第3話 とんでもない新入社員

 入社式から1ヶ月は新入社員は研修ばかりだ。今年の新入社員で目立っているのは、もちろん俺と黒龍の二人組。とても不本意だ。


 俺は嫌がっているのだが、黒龍は常に側にくっついている。平凡な俺の側に、すっきりとした長身のモデル並みの美男子が付き添っていると、他の新入社員達は近寄り難い。


「あっちに行けよ!」


 俺は黒龍が側にいると友達もできないのは大学時代に経験済みなので、邪険に追い払おうとするが、にっこり笑って無視するのだ。


「私は聡君の側から離れないよ」


 黒龍は俺と同じ大学に入学した時から、天宮黒龍と名乗っていた。どうやって戸籍や住民票を用意したのか、俺は考えたくもない。他の龍人達も対抗心を燃やして、それぞれ天宮姓を名乗っているが、黒龍みたいに大学生になったり、就職したりはしなかった。


 俺は社員食堂の味に飽きたので外にでようと、研修が終わると同時に階段へ向かった。昼休みのエレベーターは混んでいるし、黒龍にエレベーターホールで捕まるのを避ける為だ。


『白龍の味に慣れたからかな? 社員食堂の味は濃すぎるよ』


 白龍は料理が上手く、俺が大学に入学して上京した時から、毎食作ってくれている。


 これも俺には頭の痛い問題なのだ。社会人になったのだからと、新入社員の給料に相応しいアパートで暮らしているのに、何故か天宮の本家が用意した立派な屋敷から4人とも付いてきてしまった。


 はっきり言って、狭いアパートに長身の男が4人も居候されては邪魔だ。俺は何百回も出ていけ! と怒鳴ったが、龍人達は盟約があるからと側に居続ける。


 昨年の龍神祭で知った『盟約』の本当の内容を思い出しただけで腹が立ち、空腹感も増してくる。くそぉ、腹が減った。


 表通りのビル街の裏手には、サラリーマンやOL目当ての食堂やカフェが並んでいる。初給料が出るまでは、バイトで貯めたお金で生活しなくてはいけないのだ。


「何を食べようかな?」


 細身のわりに大食の俺は、がっつり食べる気満々だ。値段を見ながら、歩いていく。


「今夜は活きの良い魚が手に入ったと白龍が言っているから和食だな。聡君、洋食か中華にしよう!」


 ハッと後ろを振り向くと、黒龍がにっこり微笑んでいる。『いつ白龍と話したのだ!』と俺は睨みつける。龍人は何でもありだ。


 街を歩くOL達から押し殺したキャアという歓声があがるが、黒龍の耳には入らない。俺は彼女いない歴22年を恨めしく思い、自分より遥かに格好の良い龍人達が側にいるからだと腹が立つ。どうせ俺は平凡だよ。


『あの時、お姉ちゃんが……』姉が突然に祭宮を辞退した理由は大人になった俺も察したし、初潮で動転した12歳の少女が勤められなかったのも理解している。しかし、あの時の幼い自分は龍人との盟約の意味を理解していなかったのだと腹を立てる。騙されたのだ!


「黒龍と同じ店には行かない! 今夜はアパートにも帰らない!」


 走ってその場を去り、近くの公園のベンチに座り込む。



『私は男だ! 男と結婚なんかするものか!』あの祭の日から10年が過ぎた21歳の龍神祭で、俺は盟約の真の意味を知った。


 俺は本当は黄龍で、他の龍達の花嫁だと言うのだ。去年の祭で盟約の真実を知ってから、俺は龍人達から距離をおこうとしている。


 それまでも龍人達は俺の側にしばしば現れたし、大学に進学して上京してからは天宮家の屋敷に同居していた。黒龍が同じ大学に通い、周りに近づく友達や女の子を追い払うのを俺は迷惑に感じて、何度か抗議をしていたが、あの祭の時までは仕方ないと受け入れていた。


