第17話 Event1:HP1パーティVS呪われ人形ども


 今。

 目の前にはゾンビみたいにどろりどろりとした緩慢な動きで迫ってくる人形たちがいる。

 彼らは満面に気色悪い笑みをたたえて、にじりよってくる。リーダー格のお人形マリアは抜けた首を右手に持っていて(縦ロールを自分でつかんでるんだから!)、その首が気さくに喋りかけてくるのであるからジ・エンド感漂っている。


「まりア、嫌い嫌いきらイ嫌イ! アンたたちなンか、死んジャエー!」


「そんなこと言われて死ねるか! ちょっと、ちょっと、ああっもう、シロウーーー! でてこないかーー!! 戦闘でしょうが、あんた、戦士でしょお!? 私たちの盾になるのが戦士のつとめじゃなかったっけぇぇ?」

「それは聖騎士だよー! それに俺、出てっても役になんかたてないよ」

「なんでさ」

「HP1だから。俺もそいつらにやられたんだ……三時になったら動き出すんだよ、ここの時計進むの早くてさ。すぐ三時になっちまうんだ」

「バカー!!」


 私とノアは壺を背にして寄り添った。

「ど、どうする?」

「初ダンジョン初全滅なんて……! 復活するお金ないよ! きっと! 借金!?」

「いやだー!!」

 げらげら笑いながら人形たちは私たちを取り囲む。逃げようにも、すっかり包囲されていて。弱そうな所を狙って逃げようにも。……魔法使いってそんな素早くないと思うし。私だけ逃げるわけには。


 そして、人形たちの攻撃が始まった。

「死ンじャェ!!」

 マリアが首を持ってない方の手を上げると群の中からタキシードを着た男が飛び出してきた。男は気色の悪い笑みをたたえて出刃包丁を繰り出してくる。

 出刃包丁。

 出刃包丁ですよ、あなた。しかも赤黒く汚れてたりする。ぞぞっとさせられることうけあいだ。男は「ハハハハ」と一本調子の笑い声をたてながら、刺してきた――――私を。


 避ける間もなかった。

 ズバッ! という音がして、目の前が真っ赤になる。

 わああああ!! HPが一気にけずられて、もう5しかない!!

 しかもこの男、二回攻撃してきやがった。二回目は決死の動きで避けることができたけど、

「いやああああっ!」

 ノアが貴婦人に攻撃されている。膨らんだ袖のドレスを着たその婦人の武器はなぜか、熊手。なんだっての、趣味は園芸か!?


「あああああ、神様ー!! どういうことよこんな風に全滅だなんて、酷すぎるーー!!」


 攻撃するチャンスかとみて私は、パンチをうってみた。だけど男にひらりとかわされた。人形たちはけたたましく笑う。


「天の獣が裁きを下す! ドラゴンファイヤー!!」


 ノアがさっきの戦闘でレベル2になったファイヤーをうった。じゅ、呪文が変わってる。さっきまでの1、2、3も面白かったが今度のはドラゴンか! なんて突っ込んでる場合じゃなくて、いや確かに炎のレベルがアップしてる。固まりが飛んでいくだけだったのが、二筋の流れになった炎(そういや竜に見えるかな?)が敵めがけてまっすぐ飛んでいく。

 人形だったら炎に弱いんじゃない!? と期待できたのも一瞬だった。


「氷結の地の鳴動に全ての時は凍りつく。おお我が主よ、記憶は美しさをいや増して、我は今その救いの手を待つ。氷雪よ、降り注げ……コールド!!」


 轟音と共に世界が真っ白になった気がした。ノアの炎はその魔法にかき消された。

 対極の性質を持つ魔法を返せば、自分に向かってきた魔法を消すことができるらしい。同じレベルなら相殺。倍のレベルならカウンター効果になる。自称レベル20のマリアがいくらのレベルのコールドを放ったのかは分からないけど、詠唱のきらきらしさでそりゃもう、高いだろうことは分かりました。

