第107話 Event3:暗黒ピエロの地獄ルーレット

 一階のマップを探りつつ、私たちは戦闘を続けた。


 「やせた狼」というのが結構強くて、素早くて、連係攻撃まで決めてくるのでやっかいだった。目をぎらぎらさせた、その名の通りやせた灰色狼なんだけど、だいたい一バトルにつき3匹出てくる。


 そして「ガウーッ」と唸るが早いか、

「狼たちの連続攻撃!」

と、私たち三人に一気に襲いかかってくるのだ。だいたいは一人一匹受け止めればいいけど、ときに一人に二匹襲いかかったりする。襲われたのがシロウか私ならいいんだけど、ノアの場合は瀕死になってしまう!


 そのとき、ノアはふらりと倒れそうになった。窓を確認すると、まずい、HPが一桁になってる!


「このおぉぉーーっ!」


 力任せに攻撃を決める。ドラゴンナックルの効果が発動し、強力な一撃! とコメントが入り、普段の倍ほどの効き目の攻撃が入った。やせた狼はどう、と倒れる。続けざまに私の攻撃。既にシロウの攻撃を受けていた最後の一匹にとっては、それがとどめになった。



 ぴこ・ぴこーん。と視界が光った感覚。

 わあああ、レベルが上がった!



「まだ先だと思ってたのに!」

「強力な攻撃が決まったあとは少し経験値がボーナスされるんですよー!」

 カンナの説明を聞きながら、私はあがっていくパラメータを見ていた。攻撃に、素早さに、賢さもあがったよ、まいったな!

 そしてこれ、なんだろう。窓に、ピンクのリボンがついてる……?



「パンパカパーーン!」


 突如、視界に曰く言い難いモノが現れた。

 ルーレットにピエロの頭と両手がついてて、宙に浮いてる。


「おめでとうございまーーす! あなたはこのダンジョンで、栄えある777回目のレベル上げに成功しました」


 ピエロは変な声でそう言った。もじゃもじゃの白い髪がもみあげのあたりに密集してるのが気になるよ。

 なに、この、ありがたいのかありがたくないのかよく分かんないの。や、ありがたい……のか?

 ラッキー?

と、カンナを見ると全身から汗をふきだしている。真っ青になってアワワワワと泡を食っている。シャレではない。


「あああああ、暗黒ピエロの地獄ルーレット……」


 なんですかその名称だけで嫌な予感しか発生しない現象は。

 カンナはほとんど泣きながら説明してくれた。

「ダンジョンでレベルが上がったとき、ごくまれに現れる地獄の使者です……運が良ければいいものをくれますが、悪かったときは……」

 震えながらカンナは言葉を失った。

 ……なにこの逆ラッキー。





*******





「うふふふふふ、今回の仔猫ちゃんはキミかい? かわいい武闘家さんだ! よしよし、今日はボクと踊ってもらおうか。その舞踏じゃない? 失礼!」


 ピエロはいきなり下卑た笑みをたたえながらくだらないことを口にした。

 シロウは暗黒ピエロのあまりの顔面凶器っぷりに、真っ青になってノアの後ろに下がっている。あんた戦士でしょ! 面と向かって暗黒波動を受けてるこっちの身になってみなさいってのおお!


「じゃあ、ルーレットをはじめてもらおうか。ノンノンノン、反対は認めないよ……さあ、キミの幸運と、破滅と、未来と、死亡に、乾杯!」

 パチーンとピエロが指を鳴らした時、ルーレットが回り出した。

 いやなものに乾杯しやがってぇぇ……。

 しまった、盤面をガン見するの忘れてた。いきなり猛スピードで回り出したから、文字が見えない。つまりどこで止めて良いかも分かんない!


「ヒントをあげようかなあ。この赤いところで止まったら……死んじゃうかも知れないなあ? くすくすくす。黒いところだと……悲しみが終わるかも知れないね。ウヒヒヒヒ。……あれ、怖くないの?」

「……なんかあんた程度の喧嘩売りなんて、喧嘩売りのうちに入らないなと思って」

 私の手の中には、普段丹念に渾身にひたすらに喧嘩を売ってくるハチ形ナビゲータがいる。いきなり現れて爆笑してなにか言おうとしたからその瞬間つかまえて握りつぶしたのだ。

「……白いところで止まると、怒り爆発。緑色のところだと、ダンジョンが壊れちゃうかも? 今日のキミの運勢を、天と運にかけて、さあ、止まれと言うんだ、仔猫ちゃん!」

 つられて「止まれ!」と叫びそうになる。

 ぐっと踏みとどまる。相手のペースに巻き込まれたら、その時点で負けてしまう。

 ああ……でもいきなりこのイベントが終わってしまうようなトラブルだ。



「ごめん、二人とも」

 謝ったら、二人とも「いいよー」と首を振った。

「なんか、大丈夫な気がするし。サラ、好きなようにやって」

「そうだよ。俺だったらきっとダンジョンが壊れてしまってたかもしれないし。サラだったら運が良いし、大丈夫だよ!」

 ああああ、信頼が痛い。

 でも、こたえるよ!

