スターシーカー

めけめけ

第1章 予兆

第1話 未来を映す鏡


 それは、とある町の人々の間で密かに囁かれていた噂ばなしであった。


 どこにでもありそうなその噂は、実際にそれを試したという話を聞くことはなかった。なぜなら実行しようとしても、それをするために犯さなければならないリスクが大きく、ゆえにその噂の真意を確かめた者はいない。


 いや、もしかしたら何人かいたかもしれない。


 この話の巧妙なところは、実際に噂を確かめた人間がいたとしても、そのことを誰にも言えない仕組みになっていることである。その噂とは、ある神社のご神体として祭られている鏡にまつわるもので、ある手順を行うことで、その鏡に未来――それは何年先のことかはわからないが、その人間に起きる重大な出来事を映すというのだ。


 たとえば何年か後に事故で死ぬのだとしたら、頭から血を流し、眼球が飛び出た自分の姿が見えるとか、病気であれば、病院のベッドに横たわる姿が映る。事業に成功するのなら札束に埋もれた姿や豪邸に家族と仲良く暮らしている姿が見えるのだという。しかし、鏡に映った内容を誰かに話した瞬間に、その未来は潰えて、命を落とすのだという。


 ゆえに真実を確かめた者が仮にいたとしても、そのことは誰にもわからないというのだ。それがたとえば、誰でも簡単に侵入できるような人気のない神社であれば、いたずらに試してやろうというものもいるかもしれないが、その神社というのが由緒正しく、その町、いや、もっと広い範囲で有名な神社である。そんな無謀なことをしようという者は、現れなかった。


 ところがある日、とんでもないことが起きた。その神社に泥棒が入り、中からご神体が盗まれたというのである。その犯人は3日後に地元の警察に捕まり、無事にご神体は神社に戻されたのだが、問題はこの犯人である。警察の取調べに対して、ほとんど正直に答えたというのだが、その神社に忍び込みご神体を盗みだしたことについては完全に黙秘を貫いた。警察は何とか犯人に自白をさせようとしたが、とうとうその犯人はそのことについて語ろうとしなかったのである。


 服役を終え、出所したその男は、しばらく普通の暮らしをしていたらしいのだが、やがて謎の死を遂げる。この『謎の死』というのは、死因自体は別にどうということはない。単なる事故死であり、それは不運としかいいようがなかった。酒を飲み、3軒目の店を出てしばらく歩いた道先で居眠り運転にトラックに轢かれたのだった。男は即死だったそうだ。そこには、なんの事件性もなかった。しかし、その3軒目の小さなスナックのママによれば、その男はこんな話をしていたらしい。


「……ママ。みんなそうやって、のんきにい暮らしているがよう……そのうち、みんな死んじまうのさ」

「お客さん! そりゃあ、誰だっていつか死ぬに決まっているじゃないか。物騒なことをいうものじゃないよ」

「ちがうんだよ。いいか。オレは知ってるんだ。あと何年先かは知らねぇが、みんな死んでしまうんだよ。一人残らず。この地球上の生き物すべてがさ」

「なんだい、なんだい。ノストラダムスと張り合おうっていうのかい。お客さん」

「オレは、見たんだよ。真っ赤に燃える大きな石が……いや、あれは石なんてものじゃねぇ。巨大な火の玉が大地にぶつかってぇ……」

 そこまで言ってその男は急に青い顔をしだし、勘定を済ませて店を出たのだという。


「その時はさぁ。ただの酔っ払いのたわごとだって、みんな思っていたわよ」

 20年前からこの店を切り盛りしているママは、忙しそうにカウンターの中を動き回りながら話してくれた。

「それが、店を出たすぐあとにあの事故でしょう。なんだか気味が悪くてねぇ」 

 この店は、町の繁華街にある雑居ビルの1階にあるが、店の名前が扉に小さく書いてあるだけで、詳しい案内や派手な電飾はない。うっかりすると見過ごしてしまうというより、目立つことを拒んでいるようだった。夜8時頃から営業しているが、その客が訪れるのは9時を回ってからだという。

