第27話 上海!……前田視点
飛行機に乗るのも初めての聡を、黒龍は可愛くて仕方ないと世話をやいている。昨夜の殺気など微塵も感じない。
「ほら、シートベルトは腰の上に締めるんだ」
ビジネスクラスは二人ずつの席なので、前田は後ろに座った二人の会話を背中越しに聞いている。
『どう考えても、聡は龍には見えない……黒龍は……』
昨日の会議室での人間離れした黒龍と、冷たい圧迫感を思い出し、ぞくぞくっと身を震わせる。しかし、今の黒龍は上機嫌で、聡の世話をいそいそとやいている。
キャビンアテンダントがにこやかに新聞や雑誌を持って来た。前田はプレゼンの資料は暗記するほど読んでいるので、雑誌を受けとる。
「えっ! 雑誌を読んでも良いのかな? 書類をチェックしなおすつもりだったけど」
要らなければ断れば良いだけなのに、綺麗な女の人に弱い聡らしいと、前田は苦笑する。
「飛行機に乗ってる間、ずっと書類をチェックする必要なんか無いよ。ほら、聡! 見たがっていた映画とかもあるよ。離陸したら、一緒に見よう!」
片方は出張だとわかっているのか? と、叱りたい気持ちになる程リラックスしている。実際、黒龍は中国政府の思惑など知ったことではないと、この飛行中は聡を独占できるので、浮き浮きとデート気分だ。
「シャンパンでも飲むか?」と聞いて、出張だよと叱られても、全く懲りない。
『もっと、遠くなら良いのに……』
黒龍にとって残念なことに、上海に着いてしまった。
「ほら、さっさと入国手続きをするぞ!」
初めての外国なので、聡は見るもの総てに興味を持って、きょろきょろと辺りを見回す。前田は、今時の若者にしては箱入り息子だと、溜め息を押し殺して、入国カウンターへと急がせる。
「折角、ビジネスクラスで先に降りられたのだから、入国審査の長い列に並びたくない」
「前田さん、あちらの列が短いですよ」
ふらふらと中国国籍の入国審査のすいた列に行こうとする聡を、外国人の列に誘導しながら、まるで修学旅行の引率の先生になった気分になる。
『東洋物産の前田様、天宮様達ですか?』
どうみても空港職員には思えない、高級なスーツを着た男達に声をかけられる。
『そうですが、そちらは?』
丁重な物腰で挨拶する男達に、前田は警戒しながら尋ねる。
『私は李大人の命で、皆様をお迎えにまいりました』
丁重な物腰ではあるが、男達は前田に拒否などさせない雰囲気をにじませている。
『私達は仕事で上海に来たのです。原田課長と会う必要もありますし、滞在先のホテルに荷物を置きたい』
黒龍は聡を後ろに庇うと、きっぱりと自分の要求を口にした。
『承知しております』
低姿勢な男達は、入国審査の列を無視して、外へ案内する。聡は、良いのかな? と、カウンターの横に立つ警備員の横を、どきどきしながら通り過ぎた。
「ねぇ、パスポートにハンコを押さないの? 荷物はどうなるの?」
まっさらなパスポートに、入国のハンコが欲しかったと残念そうな聡に、前田はこいつは絶対に龍なんかじゃないと眉を顰める。
しかし、黒龍は聡に甘い。初めての海外出張の記念にハンコが欲しいと、聡が望むなら、李大人など幾らでも待たせておけば良いのだ。
『パスポートに、入国のハンコを押して下さい』
案内していた男達は、意外な要求に戸惑った顔をしたが、差し出されたパスポートを受けとると、入国カウンターの職員に高圧的な態度でハンコを押させる。
「何だか、僕達は特別扱いみたいだけど、これって中国政府にアクアプロジェクトを売り込むからですか?」
男の一人がカウンターへ向かった間に、聡がこっそりと前田に質問する。
「そんなわけ無いだろう! 私も何が何やら、わからないのだ。ホテルで原田課長と合流したら、説明して貰おう」
恭しくパスポートを差し出されて、ハンコが押してあるページを嬉しそうに眺める聡に、この緊張した雰囲気がわからないのかと前田は目眩がしてくる。
「あっ! 黒龍のも同じハンコだね」
「雑な押し方だなぁ! ちゃんと押しなおして貰うか?」
呑気に笑って、パスポートを見せ合っているが、お迎えの男達は荷物を受け取り、車へと早く案内したいと待機している。
「入国のハンコが2つもあったら、変だろう。さぁ、ホテルに向かうぞ」
そう言ったものの、空港の前に駐車してある黒塗りの車を見て、前田は固まってしまった。
『あの旗は……中国政府の高官の車につけられている旗では?』
『上海に滞在中は、この車をお使い下さい』
荷物は後ろの車に乗せて、案内の男一人が助手席に乗る。
「わぁ! 上海なんだね! あのヘンテコな塔は写真で見たことがあるよ」
丸い球形の上に尖った円錐形の先端部分が特徴的な、東方明珠電視塔を見て、聡は上海に来たのだと実感する。
「あれはテレビ塔だよ、夜景が綺麗だと聞いているから、見に行こう!」
新入社員の二人は、初めての海外出張に浮かれているが、前田は難しい顔をして、外の風景を眺める。
『どう考えても、おかしいだろう! まさか、拉致とかされないだろうな』
上海の渋滞には、前田はいつも悩まされるのだが、赤い旗の付いた高官の車は、専用のレーンを走って、スムーズに宿泊先のホテルへ向かう。
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