「文字、見えなかった……」

 ノアは首を振った。

「なんか、英語じゃない、外国の言葉が書いてあった。文字見えてても意味分からなかったわよ」

 そうか。

 ここは、運を天に任せ……深呼吸。すーはーすーーはーー。


「止まれッ!!」

「その躊躇のなさが素敵だあー!」

「ふわおおおおおっっっっっ!!???」

 わめくハチを無意識で、おおきくふりかぶって投げてしまった。びゅうと一直線に飛んでいったハチは、なんと暗黒ピエロの顔面にクリティカルヒット。顔面曲がるほどの一撃が入ってしまった。


 そして。ルーレットが止まる。

 止まるとき、ルーレットの文字が変わった。矢印が指していたのは、ピンク色の三角。 その盤面には、


「スキル獲得」


とあった。


「いややーあああーーー!! 奇跡! 奇跡が起きました!! わたし、ピンク色で止まったの見るの初めてですううううーーーー!!」

 カンナが飛び上がった。

「すごい!? すごい!?」

「やったああ、サラ、良かったああー!!」

「わーーい!!」

 手放しで喜んでいるそばで、ハチが地面を転がる。そして変な恰好のまま固まっていた暗黒ピエロは、


「き、きさまら……ボクをこんな目に遭わせるなんて……ううう。コホン。良いよ。いまは許してあげるよ。ただしキミたちと、ボクが真の姿で出会ったときは……容赦、しないよ?」

「それはいいから、スキル! スキルゲットよね、早くちょうだいよ」

 手を伸ばすと、ピエロはなぜかぷるぷる震えていた。

 いやそうな顔をしたまま、ちょい、と私を指さす。するとピンクのリボンが伸びてきて、私の腕に絡まった。なに、これ。ブルーリボンとおそろいみたいな。


「あなたはスキルを獲得しました。

 以下のものから好きなスキルを選んでください」


 そんな窓が立ち上がった。


「睡眠:戦闘中に寝たらHPが回復」

「挑発:敵に喧嘩を売って、攻撃を集中させる」

「祈願:戦闘中に祈りが通じたら、MPが回復」


 うーーーーーんと。

 ちょっと睡眠は……かっこわるいというか。


「これ、祈願っていうのは、私が祈ったらノアのMPが回復するってこと?」

 質問すると、カンナはぷるぷる首を振った。

「いいえー。自分のMPです」

「これは結構レアなスキルだ……」

 いきなりモンタが口を挟んだ。めずらしい。

「普通に覚えるのは難しい。レア度でいったら、祈願はSクラス、挑発はAクラス、睡眠はBクラスだ……」

 ふーーん。

 でもそのレア度っての、実際のお役立ち度とはなんの関係もなさそうよね? ラストまで役立つかどうかはともかく、睡眠はすぐにでも役に立ちそう。や、戦闘中に5ターンとか寝ちゃうことになったらみんなに怒られそうだけど。


「そして私は、挑発を選んだ。その後、とても後悔することになるのだけど……でもそのときは、全く想像すらできなかったのだ。まさか、祈願があんなに役立つスキルだなんて!」


「なにいきなり蘇った上に勝手にナレーション決めてるのさ」

 ぎゅっと握ると、ハチはぐえっと鳴いた。

「いえ……その……なんだか、予知。みたいな?」

「嘘よね」

「嘘です」

 見下ろす、いや見下すと、ハチは怯えながらよろよろと地面に落ち、そしてそのまま正座した。

「うん。その心意気はいいね。ずっとそんな風に座ってるといいよ。八の字飛行とか言語道断ね?」

「ハチの……ハチの生活スタイルが否定されるゥゥ」

「で、バッチョ。あんたのオススメは?」


「ふぇ?」

 ノアとシロウも驚いていた。私が、ハチに意見を求めるなんて、今まで無かったもんね。


「えーーーとぉ。

 そのぉ……なんていうかあ」

「答えて」

「二人のおつきあいは、まだ早いっていう……かっ、グヘェェェ」

 踏みにじるとハチは不思議な吠え方をした。

「ええーーと……なんだかその、今は懐かしいゴースト屋敷で、

 かっこいいゾンビな武闘家がいたよ……ネ?」


 うん? ああ。いたね。あれ、画家……だったよね、たしか。

 ゾンビなのにえらくかっこよかった。そうだあのとき、敵が牛型のゴーストだったのよね。んで、画家ゾンビは、かっこよくポーズを決めながら、


「お前も牛の端くれならば赤いものに突撃せよ!」   


って、モンスターを挑発して……。


「……………………」

 私は足の下のハチを見た。

 そして拾い上げると、にっこり笑って(ハチは「く、食われるぅ」と余計なことを言ったが)肩に乗せた。ノアが「天変地異の前触れ……」なんていうけど。まあいい。


「挑発を、選ぶわ」

「了解したヨ」


 ピエロが何かちょいちょいと指さすと、ピンクのリボンが私の腕にまとわりついた。

 なんか全身がリボンまみれになる感じ……? まあいいけど。



「これはキミは挑発のスキルを身につけた。

 まあ、せいぜい後悔することだね、仔猫ちゃん……アッハハハハハ!!」


 そう高笑いしながら、ピエロは消えていった。

 だがしかし私は悔しく思ったりなんかしなかった。


「いきなり役に立つ訳じゃないだろうけど、でもいいよね」

「私としては睡眠が良かったかなあ。あと、祈願を覚えておいて、あとで魔法を覚えたときに役に立てても良かったかもしれないわよ。挑発って回復に関係ないし、この中では一番無しだったかなー、私としては」

 なんてノアに言われてしまった。

「ちょっとそれ早く言ってよお!!」



 そして私は、挑発を選んだ。その後、とても感謝することになるのだけど……でもそのときは、全く想像すらできなかったのだ。まさか、挑発があんなに役立つスキルだなんて!

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