第17話 凄いコネ

 会議に参加した社員達には、丸菱商事の極秘資料の件は口止めされたが、黒龍に対する目は微妙に変わった。黒龍はそんなことは蚊が刺した程にも感じてないが、俺は二度としないようにと叱った。

✳︎

 前田はこの優れた能力を持つ問題児と、その保護下にあるのに支配者である聡の教育係を辞めたいと心より願い出た。原課長は自分も他の部署に二人を押し付けたい気持ち100%だったが、能力の高さも見せつけられていたので悩む。


「研修期間中に他の部署に配属換えなどできないだろう。まぁ、ハッキングは拙いが、それで中南米は駄目だとはっきりしたのだし……それより、前田、あの二人は何者なのだ? 部長に尋ねてみたが、丁重に指導するようにとしか口にされないのだ」


 課長が知らないのに、主任の自分が知るわけないと前田は返事をしたが、あれから前に電話した知り合いから会いたいと連絡がきた。


 ブースに戻って、先日の話し合いを思い出す。外交官になった知り合いは、二人がパスポートを申請したので前田に会いに来たのだ。


「なぜ、パスポートを申請したのかだって? お前、馬鹿じゃないのか?  第一事業部は海外と取り引きするんだぞ。外国に出張だってあるから、パスポートは必要だろう」


 何処の国に行く予定があるのか? 二人は一緒か? と、矢継ぎ早に質問されて、前田はグッと踏み込んだ質問をし返す。


「天宮家とは何者なのだ? 外交官のお前が何故気にして、わざわざ私の所に訪ねてくるのだ」


 銀縁のメガネを掛けたエリート然とした外交官はコーヒーを飲み干すと、教育係ならしっかりと面倒をみるようにと忠告する。


「あの二方については、私は何も言える立場じゃない。兎に角、無礼な口は慎んだ方がお前の為だぞ」


 メガネの奥の真剣な目が、凄いコネだと教えていたのを前田は思い出した。


「前田さん、天宮さん達の歓迎会なのですが、今週の金曜日にしようかと思っているのです。ご都合は如何ですか?」


 思案していた前田は、女子社員のまとめ役の森から声を掛けられて我に帰った。


「ああ、金曜日なら大丈夫だけど、その主役の二人は出席するのか? 黒龍は歓迎会とかパスしそうなタイプだけどな」


 森はにっこりと微笑んで答える。


「大丈夫ですよ、聡君に先に話してOKを貰ってますから。例え嵐が来ようと、黒龍君は聡君だけで歓迎会に出させません」


「何だぁ~! それは……」


 前から二人の関係については話し合わなくてはと前田も考えていたが、女子社員達が変な妄想をしているので眉を顰める。


「まぁ、黒龍君の片思いですけどね」


 パチンとウィンクして他の社員達に歓迎会の出欠を取りに行く森の後ろ姿を呆れて眺める。


『惚れた弱味で、同じ会社に就職したのか? あの黒龍が?』


 前田は偏見はないと思っていたが、不遜な黒龍が片思いだと女子社員達が噂していると知って、くらくらと目眩がしてくる。


『でも、聡は……女の子が好きだよな……』


 半月だが一緒に行動していると、聡が街ですれ違う可愛い女の子を無意識に目で追うのを何度となく気づいていた。


『その度に、黒龍が話しかけたりして、聡の気を逸らしていたが……』


 前田は二人の恋愛事情には口出ししないことにする。   


「しかし、聡を社会人として独り立ちさせる為には、黒龍が常に一緒に行動するのは拙いだろう。どうにかして、二人を別々にしなければ……」


 新入社員の教育係を投げ出したい気分の前田だが、これもサラリーマンの辛いところだと溜め息をついた。





 歓迎会の後で話し合ってみるかと、前田が考えていた頃、山崎の御前と怖れられている人物は思いがけない訪問者を迎えていた。


「何だって! 赤龍様が……引っ越しのご挨拶だと!」


 同じ町内に引っ越して来たのでと、菓子折を持って来た赤龍に、御前はくらくらしてしまった。御前が大きな屋敷の奥から急いで玄関まで出た頃には、女中に菓子折を渡して赤龍は去った後だった。


「何故、赤龍様に上がって貰わなかったのだ」


 女中は、お待ち下さいと言ったけど、挨拶だけだからと立ち去られたと、半泣きで答える。困った様子で菓子折を差し出されて、山崎の御前も困惑する。


『龍が引っ越しの挨拶に来るだなんて!』


 兎に角、わざわざ引っ越しの挨拶に来たのには、何か訳があるのだろうと、秘書に調べさせることにした。


「東洋物産の第一事業部は水道ビジネスを各国に提案しているみたいです。前回はマレーシアの最終プレゼンまでこぎ着けたのに、他社に契約は持っていかれたそうです。今回は中国へターゲットを絞り込んだと聞いています」


 御前は挨拶に持って来られた菓子を見つめながら、聡様の仕事が上手くいくように手配しろと命じた。


「何故、同じ町内に引っ越して来られたのか……」


 美味しい菓子が、苦く感じた御前だった。

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