第六戦 無茶の結果

わたくしが昇進?」


 王国軍立医療センターで治療を受けていたカグヤが目を覚まし、最初に聞かされた報告がそれである。

 報告に来たのは、カグヤの様子を見に来たブラウンであった。 


「はい、今回カグヤさんは階級単体撃破スコアを更新されたそうです」


「あぁ、そうでしたのね……あまり気にしていませんでしたわね」


 カグヤはその時のことを思い返しながら、今まで自身にも落とした事がないほどの数を落としていたような気がした。

 そしてブラウンは軽く咳払いすると、持っていた封筒から一枚の紙を取り出しカグヤに手渡した。


「それで今回の件で、私達の部隊は第六師団に編成される事が決まったそうです。配置や役職などは、カグヤさんが快復された後にということですので、今は治療に専念してください」


「わかりましたわ。ブラウンさん、ありがとうございますわ」


「いえ、これも仕事ですので」


 そして失礼しますと一礼して、ブラウンは病室を後にする。

 ここにいるのはカグヤだけで、他には空のベットしかなく、貸しきり状態となっている。

 その理由は、単純にけが人が少なかったからである。

 先の戦闘で負傷した者はすでに復帰していて、復帰できなかった者は…………。


「戦死……ですわね」


 そう、カグヤが駆けつけるまでに出続けた重傷者のほとんどが、息を引き取っていたのだ。

 病室に並べられているベットは決して綺麗なものではなく、先ほどまで重傷者が床に伏せていた事を示すように、血で汚れ、その傍らに一輪の花が添えられていた。

 それは死んだ者の魂が、自身が死んだのだと分からせるためのものであり、迷う事無く成仏できるようにとの願いが込められた花であった。


「もっと……私が早くあの場所にたどり着いていたら…………」


 だが、それは無理な事であった。

 あれほどARMsが密集した状況では、近場での射出は不可能であり、それ故に前もって出撃し、コクーンを先行させたのだ。

 基本的に滑空して移動するARMsでは、どうしてもコクーンの最高速度の前では太刀打ちができないのである。

 スラスターの補助と、使い捨てのブースターを点火してようやく同等の速度が出せるという程度でしかない。

 それ故に、ブラウンが指示したタイミングは絶妙だったと言えよう。

 確実にカグヤを空へ上げ、その上で増援とのタイミングを完全に合わせたのだ。

 あのタイミングでなければ、カグヤも上手く立ち回る事はできなかった。


「最大滑空可能距離が全然足りませんわ……せめて今の二倍、いえ、できれば彼の使っていたような繰り返し使えるブースターがあれば…………」


 技術的に、王国は帝国に後れを取っているのが現状だ。

 それはただ単に技術力が無いというわけではなく、それを作っても扱えるものが少ないからである。

 少数の装備を強化し、戦況が大きく好転する事は非常に稀だ。

 それ故に、全体の装備を改修した方が結果に結びつきやすく、また開発者もそれを前提に装備を作るため、専用装備を持つ序列騎士ラウンダー以外には、そういった装備が配給される事はないのが現状である。


(彼は間違いなく序列騎士ラウンダークラス……今のままではこれを渡す前に私が落とされる…………!)


 先の戦闘でもそうだったが、帝国の一般採用装備は王国のそれに比べて明らかに性能面では上だった。

 これが戦況に影響を与え始めるのも時間の問題になるだろう。


「昇進だけでは駄目ですわ……王に認められ、序列騎士ラウンダーにならなければ…………私の求めるものは手に入らない」


 そう、新たな願いのために、新しい目標を見出したカグヤは、満身創痍の自身の身体を見て、強く拳を握り締めた。



◇◇◇◇

 




