町を守るは町イチバン・後編
「殺人鬼よどこに消えたあ!」
と大声でわめきながら町中を走るエーコの姿は、町の人々の視線を集め、頭のおかしな子だと見なかったことにしたくなるには充分だった。
いつのまにか雲は晴れ、日の光が石畳の道を照らし、青い空がさわやかな絶好のお出かけ日和となっていた。さっきの雷がウソだったかのよう。
外出する人が一気に増えた。買い物なり遊びに行くなりする人たちで、大通りは人ごみであふれだす。その中を「殺人鬼はどこ!?」と叫びながら全力疾走するエーコは、迷惑千万この上ない。
ただでさえ人の多いこの町で、灰色の髪の殺人鬼を見つけだす、それを一人でやるなんて無謀にもほどがあると思わないのか、エーコとかいう少女は。
「やあ」
これは幸いというべきことなのだろうか。ズコーとストローでジュースを飲んでいるヒバナがエーコの目の前に現れた。あいさつまでしてきた。ジュースの入れ物には、また「アセロラジュース」とカラフルなロゴで描かれている。
思いがけないことに、とっさに急ブレーキをかけたエーコ。当然思った位置では止まれず、ヒバナと顔が近くなる。
ズゾゾっと紙の容器がへこむ。ジュースが飲み干された。ヒバナはストローから口を離さない。
エーコはゆっくりと両手を振り上げて、ヒバナを捕まえんと思いっきり振り下ろした。
ヒバナは軽く後ろにすり足してかわす。エーコは思いっきりずっこける。
「じゃあ」
と容器から抜いたストローをくわえながら、ヒバナは背中を見せて走り去る。
「待ちなさい!」
と上体を起こしながら、エーコは何かできないかと考える。遠くからでもヒバナに攻撃できそうなものが一つある。
エーコは青いボールを取り出した。常に肌身離さず持ち歩いているエーコのお気に入りの道具だ。エーコの力により結構いろんなことができる。もちろんとでもいうのか武器にもなる。さっきヒバナを捕まえるときに使わなかったのは、ボールを突きつけても脅しにはならないとそれぐらいエーコにだってわかるからだ。
「覚悟なさい! ちょっと痛いと思ってもらうわよ!」
エーコはボールを両手で持って、思いっきり振りかぶり、ヒバナめがけて投げつける。ボールはまっすぐ、ヒバナめがけて飛んでいく。空気抵抗が存在していないような速さだ。エーコが猛スピードで飛んでいくよう心をこめて投げたせいだ。
気配を感じたヒバナは、後ろを振り向き、自分に向かっていく青いボールを確認する。まだストローをくわえている。すかさずヒバナは横に飛ぶなり、しゃがむなりしてかわそうとする。
ボールはヒバナの横を通り過ぎていった。かわすのが間に合わないと思ったヒバナは拍子抜け。
通り過ぎたボールは街灯に当たる。ゴワーンとマヌケにも聞こえる音が大通りに響く。上のほうに弾き飛ばされていくボール。やがてヒューンと下に落ちていく。あるべきところに戻っていく。すなわちエーコの、頭に。
ゴチンと頭にボールが乗っかったエーコ。腕を組んで怒った顔をする。
「この程度で痛いとは思わないわ。ムカつくとは思うけど」
誰に聞かせるでもなく、エーコはつぶやいた。
再び走りながらヒバナは思った。
(ボールのほうが私を避けたのは気のせいか?)