『我が君、私と盟約を結んで下さいませんか?』あの祭の時に青龍、赤龍、白龍、黒龍と盟約を結んだ。


『ずっと一緒なんだね!』無邪気に盟約を結んだ馬鹿な自分を殴りつけたい衝動にかられて、ベンチに拳を打ちつけようとした。


「我が君、駄目です」固い木製のベンチに打ちつけようとした拳は、あたたかな青龍の手のひらに包まれた。


「聡! 腹が減ってるから、馬鹿なことをするんだ」


 白龍は公園の芝生に優雅な赤毛氈を敷き、重箱を広げている。


「さぁ、我が君……」


 稟とした青龍が大好きだった時期もあるが、今の俺には困惑の元凶だ。俺は男なのだ。なのに青龍を見てしまう。駄目だ!


 黒龍や赤龍も毛氈の上に座り、昼休みを公園で過ごしていたサラリーマン達は何かの撮影か? と周りを見まわしている。白龍に座らないとお姫様抱っこで連れて来るぞと脅されて、俺は渋々赤毛氈の上に腰掛ける。


 いそいそと青龍が小皿に料理を取り分けて俺にすすめる。今朝も白龍達に出ていけ! と騒いで朝食抜きだった俺は空腹だ。ぱくぱく食べる俺を4人の龍人達は、まるで子猫を見るような目で見る。俺は22歳の男子なのだぞ!


「桜が咲いていたら、花見だと誤魔化されるのになぁ」


 人心地ついた俺は、周りの視線に気づいてボヤく。会社でも他の新入社員から浮いている気がしているのに、こんなのを同じ会社の人に見られたら何と思われるかと溜め息をついた。


「我が君が桜を所望されるなら……」


 俺が好物の海老のすり身団子を食べようと、塗りの小皿に箸をのばすと、桜の花びらがヒラリと舞い落ちた。


「まだ散り遅れの桜があったのかな?」


 種類によっては遅く開花する桜もあるので、4月の半ば過ぎでもどこかに? と俺は顔を上げて驚く!


 毛氈の横には満開の桜があった。


「おや! 桜が満開だぁ~」


「あれは染井吉野だと思ったけど、違う種類だったのか?」


 にっこり微笑んでいる青龍の仕業だと俺は怒りかけたが、桜に罪はない。赤毛氈の上に寝転がり、桜越しに青空を眺める。


 赤龍はちゃっかりと、自分の膝の上に俺の頭を乗せると、レザージャケットの中から似合わぬ扇子を取り出した。眠気を誘う赤龍のゆっくりとあおぐ風で、俺はうとうとと目を瞑る。


「昼寝は10分で2時間の睡眠効果があるのよ」


 抗議しようした気配もしたが、俺の健康に良いと言われると、全員が口ごもる。お世辞にも狭い単身者用のアパートで、5人の同居は過ごしやすいとは言えないのだ。


 なら、出て行けば良いのだが、愛しい黄龍から離れるのは無理だと言う。何が愛しい黄龍だ。俺は人間だ。眠い……


『黄龍様の本来の姿を思い出して下さい』


 夢の中で俺は金色の龍となり、花の舞い散る空を優雅に飛んでいた。



 俺は寝ていて知らなかったが、公園の横の道に黒塗りの高級車が静かに止まった。黒い窓ガラスがスッと降りて、時期遅れの花見を楽しむ5人を眺めていたそうだ。白龍に言わせると野暮な男達だそうだ。


「何故、聡様を一般企業に就職させたのですか?」


 如何にも権力者然とした初老の男が、天宮家の当主に質問する。


「御前様、それは本人の希望ですから……」


 白いハンカチで額の汗を拭きながら、当主は申し訳なさそうに答える。


「黒龍様まで……」


 龍人が何を考えているのかは、唯の人には理解できないと窓を閉めて車を出させる。


「聡様が就職した会社の社長を呼び出しなさい」


 助手席に座っている秘書は御前の言葉に静かに頷いたんだってさ。


 天宮の本家の爺さんは、権力が大好きだ。きっと御前とか呼ばれている爺さんとツーツーなんだろう。俺は普通の人生を送りたい。黒龍はクビにして欲しいと、白龍から夜に話を聞いて思った。

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