第83話 Level 3:世界で一番我が儘な姫君 ~誓いの言葉を求めるならば~

「はぁぁぁぁん、なんて可愛い姫君なのかしら!」

「俺、どきどきする……そのまま死んでしまいそうだよ……ああ、アリエッタ姫の夢を見たい」

 安心しろ十分見とるわ。


 ものっすごく楽しそうな夢を見ている二人、そしてユリアさん。

 そしてアリエッタ姫はつーんと鼻を高くしてメイドさんがもってきたジュースを口にしている。


「ローズマリーの十字架が手に入るまで帰ってこなくともよい、と言ったであろ?」

 ユリアさんが、ぐっすんと鼻をならしてはい、とうなだれた。


「でも、おなかがすいたら帰ってきてもよいぞ、とも言った……

 ユリア、そなたおなかがすいたのかや?」


 あ。

 そのときの姫の眼差しはなんか、胸にずきっとするほどの可愛らしさがあった。ユリアさんは直撃を受けて、もはやいざ鼻血を出さん! て勢いだ。

「あう……あ、の……、いいえおなかはすいておりません」

 姫は目をおっきくしてぱちぱちまばたきした。


 うん。そうだよね。ユリアさんのこの返事は私も意外だった。

 そしてユリアさんは胸の紋章を誇るように張り、そして凛然と顔を上げて言った。



「姫、私はここに偉大なる勇者候補たちを連れて参りました。

 わたくしにはどうしても行くことのできない、竜の巣。そこに、姫の御為に! 行こうという者たちです」

「ほう?」


 姫がこちらを見た。


「し、シロウです! 戦士です」

 しゃちほこばってシロウが自己紹介する。そして隣のノアは上品にスカートをつまんで礼をする。

「ノアです。魔法使いです。得意技は、炎です」

「……サラです。武闘家です」

 もっと面白いこと言えばいいのにィなんて悪夢のように囁いてくるハチは無言で握りつぶしながら。



 桃のように可愛らしい姫君はふーん……と我々を見定める。





*******





「えらく、戦闘力に傾いたパーティじゃのう。

 まだレベルも低いのではないか? 特に装備に金をかけている様子がない……その魔法使いの杖はなかなかいい趣味をしておるが。

 まだそこまでのレベルに達しているわけではあるまい?」


 ……うっ。

 我が儘アンドちょっとおバカなタイプかと思いきや、なかなかの洞察力の持ち主でないの? この姫君。ていうかまあ、見たら明らかなのかもしれないけど……

 回復は薬草に頼っています!

 まだ、装備にズンドコ金をかける余裕はありません!

なオーラを見抜いているフシがある。


 そういや私は、そもそも装備とかにお金をかけるタイプじゃないんだけどね。なんかストレートに出口に突き進んで行くから金も経験値もたまる暇がないタイプのプレイヤーです! 全滅したらようやく2、3レベルをあげるかなって程度。


 しかしユリアさんのもってきたイベントは、



「竜の巣に潜り込み、色の違う卵を盗んできてたもれ」

(推奨レベル?)


 その谷があるのは、虹の谷。奥に眠る蒼い竜ガルディエントは聖なる瞳を持つといいます。その目に射抜かれた者は、己の邪悪さに絶望して死ぬ、と。その巣の中にある「色の違う卵」をもってきてください。



「たもれ」な口調ばかりに気をとられていたけど、そもそもほら。

 ガルディエントなんて荘厳な名前に早く気づいてよ私。それラスボス級の迫力じゃない?? かなりのレベルの戦闘力、武器、経験。もしくは「あまりの心の清らかさに、竜が心を開いた……」系のなんか違うポイントが必要とされそうな、感じじゃない?

「己の邪悪さに絶望して死ぬ」って。

 私とかノア、即死しかねなくない? シロウはさておき。



「大丈夫です姫君。

 私たちは、冒険者です。そこに冒険がある限り、挑み続けます!」


 そこに冒険がある限り、じゃなくてそこに宝石がある限り、でしょーー?

 早くちょっとでいいから絶望のひとつも経験して!?

 いや、まあそんな不可能なことは望むまい。

 颯爽と前に出たノアの言葉に、桃姫様はふーんと鼻を鳴らした。


 まあこのイベント、「竜を倒せ……」じゃないもんね。「色の違うタマゴを持ってきて」だもんね。いちおー、戦闘力必須! て条件のイベントじゃないわけよ。そうだったら、はじまりの時点から「あきらめろよ、な……」てモンタがつぶやきそうなもんだもの。モンタ優しいからそういうアドバイスはばっちりしてくれるもんね。カンナだって「ややややめといたほうがいいですぅ……」て言うもんね。

「ぎょぷっ! い、いまなんで握りしめたんですかボクのぷっくりボディを……」

「なんとなく」




 ぱしん、とアリエッタ姫は手を叩いた。


「よくぞ言うた。そこまで言うのならば、そなたたちにこのイベントを授けよう……」

 そして姫君は右手を挙げた。しゃらん、と手首に結んだ鈴の音がした。とても高く澄みきった音。





「わらわは、本物の宝石を求めておる……」

 メイドさんが姫の後ろについたてをもってきた。その表面に描かれているのは、物語調の絵。竜と、巫女と、ふたりの神。

 ひとりは、槍を持つ神。光の神。

 ひとりは、盾を持つ神。闇の神。

 ……光の方が武器なんだなあ、とちょっと不思議に思う。逆じゃないかなあ、なんて。どうだろう。なんて考えていたら、語られるストーリーが進んでいく。


「この世にあまたある伝説の中には、その真なる存在のありかをさししめすものがある。この世でただ一つ、運命をさししめし、暴虐を生み、奇跡を生み、円環のうちに光をもたらすという、真正なる神聖なる唯一の光。七つの輝きをもつ、オレイカルコス。

