第五章 アスモデウス 6
6 サタンの政策の正当性
(1)戦前の政策
「現皇帝がいかに善良な種族なろうとも、その政策が
「第一に、サタンは文明理論と開発技術の専門家なり。彼女は自らの職務を通じ、次の如き文明理論を発見せり。即ち文明社会の活動は、個人の〝認識〟〝行動〟〝決定〟に相当する、〝科学・技術〟〝経済・社会活動〟〝制度・政策〟に分類し得ん。また、科学・技術の発達は経済・社会活動の豊富化と共に広域化・複雑化・加速化をもたらすが故に、かかる変化に対応すべく制度・政策は高度化し、巨大化と分権化が同時に進行せん。さらに、制度・政策は、在来技術で対処し得ざる社会課題を解決すべく、次世代技術の研究・開発を
「然し、科学・技術は〝物的資源〟に具現化されざる限り経済・社会活動を豊かになし得ず、制度・政策は〝人的資源〟を通じて実現し得ざれば経済・社会活動を健全に保ち得ざらん。さらに、制度・政策が次世代技術を開発する際は、文明を取り巻く〝自然・社会環境〟への考慮も重要なり。例えば、極端に豊穣または不毛な気候や地形のもとでは、農耕技術の発展は困難なり。強大なる近隣文明のもとでは技術移転が期待し得る反面、対抗的な技術開発が制約される場合があらん。偉大なる先行文明は新たな文明の基盤となり得るも、因習的な偏見や
「サタンは文明開発長官として、以上の如き三つの文明活動と三つの環境条件からなる、六つの文明要素の相互作用の実例と、問題発生時の対処方法につき膨大なる情報を収集・整備し、文明開発に活用せり。第二次内戦においては皇帝領が壊滅し、その他の中心星域も荒廃して、同地を支配せる中枢種族は激減せり。他方、サタンやベール達の政策によりて、途上・外周星域の文明は専制支配なくしても帝国運営の一翼を担い得るまでに成熟せり。この時点において帝国統治に求められしものは、もはや中枢種族による軍事的・強権的な圧制に非ず。
「また、詳しく述べれば、以上の如き文明活動と環境条件の6要素は、個別的には様々な相互作用の関係にあるも、全体的には循環関係にありて、
「即ち、農業段階においては農具や灌漑施設によりて生態系を操作し、自らの生活を維持するための食料を増産して、文明を誕生せしめたり。この段階ではまず、農業活動及び生産物の防衛と分配のために集権的な国家制度が成立せり。然し後には人材を得て、議会制度や地方自治等の分権的な制度が形成され、また経済活動の発展は、商工業者の台頭及び商業制度の発達も招来せり」
「次に工業段階においては、動力機械を中心に、自らの手足や耳目の拡張物を製造し、近代文明の世界的拡大を可能とする
「さらに情報段階においては、電算組織によりて自らの頭脳までをも補完・代替し、惑星という空間的な限界に到達せる文明の、さらなる膨張による破局を防ぐ、力と速度の
「サタンはこれらの各要因を、朝・昼・夜が日々を形作るが如き循環関係において理解せるが故に、技術・経済・政治等の一部のみを偏重することなく、また発展途上の惑星に超新星兵器を与えるが如き危険なる発展段階の飛び越しも行わせることなく、総合的かつ着実なる文明支援・復興政策を行い得たるものなり」
「第二に、サタンはかかる理論を帝国全体にも適用して、未来を展望せる種族なり。文明の発展段階を画する技術革新とは、経済・社会活動を通じて制度・政策及び価値観にまで変化をもたらし、文明に飛躍的発展をもたらす技術なり。かかる技術の特徴とは、既存の技術分野を基礎としつつ、新たなる対象分野を開拓し、その成果を再び在来技術に還元し得る、新規性と多能性なり」
「農業時代において農地の耕作や家畜の利用に用いられし道具は、狩猟・採集段階のものから発達せり。工業時代を開きたる動力機関は、農業段階において金属製の農具や武器の製作に使われし冶金技術の発達により、製造可能となれり。情報時代を担いたる電子頭脳は、工業段階において動力や情報の伝達に使用せし電気技術を基礎とせり。それらの技術は先行技術に、より優れたる狩猟・採集用具や農業機械、自動制御という成果を還元せり」
「また情報技術とは、情報の処理によりて複雑・多機能なる
「さらに次の段階としては、道具・火・言語に始まる〝外部的〟なる物質・動力・情報媒体の使用を〝親近化〟〝体内化〟せしめる生体親和、あるいは環境親和技術、さらには〝惑星外化〟せしめる宇宙工学技術が、同様の画期的技術として挙げられん。以上の如き技術革新は、順次社会を豊かにしつつ、政策の巨大化及び分権化をもたらすものなり」
