町を守るは町イチバン・前編

 あなたは知ってるだろうか? このゆがみの娘のいる町で、一番やっかいな存在を!

 見境なく人間を襲うゆがみの魔物? ちがう!

 ためらいなく人を殺すゆがみの娘? おしい!

 その少女は困ったところの多いゆがみの娘の中でも、一番に君臨する、もはや困ったところしかないような娘だ!

 その少女は常に王冠を頭につけている、エラそうに!

 その少女はムダにきらびやかな服を身にまとう、エラそうに!

 その少女はこの町で一番大きな建物となる、自分だけの城を自分ひとりで作ってしまう! 誰もそんなこと望んでいないのに!

 自分がこの町で一番優れていると、自分が一番賢いと、世界は自分を中心にまわっていると本気でそう思っている、心のゆがみが生み出したそのやっかいな少女は今日もエラそうに、自分の城の屋上からゆがみの娘のいる町を見下ろしている!


「・・・今日も騒がしいわね」


 別に町は騒がしくない、むしろ今日はどんよりとした曇り空のせいか静かなほうなのだが、この少女には一体何が聞こえているのだろうか。


「・・・何も聞こえないわ。私をバカにするような声以外には」


 そんな声を出してるやつはいないどころか、ここにはこの少女以外誰もいないはずなのだが。やはりこの少女は、どこかものの考え方がおかしい部分があるのだろうか。


「私はこの町でイチバンのもの、イチバンたるものには義務がある!」


 急に大声を出した。深く考えることはなかった、ただの独り言だ。


「この町の平和を守る、それがこの町でイチバンであるエーコの役目!」


 ピシャンと雷が鳴った。町で一番高い建物に落ちた。すなわちこの城に落ちた。

 エーコという少女は、大きな独り言を言いながら天に向けて人差し指を指した。雷はエーコの人差し指に直撃した。

 どんなときでも自分が一番、自分のことしか心にないものが町の平和を守るとは片腹痛い。この雷は天罰テキメンというやつだろう。


「・・・ふん、お空が私に嫉妬しているわ」


 やたら丈夫なゆがみの娘は、雷に打たれても黒コゲになるだけで済むが、嘲るようなほほ笑みを浮かべて、天よりも自分が優れていると思っていられるのはエーコぐらい。

 もはやあっぱれと言わざるを得ない。



「いやー今日はええ天気やなー絶好のお出かけ日和やでー!」


 ワカナがそう言い終わった瞬間、どんよりとした曇り空が一瞬、白く光りピシャンと雷鳴が町の人々の耳をつんざいた。

 開け放った窓から外を見ていたワカナは、ちらりと後ろを見る。

 ヒバナは鏡の前に立っている。鏡の中の自分を見つめる、というよりにらみつけている。

 怒っていると思われても文句が言えそうにない、鋭い目。ヒバナにとって理想の表情だ。人前では常にこれでいたいと思っている顔だ。これを崩さないために、ヒバナは五秒ほど鏡とにらみ合う。

 ごわごわした髪を整えようとはしない。ワカナの視線には気づいているが、振り向こうとはしない。

 ツッコミを期待していたワカナはヒバナの無反応ぶりに、しょんぼりしてうなだれた。


「雷のタイミングがバッチシやったのに~・・・ハナちゃん、今日もツレへんわ」


 首を起こして外の景色に目をやると、見慣れないものが目に入りワカナは目を丸くした。


「なんやアレ・・・? あんなん昨日まであった?」


 遠くからでもよく見えるムダに高くて大きな建物に、ワカナは目を凝らし前のめりになる。


「あれ・・・お城かいな? 子供の描いた絵に出てきそうなデザインというか・・・なんか、まずでっかい積み木を作ってそれを積み上げて、のりでかためたような・・・」


「ほう、また再建したのか」


 いつのまにか隣に立っていたヒバナに、ワカナはギョッとした。ヒバナは紙の容器を左手に持ちストローでジュースを飲んでいる。容器には「アセロラジュース」とカラフルなロゴで描かれている。