 わらわは、それが、欲しいのじゃ」


 オレイカルコス。この世の宝石の根元にして唯一の存在。


「そして、その宝石を手に入れるためには、七つの宝石を必要としておる。わらわはその宝石を集めておるのじゃ」


 メイドさんがそばにある箱をあける。

 するとそこには――――売り飛ばせば、七回生まれ変わっても毎回毎回豪遊できそうなほどの量の宝石がたーんとつめこまれていた。ものすごく豪快に、ダイヤも金も真珠もルビーもエメラルドも水晶も、ひとつあったらシロウにきんぴかの鎧が買ったげれるよね、なあれこれがすんごく無造作に。

 あああ。姫、自慢いらないから話をすすめて欲しい。ノアが大人しくしてる間に。杖を持つ手の力が一瞬ぐっと強まったのを私は見逃しませんでした!


「七つの宝石は、普通の手段では手に入れることはできぬ。これらの石など、その宝石の前では、文字通り石ころでしかないのじゃ。そなたたちに渡すこの情報は、七つの石に関するもの。心して聞くがよい」


 メイドさんが、歌い出した。

 ……一瞬とまどったけど、その声はとても綺麗だった。



 王都にきた占い師が告げた。姫の求めるものは西にある

 王都にきた占い師が告げた。姫の求めるものは竜が持つ


 腹の下にて百年をまつ

 炎の中で生まれ、育まれ、飛び立つ

 しかし命なきタマゴは炎の中でただ灼かれるのみ


 それぞ千年の炎にて灼かれたイグニス

 生まれ損なったその石こそが七つの真の輝きのひとつ!



 イグニス!

 杖を持つ手の力、どころか今や肩が震えていますノアさん。つーかこの宝石、手に入れたら姫に渡さないといけないよね!?

 根本的なところで過ちがあった。このおんなが、ただでやすやすと宝石を渡すもんか!!





*******





 やっぱり、やめた方がよくない? イベント参加。

 な気分がムンムンしてきました。けど、しかし。



「是非とも参加します! といいたいところですが、とりあえず仲間と相談したいです」

とノアがにっこりしたときは、あなたにも正常な判断力が(宝石に目がくらんでても)あったのね、と手を握りたくなった。

 シロウも同じ意見だったみたいで、驚いていた。

 ユリアさんがそうですか? とやや不安そうに首を傾げているのを後目に、私たちは部屋の隅に移動して円陣を組むように相談タイムを開始した。



「……んで、さー。どう思う?」

「うん……そうだよな。ちょっと、今のままの俺たちで挑戦していいイベントかどうか疑問だよな」

とシロウが話を受けると、ノアはえ? と不思議そうにした。

「え?」


「私が相談したいのは、あの宝石箱どうやって手に入れるかなんだけど」



 ちょ。

 ちょちょちょちょ、


「ちょっと待ったんてんかあんた! それ、それなにどういうつもりっ、えぇーーー??」

「そうだよノア。無茶苦茶だよ俺たちそんな、逃げられるのか!?」

「うん、考えてたんだけど。

 まずは姫君を人質にとる!」

 ノアはすがすがしいほど真面目だった。

 私のシロウの、ぽかんとした一秒。

「とらんでいい! なに、なんなのその危険思想! 同じオナラでも『俺のはフレグランス、お前のはテロだ』なんて言い訳をきいたときくらい無茶苦茶な展開よ!」

「サラの言ってることも微妙につっこみたいんだけど今はそれどこじゃなくて、だ!」


「ええー、だめぇ?」

「ぶりっこしても駄目! ダメダメ! なんか、私このイベントふつうに参加したい気分なのよね。なんたって、竜よ、竜! 冒険の中の冒険よ。ふつう、竜なんてさ、ラストあたりでしか出会えないよ。なのにこんな序盤で出会えるなんてそらもう奇跡て感じ? わー、サラうっれしーい!」

「し、シロウもうっれしーー、い……ごめんサラちょっとどころじゃない無理がある……」

「…………」

「でもさーー」

 ノアは指を唇にあてて小首を傾げる。


「このアリエッタ姫のイベントって、宝石を手に入れては姫に捧げる……、つまり私にとってはなんのうまみもないイベントよね? だから参加だけしてあとは放棄して逃げようよ」

「ほうほう、そうか」

「うん、だって……うえええっ」


 私たちの中央に、いつの間にかちょこんと姫君が入り込んで、いた。


「ほうほう、そなたら、そのようなことを考えておったとは……、わらわは、わらわは、」


 姫はとってもおおきなまなこに、うるうると涙を浮かべた。


「とても、かなしい………」


 そのたよりなさ、その可憐!

 ぴきーーーーん! とシロウとノアが凍りついた。それは、プリンセスボイス改良版、まあとにかくでかい声で巻き込んでほよほよ状態にさせるそれではなく、つつましく大人しく心のすきまに忍び込んでぬくもりを奪い取るそれ。


「ほ、ほわわわわわーーーん……!!!

 ひ、姫ぇぇ……なんて、なんて可愛い……ごめんなさい! わたしがわるかったんです!!」

「きゅぴーーーーーーん……お、俺も……俺も、悪いんです!! 早く姫に返事をしていれば!!」



 この期に及んで私はほよほよ状態になれないのだった。

 姫はそんな私に気づいて、ほう? と猫の子のようにいたずらっぽく目を細めた。うそなき! 超うそなきじゃないかこのお姫様め!



「そなた、運がいいのう。その状態でわらわの前に立つことができるとは。

 ならぱそなたにきこう。


 そなたたちは、わらわの為に戦うことを選ぶか?」

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