 コールドの魔法を全身に受けたノアが後ろに吹っ飛ぶ。

 どきりとした。心臓を冷たい手で触られた。


 だけど大丈夫。死んだらすぐ分かる状態になる。ノアは生きている。


「あんた、よくも好き勝手してくれるわね」

「あは、ハハは、低レベルパーテぃが怒ってるノ? アは、ははハ、バァァァカ!!」

 マリアの目が赤く光る。

 すると、男がまた襲いかかってきた。ふらふらしながら立ち上がるノアを助け起こす。


 立ち上がりながらノアは小さな声で言った。

「気づいてる? サラ」

「なに?」

「マリアの目が赤くなると、他の人形が動くの」





■ ■ ■ ■





「…………気づいてなかったけど」

 それどころじゃなくて、私たち全滅しそうなんだけど。


 うわーん気づいてくれよーーー! という叫びが聞こえてきた。

「あ、なんか言った馬鹿戦士」

「俺も早く外に出ようと思うんだ」

「んじゃそうすれば」

 私の身長より高い瓶を見上げると。


「どうやって出ればいいのか分かんないんだよ~~」

 というお返事が返ってきた。


「………………」

「………………」


 気を取られていた間に私は人形の一人に手を取られた。それはピエロだった。にたにたと笑みのしたたる口、ピエロは一緒に踊ろうヨとぞっとする声音で誘うなり、ぶんぶん私の身体を振り回しだした。

 ピエロの身体を軸に私はぐるぐる回る。そしてピエロはホイッ! とかけ声よりも高く私の身体を放り投げた。宙に浮いた私の身体が、重力に従って地面に激突する。

 そりゃもう痛くて、こりゃもう死んだなと思ったけど、私は生きていた。

 HPは1になってたけど。


「だいじょうぶ?!」

 ノアが駆け寄ってくる。そして、彼女はきっとなった。

「シロウ、今から出したげるから、言うこときいて」

「分かったー」

と返事。人形たちは気持ち悪く首を傾げながら、成り行きを見守っている。そう、すぐにだって私たちに引導を渡すことができるくせに、いたぶるためにねばっているのだ。なんて奴らだろう。


 そしてノアは言った。

「シロウ、壁に背中つけて。ばんざいして!!」

 は? である。私はぼーっとしかけたけども、次の瞬間命令されていた。

「サラ、おもいっっっきりそのツボ、けっ飛ばして!!!!」


 それはもう。ご命令のままに、である。

 私は全身全霊の力プラス恨みの力を込めて壺を蹴った。そりゃあシロウが真ん中で座り込んでいたら壺だって動くまい。だけど彼が立ち上がって壁に同化したおかげで壺は見事に横倒しになった。

 べちょっとむごい音と共にシロウが地面に激突した気配。だけど、まぁ自業自得である。後に聞いたところによると、シロウはピエロに振り回されて中に飛ばされた挙げ句壺の中に落ちたらしい……運がいいのかどうなのか。

 ていうか。ノア最高。


 シロウが目を回しながら出てきたところ、人形たちが爆笑した。


「アはーーーッはハハハハ!!!!! バーカバーカ!!」


 とにかく、むかつく人形である。

 するとノアは振り向いて、きっとマリアを睨み付けた。


「シロウ……ああもうサラでいいや、よく聞いて……」

 シロウはふらふらしている。


 魔法使いは知恵袋、とはよく言ったもんだ。だけど私はその作戦を聞いて、止めた。だって全滅しちゃったら私たちどうなるの!? 借金ロードまっしぐら、転落の一途をたどり行くダンジョンはスライム屋敷4LDKだっけか!? そんだけ! 貯めた金は全て教会に吸い取られ……


「……そんな人生は、絶対にヤダ」

「は? だから、逃げるのは無理っぽいからさ。いい? いくよ!! ほらこの壺、軽いから!!」


 そしてノアは、杖をかかげて目を閉じた。

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