼとぼと学校からの帰り道を歩いていた。
今日は殴られはしなかった。だが教師に指されて問題の答えを言おうとしたとき、緊張してやたらとどもってしまった。
それを授業中のさなかにバカにされた。その一日中、ずっとそのことばかりをいじられた。
子供の心が傷ついてるのは明らかだ。
教師はその光景を、子供たちは無邪気なものだとしか認識しようとしなかった。
「またやられたんだな。お前の心から悔しさ、腹立たしさ、誰かをいじめてやりたいって気持ちが漏れてるぞ?」
子供が声をしたほうを振り向くと、誰かの家の塀の上に猫のように横になっているメイがいた。
メイが飛び降りると、着地のバランスを乱し、しりもちをついてしまった。
「いってーこの痛みはうれしくねえ~」
ふらつきながらも立ち上がり、メイは気さくな様子で子供へ歩み寄った
「よう、まずは謝っておくぜ。あんときの俺はちょっとフラストレーションがたまっててな、お前を怖がらせてしまったかもしれん悪かった。なに? 今のどういう意味かって? 言葉が難しかった? 要するにイライラしてたってことだよ。面倒なガキだな」
面倒なのはお前だと言う勇気は、まだ子供にはない。
「それはさておき、お前またこっぴどくやられたな。今度は体は無傷だが心の傷が深いな。言葉とかでやられたな? 悔しいだろ? 誰かを自分と同じ目にあわせてやりたいだろ?」
子供の肩に手を置いて、やたら顔を近づけて話すメイ。
ジャラリと手錠の鎖が体に当たり、ヒヤッとする子供。
「俺がその誰かになってやろうじゃないか。なあ?」
ゾッとする子供。自分はまた恐怖に屈するのかと冷や汗がふき出す。
しかし、恐怖と勇気は実は比例するもの。子供は再び勇気をふりしぼった。
自分がどんな目にあっても誰かをいじめたりしないと、メイにきっぱり告げた。
「はあ~? な~にを強がっているんだ? そんな自分の心を否定したって自分を追い込むだけだぞ。いいか、誰かをいじめたいと思ったなら、がまんしないでいじめたらいいんだ。そしてここに誰かにいじめられたいと心から望んでいるやつがいる。いいか? これはとっても簡単な話なんだ。だのにお前がわけのわからない態度をとるせいで、ややこしい話になっちまってるんだよオイ! ゴタクはいいな、一言だけ言うぞ。俺をいじめろ!」
メイは迫るも、今の子供には勇気もあれば自信もあった。
メイが威圧感を出しても、少し体を震わすぐらいでメイの目をまっすぐ見ることができる。
最終的に心が折れたのはメイのほうだ。
猫のケンカのように、目をそらして負けを認める。
「・・・どうやら俺とお前との考えのちがいは、こんな道ばたで議論しても埋まらないようだ。よし、場所を変えよう。ウマイ飯食わしてくれる店があるんだ。そこでじっくりとお互い話し合おうじゃないか?」
怪しい人についていってはいけないと、当然子供は教わっている。
無視して逃げ出そうとも思った。
だが子供は、やってることは完全に間違っているけれど、メイが自分を助けようとしていることは本当なのだとも思った。
だからこのまま家にかえってふさぎこむより、メイと一緒に過ごすほうがいいことなのかもと考え、メイについていく決心をした。
狭くてカウンター席が五つほどしかない、キッチンも客に丸見えの定食屋。
店の掃除は隅々まで行き届いている。
店員は一人、とっても美人な女性。
店の料理は、絶品の一言。
夕飯前に勝手に外で食べるのはよくないと子供は教わっていたが、においからして美味しさがわかることと、メイがおごってやるよと言ったおかげで誘惑に負けた。
「どうだ? いい味だろ? Sランクの味だ。俺か? 俺はいいんだ今は何か食いたい気分じゃない。へへ、こんなにいいもの食わせてやったんだ。俺に何かお返しをするべきだと思うのが、正しい人付き合いの仕方だとは思わないか?」
この誘惑には負けない。たとえ家の料理の何倍もおいしいものを食べさせてもらったからって、そう簡単には自分の信念を曲げられない。
きっと一生遊んで暮らせる金をもらっても同じこと。
「なあ、そのあつあつのスープを俺にばしゃっとかけるとか」
とメイが言ったとたんに、美人の店員がメイのほうに目を向ける。
「いや今のは、なしだ。忘れてくれ」
急にメイがひるんだ。
そんなメイを尻目に、子供はスープをすすりながら一つの考えを思いついていた。
本当は前から考え付いていたのだが、それを実行すべきかためらっていた。
しかしメイの命令に逆らうためには、もうこの手しかないと決意した。
子供はメイにお願いした。
自分をいじめていたやつらにいじめられてほしいと。
メイは渋い顔をした。