「また再建って? ハナちゃんアレが何か知ってんの?」


「ああ、町の名物だ。アレには近づくな」


「へ? どゆこと? 名物言うてんのになんで?」


「事故に巻き込まれる」


「???」


 この町で繰り返されてきた、迷惑極まりない事故を、ワカナはまだ知らない。

 頭の上にハテナマークが出そうな――物は試しと、ワカナの力で本当に頭の上にハテナマークを出して、ヒバナに見せようと振り向いたが、もう隣にはいなかった。

 空になったジュースの容器とストローをゴミ箱に捨てて、ヒバナは玄関まで歩こうとしていた。


「ちょいちょいちょい! 待ってやハナちゃん!」


 ハテナマークを投げ捨て、ワカナはヒバナにしがみついた。いきなり後ろから抱きつかれると、いい気分はしないのでヒバナはいら立つ。


「なんだ」


「ハナちゃん・・・今日も・・・ホラ・・・あれしにいくん?」


「人を殺しに」


「んがっ」


 確かにそう言うつもりだったが、ヒバナのあまりにもストレートでオブラートに包むことを知らない物言いに、ワカナはのけぞった。


「今日はそんな予定はない」


「あ、ほんなら」


 ちょっと二人で遊びに行こうや、せっかく一緒に住んでんねやしと続けようとした。


「だから人が殺されていないか調べに行く。殺人事件を見つけたら、犯人を探し出してそいつを殺す」


 ワカナは笑顔で口を開けたまま固まってしまう。


「どうした?」


 ワカナは笑顔から落ち込んだ表情にゆっくりと変わる。


「・・・・・なあハナちゃん」


「なんだ」


「人、殺すのなあ・・・一日ぐらい休まへん?」


「一日でいいのか?」


「だってホラ、そや、あれや」


「どれだ」


「来る日も来る日も人殺すことばっかり考えてたら嫌になってまうやん」


「お前は人を笑わすことが嫌になったことはあるか?」


「いや、それは」


 ヒュンとほほに冷たい風が当たり、「ひいっ」とワカナは声が漏れた。

 ワカナのほほスレスレに、物騒な形をしたナイフの刃がある。


「いい加減自覚しろ。私たちは人間じゃない。バケモノだ。お前は人を笑わすことが大好きなバケモノで、私は人を殺すのが大好きなバケモノなんだ」


 ヒバナは左手にナイフを握り、ギンッと鋭い目でワカナをにらみ、威圧する。


「ハナちゃん・・・・・・・・・そのナイフいくらで買うたんや?」


 ヒバナの目がジトッとなった。


「切れ味よさそうやなーウチりんごとか剥くの苦手やから、ええ刃物あったら助かるんやー。ねえどこで売ってたん? いくらやった? セールで売ってたりせえへん?」


 ナイフを突きつけられるという、命の危険を感じる状況でさえ、ワカナにとっては笑いを取るチャンスとなる。

 ヒバナの左手から力が抜け、ゆがみの娘の力で生み出されるナイフは光となってかき消えた。


「もうハナちゃん! ここでツッコまな! そのナイフをウチのおでこにプスッと! それだけでええねや! その後ウチが『ああんこの角、お嫁に行っても隠せるかしら』ってさらにボケるとこまで考えとったのにー」


「ドアホ」


「ああん、そのツッコミワード自体はええのに」


 ヒバナは怒りの混じったため息をついた。

 仮にワカナの思い通り、ヒバナがワカナのおでこをナイフでプスッと刺したとしても、それが殺人事件として町中に知れ渡ることはない。ワカナは人間ではないゆがみの娘。刺されて死んでも、一回休めば元どおり。


「行くぞ私は」


「ハナちゃーん」


 ワカナの呼び止めに耳を傾けず、ヒバナは玄関のドアノブに手をかけようとした。

 ドアをノックされた。音の小さい、礼儀正しい印象のするノックだ。


「誰や?」


 ワカナが首をかしげる。ヒバナも眉をひそめる。

 またノックされた。さっきよりも音が大きくなった。


「牛乳屋さんかいな?」


 ワカナが言った。ヒバナは何も言わない。

 さらにノックされた。音が大きく、叩き方も荒い。乱暴な印象しか感じない。

 自分の家のドアを雑に扱われてもいい気分はしないので、ヒバナはノブに手をかけドアを開けた。

 全開にするつもりで素早く押したドアは、何かにぶつかって止まった。

 

「痛いッ!」


 ドアを押す手が止まった。何かが後ろに下がる気配を感じた。ヒバナはドアを全開にした。

 家の前におでこを手で押さえる少女がいた。


「クッ・・・・・・家の玄関のドアは全て中に開くよう作りなさいにと命令を出してやろうかしら・・・」


 そんな命令を高らかに出したところで、従うものはこの町には一人もいないだろう。それはさておき、ヒバナの住みかを訪ねてきた、エラそうに王冠を頭につけ、ムダにきらびやかな服を身にまとう少女――もったいぶっても何の意味もない――エーコは二人の視線に気づいた瞬間、おでこから手を離し、仁王立ちをしてヒバナと相対した。

