第20話 Event1:入れ替われ!
そして、マリアは目を閉じた。すると彼女の身体を取り囲んでいた光は消え失せて、私たちは我に返って互いの顔を見回した。
マリアは人形に戻ってしまったみたいだった。時計のちょうど下で両手を組み合わせて立っている。
試しに話しかけると、
「私は待っています……」
とウィンドウが立ち上がった。
「ちゃんと条件を満たさないと、ダメみたいだね」
ノアが首を振った。
「でもなんか核心ぽくない!? このイベント。選んで正解だったね。はじまりの封印だってさ! はじめのイベントで勇者発生! なんてことになったらどうするどうする!?」
「サラ」
ノアは妙にまじめな顔で私を見る。
「あなた、本当にここにリンダリングとかいう何かがあると思う」
「え」
考え込んだ。頭を傾けると、ハチが落ちた。
「………ないような気が」
「そう。で、魔女と聖女どちらの名前を呼ぶ」
「………なんとも言えないけど、魔女かな」
「そう」
「て、ちょっと待てよ! ノア、君はサラの意見を採り入れたりしないだろうな!?」
シロウが割り込んだ。ノアはニッと笑う。
「採り入れたりしないけど、参考にはするわよ。あなたこの子のカンの恐ろしさを知らないからそんなこというのよ。当たるわよ~サラのカンは」
「そうなのかい?」
「当てにすると外すんだけど、参考にしなかったら結構当たるの。分かるかなー、この微妙さ」
「う~ん……分かるような分からんような」
とても、かなり、すごく、誉められてる気がしないのですが、たぶん気のせいではないでしょう。
そして私たちは人形たちの間を出ることにした。
私とノアが来たドア(絵画男がいたところね)はもうマップ的にどんづまっているので、シロウが来た方の扉を出ることにする。二枚の絵を真ん前に見て、右手側にちょんまりと存在している扉ね。
出ていく前に振り返った。
マリア人形が固まっているその上。聖女と魔女の絵。幻想の中でみた二人そのまま、というわけにはいかないけど(油絵だし、デフォルメもされてるし)、二人のイメージはあの絵の通りだ。
黒い薔薇を背景にした魔女。肩にカラスをとまらせて、そむけた顔の造作はのぞくことができない。
白い薔薇を背景にした聖女。飛び立つ鳩を追うような手の仕草。綺麗な横顔にその唇はいやに赤くて。
嘲笑されている気がした。
■ ■ ■ ■
部屋を出ると、廊下だった。結構広くて、たくさんの絵が壁に並んで掛かっている。
「この中に花の絵があったりしてぇ」
「ははは、そんなわけないって」
あったりして。なんてこともなく、退屈な絵が並んでいる。鍬をもつ男の絵、沈黙して妻を待つ男の絵、絵筆を握り料理をする男の絵、遅刻をして神父に謝る男の絵。……などなど。
シロウは怖くてほとんど情景を見つめる間もなく走って走って走り続けてあの部屋に辿り着いたらしい。
途中、倒れているゾンビがいた。倒されているらしかった。
「記憶にないんだけど……もしかして、俺かな?」
「経験値が増えてるならそうじゃないのぉ」
「あ!? 増えてる。すごいなぁ。落ち着いて歩くと、大したことないよね。なんで俺あんなに怖かったんだろう。あー」
「そりゃレベルが低くなってるからですよ」
バッチョが言った。
「このダンジョン、言ったでしょう。怖すぎて病院に駆け込んだり精神に傷を負う者が続出したって」
病院だと?
「だからレベル0のシナリオにするにあたって全体的にオソロシー部分とかどうしようもない部分を取り外したんですよ~」
カンナがぴょこぴょこ跳ねながら言った。
あれ? カンナの声に合わせてなにか可愛い声が聞こえたような。
「助けて! 助けて! ああ、ようやくきづいてくれた!」
わあ。なんてこった。壁に掛かってた一枚の絵に描かれた妖精が、ガラスに隔てられたみたいに絵から出してと壁を叩いている。壁というかなんというか。
黄金の羽をもつ緑色の目の妖精だ。大きさは、手のひらよりおおきいくらい。
「かっわいい! 早く出してあげようよ」
「どうやってよ」
しかし、シロウはほんとにこれに気づかなかったのか。本当に怖がりなんだな。
私たちは絵を前にして考え込んだ。
「お前たち、よく考えろよ……」
シロウの肩にいるモンタに言われてしまった。
「言われなくても分かってるわよ」
「そうだよね。あ、ねぇ妖精さん! どうすればあなたを助けられるの?」
妖精は鱗粉を飛ばしながら首を傾げた。そして悩むように手を口に当てて、そして小さな手で私をちょいちょいと呼んだ。招かれるまま、顔を近づける。
「なに?」
にこにこして妖精は、もっと近くに、とおいでおいでをする。
そして顔を近づけた。
「あたしと、入れ替わって……!」
とたんに私の身体は水みたいに柔らかくなってずるりと絵の中にとけ込んだ。感覚的には一瞬だったので、背筋に悪寒が走ったくらいのことしか分からない。気づくと私は絵の中にいて、飛び立つ妖精と、びっくり顔のノアと、ほけっとして飛んでいく妖精を視線で追いかけるシロウを見ていた。
ばんばん壁を叩くも、絵から出ることはできない。私は両手を振り回しながら、早く追いかけてその馬鹿虫をーーー!!! と叫んだ。
「大変まぬけな有様ですなぁ……」
一緒に吸い込まれたらしい、バッチョが呟いたので、踏んだ。
「ギャッ もうもうもう、サラさん! 最近ボクに対する扱いがおざなりであること、出涸らしのティーバックの如しじゃありませんカッ」
「カッて。うーん、でもそうかもね。ゴメンね。でも、それがあんたには相応しいから」
「謝ってないですそれは! ああ、ボクをナビに選んだ幸せに万人が嫉妬するようになるというのに、どういうことですかホンマに」
「ホンマにその自信はどういうことなんですか。もう! こんな場所に閉じこめられるし! どういうことなのよッッ」
「あなたがおマヌケさんだからですよ。モンタ氏がよく考えろって言ってたじゃないですかぁ。考えてるって言ったのはあなたですよ。あ、違ったノアさんだった」
「………あーもー」
妖精は大変素早かったらしく、二人が疲れ果てて帰ってきたのはかなり後になってからだった。妖精は口汚く私たちを罵り、つかんでいるシロウの手を噛み、絵の中に戻さないでと懇願したのだが、疲労困憊で怒りに燃えているノアを止められる者なんてこの世にはない。
「モナリザが絵から出たいって言ったら誰もが止めるわよ。だけどね……あなたが出たいっていってもね。ねぇ、考えてみて。それ、なんの意味があるの。ね、ないでしょ? そのくせに入れ替えないといけないってその図々しさが致命的にダメよね。
だからね、さっさと絵に戻ってね。それから消しゴムで消したげるから」
妖精さんは言葉の暴力でブルブル震えだし、消さないでーいやー妖精殺しーーとわめきちらした。
私は妖精の耳に「入れ替われ!」と叫んで外に出た。
そして、私は絵の中に戻した妖精を見ようと振り返った。すると、絵は一変していた。
死者を見上げた花
とタイトルのつけられたそれは、孤独に一本咲いている、白い薔薇の絵だった。
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