「11時を回っていたかしらねぇ。うちは常連さんばかりで、だいたい二軒目、三軒目で少し飲み足りないってお客さんが来るから、まぁ、店に来たときはみんな上機嫌なんだけどね」

 私のような一見は、ほとんど来ないという。まして東京からわざわざ訪ねてくるというのは、あの事故が起きる前は皆無だったという。


「よく来るお客さんだったんですか?」

「まぁ、二月に一回来るか来ないかかしらねぇ。あの人、警察に厄介になっていたことがあるなんて信じられないわ」

「よく言う、いい人ってことですか?」

「そうねぇ。悪い人じゃないんだけど、なんか、こう、そわそわしているというか、何かに怯えているっていうか、大それたことをするような人には見えなかったわ」


 その話は一致する。その男は青森から東京に出てきたものの、職を転々とし、やがて空き巣専門の窃盗犯となり、一度逮捕されている。出所後も犯行を繰り返し、東京で指名手配されると、あちこちを逃げ回っているうちに、この町にやってきたらしい。男と接触した何人かの証言で、悪い人ではないが、何か暗い影があったという。


「そうですか。他に何か覚えていることありますか? どんなことを話していただとか、どんなことに関心があったかとか」

 私はお通しの筑前煮に箸をつけながら、グラスに程よく泡立ったビールを一気に飲み干した。ママはビールをつぎながら、普段は他愛もない話ですら、あまりする人ではなかったと、前置きして、気になることを話した。


「世の中には言いたくても言えないことがあるんだ、なんてことが、まぁ口癖といえばそうだったかもしれないねぇ。まぁ、警察に厄介になっていたなんて話は、そうそう人前でするものじゃないから、それだけのことだったのかもしれないけどねぇ」


 どうやらママもあの噂は知っているらしい。しかし、あえてそれを直接口に出そうとはしなかった。

「しかし、なんというか。目覚めが悪いのよねぇ。余計なことを聞いちゃったって感じでさぁ」

 その男がこの店で何を話したのか。マスコミに漏らしたのは他の常連客らしいが、その裏付けを取りに何社か記者が取材に来たらしい。ママは『確かにそんな話をしていたかもしれないが、あまりよくは覚えていない』と答えたそうだ。


「しかしお客さんも物好きだねぇ。そんな噂話を確かめにわざわざ東京から出てきたのかい? 新聞記者でもないのに」

 昔懐かしい、やさし味付けの筑前煮にビールが進む。開店したばかりで客は自分しかいなかったが、この店の雰囲気が、そういう状況を苦にさせない。いい店である。


「いえ、もちろんそればかりじゃないんですよ。古い言い伝えや遺跡なんかを調査するのが仕事でして、全国あちこち回っているものですから、いろいろあってのついでですよ」

 それは全くの嘘である。或いはママにはそんな嘘は通用しないのかもしれないが、ここは甘えていいところだろう。


「あたしにはどうにもわからないねぇ。あのお客さん、どうしてこの町に住むことにしたんだろうねぇ。まぁ、他に行く当てがなかったのかもしれないし、よっぽどこの町が気に入っていたのかしらねぇ」

 警察の手を逃れて、この地に流れてきたその男が、最後はあっけなくお縄になったという。警察関係者もそのあたりは、何か引っかかるところがあるらしく、あの神社で何かあったのではないかと、取り調べをしたが、男は黙秘を続けた。だが窃盗という行為に対して、男は全面的に認めており、たとえば他に共犯者がいた可能性も極めて低く、罪状に対する矛盾点はなかったので、そのまま起訴された。


 私がここまで事情に詳しいのは、貴重な文化財や古物の盗難があった場合に意見を求められることがしばしばあり、警察には少なからずパイプがあったからなのだが、私はあの男が何かを見たに違いないと確信していた。問題は何を見たかだ。


