第25話 月曜日はブルー

「はぁ~」と、月曜日なのに、大きな溜め息をつく俺に、黒龍は複雑な視線を送る。


「そりゃ、土曜は赤龍とショッピングデート、日曜は朝から白龍と築地でデート、夜は青龍と親密に話し合っていたし……休日なのに、疲れちゃうだろうさ」


 金曜に酔い潰してホテルに連れ込んだ自分の所業は棚に上げて、黒龍は俺の眠そうな顔を見て、このまま何処かで寝ようかなんて言い出す。馬鹿か!


「あれ? 前田さん、もう中国から帰って来たのかな?」


 部長の部屋に入る後ろ姿は、教育係りの前田さんに見えたけど、帰国の予定は木曜の筈だと、俺は首を傾げる。


✳︎


「何だって! 中国側が天宮黒龍様と聡様から説明を受けたいだって!」


 前田が中途で帰国したのは、中国政府高官から非常識な要求があったからだ。


「未だ新入社員の二人を、わざわざ指名してきたので、こうして私が直接帰国して部長の指示をうけたまろうと」


 部長は、原課長は気づいてないが、前田は何か天宮家について不審に感じていると悟った。


「社長と相談してみなくては……それまでは、この件は内密にしなさい」


 社長と相談ではなく、そのもっと上へと相談しなくてはいけないのでは? 前田は中国政府高官の熱い視線を思い出して、外務省に勤める知人に揺さぶりをかけてみようと思った。


「やっぱり前田さんだ! どうですか? 中国政府の出方は?」


 無邪気に話しかける聡は、何処にでもいる優秀だけどおっとりとした新入社員に見える。側で難しい顔をしている黒龍は、自分が帰国した理由を察しているのではないかと、前田は背中がゾクッとした。


「留守の間、中国語の勉強はしていたか?」


 今回の要求はどうなるか社長の判断次第だが、アクアプロジェクトが中国に受注されたら、第一事業部の聡はいずれ中国に出張する機会もあるだろうと、教育係りの前田は考えた。


『ええ、勉強しています』


 初心者の直接的表現だが、思いがけず綺麗な発音なので、前田は安心する。


「黒龍は大丈夫なのか?」


 一応は聞いておこうと、前田は声を掛けた。


『前田さんが途中で帰国されたのは、中国政府が私達を呼び寄せようとしたからではありませんか? 私は何処へ行こうと構いませんが、聡は日本に留めて下さい』


 流暢な中国語で要求を述べた黒龍に、前田は驚いた。


「ちょっと! 黒龍、何を言い出すんだ! 前田さん、こいつの言うことなんか無視して下さい」


 ちぇっ! 話すのは初心者だが、聞き取りは上達していたと、黒龍は聡にきゃんきゃん叱られて、不機嫌に黙り込む。兎も角、黒龍は中国政府が二人を呼び寄せる理由に心当たりがあるのだと、前田は後で話してみようと考えた。


 黒龍から報告を受けた青龍、白龍、赤龍は、黒龍は何処へでも行けばよいと考えたが、聡に関しては心配していた。


「何故、中国に行かなきゃいけないのだ」


 白龍は中国の食材は安心できないと、手当たり次第に荷造りを始める。


「白龍、まだ聡が中国に行くとは決まってないわよ」


 青龍は黒龍からの報告を受けてから、茫然自失なので、赤龍が荷造りをしている白龍を止める。


「そうだ! 天宮の本家から手をまわして……」


 そんな事をしたら、聡が怒るのは目に見えていると、青龍はがっくりする。




 龍人達が心配している時、東洋物産の社長は脂汗をタラリと流がしていた。


「何故、こんな目にあわなくてはいけないのだ!」


 山崎の御前に電話でお伺いを立てたら、聡様の思い通りにとの返事があった。


「新入社員をこんな巨大プロジェクトに関わらせるのか? それも、受注した後ではなく……」


 思い悩んだが、この絶好な機会を逃したく無い経営者として決意した。


「龍であろうが、我社の新入社員なのだ! 取引先が新入社員に説明を求めるなら、それを優先するべきなのだ」


 強気の決定をしたものの、何か天宮家の二人にあったらどうしようかとも悩む。




 社長が悩んでいるうちにも、現地に残った原課長から、どうなっているのかと前田は催促される。


「部長? どうなっているのですか? 黒龍は聡は日本に留めておくようにと言ってましたが、何か理由を知っているのでしょうか?」


 部長は龍神を国外に出して良いものかわからなかったが、社長にもう一度聞いて来ようと、疑惑の目を向ける前田から逃げた。


「ええい! 中国政府からの要望なのだから、二方を中国に出張させよう!」


 顔を出した部長に、社長は宣言した。


「よろしいのですか?」と、尋ねる部長を、気楽で良いなと社長は睨みつけた。


「よろしいかどうかはわからないが、取引先が望んでいるのだ。受注するまでは、何でも叶えて差し上げなくては!」


 こうして、黒龍と聡は中国へ出張することになった。勿論、盟約を交わした青龍、赤龍、白龍も側を離れるつもりは無いので、中国へと向かう。


 山崎の御前は、龍神がそろって日本からいなくなるのかと、慌てた天宮家の当主を宥めるのに、汗をかく羽目になった。

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