 見慣れない客の姿にワカナは再び首をかしげた。

 

「あなたたちは私のことを知ってるわよね?」


 髪を手でかき上げながらエーコが言った。


「知らん」


「知らへん」


 ヒバナとワカナの声のタイミングがばっちり合った。

 エーコはガクッと首を前に倒す。


「そ、それなら自己紹介してやるから光栄に思いなさい。私の名はエーコ。この町でイチバンのものよ」


 ふんぞり返りながらの、エラそうな自己紹介だ。

 紹介の後に妙な間が空いた。何か反応を求めている。

 ヒバナは何も言わない。ワカナも何も言わない。


(めっちゃキャラ濃いのきたー)


 ワカナは心の中でそう思った。


「・・・今日は雷が鳴るようなあいにくの天気で、外に出るのも億劫になりがちなんだけどわざわざこんなヘンピなところまで足を運んでやったわ。あいさつはこんなもんにして、用件を単刀直入に言うけど、あなたを逮捕しに来たわ」


 また間が空いた。


「すいません! ほんの出来心やったんです!」


「アンタじゃない!」


 突然へたり込んで泣きじゃくるような声を出したワカナに、エーコはすかさず怒鳴った。


「そこのおかっぱじゃなくてあなたよ!」


 エーコは目の前にいるヒバナを指さした。


「あなた、殺人鬼ね? 知っているのよ、あなたがこれまでこの町の人々を何人も何人もその手にかけてきたことを」


 紛れもない事実に、ヒバナは沈黙する。鋭い目を崩すことなく、まっすぐエーコと目を合わせる。


「ここは私の町よ。私の町の平和を脅かし、人々を恐怖に陥れるようなやつは許さない。よって、あなたを逮捕してしかるべき罰を与えるわ。悪いことは言わない。大人しくお縄につきなさい」


 エーコはいつのまにか両手にロープを握っていた。


「ほんっとうにご迷惑をかけまして・・・」


「アンタじゃないつってんでしょーが!」


 泣きじゃくりながら両手を差し出すワカナに、エーコはまた怒鳴った。


「嫌だと言ったら?」


 エーコとワカナのやりとりには全く触れず、ヒバナはなげやりな調子でエーコに聞いた。


「荒っぽい手段を使って、あなたを拘束するわ」


「何をする気だ? サスマタでも持ってきたのか?」


 一見すると、エーコは武器の類は一つも持ってない。しかし不自然なことにエーコの足元に木の箱が置かれている。中には木材や鉄のかたまりがごちゃまぜに詰まっている。


「ちょっと待ってて」


 突然、エーコが玄関のドアを閉めた。予想外の行動に、ヒバナとワカナは目を合わせる。

 数秒経って向こうからドアが開いた。ドアの向こうの光景に、ワカナは「おわっ」と驚いた。ヒバナは何ら反応を示さない。


「どう? 大人しく捕まる気になった?」


 剣、槍、斧、杖、鎌、弓といった武器たちがエーコの周りで空中に浮いている。それぞれの武器は切っ先をヒバナに向けている。弓はひとりでに矢をひきしぼっている。

 エーコは腕を組み、にやけて歯を見せている。


「どこに持ってたんだそんなもの」


 震えるワカナの手が肩に置かれつつも、ヒバナはなんの恐れも抱かず、面倒くさそうな態度を崩そうとしない。


「今ここで作ったのよ」


 ウソとしか思えないようなことをエーコはさらっと言った。


「そそそそそ、そんな武器を一瞬でなんて、ウチらだって出来るっちゅうねん!!」


 体と声の震え方がわざとらしすぎるワカナは、ヒバナの背中に隠れながら手からパッと光りを放つと、おもちゃにしか見えない剣を今ここで作り出して見せた。

 エーコはふんと鼻を鳴らした。


「あら、あなたも私と同じ人間じゃないものだったの。でもそんなことどうでもいいわ、わかってないわねアナタ。私が作った道具はアンタらが生み出すような、吹けば消え去るようなものとはちがうのよ」


 エーコは勝ち誇ったような調子のままだ。エーコの足元を見てみると、中がぎゅうぎゅう詰めだった箱の中身がいつの間にか空になっていた。

 今ここで、箱に詰まっていた木材と鉄で武器を作ったというのは、残念ながら本当の話なのである。その証拠とでも言うのか、武器には全てエーコのサインが刻まれている。

 どうやって作ったのかは誰も見たことがない。エーコが人に見せようとしない、さっきも玄関のドアを閉めてヒバナとワカナに見られないようにしたように。別に見たいとも思わない。