商店街でヒバナを見つけた。エーコはボールを投げた。ボールはエーコに当たってヒバナは逃げた。
住宅街でヒバナを見つけた。エーコはボールを投げた。ボールはエーコに当たってヒバナは逃げた。
噴水のある公園でヒバナを見つけた。エーコはボールを投げた。ボールはエーコに当たってヒバナは逃げた。
「・・・遊んでるわねアイツ」
ヒバナは逃げはするが隠れようとしない。明らかにわざとエーコの前に姿を現しているのは、エーコでもわかる。ヒバナは一体何のつもりか? 言ってしまうが今日は人殺しが起きてないので、やることがないヒバナが暇をつぶしてるだけだ。
「あーもうあの殺人鬼! コケにしてくれて! 絶対捕まえてやるんだから! で、今度はどこにもいないってどういうことよ!」
周りをキョロキョロと見回してみるが、ヒバナの姿はない。たまたま通りかかった子供が何かを探し回るエーコに目を向けたまま、通り過ぎていった。
右を見ても左を見てもヒバナはいない。
「だから探し物は同じ目線で探すなって」
上にいた。町民ホールとよばれる、そこそこ高さのある建物の屋根の上からヒバナは足をほおり出して座っていた。
「コラ! これは公共施設よ! 勝手に上に登るなんて不法侵入よ!」
「そこに怒るのか?」
「ここは私の町なんだから、私の町の施設を汚すのは許さない!」
「これお前が建てたのか?」
「それは・・・その・・・」
エーコがこの町で建てたのは、ムダに大きな城だけだ。
「とにかくあんたはまた一つ法を破ったのよ! 私の法の第38条にも勝手に人の家や公共施設に侵入するな! って書いてるの読んだでしょう! 読んだ上でこれなんだからアンタ、ホンットに悪党ね!」
「公共施設はみんなのもんだろう。入口には自由にお入りくださいって書いてあった」
「屋根に登っていいとは書いてないでしょう!」
「いいともダメとも何も書いてないならやっていいと思って」
「ダメと思いなさい! ホンット、ものの考え方が悪党ね!」
大声で叫ぶエーコだったが、ようやく気づいた。
「ってアンタとこんなことで議論してる場合じゃない! 今度こそ覚悟なさい!」
エーコは青いボールを投げる。重力に逆らってるとしか思えないスピードで、ヒバナめがけて飛んでいく。ボールはヒバナを通り過ぎ、戻ってエーコのおでこに着地する。おでこにボールをくっつけたまま、エーコはしばらく腕を組んで立ち尽くす。ヒバナは立ち上がるどころか、全く動こうとしなかった。
「次はどうする?」
ヒバナは屋根の上に座ったまま、今度は逃げようともしない。
「ちょっと待ってなさい」
と青いたんこぶができたように見えるエーコは、ヒバナに見えないところまで歩いていく。追うものに待ってと言われて、待つものはいないのが普通だがヒバナはそうではなかった。
殺人鬼を捕まえる計画その1
1.長いはしごを作る。
2.はしごをホールの屋根へ立てかける(殺人鬼に見えない位置に置くこと)
3.昇る
実践結果
途中ではしごの段がベキッと折れて、そのまま落下する事故により失敗。
計画その2
1.ボウガンを作る。
2.ボウガンを殺人鬼に向け降りろと命令する。
3.殺人鬼が命令に従わなかったら撃つ。
実践結果
命令に従わない殺人鬼を撃とうと引き金を引いた瞬間、弦がプツンときれて矢がコトンと落ちるという事故により失敗。その様子に殺人鬼は「虚しさで心がいっぱいになった」と後に語る。
計画その3.
1.投石器を作る。
2.投石器を殺人鬼に向け降りろと命令する。
3.殺人鬼が従わなかったら投石する。
実践結果
命令に従わない殺人鬼めがけて投石しようと、投石器を起動。石の代わりにサイズを大きくした青いボールを使用するも、ボールが投石器からこぼれてエーコに落下するという事故により失敗。その様子に殺人鬼は「でかいボールが頭に乗ってるのが、大きなキノコが生えてるように見えた」と後に語る。
計画その3-2
1.納得できないのでもう1回投石器を使う。
2.念のため投石器から距離を離し、遠くから手を使わずに起動させる。
3.投石する
実践結果
投石器を起動、今度はボールを飛ばせたが、エーコに落下するという事故により失敗。殺人鬼は「投石器は正面を向いていたのに、なぜボールは横に飛んでいったのかそれが問題」と後に語る。
計画その3-3
1.あきらめずに投石器を使う。
2.鉄で大きな傘を作り、その下に隠れながら投石器を起動する。