「それも俺は考えたんだ。だけど俺は弱いやつにいじめられるほうが好きなんだ。自分は強いと思っているやつよりもな。この気持ちわかるか?」
わからないし、わかりたくもない。
でもメイが(子供の思っていたものとは少々ちがうが)嫌がるようなそぶりを見せたのは、むしろ子供を安心させた。
メイを自分の身代わりに差し出すようなまねをしても、心が痛くなる。
たとえメイ本人が心から望んでいても。
それでも痛い目にあいたくないという気持ちのほうが勝る子供は、メイに食い下がる。
力強く、一生懸命訴えたのが効いたのかメイは折れた。
「わかったよ・・・自分の望みが常に100パーセント叶うと思ってちゃいけない。お前じゃなくて、お前をいじめてるやつらからいじめられるとしよう。話は終わりだじゃあな。オイ代金置いてくぞ」
もう自分が欲しがってるものを与えてくれないとわかったとたん、メイはあっさり子供に関心がなくなった。
カウンターに数枚のコインを置いて、釣りももらわずにそそくさと店を出てしまった。
そのさまに子供は思わずスプーンを握ったまま、ポカンとなってしまう。
「あんなのと付き合ってちゃダメよ」
店員が突然口を開いた。
おっとりとした様子とは裏腹に毒づいた口調だ。
「おい! 誰かをいじめたくてたまらないやつ、あるいは誰かをいじめてるやつは俺んとこに来い! 隠してもわかるぜ。俺は人の心に敏感なんだ。オラ! さっさと来やがれ!」
子供たちの集まっているところにいきなり、自分の手に手錠をかけた女が押しかけてきた。
そいつの言っていることに後ろめたいものを感じた子供は、身の危険を感じてその場を離れようとした。
それは大失敗であった。
ジャラと鎖と地面がふれあう音が鳴り、子供は自分の襟首をつかまれた上に足と地面が離れていくことに恐怖を覚えだす。
「逃げ出すってことは、お前は俺が言ったことに当てはまるってことだ。ふん、聞いてた特徴とほぼぴったりだ。俺はお前とその仲間たちに用がある。いやな目にあいたくなけりゃ素直に俺の言うことを聞け」
いじめをしていた子供をつかんだまま、メイはどこかに行こうとする。
その子供の取り巻きで同じくいじめをしていた子供がメイを止めようとするも
「こいつが大事なら俺についてこい。それしか選択肢はない」
という言葉に恐れを抱き、メイの言うとおりにした。
子供たちをどこかに連れ去ろうとするメイの姿を見た誰かが叫ぶ。
変態だ!
「さあ、難しいことはぬきだ。俺がお前らに求めるのは一つだけだ。俺をいじめろ」
人通りの少ない場所に連れてこられた子供たちに、あぐらをかくメイの口から出たことは全くの予想外。
てっきり自分たちがいじめていた子供の差し金で、自分たちがひどいめにあわされるものだと、ここでどんな目にあってもそいつに倍返ししてやろうとまで思っていたのだが、その計画は根元から崩れ去った。
「普段からやりなれてるんだろ? ほら、この棒で俺を思いっきりぶったたいてくれ。速さを意識しろよ」
にたにたと笑うメイから投げ渡された、太くて長い木の棒を、リーダー格の子供がキャッチした。
そいつは今自分が置かれてる状況を頭の中で整理した。
自分は今、命令されている。この手錠をかけられている女に「俺をいじめろ」と命令された。
自分をいじめろと命令するやつなんて考えられない。
「じらすな。そういうのは嫌いなんだ。お前は人をいじめるのが好きなんだろ?」
その通りかもしれないが、自分がいじめるのはあくまで自分の気に入らず、絶対に自分を攻撃しないやつに限る。
でもこいつの言うとおりにしないと自分がひどい目にあうかもしれない。
でもこいつの言うことを素直に聞くのはなにか気に入らない。
いじめられたいくせにエラそうにするなんて、そう思うとだんだん腹が立ってきた。
あくまで自分なりの方法でいじめてやる。そう判断した子供は、棒で殴らず、石を投げつけるという手段をとった。
そこそこ大きめの石を拾って、メイの顔を狙って思いっきり投げてやった。
ゴチンとメイの頭に石が当たり、カラカラと地面に落ちていく。
これは子供にとって、人生最大の失敗であった。
メイが鬼の形相をした。
「てめえ・・・なんで俺の言ったとおりの方法で俺をいじめなかった?」
尋常でないものを感じる子供たち、ただ足をすくませるだけ。
「棒で殴ってくれと言ったのに、なんで石を投げた? なぜそんなことをした? 俺の言葉がわからないほどお前は国語の成績が悪いのか・・・? オイコラッ!!」
ゆっくり立ち上がると思った瞬間、メイは石を投げた子供に詰め寄り自分を縛る手錠の鎖で、その子供を締め上げだした。
「俺はいじめられるのが大好きだ! だが、どういう方法でいじめられるかはあくまで俺が決めることなんだ! お前は俺の気持ちを踏みにじった!」
