第44話 龍の子ども

 何処までも続く草原に、青い空。その空には青龍と小さな龍が飛んでいる。子龍は少し青味がかった白で、成長していくにつれて青が濃くなっていくのだ。まだ、龍人にはなれないし、本能のままに生きている。


『我が君……』

 青龍は時々現れる黄龍も心惹かれるが、この一年逢って居ない聡が元気で過ごしているのかと心配する。しかし、子龍を放置するわけにはいかない。やんちゃな子龍を、人間が住む世界には連れていけないと、愛しく眺める。

『ほら! 此方にいらっしゃい!』

 そろそろお昼寝をさせようと、呼び寄せるが言うことを聞かない。何処で寝ようが龍を傷つける者は居ないが、この前は高い山のてっぺんに引っ掛かるように寝てしまったのだ。そこから落ちても、龍は死んだりしないが、青龍は心配で居たたまれなかった。

『青龍、ほっておいたら良いのだ』

 久しぶりに現れた黄龍は、そう言い放つと悠然と空を飛ぶ。基本的に子育てなど龍はしないのだと、心配症の青龍に呆れている。


 子龍はいつの間にか青龍の側に来て、煌めく黄金の龍を見上げている。

『きれい……』

 まだ言葉も満足に話さない子龍が、黄龍に見惚れているのを見て、お前の契約の相手では無いと厳しく諭す。そんな風に混乱させてしまうので、黄龍はなるべく此方の世界に来ないのだと青龍は溜め息をついた。


 子龍が眠ってから、黄龍は青龍の側に舞い降りた。スッと人間の形になるが、聡とは違う雰囲気を纏っている。

「ずっと子育てするつもりか?」

 龍は孤独に生きるものだが、青龍は聡と契約を結んでいるのだ。側に居たいと思うだろうにと、黄龍は苦笑する。

「子龍がこの世界で独りぼっちになるのは、可哀想な気がして……」

 黄龍は、そうかと呟くと、青龍の元から飛び立った。

『聡が、寂しがっているぞ!』

 人間が住む世界に消える瞬間、黄龍はそう言い捨てた。


『我が君……』子龍以外は、餌になる動物しか居ない世界に立ち尽くし、青龍は会いたいと心から願った。


✳︎

『聡……青龍に会いたいのか?』

 顔を洗って正面を見た途端、鏡に写った黄龍が話しかけてきて、俺は朝から困惑する。青龍に会いたいかと尋ねられたら、会いたいに決まっているが、子龍はどうなるのか? 心配だ。


『でも、子龍を育てなきゃいけないでしょ?』

 鏡の中の黄龍は、龍は勝手に育つとクールに言い捨てる。でも、俺は自分の周りには赤龍や白龍や黒龍もいるからと、黄龍に余計な事を伝えないようにと頼んだ。


「聡? 朝御飯だぞ……何か、あったのか?」

 黄龍は交尾飛行を済ませてからも、時々は夜中に俺と入れ代わり上海の街を彷徨いたりしていたが、昨夜は気配が無かった。つまり、子龍がいる世界に行ったのだろうと三龍は考えていた。


「ねぇ、龍って子育てはしないの?」

 黄龍が青龍に任せたままで、子育てをしないのは、自分がアクアプロジェクトを最後まで遣りとげたいと願ったからではと、俺はずっと心苦しく感じていたのだ。

「さぁ、私は親の姿もあまり覚えてないな。最後の子龍だったから、幼い時に親龍は亡くなったからね」

 幼い時に親龍を亡くしたのかと、黒龍に思わず同情しかけたが、赤龍が笑い飛ばす。

「幼い時といっても、80ぐらいだからな!」

 チッ! と舌打ちする黒龍に、俺は油断大敵だと、同情しかけた自分の甘さに溜め息をつく。


「ねぇ、青龍、赤龍、白龍、黒龍、って名前なの? 青龍の子龍は、何て名前なの?」

 前から、凄い名前だなぁと思っていたが、子龍が産まれたらややこしいだろうと聡は考えていたのだ。

「名前? 聡がつけてくれるなら、それを名乗っても良いけどなぁ」

「えっ! 黒龍は、もう皆が天宮黒龍だと認識しているから……まぁ、改名はできるだろうけど……やっぱり、子龍に名前をつける方が自然だと思うんだ。青龍は名前とかつけないのかな?」

 黒龍は、青龍の子龍になど興味は無い。それは、赤龍や白龍も同じだ。自分の子龍には愛情も持つが、他の子龍には無関心だ。

「何だか、龍って冷たいね……僕は子龍に会いたいのに……」

 三龍達は、聡は自分達と契約を結んだ黄龍なのだから、子龍と言えどライバルは増やしたくないので、ぶつぶつ不満そうな呟きを無視した。


「ほら、早く食べないと遅刻するぞ」

 白龍に指摘されて、慌ててお茶碗に手を伸ばす。上海でも、俺は美味しい和食の朝御飯を食べている。その上、お弁当まで持って行くのだ。

「ねぇ、前田さんのまで良いのかな?」

 白龍は、前田さんの健康など知った事では無いが、俺が昼食を一緒に食べると弁当を断ったから作っているのに過ぎない。それは、黒龍の弁当も同じだ。

「一つ作るのも三つ作るのも、手間は同じだ。それに、前田には聡がお世話になっているのだから、健康には注意して貰わないとな。時々は夜に呼んでも良いぞ。どうせ、男の一人暮らしだから、外食ばかりだろう」

 黒龍は、前田さんが家に来たら、俺が気を使ってしまうので反対したいが、次の黄龍の交尾飛行には選ばれたいので、ご機嫌をとっておく。

「そうだな、週末ぐらいに誘ってみるか」

 赤龍は、同じ会社に黒龍が勤めているのが、やはり気に入らない。白龍は胃袋から聡をつかんでいるし、自分が出遅れているのを巻きかえそうと、少し良いアイデアを思い付き、ほくそ笑む。


 俺と四龍の関係は、これからどうなるのかわからないが、黄龍は自分の龍としての本能に従い時が満ちれば交尾飛行に飛び立つ。次の交尾相手を選ぶのは、俺なのだと気に入られようとしているので、生活はとても快適だ。


『これで良いのかな?』と不安になるが、男と恋愛する気にはならない。とは言うものの、彼女ができそうにも無いのだ。

 上海のように渋滞している道なのに、スイスイと車をすり抜けて運転させている黒龍の整った横顔を見て、格好良いと感じてしまう自分に困惑する。

 上海で快適な暮らしをしている俺にも、悩みはあるのだ。



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