第109話 Event3:VS ユリア!


 ぴゅーっと、つむじ風のような効果音を立てて、シロウが去っていく。

 心配そうに一回、振り返りつつ。


「あらあら、姫様を置いていけばいいものを。

 まあいいです。ここまできたら同じこと。あと少しで姫様に会えると思ったら、追いかけるのも快楽です」


 止まっていた時が動き出す。ユリアさんは逃げるシロウを冷たい眼で見つめながらそんなことを言った。

 なんだろ。なんか、サドに目覚めてないか、ユリアさん……こんな人じゃなかった気がするのに。

「姫様成分が切れて、錯乱してるんじゃない?」

と、ノア。姫様成分て。恐ろしい。

「まあ、んじゃやりますか!」


 私とノアは身構える。ユリアさんはニッと笑った。


「さあ。覚悟なさい子供たち。

 私がゆっくり眠らせてあげる……」


 ほんと、キャラが違う。姫の魅力、恐るべし……





*******





「サラ、言ったとおりにしてね」

 ノアが言いながら、呪文詠唱を開始した。うむ、作戦はやや賭けの面があるものの、そうするしかない、という感じ。仕方がない、レベルが違いすぎるんだもんね。


 さて。私は……行動を開始する。

 ユリアさんはきっとものすごく攻撃力があると思う。たぶんノアだと一撃受けただけで瀕死、あるいは死んでしまうだろう。

 だけどこの戦闘にノアは外せない。ノアの魔法こそがユリアさんの唯一といっていい弱みだから。ノアは最強魔法をユリアさんにぶつけることが任務。

 そして私の役目は、ノアのためにユリアさんの攻撃を受け止める、壁になることだ。


 でも私は武道家。「庇う」なんてスキルは持ち合わせてない。

 それこそ、ユリアさんの上級職業固定スキルが「庇う」なんじゃなかったっけ……それはともかく。

 私には、さっき手に入れたスキルがある。


 戦闘開始直後。

 スキル「挑発」、発動!



「ばっかみたーい、姫様姫様って」

 私はべーーっと舌を出しながら、せせらわらった。ユリアさんが一気にこちらを向く。

「騎士じゃなくて、それ、ストーカーでしょ! だから逃げられちゃうのよ~だ!」


 ユリアさんがこちらを振り返る。そのらんらんと光る目……!

 あ。あははははは。怖くて笑いしか出ないよ!


 スキルにはいろいろあって。普通の攻撃を強化するものや、体力を強化する、装備型スキルや。治癒効果など、特殊効果のあるスキル。あとは「挑発」を含む特殊スキルがある。特殊なのも細分されるんだけど、それはさておき「挑発」は、戦闘前に使うことができる。成功率は高めの模様。時には失敗するらしい。「挑発! だけど敵はしらけている!」みたいな感じで。

 でもユリアさんは完璧にかかった。攻撃対象が、私に絞られる。


 さあ、ここからだ。挑発はターン頭に発動するスキルで、私は同ターン内、行動することができる。

 だけど。

 さっきノアはカンナに確認した。ユリアさんが私に攻撃した場合、どれだけHPを削ることになるのか。それは一撃で昇天するようなものか、あるいはそれは耐えられても、二撃は耐えられないものか。

 そこまでのヒントは得られなかったけど、平均的な騎士の基本パラメータと、ユリアさんのレベルを教えてもらえた。そしてこの戦いの場合、ユリアさんの攻撃力は冒険者相手の条件上、かなり低く収まること。そしてクリティカルヒットはこちらにはあってもあちらには無いということが分かった。そのへんは私たちのリンダポイントが「悪」と判断されるほど高くないからとか、そして平均レベルが低いからとか、参加してるイベント内容とか、色々な条件が絡んでいるみたい。

 で、結論として、二撃は耐えられるだろう。たぶん。でも三回の攻撃には耐えられないんじゃないか。という推論になった。

 ノアのパラメータの読みっぷりはかなりのものがあった。「見破る」というスキルがあるらしいけど、あの子は天然でそれ備えてると思う……

「まあ、死んでもさ。そのときはそのとき。仕方ないよね!」

「私はそういう運を天に任せるような真似はしないわよ」

 ノアはそう言っていたけど。



「どりゃああああああーーーーーっ!!」


 ユリアさんの剣が、一閃。私は、防御してそれを受ける。

 どすっという衝撃。それは剣で切り裂かれるような感覚ではない、もちろん。だけど重い。

 HPが削られる。30という文字が光る。


 大丈夫、これならまだ耐えられるっ!


「空から降りおりし滅びの大火は我々の希望をも灰と化す……舞い踊れ、サラマンダー……デスファイヤー!」


 ノアが、今一番強い魔法を注ぎ込んだ。ユリアさんが「きゃああああっ」と声を上げて炎を受ける。長い髪が乱れ、結構な衝撃だったみたい。


「この……誘拐犯どもめ! ちょこざいな!!」



「ちょこざいなーだって。変な台詞ーっ!

