第21話 Event1:カンナの提案


「……あったね」

「うん、あったね」

 私たちは絵を見てしばらくしんとしていた。絵の額の下の方には、鍵穴がある。でっかいなぁ……小指を突っ込んでも大丈夫っぽい。

「そう言えば昔こういう話読んだよ」

 ノアが話し出した。

「優しい娘は鍵のかかった扉を開けるために指をちょんと切って鍵の代わりにするの」

 そう言ってじーっとシロウを見つめるのである。

 ホラーである。シロウはあわあわと汗をかき、「そんなこといったって」と口の中で繰り返した。ノアはにっこりして冗談よと返す。いや、その、あんた冗談に見えないのがすごい個性なのよね。

「んでも、どうする、サラ?」

「え」

 どうするって何が。するとノアは眉をつり上げた。

「鍵を使うかどうかってこと! ちょっと、あなたあの小娘から鍵をかっぱらったこと覚えてないんじゃないでしょうね」

 うっ。

 指さされて窒息しかかりました。

「そ、そんなーっ、そんな大事なことをどうして忘れることができましょうや。いや、忘れるなんて不可能です」

「棒読み」

 からいツッコミを受けつつアイテム入れから鍵を取り出したとき、シロウの顔は見物だった。ぽかーんと口をまんまるく開いていた。

「……それ、あの、最初に出会った女の子が持ってた鍵? ……君たち二人であの子、倒したのかい!?」

「違う違う」

 モンタが「……どういうことだ」とカンナにせまっている。そして私は情けないスキルを披露させられて屈辱の極みなのだった。

 ところがシロウの反応はひと味違った。感心してくださったのである。


「へえええ! スゴイね、サラ。君がいたらモンスターからアイテムを奪うことができるのかな。

 あのさあのさ、俺、ある場所でファンキー☆モンキーっていうモンスターに出会って相当アイテム盗まれたんだ」

「……ファンキー☆モンキー!? なにそのふざけた命名」

「俺がつけたんじゃないよ」

 私は、出会う前からファンキー☆モンキーに敵愾心を燃やした。それはもはや太字にして明言しておかねばなりますまい。ファンキー☆モンキーだと!! なんかこう、怒りが沸々とわいてくるネーミングセンスじゃないか。しかも盗み系。

 けっこういろんなゲームをプレイしてきたけど、私は盗み系ほどうとましく呪わしく怒り心頭、こっぱみじん徹底残酷完全犯罪切望、スペシャル嫌いなものはないのである。

 スライム!? あんなのただの色つき溶けっぽタマネギである。


「いやだから、今そのお猿さんはいないから落ち着いて、サラ。

 今私たち考えないといけないことは、この鍵を使ってしまうかどうかよ。そうでしょ?」

 ノアが言った。

 そりゃあ、そうだった。そうよね。それは、


「それは問題だ……」

 シロウは腕を組んで考え込んだ。




■ ■ ■ ■




 死者を見上げた花、だ。

 入り口のどくろは言いましたさ。

「一度しか言わない。聖女は魔女に敗北し、首をくくって死んだ。その根本から生えた花を悪神に捧げるものには幸いが訪れる」

と。

 ……とすればこの花は核心ぽいよね。まさにそのまま、死者を見上げた花、だもん。

「いいんじゃない、開けちゃったら」

「でも一回こっきりしかチャンスはないかもしれないのよ。危ない橋は渡れないわ。これで全部の花を見たとも思えないし……」


 私たちが見つけたのは。

 一階ではじめに入った部屋で、魔女が愛した漆黒の薔薇。

 三階のゴーストと戦った部屋で、美姫を嘲弄した口きく花。

 そして今ここで、死者を見上げた花。


 確かに結論を出すのは時期尚早、である。しかし。

「うーーーーーん……」

「だからさ、鍵を手に入れるのが早すぎたんだって。アイテムと一緒に手にはいるはずだった情報をすっぽぬかしてるんだよ、きっと」

「私の生き様になにか文句がおありのようね」

「いや、別にそうじゃないけど」

「そうじゃなかったらなんなのよ。え、どうなのよ」

「だから俺は……」

「あーっもう、ケンカは外でしてくれる。好きなだけののしりあえばいいわ。心の底まで本音でぶつかり合えば」

 非常に冷たいノアの仲裁だった。仲裁っていうか、仲裁じゃない。

 私はため息をついて悪かったわよ、とこたえた。


「おっ、サラッチ大人だねぇ」

「いいえ、子供よ?」

 ぎりぎりぎりぎりつかむとハチはオタスケーと鳴いた。

「あんたナビのくせにできることは茶々を入れることだけかい」

「お前の入れるお茶はうまいねぇと祖母にほめられて育ちました」

 ぎりぎりぎりぎり。

「ああ~っやめてくださいやめてくださいサラさん! そのままではバッチョさんがつぶれてしまいますぅ。バッチョさんも、どうしてそうライオンの口の真ん前で羊のラインダンスみたいな真似をするんですか」

「ばかな……奴だ……」

 ナビたちに止められてはハチ寿司をにぎってる場合ではない。


「えーっと、その……そうですね、私たちがアドバイスできるとしたら……確かにここで鍵を使うのは時期尚早とも言えますし……ぐたぐだ悩んでいても仕方がないので一気に使っておしまい、とも言えますし……えーとえーと、でもその、このフロアはまだ完全に制覇しているわけではないので……マップを埋めてはどうでしょう……か……なんて……ごめんなさいごめんなさい」


 全員その意見に納得した。というか、カンナのいじらしさにほだされた。




■ ■ ■ ■




 歩き出す前に、さんざん走り回って疲れたノアとシロウのHPを回復させることになった。二人ともかなり減っていたのである。妖精イベント恐るべしだ。

「あの妖精、ハエみたいにすばしっこかったんだから! こんなことなら私が絵の中に捕まれば良かったと思ったよ」

「俺も……」

 アイテムボックスの中にはかなり薬草が入ってたはずだけど、そろそろ心許なくなってきた。だってこれからまだ敵が出てくるはずでしょう。

「節約節約、これ大事よ!」

「命は節約できないよ……」

 いやしかし薬草がなくなっては旅路は黄泉路だわ。そろそろ考えてアイテムを使わないといけないだろう。いやそもそも考えて使うもののはずだけど、アイテム。


 話しながら廊下を歩いていた。情けない男の絵ばかり飾られている。マリア人形の部屋をL字に取り囲むような格好の廊下で、曲がり角を曲がると階段があった。妖精を追いかけ回したけど、妖精はこの階段の上には行かなかったらしい。


「……んじゃ、行ってみようか」

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