3.投石する
実践結果
投石器からこぼれたボールはそのまま転がり、エーコを横から吹き飛ばすという事故により失敗。殺人鬼は「結構な距離を転がるためのあの運動エネルギーはどこから来たのか」と後に語る。
計画その3-4
1.あきらめきれずに投石器を使う
2.発想の逆転で自分が投石器に乗る
3.飛ぶ
実践結果
飛ぶどころか、地面にたたきつけられたようにしか見えない事故により失敗。殺人鬼は「悪いのはあいつではなく物理法則」と後に語る。
計画その4
1.大砲を作る
2.大砲で撃つ
3.ドカーン
実践結果
計画通りドカーンとなった。大砲が。
「おい・・・」
ヒバナは降りてきた。ばらばらになった大砲のそばで立ち尽くす、黒コゲになったエーコの背中に声をかけた。足元にエーコが頭に着けている王冠が落ちていた。
エーコは返事をしない。なにかごそごそと手を動かしている。ヒバナは後ろからのぞきこんだ。
エーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばん
エーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばん
エーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばんエーコはいちばん
エーコの手が走らせるペンは、メモ帳にひたすら同じ文を一心不乱に書く。これにはヒバナも驚いて肩が震えた。
エーコがくじけそうになったとき、自分を一番だと思うのが難しくなったときこのようなお呪いのようなことをして、エーコは自分を奮い立たせるということをヒバナは知らなかった。
パタンとエーコはいきなりメモ帳を閉じた。そのパタンという音にもヒバナは驚いてしまった。
エーコがゆっくりと振り向いた。首を振り、服をはたいて黒いすすを落とした。
黙ってヒバナの足元にある王冠を拾って、頭に着けなおす。
黙ってヒバナの目を見る。ヒバナも黙ってエーコの目を見る。
「ハッハー! 笑いたかったら笑いなさいよ!」
ムカムカした顔でエーコが怒鳴った。ヤケになってるようだ。
笑いなさいと言われてもヒバナは笑わない。笑えるようなものは見ていない。
「笑えって言ってんの! 哀れむような目はやめて!」
「えっ?」
ヒバナは思わず声を漏らした。自分が今そんな目をしているとは思っていなかった。
「何キョロキョロしてんのよ! 鏡でも探してんの!?」
図星を突かれ、ヒバナはますます焦る。
エーコは気づいた。
(あれ? いまこいつを捕まえる絶好のチャンス?)
思い立ったら即行動と、エーコは素早く腕を伸ばしてヒバナをつかもうとした。手が止まった。
悲鳴が聞こえた。ヒバナもエーコもハッとなる。
子供の悲鳴だ。悪ふざけであげるような声ではない。
二人のやることは同じだった。何も言わず、悲鳴の聞こえた方へと走った。
人通りのほぼない路地裏で、子供が腕から血を流してうずくまっていた。痛みを我慢できず号泣していた。自分はもうダメだ死ぬんだという恐怖にとらわれ、誰かに助けを求めるという正しい行動をとる判断ができなくなっていた。
震える体に手が触れたと思ったら、足が浮いた。さらわれると最初は思った。
「大丈夫だよ」
とても優しい少女の声だ。痛みや悲しみが一瞬だけ頭から消え去った。子供は自分を抱きかかえる人物の顔を見上げる。
とてもきれいな目、とても優しそうな表情、とても美しい顔、子供は泣き止んだ。泣いていたことを忘れたかのよう。
子供に救いの手を差し伸べた少女。灰色の髪でもなければ、エラそうに王冠を頭につけていたりもしない。長い白髪が風になびいた。ヒガンである。
ヒガンは子供を抱えて通りに出た。偶然出くわした人間は、腕から血を流す子供に驚く。ヒガンにこの子を医者のところまでといきなりお願いされて、迷うことなく引き受けた。良心的な人間だった。
子供が親切な人間の腕に移ったとき、ヒガンは尋ねた。
「君にその傷を負わせたのは誰?」
子供は黙り込んだ。とても恐ろしい目にあったことを思い出したくない。
「大丈夫、怖がらないで。君がこれ以上苦しまないためにも、君にひどいことをした人が誰かを私は知らないといけない」