「・・・この武器、私が作っただけあってどれも最高傑作よ。惚れ惚れする出来だわ」


 なぜかイライラしている様子のエーコは突拍子のない自慢を始めた。


「エーコソード、エーコスピア、エーコアックス、エーコスタッフ、エーコサイス、エーコボウ、ふふん攻撃力も相当なもんよ」


 ブホッとワカナが吹きだした。


「なにがおかしいのよ?」


「い、いや、エーコソードって・・・アレすぎる名前をそんな堂々と言うから・・・」


「アナタ私の作品をバカにするの?」


 わなわなとエーコの怒りが顔に出る。ワカナはエーコから目をそらして、笑いをこらえようとしたが、肩のゆれが止まらない。


「笑うな!」


「ああんちょー待って、エーコソード飛ばさんといて!」


 ワカナは思わず、持っていたおもちゃのような剣をブンブンと振り回した。スポッという音がした。

 剣の刀身が柄から抜けて、ひゅんひゅんと飛んでドアの外の地面に、金属とは思えない軽い音を立てて落ちた。

 しばらく間が空く。


「ハッハッハッハー! なによその剣! とんだ欠陥品じゃない!」


「やった! めっちゃウケた! これでイーブンやな!」


 ガッツポーズするワカナに、ガクッとエーコが体を傾けた。バカにするつもりが喜ばれた。なにがイーブンなのかもわからない。

 ワカナの生み出す道具は笑いを取るためだけにある。エーコの反応は、ワカナにとって百点満点だった。

 一連のやり取りを二人の間に挟まれながら、全て見届けたヒバナだが一切笑わず、ストレスしか感じなかった。


「ああもう! 話が脱線しすぎよ元に戻すわ! 殺人鬼よ、大人しく捕まりなさい!」


 いら立ちつつも、エーコはヒバナを指さし命令する。ヒバナは何も言わず前へ進み、ドアをくぐった。


「え、ちょハナちゃん」


 ワカナが止めようとするも、ヒバナは足を止めない。エーコが不適にほほ笑む。宙に浮かぶ武器たちは、ヒバナの動きに合わせて方向をゆっくりと変える。


「意外と大人しいのね、それとも・・・私に正面から戦いを挑もうって腹かしら?」


 エーコの言うことに、ワカナは嫌な予感が頭をよぎった。ワカナの視線はヒバナの左手に向いた。


「一つ聞きたい」


 ヒバナがエーコに質問を投げかける。


「私が逮捕されるようなことをしているのは確かだが、なぜわざわざお前が私を捕まえようなんてそんな面倒な役目を買って出たんだ?」


 フフンとエーコがいかにも調子に乗ったドヤ顔を見せ付けた。


「それは、私がこの町でイチバンだからよ!」


 質問にちゃんと答えたとは、ヒバナもワカナも思っていない。


「だから私はこの町の平和を守る義務がある! 町の平和を乱すアンタのような殺人鬼を捕まえることはその一環に過ぎないのよ!」


「なにを根拠にそんなことが言えるのかさっぱりだ」


「根拠ならここにあるわ」


 エーコは懐から、やけに太い巻物を取り出した。


「そうね、あんたも町の住民の一人ではあるし、これに目を通す権利はあるわ」


 エーコはヒバナに巻物を手渡した。

 首をかしげながら、ヒバナは巻物に巻かれた紐をほどいて中を読んだ。


 エーコによるこの町のための法

 前文 エーコはいちばん! 

     エーコはこの町の平和を守る! 

     そのためにこの町に法による支配を打ち立てる!


 第1条 人を殺すな!

 第2条 人のものを盗むな!

 第3条 人の家を燃やすな!

 第4条 人が傷つくようなことを言うな!

