Festival
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第1話 忘れたくない思い
イベント企画会社ビルの屋上。
晴天には程遠く今にも泣き出しそうな空模様だ。
それでも、オフィス内の空気よりはマシだろうと、一人の中年男性が柄に似合わず物思いにふけっている。
煙草をくゆらせながら……。
もう、20年以上前になるのか。
それだけ月日が経っているんだな。
俺も2回目の成人式を超えるんだからそうか。
会社の屋上で煙草を吸いながら、さぼりに入っていた笹塚栄吾は、どんよりと曇った空を見ながら呟いていた。
静かに過去に浸っていた笹塚の耳に現実に戻れということなのか、屋上のドアをバッターンと勢いよく開ける音がした。
ドアの方を見ると同期入社で、仲の良い、人事部部長佐々木だった。
笹塚の近くに来るなり、話し出した内容は、こうだった。
「おーいたいた。お前、何さぼってんだよ。人事部として、見逃せんな」
「うーん。それは見解の相違だな、さぼりではなく、リフレッシュだ。企画部の部長として心身を穏やかにして企画を練っているんだよ。なんの用だよ。いきなりきやがって」
「そうそう。お前に頼みたいことあんだよ。なー。笹塚。今日だけ頼むよ。なっ、面接担当官」
「面接担当官? それは人事部の仕事だろうがぁ、俺だって企画会議で忙しいんだよ」
「さぼってんのに、忙しいときたか。俺もさ、最終選考会議がさ、予定より大幅に遅れてな、面接に時間とれないんだよ。頼むよぉ。なぁ。予定では企画部に配属予定だからさ、なー。お前が見た方がいいだろ? 企画部部長っ」
「なんだよ。人事部ちゃちゃっきー部長」
佐々木は、俺と同期なんだが、佐々木から愛称ちゃちゃっきーと呼ばれている。
こいつは大体言いだしたら聞かなくて、しかもしつこい。
ある程度で折れてやらないと平気で人を何時間でも拘束するから始末に終えない。
だから会議だって長引いているんじゃないのか?
佐々木のそんな性格がわかっているから、俺はしぶしぶ返事した。
「わーったよっ」
「さんきゅ。明日、昼おごるよ。ま、でもさ、最近の奴ってなんか骨がないっていうか。ふーん。くにゃって感じだな。何質問しても『ふつう』という返事しか返ってこない。ゆとり世代かねー。『好きな食べ物は?』って質問ですら、『ふつうになんでも食べます』と、きたもんだ」
「ふーん。あとで、資料だけみしてよ」
「おうよっ。あれ? おまえ。あそこの高校出身じゃね?」
「あ?」
煙草の吸殻を携帯灰皿に片づけながら、屋上を後にした。
屋上から降りて、人事部の資料室へと向かった。
ちゃちゃっきーから面接相手の高校生の資料をみせてもらうと、確かに俺の出身校だ。
証明写真だからだろうか、なんだか覇気のない感じの女の子だ。
それに文化祭での活躍の記録もない。
クラスの模擬店なり、なんでもいい、イベントに対する意識が感じられない。
その他なんでもいいのだがイベントでの記録がない。
部活が「バスケ部」で体育会系だからだろうか。
少なくともイベント企画会社に勤務しようとするなら、「イベント」に対しての意識、意気込みをみたいと思うものだが。俺の考えも古いのだろうか?
資料を見ていると横からちゃちゃっきーが覗き込み、
「イベント意識ねー。とか考えてね?」
「ああ。その通りだよ。人事部としてはどうなの?」
「うーん。文化祭とかさ、いま、あまりはやんねーらしいよ。イベントって、でも、まだ、その子は、部活で結構さ、大会で優勝とかしてるし、そういう意味では、ましな方かな。俺ら世代と違って、学祭でさ、なんかさ、すごい必死になるのってないみたいな」
「高校じゃそんなもんなのかな。俺は年に一度の活躍の場だったよ」
「まーな。俺もそうだったよ。俺らも歳かねー」
そんなことを言い、俺とちゃちゃっきーは、遠い過去の楽しかった時間を振り返っていた。
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