ヒガンの優しくもあれば力強くもある、物言いと表情に勇気づけられたと言うべきか、子供はすべて話すことができた。一人で路地裏で遊んでいたら、知らない人に声をかけられたと思ったら、その人が刃物を持っていて、いきなり自分に切りかかった、とっさに身を守って腕を切られた。とても痛くて大泣きした。自分を切ったそいつは、あっちのほうに逃げたと。
「ありがとう。もう心配はいらないから」
そう言って、ヒガンは振り返って子供が指さした方向へ走っていった。
子供を抱える親切な人間は、ヒガンはいったい何のつもりなのだろうかと少し不安になりつつも、頼まれたとおりに子供を医者のもとまで運んで行った。
その様子を見物していた人間から、ヒバナとエーコは人気のない路地裏に血だまりがあった理由を聞くことができた。
「白くて長い髪だったんだな? そいつは」
ヒバナが人間を脅すように聞いた。誰のことかと一瞬思ったが、最初に子供を助けた少女のことだと自分で考えて人間はうなずいた。ヒバナは走り出した。ヒガンが追う人物をヒガンより先に見つけなくてはいけない。
「待ちなさい!」
エーコが呼び止めた。ヒバナは足が止まってしまう。
「なにをするつもりなの? その子供を襲ったやつを探すつもりなのね? そいつを見つけてどうするつもり?」
エーコの問いに、ヒバナは何も答えない。
「殺すのね」
ヒバナは何も言わない。
「知っているわよ。あなたが殺してきた人たちの中に、何の罪のない人は一人もいない。みんな人を殺したか、殺そうとした人たちばかり。死んで当然と言いたくなるようなやつも少なくないわ。だけど」
エーコの話を最後まで聞くことなく、ヒバナは走り出した。
「待ちなさいよ!」
エーコはヒバナの後を追う。足の速さのちがいは一目瞭然で、エーコはすぐにヒバナを見失った。
エーコは奮い立っていた。あの殺人鬼よりも早く子供を襲った犯人を見つけなくてはと、自分の宿命であるかのように全力を出していた。道行く人にひたすら怪しいやつを見かけなかったと聞いた。少なくとも10人以上の人から聞き込みをしたが、みんな知らない、見ていない、あんたが怪しいと答える人ばかり。
エーコは聞き込みの相手を外にいる人に絞らなかった。人の家のドアをノックして、出てきた人が子供であろうが老人であろうが怪しいやつはいないのと聞いて回った。ずうずうしいとか頭のおかしなやつがやってきたと思われようが、エーコは犯人捜しをやめようとしない。自分の手で子供を傷つけたやつを捕まえる、エーコの決意は固い。ヒバナを捕まえると決めた時にも同じような気持ちだった。
家のドアをたたき始めてから、13件目の家だった。向かいの家に親を亡くしてから一人で住んでる人がいるが、その人がなにやら血相を変えて走ってくるのを見た。あいさつしようとしたら、その人が手に血の付いた刃物を持っていて驚いて、声が出なかった。その人はそのまま自分の家の中へ入っていったという話を聞けた。
「そいつが血の付いた刃物を持ってるの見て、誰かに知らせようと思わなかったの!?」
有益な情報を教えてくれた人に対してエーコは怒鳴った。その時は気のせいと思ったという答えだった。
「人をむやみに悪者にしないのは結構だけど、現実から目をそらさないようにしなさい!」
とまた怒鳴りながら、エーコは自分で人の家のドアを閉めてしまった。もう一つ言わなきゃいけないことがあるのを思い出した人間はぼう然とするしかなかった。
エーコは向かいの家のドアの前に立つ。ノックしようとして手が止まる。
物音がする。争っているような音がする。重いものを投げて壁に当たる音がする。すでに家の中で何か起こっている。
向かいに住む人間は、刃物を持っていた人間が家に入った後、もう一人誰か家に入った人物がいたことを言おうとして、エーコにドアを閉められた。
エーコはドアを引いた。カギはかかっていなかった。玄関を通って家の居間に足を踏み入れた。
息を呑んだ。
腰を抜かした人間の前に、長い白髪の少女が立っている。少女は何の感情も抱いてない顔をして、右手に長い刀を握っている。ヒガンである。
じりじりと追い詰めるように、ヒガンは人間にゆっくりと近づく。絶好の間合いに入った。ヒガンは刀を振り上げ、左手で青いボールを受け止めた。
ヒガンはボールの飛んできたほうへ首を向ける。無表情のまま。ボールを投げて腕を振り下ろした体勢のまま、エーコはヒガンを鬼の形相ともいえる厳つい顔でにらみつけていた。