 それから一週間、ようやくまともに身体を動かせるようになったカグヤは、新たに編入される事になった第六師団師団長の元を、ブラウンとサリーを連れて訪れていた。


「本日付で第六師団に編入されました、月詠カグヤ、階級は大尉、ただいまを持って着任いたしましたわ」


「同じくブラウン・シュガー、階級は中尉、着任します」


「続けて同じくサリー・ウォード、階級は伍長です!着任します!」


 一通りの着任が済んだところで、机に座ったまま師団長であるレガートが


「私はこの第六師団を任せられている、師団長のレガート・バルバトロスだ。以後、よろしく頼む」


「「「はっ!」」」


「では、役職を言い渡す。ウォード伍長」


「はっ!」


「君は第二部隊で衛生兵長を命じる」


「はっ!了解しました!」


「シュガー中尉、あなたには師団参謀兼、第二部隊副隊長をお願いする」


「かしこまりました。誠心誠意、勤めさせて頂きます」


「最後にツクヨミ大尉……でいいのか?天都あめとの国の名前のファミリーネームは?」


「はい、問題ありませんわ」


 それを聞いて、なぜか横に並ぶ二人が驚いた顔をしてカグヤを見た。


「なぜお二人が驚いていますの……?」


「いえ、カグヤがファミリーネームだと思っていたもので……」


「俺っちもそう思ってた!」


 それなりに付き合いは長いはずなのだが、まさか博識のブラウンまでも勘違いしていると思わず、カグヤは額に手を当てて溜息をついた。


「天都ではこちらと苗字……ファミリーネームは前後が逆ですのよ」


 なるほど……と、二人が納得したのを見て、カグヤはレガートに向き直る。


「申し訳ありませんわ、師団長」


「なに、構わんさ。では、あらためてツクヨミ大尉」


「はっ!」


「先の戦闘での功績を鑑みて、少佐に昇進。そして、この第六師団副師団長兼、第二部隊隊長に任命する」


 これは表沙汰にはなっていないが、階級撃破スコア更新による褒章……その代わりの昇進である。


「謹んでお受けいたしますわ」


 まずは一歩前進と、カグヤは安堵してレガートにお辞儀する。

 そして顔を上げると、レガートはばつが悪そうに頭を掻きながら


「あー、すまん。カグヤと呼んでもかまわんか?ツクヨミと言ったら、どうもあの女の顔がチラついてな……」


 ああ、とカグヤは納得したように呟いた。


「もしかして、お姉様のことですの?」


「やっぱり妹だったか……私は序列騎士ラウンダーなんだが、どうにもあいつは苦手でな…………」


 そう、カグヤの姉……月詠神楽は序列三位に位置する、数少ない実力者の一人だ。

 そしてレガートが神楽を苦手とするのは、彼女の二つ名に起因する。

 月詠神楽は『暴虐の鬼姫』と呼ばれ、一度ひとたび戦場に出ると、ありとあらゆるものを蹂躙し、その後には何も残らないとさえ言われるほど恐れられている。

 それに相まってその美貌と、恐怖すら感じるその微笑が、レガートは大の苦手だった。

 娘ほども年が離れているにもかかわらず、恐怖を感じずにはいられない自分に情けないと分かっていながらも、カグヤに同じ影を見たくないと聞いてみたわけである。


「……分かりましたわ。今までも皆さんカグヤと呼んで下さってましたし、問題ありませんわ」


 そう言って微笑んだカグヤを見て、レガートの脳裏に娘の暖かな笑顔が浮かんだ。


(顔立ちや声はやつに似ているが、微笑んだ顔は姉妹でも全然違うのだな……)


「助かる……ではカグヤ、よろしく頼む」


「了解ですわ」


「あ~あと最後に、これは全員に言っているんだが……」


「「「?」」」


 レガートが先ほど以上に申し訳なさそうに天井を見ながら


「あまりかしこまらんでくれ、私はそういうのが苦手なんだ。任務外ではフランクに頼む!」


 それを聞いた三人はなんとも言いがたい表情を浮かべしかなかった。

 師団長への着任挨拶は、そうやって閉まり悪く幕を閉じたのであった。




◇◇◇◇




 それから、カグヤは方々に挨拶を済ませ、まだ傷の癒えぬ身体で引越しの準備をしていた。

 部隊兵舎から、第六師団専用兵舎への引越しだ。


「思っていたよりも荷物が多いですわね……」


 少し力を入れただけで、体のあちこちが軋みをあげる。

 ダンボールに詰め込んだ荷物を一箇所に集めるだけでも一苦労だった。


「痛たた……こんな事なら、素直にサリーさんに手伝ってもらえばよかったですわ」


 そんな事を言って、少し前のことを思い出す。


(カグヤっち、おれっちが引越し手伝うぜ!)


