第24話 Event1:やさぐれパーティ


 扉を開けると雪国だった。

 なんて……パロってみたりして。


「サラーー……?」


と私を振り返ったときのノアの迫力。凄み。底冷えのする視線。

 怖い。といって足りなければマジ怖い。

 いや、しかし怖がってる場合ではないのだ。なにしろパーティメンバーなんだから。怖がるよりも、彼女が味方だったことの幸運をかみしめるべきなのだ。

「味方でよかった、というよりむしろ、敵じゃなくて良かったと言うべきですか」

 バッチョが言った。カンナは言葉なく耳を振るわせている。何かが起こったら一生懸命身を這ってでも止める覚悟を、カンナのその眼差しの中に見た。眼差しは。身体はぴるぴると恐怖に震えている。

 ノアは憤懣やるかたない様子で口を開いた。

「むかつく。ほんとにむかつくわ! どうして私たちのんびりやつの魔法が発動するの待ってたんだろう!? 全員で一気にかかっていけば良かったのよ」

「うーん、そうだねぇ」

「力の限り魔法連射したのに。サラだって連続で攻撃を決めたのに。全員で全力でかかればあんな小娘に吹っ飛ばされる余地はなかったのよ。

 先手必勝! その心を失ってはダメだわ」

「まぁでも、後手でも勝てばいいんじゃない? ホラ、後出しじゃんけんて手もあるし……」

 ぎらり、と光る目でノアはこちらを見た。

 刺されるかと思われ、背筋が伸びました。

「そうね。後出しじゃんけん、それもいいわね。問題はどうやってあの小娘の気を引くかだわ……たとえばシロウを使って……」

 恐ろしい計画が今練られようとしていますシロウ君。

 て、シロウはどこだろうな。またツボの中に入ってる、なんてことはないと思うけど。


 て、シロウとも再会した。ドーラと二度目に会った階段のところで。

 私たちを見下ろすシロウの顔つきにそこはかとない迫力があり、隣に立つモンタがその迫力に微妙な効果を加えて、二人の立ち姿はバッチョをして

「お怒りダァ」

と呟かせるほどのものだった。

 低い声で

「遅かったね」

 なんて言われてしまいました。シロウ、あんたもか。あんたも怒り心頭か。て、なんで私はすっきりこんとしてるんだろう……あ。


「二人ともー、飛ばされて悪いことばかりだったわけじゃないよ!」


と言うと、二人はゆらりとこちらを向いた。ううっ、やめて欲しい。


 スケルトンに襲われた部屋で絵を見つけた、と言うと二人も元気を出してくれると思ってただけど、しかしそれは愚かな早計だった。

 ノアは

「ふぅん、そうなの」

と妙に優しい声で言った。

「でも、それは最初に入ったときにあなたがふつーの注意力をはらってたらちゃんと見つけてた分じゃない?」

「…………」

「絵か……絵を探すんだったね……そうか、俺今そんなことどうでも良くなってたよ……そうだよな、絵か……で、それをどうしようって?」

 二人の心の荒廃ぶりがちょっと悲しくなってしまいました……私。

「サラさん、サラさん、元気出して下さい!! そんな、みなさんひどいですよ!! どうしてそんなふうにしか言えないんですかーー!! 花は大事なんですよ、全部で五本も見つけないといけないんですよ!!」

 ノアとシロウを指さしたカンナがそのまんま固まった。


「五本!?」

「五本!?」

「五本!?」


 私たちの声はシンクロした。

「私たちこんな所で腐ってていいのかってもちろんよくないわよね!!」

「罠の苦しさにはやくも本道を見失うところだったわ!! そーよ、謎解きしてこそ冒険よね!!」

「俺たち、今大事なものを取り戻したよな……!」

 私たちは円陣を組み、手を合わせ、オー!! と鬨の声をあげた。


 カンナはさみしく固まっていた。ぽん、とバッチョがカンナの肩を叩く。

「減俸ものですなぁ……」

「うわーんうわーん、そんなことないですぅ、うわーん! みなさんそんなひどいぃーー!!」





■ ■ ■ ■




 私たちは四本しか花を見つけていない。カンナ情報に照らし合わせると、あと一本あるはずだ……花。

「花の鍵を開けるのと、画家ゾンビの絵の具ってなんだか関係があると思わない? 花の絵、全部色が違うわよね」

「あ、そっか」

「うん、そうだよね」

「あのキャンバスにはすでに漆黒の薔薇の絵は描かれていたから、私たちが最初に見つけた花の絵はとりあえず開けに行かなくてもいいと思うの。マップを確認すると、二階には今のところ戻れないわ」