大した腕の力を使うことなく猛スピードでボールを投げるエーコと、近い距離から飛んできたそのボールを目で見ることなく受け止めるヒガン、二人とも少女の姿をした人でないものである。
「アンタの好きにはさせない」
ヒガンには理解できなかった。子供を殺そうとした人間を殺すことを、なぜ邪魔されるのか。ボール一つで自分を止められるのかとも思っていた。
ヒガンの左手にくっついているボールが、カッと光りだした。思いもよらぬ現象に、ヒガンは驚いた。驚いたはずだ。顔は一切動いていないが。
目の前が真っ白になった。強烈な光に、少しの間ヒガンは何も見えなくなった。腰を抜かす人間も同じだった。ボールは、いわゆる目くらましとか閃光弾とかフラッシュバンとか言われる武器となって二人から視力を奪った。エーコがそうなるよう心を込めたせいだ。
エーコは自分も目が見えなくなるというマヌケな結果を、一切招いていなかった。光った瞬間目をそらした。先ほど大砲を撃ったら大砲が爆発したやつがやることとは思いがたい。
一分しないうちに、ヒガンは目が開くようになった。まだ目が光を拒んでいることを感じつつも、目を守ろうとするまぶたを開いて目の前を見ようとする。
目が光を怖がらなくなり、ようやく腰を抜かして這いずる人間の姿を捉えたと思っていた。
ヒガンの目に映ったのは、大きな鳥かごに捕らわれた人間とその前に堂々としたたたずまいで、ヒガンに立ちはだかるエーコだった。
エーコは腕を組み、フンと鼻を鳴らしてヒガンをにらむ。いつの間にか鳥かごの中にいる人間は混乱するしかない。
「どういうつもり?」
ヒガンが聞いた。鳥かごはどこから持ってきたのかと聞く気はない。横にあった家の壁がなくなって、外が丸見えになっているのを気にも留めない。エーコが木の壁を材料にして、今ここで大きな鳥かごを作ったことなどヒガンにとっては知る必要のないこと。鳥かごにエーコのサインが刻まれていることも。
「この人間をあなたに殺させはしないわ」
エーコが答えた。
「そいつは子供を殺そうとした人だよ」
「だから殺すって? 人を殺そうとするやつなんか、殺されて当然だと?」
「そう」
「あなたの気持ちもわかるのよ。人殺しなんて殺されればいい、感情に身を任せれば私もあなたと同じことをするでしょうね・・・でもそれは許されない!」
大声を出されてもヒガンはビクッと体を震わすことはない。
「人を殺したやつをすぐ殺す! それは感情を感情でねじ伏せるということよ! 世の中を混沌に導く火種となる行動よ! アンタのやることを許していたら、人が好き勝手に自分の思うままに人を殺し続けることを許しかねない!」
「私が殺すのは人を殺したり殺そうとしたりする人だけだよ」
「アンタだけの問題じゃないのよ! アンタの行動に感化されて気に入らない人間を殺した奴が現れたりしたらあなたはどうする気なの!?」
「その気に入らない人間を殺した人を殺す」
「わかりきった答えね! いい? あなたのやっていることは私刑と言って、法の支配下では決して許されないことなのよ! 人殺しには罰を与えないといけない、ときには命をもって償わせねばならないときもある。だけどそれを決めるのは、アンタじゃなくてこの町の法なのよ!」
言うまでもないかもしれないが、この町に法があることはヒガンも鳥かごの中の人間も知らない。
「こいつにはしかるべき裁きを下すわ、アンタに殺される以外のことでね。それでもアンタがこいつを殺そうとするなら、アンタに裁きが下るわよ」
「ダメ、その人は必ず殺さないと」
ヒガンが無表情で、子供でも知ってるような常識を語るような口調で言った。
「その人はもう認めてる。殺すつもりで子供を襲ったって。誰かを殺そうとした人をそのまま野放しにはできない」
鳥かごの中の人間は震えるだけ。
「この中にいる時点で、こいつはもう自由を奪われてるわ。今殺す必要は全くない」
「今どうこうじゃない。罪を償わせないと」
「アンタは人に罪を償わせるような立場じゃない!」
「立場とかそんな話じゃない。町の人を守るためには、町の人を殺すような人は殺さないと」
二人の議論は平行線をたどるしかない。怒りの形相を崩さないエーコに対し、ヒガンは無表情を崩さない。子供にまばゆい笑顔を見せていた少女と同じとは思いがたい。
「どいて」
「いやよ」
ヒガンが刀を構えて、エーコにお願いするも拒まれた。
「邪魔しないで」
「邪魔するわよ」
