第19話 Event1:聖女と魔女

「私がこの屋敷にいたのは、遙か昔。最後の宗教戦争が起きた日です。

 聖なる神をたたえるもの、悪なる神をたたえるもの、二つの陣営はこの地で戦うことになりました。なぜなら、この地には封印があるからです」


 ……封印?


「それは、はじまりの封印と呼ばれています。大いなる力を与える神々の贈り物だといいます。

 ……でも。そんな伝説が伝わるばかりで、人々の前には決してそんな封印はあらわれなかった。

 夢見てあがくものたちがひたすらに醜くののしりあう。我こそがその封印を手にして、そして最後の巫女のもとに至るのだと……。

 力は、求めるものには与えられはしないのに」


 マリアは両手を祈りの形に組み合わせて瞑想するように眼を閉じて語る。

 私たちはしんとして聞き入っていた。



 突然視界が真っ赤になった。

 どういうこと!? と周りを見回すと、仲間たちはいなくなっている。

 混乱する頭に音楽がそそぎ込まれる感じで、バイオリンをかきむしるような音が耳の奥で響いている。


 視界に広がるのは、古びていないこの場所。

 過去?


 戦いが起こっている。

 この場所はその舞台になった。


 聖邪の神の争いとはなんの関係もない人間たちの戦い。武器を振り上げて、それでも神の名前を唱える。


 ……て、ナレーションがきこえる。これはたぶんマリアが見せてくれてるんだろう。人々の戦いは熾烈で、生々しく、残酷だ。大きな魔法をぶっ放す奴なんかもいて、戦局は二転三転している。

 やがて、彼らの間を割って一人の女が現れた。

 白い服を着た、髪の長い女。神官らしい。両手を天に差し伸べて彼女は祈る。真摯で激しい信仰の言葉を。

 すると奇跡は起こった。戦場に倒れていた兵士たちが続々立ち上がる。

 それを見て、でも私は思った。聖女って、自分と信仰同じものたちしか助けないんだな。

 すると、違う方向から、また女が現れた。

 対照的な、黒い姿。白い女が毅然と顔をさらしているのに対し、こちらは顔を隠している。見るだに禍々しい。すぐに分かる、これが魔女だ。

 魔女は両手を地面に向けて、長い詠唱をする。地の底に響く声は彼女の呪いなのだろうか。


 そして、地面を割って、漆黒の竜があらわれた。悪竜召還。レベルの高い召還師に許される力だけど、邪竜は、信仰を極みにまで高めた暗黒司祭にも使役することが許される。聖なる司祭には聖竜があるかというと、そうでもない。暗黒には暗黒に行くだけの価値、強大な力があるんだ。


 竜は大地を蹂躙する。木の葉のように人間が吹き飛ぶ。

 聖女は嘆き悲しんで問う。


「どうして、どうしてあなたは私を許して下さらないのです。どうしてそんな風になさるのです。もとは姉とも呼んだものを。

 あぁ……、……――――……」

 聖女の口が何かの言葉を吐く。だけど聞こえない。

「私の名を呼ぶまいよ、妹。純潔の――――」

 こちらも、名前を呼んでいる部分だけは分からない。

 しかし、魔女は声まで呪いがかけられているみたいだ。カラスのようにかすれ、聞き苦しい。比べて聖女の完璧さはどうだろう。嘆き悲しむ姿までがきれいなのだ。

「ならば、わたくしの名も呼ばれますまい。それは呪い。この世に破滅をもたらす、鍵のひとつなのですから」

「お前は封印を手にしたね。私から全てを奪っただけでは飽きたらず」

 魔女が憎々しげな声を吐き散らす。

 全てを奪う? なにをいっているんだろう?

「あれは人が手にしてはならないもの。わたくしも、人の子に過ぎませぬ。どうしてわたくし如きものがあれを手に入れることがかないましょうか」

 聖女は清冽な雰囲気をたたえたまま答えた。魔女の糾弾に身じろぎすらせず。真っ向に、立ち向かう。

「お前を聖女、とよぶものは永遠に呪われてあれ。そんな頭はカカシと取り替えておしまい。どうせ大した違いはないだろうさ。

 私が、どうしてこんなことをする、という。なぜって?」

「心まで、暗黒神に染められてしまわれたとおっしゃるの」

「ならば問うよ。善神と名乗る看板に頭をぶつけて混乱しちまった犬ども。お前たちが信じ命を賭けているものにどんな価値がある? 聖女と名乗るその女に命を捧げて喜ぶのは一体誰なんだい? ……もう、そんなことはいい。かえらぬものを請うたとて、やけただれた己の顔が惨めになるだけ。だけど、これだけは手に入れてみせるよ。


 リンダリング。はじまりの封印。その力に相応しいのは、我が主、ギュンター様のみ。

 いいから、お出し! お前が隠し持っているのだろう!!」


 ギュンター様。

 と魔女が呼ぶ名はひどく印象的だった。

 私たちは、後に出会うことになる。暗黒公ギュンター。その極悪なまでに性格の悪い騎士に。

 そして、リンダリング。

 それははじまりの封印だという。


 なんかこう、もりあがりだしてない!? とか騒ぎたくなるけど、誰も聞いてくれないからだまっとくことにしよう。

 んで、二人の戦いは続いた。

 聖女は奇跡をこいねがい、魔女は邪竜召還を繰り返す。お互いに命を削りながら、戦っている。

 二人は姉妹なのだと聞いた。



「私は……リンダリングなどもってはいない……

 ああ、どうか……お姉さま。救いの名を持つあなた。あなたにこの言葉が届かないのなら。


 どうか……この心の届く誰かよ。私の言葉を聞いて。

 私はこの命を捧げて封印の鍵を閉じた。門を開けることになるのは我が真の名を唱えるもの。我が屋敷の最奥にある門を開け放ち、そして見て欲しい。


 純潔の聖女、背徳の魔女。

 あなたはどちらの名を唱える?」






■ ■ ■ ■




 突然聖女の声の質が変わり、私たちは元の場所に立っていた。


「見ましたね、彼女たちの姿を。

 私は……分からないのです。彼女たちは戦いました。原因は知ってのとおり、大いなる力を得るため。あなたがたはどちらを正しいと思われましたか。

 心が決まったのであれば、その扉を超えて往かれるがよい。


 ……だけどあなたがたはまだ、『名を求める子供』の封印を解いていない……夢見る鍵を手に入れていない……花の絵の扉を開いていない……

 どうか、あなたたち。早く、この屋敷の呪いを解いて下さい。その扉の向こうには、あなたがたを待つものがある。さぁ、すべての鍵を手に入れるのです、冒険者たち」



 ヒントをありがとう、なんて、色気のない台詞を呟いたのはノアだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る