第34話 ハイテンションの巻き添え
「ここが親戚の家なのかね……」
唖然として立ち尽くす山本課長の感覚の方が普通だと、俺も溜め息をつきたくなる。昨晩は暗く沈んでいた庭は、バラが満開だったし、屋敷もこんなに綺麗だったかなと不思議に思う。
「ねぇ、昨日はもう少し古びた印象だったけど……ハウスクリーニングに屋敷ごとかけたのかな?」
赤龍が念入りに綺麗にしたのだろうと、黒龍は肩を竦める。
「我が……聡、そちらの方は?」
出迎えにきた青龍は、我が君と呼びかけて言い直した。
「こちらは、山本支店長です。山本支店長、こちらは天宮青龍」
山本支店長は凜とした青龍に圧倒されたが、商社マンらしく名刺をだして挨拶する。
「これは丁寧に、私は名刺を持っていませんので失礼いたします。聡と黒龍がお世話になっております。さぁ、家の中を案内いたしましょう」
黒龍はお世話になんかなってないと思ったが、山本支店長と青龍が家の中を見て回るのをほったらかす。
「なぁ、聡、庭の池を見に行こう。睡蓮は夜には咲かないから、今しか開いてないよ」
退屈な接待の段取りなど、黒龍は付き合う気はない。
『青龍、赤龍、白龍がついているんだから、なんとでもするさ。それより、今夜は満月なんだ! 前に聡が公園で金色の光に包まれたのも、満月の夜だった……龍神祭も真夏の満月の夜に行われるのは……』
まだ初夏ではあるが、もし聡が黄龍に目覚めるのなら、一瞬たりとも側から離れたくないし、他の龍からは遠ざけたいと黒龍は、庭へと誘い出す。
「でも、山本支店長が青龍と話し合ってるのに、僕達だけさぼっても良いのかな?」
戸惑う俺を、偉いさん達は勝手に話しあうだろうと、背中に手をまわして、庭へと誘導する。
「わぁ~! 本当に睡蓮が満開だね! 折角の睡蓮だけど、夜には花はしぼんじゃうんだよなぁ」
黒龍が睡蓮は羊花と呼ばれていると、俺に説明していると、赤龍が邪魔をしにやってきた。
『黒龍は聡を独占するつもりでしょうけど、そうはさせないわ』
俺が黄龍に目覚める日が近いのは、四龍とも感じていたみたいだ。俺も何となく自分の中で黄龍の存在を感じる。
「睡蓮は見て貰えませんが、ランタンをあちこちに飾ろうかと思っていたの。さあ、黒龍も手伝ってね」
色とりどりのランタンを、赤龍に指示されて、黒龍と俺は庭に飾っていく。
「おお! これは見事な庭ですね」
長々と青龍と李大人の接待の話し合いをしていた山本課長が、やっと満足して庭のチェックに出てきた。
「そのランタンは良いアイデアですが、これほど見事な庭があるなら、音楽とかも手配しても良いですね」
前から接待するレストランに、演奏を頼んでいたのだと山本支店長は、張り切ってスーツからスマホを取り出して、連絡しようとした。
「音楽なら、こちらが手配します。あちらにいる赤龍と黒龍は、優れた二胡や古琴の演奏者ですから」
長々と山本支店長の話に付き合わされた青龍は、その余りにもできなさかげんにうんざりしていたので、ろくでもない演奏者などを手配されるのは御免だった。
「しかし、失礼ですが、李大人をもてなすのに素人では……」
聡の会社の上司だからと、青龍は何回も腹を立てそうになったのを我慢していたが、ピキッと緒が切れた。
「なら、ここで私の演奏を聞いて、判断して下さい」
鈍感な山本支店長も、周りの空気が痛いと感じた。
「へぇ~! 青龍が演奏できるだなんて知らなかったよ。それに、黒龍も演奏できるんだねぇ。赤龍は、ちょくちょくピアノやギターを弾いていたから、上手いのは知ってるけど……あれ? 山本支店長さん、大丈夫ですか? 疲れたのかな?」
青龍の怒りの波動で、山本支店長はくらくらとよろめく。
「いやぁ、立ち眩みがしたんだ……しかし、このアクアプロジェクトを成功させて、私は日本へ帰国しなくてはいけないのだ。こんなところで、倒れている場合ではない」
黒龍は、結構しぶといなと、山本支店長の根性を見直した。
「急に日差しの下へ出たから、立ち眩みをされたのでしょう。ちょうど白龍がお茶の用意をしたみたいですから、中でゆっくりと青龍の音楽を楽しまれたら良いですわ」
赤龍は、今夜の接待で、自分と黒龍を聡から引き離して、庭で演奏させる計画を立てた青龍も巻き込むことにした。
久しぶりの日本茶と、和菓子で、山本支店長は復活した。それと、青龍の古琴の音色は素晴らしく、すぅ~とストレスが洗い流される気持ちになったのだ。
「いやぁ、先程は失礼なことを申しました。私はこのアクアプロジェクトに、人生をかけているのです」
青龍は、まさか娘の友里ちゃんと一緒に暮らしたくて必死だとは思いもよらず、山本支店長は仕事熱心な人だと誤解した。
「いえいえ、山本支店長の仰るとおりです。アクアプロジェクトを成功させましょう! そうですねぇ、三人では演奏が寂しいかもしれませんね。白龍、貴方も料理が終わったら、演奏に参加して下さい」
白龍が、俺は料理だけで手一杯だと断ろうとした瞬間、俺が凄いねぇ! と褒めた。
「白龍も演奏できるんだねぇ! 僕は聴いたことが無かったよ」
聞かせて! と言う俺の言葉に逆らえる龍はいない。
「俺は琵琶しか弾けないぜ、他の楽器は御免だからな」
赤龍と黒龍はどちらでも弾けるからと、二胡と楊琴を交代して演奏することにした。
「どうせなら、満月を見て貰いながら庭で……」
あれこれ注文の多い山本支店長に、赤龍も怒りかけたが、俺もそうだねぇと同意するので、庭でお茶やデサートを楽しめる茶席や、演奏席を準備しておくと頷いた。
「これで、李大人をもてなす用意はできたね! あれ? 僕達はランタンを飾る手伝いしかしてないけど……」
青龍は「我が君はそれで良いのです」と内心で呟いた。
しかし、妙にテンションが高くなった山本支店長は、何を呑気な! と新入社員を叱りつける。
「これから、李大人をお迎えするのですよ。絶対に失礼があってはいけません! 君達も、気を引き締めて下さい」
俺は素直に返事をしたが、黒龍は李大人なんぞとっとと帰って貰って、二人で夜景見物にでも行きたいと愚痴っていた。
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