   ・

   ・

   ・


 ヒバナは読む気が失せた。物が言えそうにない。後ろからのぞき込んでいたワカナも同じような反応だ。


「どうしたの? 黙りこくって。熱中して読んでいるのかしら?」


 人の気持ちを自分の都合の良いように解釈するのも甚だしい。

 ヒバナは巻物を閉じて、丁寧に紐を締めなおしてからエーコに返した。


「わかったわね? この町はこのエーコが作った法によって支配されるべきなの。法が効力を持つことを示すためには、法に反するものに罰を与えなければならない。この町の秩序を維持するためにも、あなたを逮捕しなくてはいけないの」


「・・・『されるべき』ってことは今はまだ法によって支配されてないってことか」


 エーコは肩がすくんだ。ヒバナに痛いところを突かれたらしい。当然だ、この町にエーコが作った法があることなんてエーコ以外誰も知らない。


「と、とにかく! あなたを捕まえてこの町に法があるってことを町の人々に知らしめなきゃいけないのよ!」


 ヒバナの言うことを認めたのか認めてないのか、どっちにせよエーコはヒバナに武器を向けることをやめない。


「大人しく捕まりなさい! まあ・・・あなたがその気なら・・・一戦交えてもかまわないのよ」


 エーコの武器がヒバナにじりじりと近づきだした。ヒバナにおびえる様子はない。ワカナはおびえている。ヒバナを心配しているのではない。心配なのはエーコだ。


(アカン・・・アカン・・・このままやったらハナちゃん・・・あの子をナイフでプスッと・・・)


 震えるワカナ。不敵にほほ笑むエーコ。切っ先をきらめかせる宙に浮く武器。

 ヒバナは逃げた。


「は?」


「へ?」


 エーコにもワカナにも予想外の展開だ。急にヒバナが目の前から消えた。


「ちょっと! どこに消えたのよ!」


 エーコがあわてて周りをキョロキョロと見回す。


「は、ハナちゃーん! ボケとしてはOKやけど!」


 ワカナもあわてて、右に左と首を回すがヒバナの姿はどこにもない。


「おい、探し物のときは自分の目線だけで物を見るな」


 ヒバナの声が聞こえたほうに目を向けようと、エーコとワカナが上を見上げると、ヒバナの住みかの屋根の上にいた。なんのことはない、ものすごく素早くジャンプしただけだった。


「こら殺人鬼! 大人しく投降もせず、正面から戦いもせずに逃げるというの!?」


「うん」


 ヒバナのあっけらかんとした答えに、エーコは思わずよろけた。


「ハナちゃん! キミがボケにまわったらアカンって! いや、ホンマのこと言うとほっとしたけど!」


 ひどいことが起こると思っていたワカナにとって、ヒバナの行動はうれしい誤算と言えた。


「悪いな、私は何にも縛られずに生きたいんだ」


 そう言い残して、ヒバナは再び、さっきよりも高くジャンプして完全に二人の視界から消えてしまった。


「コ、コラ待ちなさい!」


 エーコは宙に浮かぶ武器をヒバナめがけて飛ばそうとした。だが、急にふらついて、両手を地面に突いてしまった。その瞬間、浮いていた武器はガランと音を立てて地面に落ちた。

 いったいどうしてそうなる? 武器たちは地面に落ちた瞬間、壊れて使い物にならなくなった。剣も槍も斧も鎌も杖もへし折れた。弓は弦が切れた。

 エーコは息を切らしている。


「はあはあ・・・もう物を浮かばせるぐらいでなんでこんなに疲れるのよ・・・」


 物を手を使わずに動かすことは、人間が缶切りで固い缶詰を開けるように、やり方さえわかれば、ゆがみの娘ならばできることである。しかし、どんなに力持ちの人間でもいつまでも重たいものを持ち上げ続けることはできないように、ゆがみの娘であってもいつまでも物をフワフワ浮遊させ続けることはできない。ましてや、鉄で作った数種類の武器を同時に扱うことなんて、結構なムチャだ。


「たくさんの楽器を同時に手を使わずに弾ける子はいるのになんでよ・・・」


 エーコはムスッとしているが、他人には出来て自分にはできないことなんていくらでもあることが、この少女にはわからないのだろうか。


「・・・へこたれてる場合じゃないわ! あの殺人鬼を野放しにするわけにはいかない!  何にも縛られずに生きたいですって!? 法による支配を否定するの!? なんて野蛮な! 自由の意味をはき違えてる! そんな考えはこの世に混沌をもたらし、人心を乱す火種にしかならないわ! 一刻も早くとっ捕まえて、あいつに法と秩序がもたらす平和の尊さをみっちり教えてやる!!」


 エーコは走り出す。ばらばらになった武器たちをほったらかしにして、走り出す。ヒバナがどっちに逃げたかを考えることなく走り出す。


「・・・あの子、エーコちゃんか・・・ツッコミとかボケられたときのズッコケとか、お笑いセンスごっつあるなあ・・・こらハナちゃんにえらいライバルできてもうたで・・・」


 ワカナは置いてけぼりにされる。

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