ぎりぎりと体を締め付けられる子供に、できることはなにもない。
助けを求めようとしても仲間たちはとっくに逃げ出してしまった。
「俺は人をいじめるやつを常に求めているが、俺が人をいじめるのはだいっきらいだ! こんなこと本当はしたくないんだ! だけど反省すべきはお前だ。俺にこんなことをさせたことをな!」
締められているのは首ではなく胴体だが、子供はもう自分はおしまいだという気持ちでいっぱいだ。
涙を流すしかできることはない。
「なぜだ? 棒でたたいてくれとお願いしたのに、石を投げたりした? 工夫をすることで、俺がむしろ喜ぶとでも? そういうのは相手が求めてるものを渡さなきゃ意味がないんだ! お前は人付き合いってもんがわかってないのか!? お前の家族や学校ではそういうことを教えていないのか!」
何か思いついたメイは、子供を解放した。
「そうだな、お前が全部悪いわけじゃない。本当の悪はお前に正しい人との付き合い方を教えない大人たちだ」
そのまま子供をほったらかして、走りさっていく。
子供は息を切らし、顔を赤くしてその場にへたり込んだ。
自分の足で立てるようになるまで長い時間が必要になった。
その日起きたことは、学校、いやゆがみの娘のいる町にとって忘れてはいけない話になった。
もちろん、ネガティブな意味で。
このことをきっかけに学校に行かなくなる子供が増えたことは、決して忘れてはならない。
このことに直面した大人たちの対応は十分と言えるものではなかったことも。
ずかずかと学校に乗り込んできたメイは、職員室に乗り込み作業をしていた教師たちに向かって
「お前らは一体何をガキどもに教えてんだァ!?」
と一喝。
わけがわからない教師の一人を、メイは縛り上げ
「お前らはガキどもにまっとうなコミュニケーションってもんを教えていないのかッ!」
と怒鳴りつける。
乱入してきた変質者をなんとかしようと、別の教師がメイをつかもうとしても、すうと手がメイの体をすり抜けてしまう。
ゆがみの娘だ。どうしようもない。
教師たちは自分の身を守ることを優先した。
「いじめられたくないと思っているやつをいじめて、いじめられたいと思ってるやつをいじめない! いじめてもいじめられたいやつの気持ちを考えない! こんなガキに育てのはどこのどいつだ!?」
今、あなたが締め上げてるやつですと教えることができるほど、教師たちはものを知らなかった。
そんな騒動があった、その翌日のこと。
<誰かをいじめたいやつはこの教室に。いじめられるのが大好きなやつ在室>
という張り紙が空き教室の戸に勝手に張られ、その中には張り紙の通りいじめられるのが大好きなメイが気の向いたときにここに居座るようになった。
いないときは「在室」が「不在」に変わる。
学校という場所はメイが欲しがるものをもつ人間が、結構多い。
そのことに気づいたメイが、誰の断りもなくこんなことを始めた。
メイの思い通りに物事は、上手くいってはいない。
子供たちにもあのときメイがやったことは伝わっている。
教師が小さな声で、今変質者がこの学校に居座っている。自分たちが何とかするから君たちは近づくなと生徒たちに伝えてある。
それのおかげかどうかはわからないが、たとえ人をいじめたいという願望を持っていても誰一人子供たちがメイの教室に足を運ぶことはない。
だが子供たちが絶対にメイに会えないということはない。
ひとたび誰かがいじめられたら、すぐにダダダという足音が聞こえだし
「こっちを見ろ! お前らがいじめるべきは俺だ!」
と全速力で駆けつけてくるメイの姿は、もはや学校の怖い話。
これを何とかしようと言った教師だが、今のところ「ゆがみの娘には逆らえない」というこの町のルールに逆らう勇気を持つ大人はこの学校にはいない。
メイが現状に不満を抱くのは当たり前。
「いったいどうなってんだか。ガキどもはいじめられたくないやつばかりをいじめ、いじめられたいと願っている俺のことはガン無視だ。この学校は本当に、まともなコミュニケーションの仕方を教えていないのか? いや、まさか教師どもがそういうふうに教えてるのか? なんてやつらだ! この学校は一体ガキどもをどんな人間に育てるつもりだ! がまんならねえ、またクレームつけてやる!」
メイは戸を開け、自分の立場をかえりみることなく、教師たちに抗議しに行く。
学校での変質者の横暴。
教師の人材不足。
この町の教育機関が抱える問題の根は深い。
教師の人材不足とはなんのこと? それは次の物語のことである。
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