第35話 満月の夜に……

 李大人を接待することになり、原田課長と前田主任も、それぞれ本社への報告を済ませると、天宮家にやって来た。


「何だか、昨夜よりも磨きあげられているような……」


 一晩で荒れ果てた洋館が、スルリと建築当時の美しさを取り戻したとは知らず、内装が昨夜とは変わったことだけに驚いている。流石の赤龍も、一晩では内装までは完璧には整えられなかったのだ。


「庭も素晴らしいのですよ」


 得意気な山本支店長に、お前の家でもあるまいしと、内心でつっこんだが、色とりどりのランタンに感嘆の声をあげる。


「これは素晴らしい! いやぁ、青龍さん、赤龍さん、白龍さんには、本当にお世話になりました」


 上機嫌な原田課長と違い、前田は李大人が新入社員の二人を上海に呼び寄せた件で、外務省の知人から盛大なクレームをつけられていたので、複雑な心境だ。




 山崎の御前は、東洋物産のアクアプロジェクトに便宜をはかるように手回ししたにもかかわらず、聡と黒龍が李大人によって上海へ呼び寄せられたのに動揺したし、他の龍人達も上海へ向かったと報告されて、高血圧で目眩がしてきた。


「なんたることだ! 龍が中国に取られてしまう」


 今更じたばたしても仕方無いのだが、天宮家の当主と東洋物産の社長を呼び出すように部下に指示をだす。



 李大人は、青龍の丁重な挨拶、赤龍が整えた屋敷、そして白龍が作った料理に感謝を何度も口にして、原田課長の胃には厳しい乾杯を何度も繰り返した。上機嫌な演技をしていても、李大人は四龍がそろった喜びと、中国に留めておきたいという欲望、そして実際に目の前にしているという興奮から、かなり動揺していたのだ。


「李大人の健康と長寿を祝って、乾杯!」


 飲みやすい吟醸酒なのもあって、俺はぐいぐい飲んでいた。今回は東洋物産が席順を決めていたので、李大人は上座で原田課長と家主の青龍に囲まれていたし、新入社員の俺と黒龍はもちろん下座だ。


 白龍は召し使い達に任せておけないと、席には付かなかったが、李大人側から天宮家の人々も一緒にと申し入れがあったので、赤龍も山本支店長の横に座っていた。前田さんは新入社員の教育係りでもあるので、下座の近い方に座っていたが、俺の世話を赤龍と黒龍が争うようにしているのに気づいて呆れた。


「ほら、魚の骨をとってあげるわ」


 赤龍がいそいそと魚の骨を取る反対側では、黒龍が蟹の身を殻から出している。


「二人とも、そんなことをしてくれなくても良いよ。もう、子供じゃないんだから」


 会社の人の前で恥ずかしいと、俺が二人から皿を返して貰おうとしているのを、普段は一番に世話をしている青龍はいらいらしながら眺めている。


『黒龍殿は初めから聡に気があるようだったが、赤龍殿もか? いや、冷静沈着な態度の青龍殿もだ。常に、聡から目を離さない……白龍殿も聡を可愛がっているとか……』


 李大人は日本での暮らしの報告書を思い出し、孤高の存在である龍が同じ屋敷に住んでいるのに、違和感を感じたのだ。何かが引っかかっているのに、それがわからない気持ちの悪さを感じた李大人は、その原因は普通の感じの良い青年にしか見えない聡がもたらすのではと気づいた。


『四龍を統べる者は、皇帝になれると中国では言い伝えが残っている。私は四龍を手に入れて、皇帝になりたいのだ!』


 かなり真相に近づいてはいたが、龍は人間になどに支配されたりはしない。龍は、黄龍のみに従うのだ。


「そろそろ、庭で音楽でもいかがでしょう」


 食事も終ったので、山本支店長は自分が提案した演奏会へと誘導する。


「おお、これは素晴らしいですなぁ」


 色とりどりのランタンの灯りが、庭の池に映っている。原田課長も、李大人を上手く接待できたと、ホッとしていた。


 山本支店長は張り切って、お茶席に案内し、四龍達に演奏を頼んだ。


「おや、青龍殿達が演奏して下さるのか」


 中国茶とは違う香りの日本茶を飲みながら、李大人は原田課長と雑談していたが、青龍が演奏席に向かったのに驚いた。


『四龍の演奏だなんて、そうそう聴けるものではない』


 赤龍が二胡、青龍が古琴、白龍が琵琶、黒龍が楊琴を演奏しだすと、誰もが夢の中に引きずりこまれる心地がした。


 俺は、初めは四人が上手く弾けるのに驚いていたが、二胡、古琴、琵琶、楊琴の音色が風に乗ってに登るような気持ちがして、上を見上げた。


『ああ! 満月だぁ! なんだか青龍が龍になって見せてくれた夜みたいだなぁ』


 四龍の演奏に乗って、俺の心も夜の空へと舞い上がる。うっとりと演奏に聞き惚れていた前田さんだが、横に座っている俺がうっすらと金色の光に包まれているのに気づいて驚いた。


「聡! しっかりしろ!」


 肩を軽く叩かれて、俺は心が夜空を飛んでいたのに気づいた。


「すみません、少し酔ったみたいですね」


 酔って発光などしないだろうと、前田さんは問い質したい顔だけど、李大人の視線を感じて口を閉ざした。


『なんだ? 見事な演奏で夢心地だったが、聡の周りが金色に光っていたような?』


 赤龍は二胡を弾きながら、ランタンの位置を少し調整した。


「なんだ? 前田君、騒がしいぞ」


 山本支店長や原田課長が、後ろを振り返った時には、ランタンの黄色やオレンジ色の影が、俺や前田さんの前のテーブルに落ちていた。


『さっき、聡が金色の光りに包まれていたように見えたのは、黄色のランタンの灯りがさしていたからか?』


 夜風に揺れるランタンの影は、テーブルの上や、頭の上にと揺れ動く。李大人も振り返った時に聡が金色に見えたが気がしたが、ランタンの灯りかどうか判断はつかない。


 外見的には冷静に見事な演奏を続けている四龍は、心の中では黄龍が目覚めかけているのを感じ取り、李大人や東洋物産の人達など、遠い所に移動させてやりたいと思っていた。


『さっき、空を飛んでいたと感じたのは、何なんだろう』


 演奏会も終わり、李大人を玄関の外まで見送りながらも、俺はぼんやりとしていた。

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