(サリーさん、鼻の下が伸びてましてよ……)


 あの時、明らかに下心満載のサリーに頼むのは正直嫌だったので断ったものの、今思えば、衛生兵のサリーには今のカグヤの状態が分かっていての配慮だったと分かる。

 まあ、下心がまったくなかったかといえば、間違いなく嘘になるだろう。


「とりあえず、まとめ終わってからサリーさんに声をかけてみましょう」


 そう思って、荷造りに戻ったときだった。

 部屋のドアが叩かれたのである。


「はい?どちらさまですの?」


「ブラウンです」


「どうぞ、お入りくださって構いませんわよ」


 その声に扉を開け、ブラウンが部屋に上がりこむ。


「順調ですかな?……と言うのも野暮でしたな」


 ブラウンは部屋を一通り見回した後、積み上げられたダンボールを見て


「台車を持ってまいりましょう。その方が作業も捗るでしょう」


「ええ、そうして下さると助かりますわ……それで、他になにかあったのではありませんこと?」


「流石はカグヤさんです。実は、王都に行ったおりにカグヤさん宛のお手紙を預かりましてな」


 こちらです……と、懐から封筒を取り出しカグヤに渡した。

 それを受け取ったカグヤは、差出人が書かれていないのを不思議に思い、ブラウンに確認を取る。


「これはどなたから?」


「空けていただければすぐに分かります」


 そう言われ、カグヤは封を開けると手紙を読み始め……顔を青ざめた。


「こっ……これ…………これは!」


「お察しのとおり、カグヤさんの御姉様……カグラさんからのお手紙です」


「どうしてそれを先に言って下さいませんの!?」


「いえ、お手紙を受け取ったときに『差出人のことは中身を開けるまで言わないように』と釘を刺されましたもので」


 カグヤは頭を抱えたくなった。

 手紙の内容はこうだ。

 大怪我をしたと聞いて心配しています。記録的な戦果を挙げたとのことですが、あの程度の軍勢で怪我をするなど、月詠家の人間としては落第点です。以後も精進を怠らないよう、あなたの努力に期待します。あと、父上が心配しすぎてノイローゼ気味なので、一度連絡を取ってあげて下さい。

 追伸、お兄様を見つけたら私に知らせるように。


「これはもはや脅迫ですわ……」


「そうですかな?私には微笑ましい姉妹らしい手紙かと思いますが……」


「御姉様に会えば分かりますわ……これは遠まわしに『強くならないと締めます』と言われている様なものですわ」


 カグヤは幼い頃から刻み込まれた恐怖に背筋を凍りつかせ、我に返ったように手紙をぐしゃぐしゃにしてゴミ入れの奥深くに押し込んだ。

 そして一言


「私は何も見ませんでしたわ……」


 ボソリと呟くカグヤを見て、ブラウンは額に手を当て溜め息をついた。




◇◇◇◇




 それからカグヤは自身のリハビリに新しい隊の訓練、ブラウンと書類仕事をこなし、あっという間に時は過ぎていった。

 その間、レガートは王都と基地を往復する日々を送り、サリーは町中の怪我人を見て回ってほとんど基地にいなかったりもしたが……。

 そして、第六師団の錬度が基準を超えた頃、王国より新たな任務が下された。

 カグヤはもとより、各部隊長クラスは師団長室に集まり、新しい任務の概要を確認していた。

 師団長のレガートが声を上げる。


「いいか、新しい任務に着くにあたり、第六師団は旧旗艦、戦艦スレイヴを下賜される事になった。新しく編成された者はそうは無いかもしれないが、今までこの師団にいた者達は戸惑う事も多いだろう。今までは後方からの援護や特殊作戦行動が多かったが、これからは前線に立つ機会のほうが圧倒的に多くなる。このことを踏まえ、今回の作戦行動の指揮はブラウン参謀が、各部隊は私と各副師団長に着き、行動してもらう事になる。ブラウン、なにかあるか?」