「その人を殺さないと」
「こいつは殺させない」
「邪魔するならあなたを殺さないといけなくなる」
「そうすればいいわ」
予想外の返答に、ヒガンは口が閉じてしまう。
「よくあるでしょ? こいつを殺したければ、まず自分を殺せっていうストーリー。それと同じよ」
ヒガンにはエーコのいうストーリーはよくわからない。
「さあ来なさいよ! そんなにこいつを裁きたければ!」
ヒガンには堂々としていられるエーコがわからない。
「あなたを殺したくない。あなたは誰も殺してないから。でもあなたがその人の味方をするなら、あなたを殺さないといけなくなる」
「だからそうすりゃいいって言ってんでしょ」
「どうしてそんなことを? 私たちでも殺されるのは怖いはず」
「殺されるのが怖い? ハッハー!」
笑い出すエーコに、ヒガンはますますわけがわからなくなる。
「ほかのやつらと私はちがうわ、私に殺されることへの恐怖なんてこれっぽちもない! なぜなら・・・私はこの町でイチバンだからよ! イチバンたるもの死ぬとか殺されるかなんてことを恐れることはない!」
ふんぞり返るエーコに、ヒガンは刀を振り上げた。
「ふふん、ようやくその気になったのね」
殺意を露わにするヒガンを前にしても、エーコは言葉通り全く怖がろうとしない。汗一つかかないどころか、余裕の笑みまで浮かべて歯を見せる有り様。
ヒガンは何も言わなくなった。踏み込んでエーコを斬るのに絶好の間合いに詰める。
振り上げられた刀は、瞬く間に狙ったものを斬る――はずだった。
刀は止まった。刃を手でつかまれていた。防具も何もつけていない素手で刀は止められていた。
「本当に・・・お前は私の心を乱す」
かすれた声だ。ヒガンは目を動かし、後ろを見る。
鬼気迫る表情をした灰色の髪の少女、切れ味鋭い刀を素手で止める少女、ヒバナだ。
ヒバナの左手は、ヒガンの刀の刀身を素手でつかんで震えていた。かなりの力がこもっている。
握られた左手から血が出ることはない。ヒバナに赤い血は流れていない。痛みに耐えきれず、手を離すことはない。ヒバナには痛がるよりもヒガンを止めるほうが大事だ。
「ヒバナ・・・止めないで」
「断る」
ヒガンは刀を動かそうとするが、ヒバナの手がそれを許さない。
「やめろ」
ヒバナの言うことは一言だけ。
「やめろ」
同じことを2回言った。刃を握る手の力がさらに強くなる。手の震えも大きくなる。それにつられて刀も震え出す。
刀がパッと光ってかき消えた。ヒガンは刀を振り上げるための動きをしていた腕を下ろす。
「は? やめろと言われてやめるの? 私に言われてもそうせずにこいつに言われたらそうするの?」
青いボールを掌に載せるエーコが、ヒバナを指さして言った。ヒガンを返り討ちにする気満々だったエーコにとって、この展開は肩透かしにも程がある。
「こいつは私の言うことなら聞くんだよ・・・」
かすれた声で言うと、ヒバナはその場にへたり込んでしまう。
「だから嫌いだ・・・」
と付け加えた。はあ? とエーコは首をかしげる。ヒガンは立ち尽くしたまま何も言わない。顔はやはり無表情。
「・・・思わぬ形で殺人鬼が二人そろったけど、私のやることに変わりはないわ。こいつはアンタたちには殺させない。人ではなく法による裁きを・・・」
鳥かごの中の人間に目をやったエーコは、言葉が詰まってしまった。
ヒバナとヒガンも鳥かごの中を見る。ヒバナは目を見開く。ヒガンはまるで動じない。
鳥かごの中の人間が動いていない。ピクリとも動かない。格子にもたれて、ガックリとうなだれている。
胸にナイフが刺さっている。子供を傷つけたものと同じナイフで、この人間は自分の命の終わりを自分で決めた。
ヒバナとエーコは青ざめていた。自分で自分を殺した人間を見て、背筋が凍っていた。
ヒガンは全く恐れていない。歩み寄って鳥かごのそばでかがむ。
「死にたかったんだこの人。でも自分を殺す勇気はなかった。だから自分以外の誰かを殺そうとした。自分には本当に死ぬしかないとわかったとき、やっと勇気が沸いたんだ」
ヒガンの言葉は淡々としていた。誰もヒガンと話そうとしなかった。
「ねえ・・・アンタ・・・」
エーコが声をかけたのはヒバナだ。
ヒバナは反応しない。エーコの声が耳に入ってない。動かなくなった鳥かごの中の人間だけを見ている。
「ねえってば」
