第110話 Event3:悲しみの消失事件

 ユリアさんは倒れたまま動かなかった。

 私とノアは顔を見合わせ、

「……いっか」

「構わないよね!」

と、彼女を置いたままにしてダンジョンを進んでいくことにした。いや、倒したのはこっちなんだから介抱すべきものかどうか微妙だし……それに再び彼女が目覚めたら、そりゃーもちろん、襲いかかってくる……気がする。獣か!? てなもんだけど。いや、姫様に関しては獣でしょう、あのひと。


「シロウ、どこまでいったのかなあ……」


 ノアと私は洞窟を進んでいく。一本道なんだから、迷いようもないし。あんまり離れるとパーティから離脱することになるし、それにあのシロウがものすごい遠くまで行ってしまうはずがない。それは断言できる。隣の部屋から私たちの戦いを覗いててもおかしくない。

「そういやさ、ユリアさんとの戦いさ」

「うん?」

「三人で立ち向かっても良かったかもー?」

「………………」

 ノアはしばらく沈黙していた。


「いいのっ。あの場ではあれが最善の選択っ! 姫様がいたらきっとユリアさんの強さは三割り増しで、挑発も効かず、あっさりシロウ倒されて、姫様奪われてたに違いないんだからーっ!」


 あう。そ、そうだよね。あまりに否定できない。見えるようだわ……


「ひ、姫様ーっ見ていてくださいね、私の華麗なる完全勝利をっっっっ」

とハッスルするユリアさん。

 うん、もちろん。もちろんあれでよかったんだ……えーーと。


「……あれ?」


 ユリアさんと戦った場所から、細い道を抜けていく。すると、やや広めの場所に出た。なんか、ヒカリゴケみたいなのが発生してるらしく、たいまつが必要ないみたいだった。

 今はいないシロウが、コウモリランプを持っていた。私とノアがたいまつをもってる。さっき、私のたいまつに火をつけたのだけど……そういやたいまつは消耗品。途中で使い切っちゃうことはないんだけど、ダンジョンを出たら終わり。次入るときは新しいのを買わないといけない。


 バトルの途中で使い切ったら大変ーって心配したけど、そう言うことにはならないみたい。買ってればね。もちろん、たいまつ・ランプなしだと暗闇の中の戦いを強いられる。んでもユリアさんとか、ボス相手だと、相手が明かりを持っているという設定で、真っ暗な中で襲われるということにはならないらしい。


 そうだよね、真っ暗な中で

「お前たちの行く手を、ここで阻む! 我々の勝利こそ、運命ッッ!」

とキメキメ台詞吐いたって、しまらないわけでー。


 広間には、ところどころ草が生えている。天井からぽちょんぽちょんと水が落ちている。魔物はいない……ノアと私できょろきょろしてると、


「あ、あそこ道」

「あそこにも」


と、二本の道を見つけた。ちょうど鬼のツノみたいに、来た方向から見て、二時方面と十時方面に道がつづいている。んでもそんな広い道ではない。ノアと二人で二本とも確認した。右の道の先には、なんか四角い箱みたいなのが置いてある。左の道の先には、なんかヤリっぽい柱みたいなのが突き立てられている。


 それらをどうすればいいか、私たちにはまだ情報が与えられていない……。





*******





「シロウ……いないね?」

「もしかして、ランプ落として慌てて拾おうとしたところにモンスターが現れて、慌てて逃げようとしたところ転んじゃって、そのまま死んじゃったとか……?」

「まさかっ」


 想像に二人で青ざめ、慌ててウィンドウを確認する。

 そうして分かったのは、パーティメンバーのところにシロウの名前が、無いという事実だった。


 少しだけ、ほっとする。もしシロウが昇天しちゃってたら、そこにあるのは赤い文字によるシロウの名前表記だ。すぐさまダンジョンを出て、えーと虹の町まで戻らないといけないのかな……。


「ああ、びっくりしたぁー……ほんとに死んでたらどうしようかと思った。違うみたい……だけど」

「うん、これはどういうことかしら」

 ノアがあごに手を当てて考え込む。

 パーティからシロウが外れてしまっている。これは、

「まさか、シロウが私たちと行くのいやになって……てことはないか」

「うん。それはないと思う。もっと単純な話よ。たぶん……離れすぎたんだわ」


 距離を置きすぎたら、パーティから離れることになる。それはさっき知った。

「でも離れられる距離が決まってたんじゃなかったっけ?」

 職業によって、限界距離が設定されていたはず。


「だから、いやおうなく離れさせられるような……なにかがシロウに起こったってことじゃないの?」


 ノアの声を聞いて、なんか背筋がぞくっとしてしまった。

「なにかって、なに?」

「それはまだ分かんない。ユリアさんと戦闘した場所からこっちに来たわよね。間違いなく。シロウ、あさっての方向に進んでたりしなかったわよね?」

「うーー……うん……と思うけど。たぶん」

 自分でも弱い返事しかできない。

 あのときは今からバトルだーって血がたぎっていたから、正直シロウが絶対にこっちに来たなんて、断言できないよ。いや、でも、わざわざ違う方面に行くかな? あのとき、ユリアさんが迫ってきてたわけで。こっちに来なかったとしたら、ユリアさんの脇を抜けて向こうに進んでいったってことだ。

 それはさすがに無いと思う。

「そうよね」

とノアはうなづいた。

「シロウはこっちに来た。そして姿を消してしまった……」


 なんかここはモンスターが出ないみたいだった。一人でうろうろしてみる。細い道を進んでいき、地面に突き立てられたヤリを引き抜こうとしてみる。うーーん……無理! なんか地面と一体化してるみたい。よく見ると、地面に


「栄光あるコーデリア」


と書かれた板があった。

 違う方の道に進んでいく。そこにある箱は、宝箱とは違うデザイン。開けることはできないみたい。すぐそばに


「陰鬱なるユーデリカ」


と書かれた板があった。

 なんだろなあ。竜関連なのかなあ。しかし……意味が分からない。シロウが消えた意味も分からない。






*******





「サラーっ!」


 お、ノアが呼んでいる。慌てて広場に戻る。すると、ノアが眉間にしわを寄せたまま

「謎は全て解けたわ」

と言った。

「ほんと!? なになに。なんだったの!? シロウは、モンスターに襲われたのっ?!」

「いいえ違うわ。もっと古典的なものに引っかかったのよ」

と、ノアが指さした方向。

 私はごくりと喉を鳴らした。


「シロウ……期待を裏切らない子……っ」


 そこの地面、生えてる草が抜けてた。円形に。

 ぽっかりと、落とし穴が空いていた。暗く暗く、地底に向けて。まるで蛇の口の穴みたいに。


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