「犯罪を犯した者の心理にそれほど詳しくはないのですが、僕にはなんとなくわかる気がしますね。何か気になることがあって、この町を離れられなかったんじゃないですかねぇ」

 ママは鍋の火加減を見ながら、時々スマフォに入ってくるメッセージを確認していた。


「今どき、そんなことあるんですかねぇ。私もそういう噂を聞いたことはありますけどねぇ」

「1999年に世界は滅びるなんて予言をした人がいましたが、実際にそういうことは何一つ起きなかったわけですから、あまり気にすることではないでしょう。私の研究では、世界の破滅を暗示しているとされる碑文や壁画が、世界各地の遺跡で発見されています。解釈次第では、予言があたっているといえるものもありますが、まぁ、地球規模で世界が滅びるなんていうのは、人類の歴史上、まだ一度も起きていませんから」


 私はビール瓶を手に取ってママに勧めた。


「お客さん、面白いこというわね」

 乾杯をしたあと、もう一本ビールを追加した。


「まぁ、もしもそんなことが起きるのなら、今の時代、巨大隕石の落下なんて何年も前からわかるんでしょう?」

「たとえばこの前、ニュースになったロシアに落ちた……、あれは正確には地表に到達する前に粉々になったらしいんですが、あのくらいの規模のものだと予測は不可能に近いそうです」

「あらまぁ、じゃあ、結構危ないのねぇ」

「いえいえ、人類の歴史が始まって以来、人が住んでいるところに隕石が落ちてくるっていうのは、とてもとても珍しいことなんですよ。極端な話、まっすぐこちらに向かってくるような巨大なものなら、ある程度長いスパンで予測が可能で、さらに言うと向こう1000年くらいは、壊滅的なダメージを与えるような大きさの隕石は落ちないといわれています」

「へぇ、じゃあ、やっぱり心配はいらないんだね」

「地球というのはまさしく奇跡の星なんですよ。太陽があって、水星、金星、地球、地球には月があって、その外に火星、木星、土星がある。こういうことが、この星が長いこと生命を育んでこれた要素なんですよ。そうそう、簡単に巨大隕石なんか落ちてきたりはしないということです」


 私はそばにある灰皿を土星に見立てて、小銭を使って、隕石が地球までたどり着かないという話を簡単に説明した。話をしていてなんだかいたたまれない気分になったので話題を変えようとした。昔あった巨大隕石が落ちてくるという映画の話をした。『ディープインパクト』と『アルマゲドン』の顛末の違いや、それよりも前に日本で作られた『妖星ゴラス』のほうが、スケールが大きくて好きだったという話をしているときに、二人連れの常連客らしい、くたびれたサラリーマンが入ってきたので、そこで勘定をお願いした。


 町に発電施設や廃棄物処理施設を誘致するときというのは、理解を求めるためにこういう説明を何度も繰り返しするのだろうか。

 やはり、自分の目で確かめてみるしかない。


 店を出て、いったんホテルに戻る。スーツケースから必要な道具をデイバッグに入れ、もう一度書類に目を通す。


 それは私が知り合いの天文学者から入手したある仮説が書かれた論文である。


『巨大隕石の地球衝突の可能性とその予測について』と記された100ページ近い書類には20か所ほど付箋がしてあっる。この論文を私にわかりやすく説明してくれた天文学者は最後に眼鏡を外しながらこう語った。

「内容については興味深い点もあるが、ところどころ論理が飛躍しているところがある。もっとそのあたりを掘り下げる必要があるのだが……この論文を発表した後、当の本人は不幸な事故にあってね。結局、中身についてはそれ以上検証されていないんだよ」


 この論文を発表した学者が生まれ育った町に、今私は来ている。点と点が結ばれ線になった先に、あの神社がある。私はホテルを出て、タクシーを拾った。行き先を告げると、こんな時間に何をしに行くのかと運転手聞かれ、私は応えた。


「未来を占いに」

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