「では……」


 ブラウンは一歩前に出て、一礼をする。


「私がご紹介に預かりました、ブラウンです。初めてお顔を拝見される方も多いかとは思いますが、何卒よろしくお願いします。では、まずは今回の作戦の概要を確認したいと思います」


 ブラウンはそう言ってホワイトボードに簡単な地形と布陣を描いてゆく。


「此度の作戦は敵砦への強襲になります。今回はご覧のとおり、地形の関係で南北で相対する事になるでしょう。初期の布陣は魚燐の陣で行きます。第一、第二部隊は南側中央で戦艦スレイヴの両脇を固めて頂きます。第三から第五部隊は戦艦の西側に、第六から第八は東側にお願いします。先発となる北側には第九から第十三部隊によるARMsでの砦強襲を行ってもらいます。強襲する部隊には戦艦および両脇の第一、第二部隊のコクーンから出撃して頂きます」


 そこまで説明が終わったところで、戦艦を預かる兵長が手を上げ


「全部隊が出撃するとなると、戦艦での指揮はどなたが担当されるのでしょうか?」


 と素朴な疑問を投げかける。

 それに反応したのはレガートだった。


「基本的に戦艦での指揮はブラウンに一任する。私と副師団長のカグヤは前線でのARMs部隊の戦闘指示に徹する事になる」


 レガートが話し終わるのを待って、ブラウンは再びホワイトボードをみて


山間やまあいに位置する砦の為、対艦、対空装備が充実しています。その為、戦艦による煙幕弾で砦を覆います。それと同時に先発隊は出撃、上空から砦を包囲していただきます。包囲後、後発の部隊が前進、砦正面に陣取り敵を釘付けにします。その隙に空から強襲降下し、すばやく敵司令部を制圧していただき、全部隊を挙げて一気に砦を制圧します。以上が、現在の作戦プランです。その場の状況により臨機応変に私が戦艦より指示を飛ばしますので、皆様よろしくお願いいたします」


 そう言って一礼し、ブラウンはレガートの後ろに下がる。

 そしてレガートが最後に、檄を飛ばすように声を張り上げる。


「以上が本作戦概要となる!作戦開始までおよそ150時間だ、それまでに戦備を整え、全隊員は戦艦スレイヴ正面に集合せよ!」


 その声に、一同敬礼してその場は解散となった。




◇◇◇◇




 作戦ブリーフィングの後、カグヤとブラウンはレガートに呼び止められ、師団長室に残っていた。

 そこでどんな話がされるのかと思っていたカグヤであったが、レガートの暗い様子を見て、彼が話を切り出すのをじっと待っていた。

 そして


「正直、私は今回の作戦は乗り気じゃない」


 その言葉に何か重たいものを感じて、カグヤは目を細める。


「なぜ、そう思われますの?」


 レガートは立ち上がり、机に置いたままの手に力を込める。


「この作戦は陛下が指示したものではない。この作戦は……序列第三位『月詠神楽』の指示したものだからだ……!」


「!?」


 それを聞いたカグヤはショックを受け、同時にすべてが繋がった。


(まさか、わたくしを試すために御姉様が…………!)


 ブラウンから受け取った手紙、スコアを更新した上での昇進、年齢にそぐわない副師団長という役職への抜擢。

 そして……特殊任務メインの第六師団への突然の砦攻略任務。

 整えられた流れが、ようやくカグヤの目にも見えるように形になってゆく。

 パズルのピースが形を成したと同時に、カグヤは自身から血の気が引いてゆくのが分かった。

 そしてブラウンはカグヤを見て


「まさか……!」


 ブラウンもまた、それに気がついたらしく険しい表情をした。

 レガートも目を伏せ、そして続けて


「この指示を出したときに奴が言っていた……『一人も殺さないなど甘い、そんな幻想は……早くに壊してやるのが姉の務め』だと……」


 その言葉に、カグヤは自分が神楽の逆鱗に触れたのだと、ようやく理解した。

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