「ほんとに」

「え、そうなの!?」

「うん。画家ゾンビの階とマリア人形の階、そしてここゴースト夫婦の出た階はちゃんと階段でつながってるし、サラが来たっていう地下もはしごで行けるけど、二階とついでに一階は行くルートがないのよね」

 確かに。

 マップを確認したけど確かに二階への道は閉ざされてる。最初にドーラに飛ばされたときははなはだ激しく腹立ったけど、こうしてみればちゃんと計画のうちだった、てことか。小娘の気まぐれではなく。

「漆黒の薔薇は取りに行くことができない。キャンバスには黒薔薇だけあった。つまり私たち、絵を開いて絵の具を手に入れることになるんじゃ……ないかな。全然想像の域を出ないんだけど……」

「そんなことないよ!」

「うん、大丈夫だと思う。みんなで一緒にひとつ開けに行こうか!!」

 意気揚々と一歩踏み出そうとしたとき、バッチョが空中静止して私をいわく言い難い顔つきで眺めているのにぶつかった。

「なによ」

「あんたたち……考えてるのはノアさんだけだァ」

「……以下同文だ……」

「う、うるさーー!!!」

 単なる事実を言い当てられた私にはバッチョをしばくことができなかったのだった。


 で、とりあえず一番近くだったスケルトンと戦った部屋の薔薇の鍵を開けに行きました。


 美姫の唇を飾る色の薔薇というタイトルの絵だ。

「……なんで私が開けるわけ」

「だって鍵を手に入れたのはサラじゃない!」

「…………」

 い・い・ん・で・す・け・ど。

 そのような前奏曲はともかく。鍵を握る手が妙に汗ばんだ。やっぱりどきどきするよね。ダンジョンで宝箱を開ける瞬間。

 ……て、そういや私たちまだ洞窟系のダンジョンに挑戦してないや。一度は行くべきよね、洞窟系。回復アイテムも底をついて疲労困憊で辿り着いた部屋で見つけた宝箱に、ピラニアのようにたかる冒険者。ロマンじゃないですか。その宝箱がびっくりトラップだった冒険者。スペクタクルじゃないですか。

「サラ、うっとりしなくていいから早く開けてくれよ」

「あ、ごめん」


 ガチャ。

 って重い金属音と共に鍵が動いた。ぐるりと時計回りに鍵を回し、そして引っこ抜く。

「…………」

「…………」

「なにも、おこらな……」

 油断した。ガターン!!! と音を立てて額縁が落ちたのに私たちは本気で驚愕した。ノアの悲鳴とシロウの「だから言っただろ」て叫び。何を言ったんだあんた、というバッチョのツッコミ。そりゃそうだー……

 絵は床に落ち、落ちたあとの壁には出窓みたいなへこみがあった。そこには繊細な飾りのついた花瓶にさしてある、絵と同じ色の薔薇が一本。そして薔薇には妖精がくっついていた。

「サラッ! 逃がさないで!!」

 ノアの声と共に解き放たれようとした妖精を空中でつかんだ。私は夜中蚊を五匹倒したことがあるんである。両手だと風が立つからダメ。片手でつかむようにして倒すのである。妖精、またしかりである。



「いやー、いやー、どうして逃げる前に捕まえるのーー!!」


 妖精は鱗粉をまき散らしながら怒った。そりゃま、そうだわな。

 私の手の中で可愛い顔をつんとそらす。可哀相だけど、仕方ない。このまま妖精獲得追いかけっこなんてことになったら、みんなの怒りが再燃する。捕まえたあとの妖精が残虐ショーの餌食だっての。つまり私はこの子を助けた、ということね。


「いいわよ、ふんだ。あなたたち、知らないと思うから教えてあげるわ。

 聖女の名前は黒薔薇が知ってる。魔女の名は、白薔薇が知ってる。ほんとうのことは、ドーラが知ってる。

 でもね、この屋敷ではみんなが名前を失っているの。壊れたピースをあつめたところで、つながってできた絵は本当に元の絵かしら……?」


 そして、妖精はくすくす笑ったまま消えた。

 私たち、悩みながら薔薇を一本、手に入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る