「サタンはかかる発展法則が、先進種族にも妥当することを確信せり。〝歴史あるもの〟即ち先進種族の、最初の階梯は〝適応自在なるもの〟であり、これは惑星規模の環境改造・生態系操作と自己適応の技術による、他星系への移住能力を有するものにして、いわば農業段階に相当する文明なり。次の階梯〝星を動かすもの〟とは、高次空間技術によりて恒星の活動を制御し、惑星を移動し得るほどの、空間・動力・物質及びその基礎となる素粒子等の操作能力を得たるものにして、工業段階に相当せり。最後の〝心ひとつなるもの〟は、種族全体の意識を量子頭脳に移植し得るほどの情報処理と自己改良の技術を獲得せしものにして、情報段階に相当せり」
「この認識に立てば、かつて天文学的なる〝距離の暴虐〟によりて専制政治への後退を余儀なくされし〝帝国〟は、種族融合を達成せる種族が充分増加し、他種族への支援をも行い得たる段階において、より分権的、なかんずく民主的な統一政体へと発展し得べきことは、必然の結論なり』」
「この理論に基づきて、サタンは漸進的な分権化政策を採用せり。彼女は帝政の維持により社会的混乱を抑えつつも、途上種族への参政権付与や産業種族への恣意的課税の禁止、産業種族による経済的独占の禁止等の施策を推進せり」
「〝銀河系内戦〟の終結直後、新帝国の大規模兵力を預かるベール、アスタロト及びアモンはこの方針に従いて、軍事力を基礎とする中央集権体制の再構築に反対し、各星域は新帝国の理念さえ共有せば、その自治権のもとで各々の個性に最も相応しき政策を自由に採用し得るべし、との共同声明を発表せり。これは当初一部の種族に、新たなる軍閥割拠や第三次帝国内戦を導くものとの誤解を生ぜしめたり。然し実際には、新皇帝の方針に賛同して各星域の自治及び文民統制を要請し、外周・途上種族のみならず旧皇帝領種族や産業種族の権利擁護をも誓約せしものであり、以後の旧帝国残党による襲撃やアンドロメダ戦役に際しても、新帝国の結束を
「第三に、サタンは穏健かつ現実的なる政策立案者なり。彼女はいかなる社会においても、構成員相互の理解と協力こそが最も重要なることを認識せる種族なり。然しまた彼女は在任中、帝国との接触によりて突然に先進技術を獲得したる途上種族が、その後に主体性を失いて隷属化し、あるいは社会の変化を制御し得ずに自滅する事例が多きことに着目せり」
「この分析に基づきて、彼女は途上種族が自らの努力で一定の文明水準に到達するまでは帝国の存在を秘匿し、公式接触を認めざる方針を採用せり。然し、この方針は決して無為無策の放置を意味するに非ず。帝国の活動は途上文明に対して遮蔽、あるいは自然現象に偽装される一方、軌道上には不可視型の観察衛星が配置され、必要に応じ隠密裡に保護や支援を行えるよう、配慮がなされたり。また、所定の段階に到達して正式に接触せる暁には、それまでの観測の成果を活用し、その種族に最も適切なる支援措置が為されたり」
「第四に、最も重要なことに、サタンは愛情深き種族なり。彼女は種族融合体の中でも、全人格の実に半分近くを発展途上種族支援のために派遣し続けたる、唯一の種族なり。彼女はいかなる環境の途上惑星にも必ず自らの分離体を派遣して、文明発展を支援せり。帝国の先進種族はかつて、途上種族は自らの勢力拡大に奉仕するためにのみ存在するものと考え、その目的達成に必要な限りにおいてのみ部分的な軍事・産業技術の移植を行いたるが故に、多くの種族が人為的な文明発展の歪曲によりて衰退・滅亡し、空白は他種族の導入によりて補われたり」
「これに対してサタンの支援政策においては、〝全ての種族のための文明発展〟という理念のもとに、相互の向上と発展のための支援が実施せられたり。サタンは文明発展の全要素・全段階につきて途上種族を見守り、停滞や不均衡等の問題がある時は最も自然なる方法でこれを改善せり。また彼女は、途上種族の文明発展があくまでも彼女達自身と星間社会全体のためなるべきことを、あらゆる機会を通じて教示せり。彼女は知的生命活動において直接生存に必要なる実利的活動のみならず、文学・絵画・音楽・映像作品等の芸術活動や知的遊戯・運動競技といった、必然的にして有益なる文化的活動も通じ、種族の可能性と創造性・自発性を育み、文明発展の価値を彼女達自身に感得せしめたり。さらに彼女は種族間の紛争時にも交渉の場や豊富な先例を提供し、平和的な解決能力を育成せり」