ヒバナは返事をしない。動かなくなった人間を見つめる、ヒガンの何の思いも抱いてないような目がヒバナの目に焼き付く。
「ちょっと!」
エーコの悲鳴のような声が聞こえたところで、ヒバナは何も見えなくなった。
獲物はどこかと頭をキョロキョロと動かし、物騒な刃物をぎらつかせるやつが人気のないを路地裏をうろついている。人を殺したくてたまらないそいつには仲間もいる。
人を燃やしたくてたまらないやつは、自分の体がすでに燃えている。
人を水に溺れさせたいやつはすでに自分が水の中に沈んでる、石畳の上でわざわざ自分の力で水のかたまりを作ってまで。
見た目からしてバケモノなこの町のやっかいな存在、ゆがみの魔物たちである。
三匹のバケモノの前に人が立っている。獲物を見つけたと、バケモノたちは張り切りだす。はしゃいでるような足取りで(水に沈んでるやつは泳いで)前にいる人のところまで前進する。
人殺しのバケモノの頭にナイフが刺さった。バケモノはすぐに消え去った。
ナイフは落ちることなく、横にいる燃えているやつへ方向を変えて勝手に飛んでいく。
かわすことかなわず、ナイフは燃やしたいバケモノの体を貫き、消滅させる。
水の中のバケモノはやばいと思ったのか、方向を変えて泳いで逃げようとした。水の中に手を突っ込まれ、自分の体が空気に触れるのを感じると、バケモノはのたうち回った。陸に上げられた魚の動きそのものである。
ヒバナは魚のようなバケモノの体に、ためらうことなく自分の手でナイフを突き刺した。魚をさばいて刺身にするのとはわけが違う。バケモノはほかのやつらと同様、死体を残すことなく消え去る。
ヒバナはゆがみのバケモノを倒す。町を守るためかと聞かれれば、ヒバナは絶対にちがうと答える。ただの八つ当たりだと主張する。実際、今のヒバナは機嫌が悪い。
鋭い眼光のまま、ヒバナはナイフを構えなおす。後ろに何かいる。瞬時に振り返り、何かを見る。
やはりゆがみの魔物だ。ヒバナはそいつがどんなやつか考えもしない。殺す相手がどんなやつか知る必要はない。
そいつの体にナイフを突き刺そうとした、ヒバナの手が止まった。手に力が入らない。全身から力が抜けるような感覚がする。その感覚に抗うように、ヒバナは鋭い目つきのまま、前にいるバケモノをにらむ。
ヒバナがにらんでいるのは、大きな球体だ。暗い色をしている。うっすら透けて見えるその中に、バケモノの本体がある。球体の中でうずくまるその姿、まるで母親の体の中にいる赤ん坊のよう。
そのバケモノがヒバナをにらんで目を光らせる。ヒバナはますます力が抜ける。ヒバナの心の中が、普段のヒバナが絶対に思わないことでいっぱいになりそうになる。
バケモノはヒバナの心を操ろうとしている。人間なら抗う間もなく、バケモノに心を奪われ、バケモノを永久に拝みひざまずくようになる。このバケモノこそ、世界で一番の存在だと死ぬまでたたえるようになる。
人間よりも強い心を持つゆがみの娘でも、この力が全く効かないというわけにはいかない。
「この野郎・・・」
ヒバナは頭を抱えつつ、魔物をにらみつけ、左手に力をこめようとする。だが魔物が目を光らすたびにヒバナはどんどん力がなくなり、立つことすら難しくなってくる。
ヒバナがバケモノにひざまずきそうになったときだ。
「だらしない姿ね、血も涙もない殺人鬼とは思えない」
後ろからやってきて早々、エーコは偉そうにヒバナの前に立ち、球体の中のバケモノと目を合わせた。
バケモノは一人増えただけと、ヒバナと同じくエーコも操ろうとする。
エーコはまるでひざまずこうとしない。それどころか力が抜けようともしない。フンと鼻を鳴らして、ふんぞり返り、バケモノを見下す。
「だから、私がイチバンと思うのは私だけって言ってるでしょうが!」
エーコが青いボールを取り出し、手に持ったまま思いっきり球体を殴りつけた。球体にヒビが入ったと思うと、あっけなくガラスのように砕け散った。
中の魔物は石畳に落ちる。這いつくばって逃げようとする。しかし回り込まれた。
さげすむ目で自分を見下すエーコに、バケモノは自信を失くしたのか、自分が一番と思えなくなったのか、ナイフで刺されることもボールをぶつけられることもなく、消え去った。もうこの世にいられないとでも思ったのだろうか。
はあと息を吐きながら、ヒバナは立ち上がる。必要のなくなったナイフをかき消す。
「どうも」
「こちらこそ」
お互い人に心から感謝するような性格をしていない。