 センス疑っちゃうわ。そのへんの感覚が古いからこそ、姫様に逃げられちゃったんじゃなーい?」

「く、くくくくく」

 ユリアさんがまた挑発にかかる。なんというかかりやすさ。というか一回目の挑発がまだ有効だったんではないかとすら思えるくらい、彼女は私を攻撃する気満々だ。


「私の剣、祝福の長剣の特性を教えて差し上げましょう……」

 冷たい目でユリアさんは告げる。剣を構えながら。

「私の心が真の怒りに燃えるとき、攻撃力が増すのですっ!」


 どん、と地面を蹴る音がした。そして次の瞬間ユリアさんは既に間合いに入っている。私は無防備な状態で攻撃を受けようとしている……やばい、防御無効!?

「くらいなさいっ!」

「う、ああっ」


 その一撃は私のHPを53も削った。ちょっと、こんなの聞いてない……

 私のHPは残り30足らず……次のユリアさんの攻撃は耐えられない!


 焦ったところで、ユリアさんが元の位置に戻る。

 そこでなにかノアが選択した音がした。行動キャンセル!? まだ行動していないとき、そのターンは行動を一度だけ変化させることができる。狙っていた敵が既に消えているときに、行動キャンセルして違う敵を狙ったりできるの。でも、行動がそのターンの最後に回されてしまう。ノアは、魔法使いの遅さのため、元々最後の行動になってしまってるから困ることはないんだけど。

 そしてそのターンの私の行動は「防御」。キャンセルのタイミングが合わず、そのまま終わってしまったんだけど。



「え、えええええ!?」

 ノアが私のところにやってきた。なんでなんで? パーティアタック? まさか!

 とおののいたところ、ノアはびっくりするような行動に出た。


「くらいなさい!」


 美味しそうな生クリームケーキを、私の口に、つっこんだのだ。

 そりゃー確かに「くらえ」だけどほんとに食べてどうする。


「しっ、信じられないいいーー!! なにそれ。なにこれ」

 戦闘中にケーキ口につっこまれるってどういうことさ!?

「あ……回復アイテムか」

「こんなこともあろうかと。ケーキを買っておいて良かったわね」

 にっこり笑われても……嬉しくない。





*******





 そして私はまた挑発を発動させた。そのときにはこう何回もかかるわけない、失敗してもおかしくないと思ってたんだけど……いやー、入れ食いですよユリアさん。

「ほらー、バッチョ。見てごらん」

「んん? なになに、サラっち」


「右手の方向に見えますのは、イノシシ武者でございまーす☆ 横も後ろも現実も見えていませーん。姫様に捨てられた現実に、早く彼女が気づきますよう、祈ってあげてくださいね~」


 バスガイド風に言ってみた。

 ハチが八の字飛行しながらげらげら笑っている。

「サラっちに挑発、ぴったり! なんという底意地の悪さ!」

「うるさあああいっ」

なんて怒鳴りつつ。

 そのときのユリアさんを例えるなら、赤い特急列車。

 もー、まっすぐに私のところに向かってきてくれましたわさ。ケーキで回復したHPは20。つまり、さっきの攻撃をもう一回くらっていれば、次の攻撃には耐えられない。

 だけど私は、このターンは防御ではなく、自分のHP回復につとめた。アイテムの薬を摂取し、HPを回復させる。



「眠れる獅子は永遠の果て、眠りの中に封じられし炎熱よ、導きの声に従いて、現れよ!! スラッシュファイヤー!!」



 おおお!? 聞いたことのないノアの魔法が炸裂した。杖の先が大地をさすと、そこが赤く燃え、盛り上がってひび割れ、その下から炎の形をした獅子が飛び出してくる。

 なんて派手な魔法……

 あとで確認したところ、その魔法は1ターン目から使えないという条件があるらしい。


 避けることはできず、ユリアさんにその魔法が炸裂した。

「あああああああーーーっ」

 声を上げてユリアさんは炎に耐えた。


 だけど、その魔法では倒れなかった。

「ご、ごめんサラ……」

 ノアが青ざめて、謝る。

「魔力が……足りなくなった」


 そ、そうよね。いきなり戦闘開始だったし。ダンジョンの中でノアは何度も魔法を使っていたもん。MPが枯渇してもおかしくない。あれだけの魔法、食う魔力も半端ないだろうし。


「大丈夫、任せて!」

 次のターン、私は挑発を使わなかった。挑発を使ったら、その後の攻撃力が20パーセントダウンするという条件があるからね。結構いろいろ細かいのよね、このゲームって!

 私はドラゴンナックルを装備した右手を思い切り振るう。


 確信があった。もう、ユリアさんはギリギリだ。あれに耐えられても……これには耐えられない!



「く……っ、まだまだ……、わ、私の姫様への愛は……えい、え……

 がくっ」


と。ユリアさんは、倒れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る