「中枢種族の干渉によりて、幾多の種族が発展を阻まれしことは悲しむべき事実なり。然し、被害を免れし途上種族が大戦の中でも規律を保ちながら中心星域からの戦火拡大を防ぎ、戦後の先進技術導入にも迅速に適応して、銀河系復興に貢献したるは偶然の恩恵に非ず。かかる成果に加えて先述の如く、サタンの文明支援活動は彼女自身に対しても、さらなる星間文明の発展を可能とする知識をもたらせり」
(2)戦後政策
「以上の如き性格のサタンがとりたる戦後政策につきては、もはや周知の如くなり。第一に、サタンは先帝の分離体を捜索し、発見せり。彼女は内戦勃発に至る経過を解明して先帝の恩義に報いるべく、捜索を実施せり。特に、旧帝国派の宣伝が最も功を奏したる太陽系第三惑星〝地球〟では、中枢種族の分離体が撃破されし後も穏健なる抵抗運動が継続したるが故に、その存在が推認せられたり。その後にアモン達、理事種族の分離体が訪問を重ねて説得を行いたる結果、地球人類の仲介によりて最大級の分離体が投降し、サタンへの帰化的種族間融合が実現せり。サタンは人類に深く感謝すると共に、その文明の顕著なる発展を認め、アモン及びアスタロトを後見種族として帝国議会選挙及び中心・外周星域開発への早期参加を承認せり」
「先帝の捜索に際してサタンが特に解明を求めたる事実は、二つの学説の真偽なり。一方は、『先帝は自らを
「残念ながら調査報告においては、先帝の責任を軽減し得る、以上の如き仮説は立証することを得ず。然し、『戦争の寓意たるハーメルンの笛吹きは、害獣達と共に愛し子らをも連れ去りたり』『民主政治も腐敗して衆愚政治に堕すれば、全体主義による専制支配を招来する』等、人道的なる政策手段の選択や人的資源の資質向上の重要性に関する警句は、永遠にして普遍的な教訓なり。故に、彼女は我等、新帝国の理事種族と共に、今後はこれらを常に忘れることなく社会環境を改善し、帝国のいかなる種族にもかかる悲劇を繰り返させざることを誓いたり」
「第二に、サタンは帝位の正統なる継承権を獲得すると同時に帝政の廃止を決定し、民主制移行のための準備を開始せり。来たるべき選挙及び公職任命につきては、政府の要職が理事種族のみで独占されることを防ぐべく、複数の種族が分離体または個体を派遣して形成する〝複合分離体〟にも、被選挙権や受任資格を認めることを予定せり。この複合分離体は既に帝国の様々な行政・経済活動において採用され、これまで惑星文明における主権国家の如く絶対と考えられし種族融合体の、相互間及び個体群種族との間における障壁を解消し、帝国統治の分権化を促進するものとして、効果が実証されつつある新技術なり」
「また、アンドロメダ銀河においても同様の選挙を実施すべく、従来の理事種族に加え、旧帝国系種族代表としては戦犯種族ならざる種族融合体ゴモリー、先住種族代表としては彼女と並び抵抗運動に活躍し、戦後融合体となりしマルコシアス等を含めたる、複合分離体の形成準備が進行せり。さらに将来においては銀河系及びアンドロメダ銀河、あるいは両者を中心として近隣の小銀河を含む局部銀河群全体を統治する、統一政府の設立も予定せられたり。この改革が実現したる暁には、サタンもまた他の全種族と同様に、全ての種族の対等なる友好種族として、汝等の傍らに在らん」
「第三に、サタンは旧帝国側種族に対する軍事裁判において、新帝国側種族の違法行為につきても同一の手続内で審理する、反訴の提起を承認せり。これは旧帝国初期に、国家権力乱用の防止という理想主義的理由及び、臣従種族の監督、反抗種族の特赦という政策的理由から設けられしが、中枢種族による実権の掌握以降、勅令によりて運用を停止されし制度なり。これに対し旧帝国側種族からは、『新帝国政権下でかかる手続が認められるとも、それは単に新帝国の正当性を追認する、
「以上が、軍事裁判内の反訴において我が行いたる証言の概要なり。我は
「我等は今次内戦において、
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