「何のつもりなの? かないそうにないバケモノに戦いを挑んだりして、町を守ろうと思ったの?」
「八つ当たりだ」
「・・・ふつうこういうときってウソでも、そう町を守るためにバケモノと戦ってるんだって言わない?」
「ウソは嫌いでな」
「・・・ねえ、一つ聞かせてくれる?」
「なんだ」
「あなた、本当に人を殺すのが好きなの?」
「当たり前だ」
「ウソね」
「なんだと?」
「人を殺すのが好きなやつが、なんで死んだ人を見て大泣きしそうな悲しい表情になったりするのよ」
ヒバナは目を見開き、自分が真っ白になるような気分になった。
「昨日、子供を殺そうとした人間が自ら命を絶った時のあなたの顔、血も涙もない殺人鬼とは思えなかったわ。あの白い髪の子のどうとも思ってなさそうな感じとはちがってね、あれこそ冷酷な殺人鬼にふさわしいたたずまいだったわ」
ヒバナは何も言おうとしない。
「あの白い髪の子のことも私知ってるのよ。この町でイチバン高い城からずっと見ていたからね。あの子は間違いなく残酷な殺人鬼よ。殺すのは人を殺した人か人を殺そうとした人ばかりでも、あの子を正義の味方と認めるわけにはいかない。法の支配下に置いてはね。アンタだって同じよ。あの子と競うかのように人を殺し続けてきたあなたを、私は決して許さない。でも・・・わかんないわ。アンタ、好きでもないのにどうして人を殺し続けるの?」
ヒバナは逃げた。素早くジャンプしてどこかの家の屋根に飛び乗った。
「待ちなさい! 見逃さないわよ!」
エーコは上を見上げて、ヒバナに叫ぶ。
「好きでもない人殺しを、法で罰せられるとわかっていながらなぜ続けるの! 答えなさい!」
ヒバナはエーコの質問には答えなかった。
「お前の言う法はツッコミどころだらけだ」
「はあ? 何の話よ?」
「第3条か4条かは忘れたが、人が傷つくようなことを言うなってあったな。じゃあ人を殺したやつが人殺しと罵られて、それでその人殺しが傷ついたと訴えたら、罵ったやつは法を破ったことになるのか?」
エーコは何も言わなかった。
「一番のツッコミどころは罰が何も書いてないことだ。あのままだともし法の支配が成立しても、法を破ったやつにどんな罰を与えるかで混乱が起こる。最悪、人の好きなように人を罰せられるような町になりかねない」
「それはね、その都度、法を司るものが判断するのよ!」
「その法を司るものは誰になるんだ?」
「私!」
エーコは胸を張った。
「じゃあお前が人を殺したやつに死刑を言い渡したら、お前は私と同じになるな」
エーコは目を見開いた。
「私の頭がよろしくないせいか、そこにちがいがあると思えないな」
エーコは体を震わせた。
「悔しいか? 認めたくないか? でも人を殺すのが大好きな私には、結局殺すなら法のあるとかないとかは関係ないとしか思えないんだよ」
ヒバナは上から見下ろし、エーコを挑発する。
顔が赤くなり、頭から湯気が立ってきそうなエーコは――きびすを返してその場を去った。
「えっ?」
ボールが飛んでくると思ったヒバナはあっけにとられた。
「おい待てどこに行く」
降りて石畳の上に立ち、エーコの背中に声をかける。
「城に戻って法を作り直す作業に取り掛かるわ。殺人鬼に悪用されそうな法は直ちに改正しないといけない」
「法ってのはお前ひとりの意思でそんな簡単に作り直せるものなのか?」
「やってやるわよ! 私はこの町でイチバンなんだから!」
質問にまともな答えで返そうとしないのが、この二人の共通点のようだ。
ヒバナに見送られながら、エーコは自分の城へと足を運ぶ。自分こそ一番で、自分こそこの町を守るものだという強い決意を心に秘めて。
気を失ったヒバナを、ヒガンが抱きかかえて「大丈夫だから」と声をかける様を頭から必死に振り払って。
「いつか二人まとめて捕まえてやるんだから」
決意を固くするエーコ。エーコが町を守ることを望む人は、果たしてこの町に何人いるだろうか本当の話、一人もいないという可能性のほうが高いとしか思えないのだが。
「アンタはホント一言多い!」
いったい誰に向かって怒鳴ったのだろうか。
「・・・今アイツ、自分の中にしか存在してない相手と話したのか?」
独り言を叫んだエーコを見たヒバナが、首をかしげながらごちた。
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