東の果てのマビノギオン

@akizuki

第1話 プロローグ

 また、この夢だ・・・・・

  私は、ゆらゆらと水泡みなわのような思いを抱く。

  深い森の中で、私と、私のことを見つめている、もう一人の私がいる。もう一人の私は着物を着ていて、体のあちこちに巻かれている包帯からは血が滲んでる。とても、痛そうに見える。

「あそびましょ?」

  着物姿のほうの、私が言った。

「・・・・・いや」

「どうして?」

「だって、あなたの遊びはどれも怖くて─────とても、気持ち悪いんだもの」

  風が吹いて、森の木々がザァッと鳴いた。

 そしてまた、いつの間にか、どこから湧き出したのか、何かの気配が─────私と、もう一人の私の周りを取り囲んでいる。大勢いるのに、姿が見えない。でもそれも、いつも通りだから特に気にはならない。

「そんなこと言わずに、遊ぼう?ね?」

  もう一人の私が、無邪気な笑顔で私の手を取る。

「やっ!」

  その手を、私は全身を使って振りほどいた。以前、彼女の手を取ったら、その手は毛虫だらけだったのだ。

「あっそう、何よ、人がせっかく好意で言ってあげてるのに」

「うそ・・・・・ホントは、私を苛いじめるのが目的なんでしょ?」

 何歩か下がって、私は、私との距離を少しでも空ける。怯えたような私を見て、私が楽しそうに小さく笑う。

  お互いがお互いを見つめ合う時間が、少しの間だけ流れた。

「今度のは、少し大きいわよ?」

  私を、上目使いに見上げる目つきで、私が言った。

「護まもり手さん達は、今度もちゃあんと、あなたを守りきれるかしら?」

  唇に手を当てて、くすくすと笑う。

  そして、もう一人の私はゴホゴホと、全身で激しく咳き込みはじめた。これも、いつも通り。

  イヤな夢だと思うだけで、私は何も答えない。そして─────

「う、うぁ・・・・・い、痛い・・・」

 もう一人の「私」の顔が苦痛に歪み、声は、次第に「呻き」から「叫び」へと変化していく。包帯の赤黒い染みが、その範囲をジワジワと広げていく。

「痛い!痛い!痛い!」

  怒ったように喚きながら、自分で自分の体を抱きしめる、着物の私。やがてその輪郭がぼやけはじめ、同時に、耳の奥でジリリリという聞き慣れた音が鳴り響きはじめる。

「あ・・・・・」

  目を覚ました私は、布団の中で数回、まばたきをした。

  上体を起こし、ため息と共に目覚まし時計のベルを止める。

  壁のカレンダーは、八月だ。夏休みのビーチを描いた楽しげなイラストの下で、日付けの「三十日」が赤くマルで囲ってある。

「今夜、かぁ・・・・・」

  また溜め息と、そして呟きが同時に洩れた。

  八月三十日ともなれば、学生の多くは、憂鬱な溜め息の一つもつく。だが彼女、源≪みなもと≫鈴子≪すずこ≫が気にしているのは、もっと別の理由─────彼女の家が代々受け継いできた、ある「運命」に対してであった。

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