第七章 アミー 5
5 未来への技術と政策
(1)技術と政策、社会工学
「経済・社会活動を飛躍的に変化させ、文明の発展段階を
「科学・技術と制度・政策は、文明を支える二本柱なり。経済・社会活動は、全ての人々が営む文明活動の本体にして、科学・技術はこれを豊かにし、制度・政策はこれを健全に保つために分業化せる活動なり。これらを個人の知的生命活動の
「しかし、科学・技術は物的資源に具現化し得ざれば経済・社会活動を豊かになし得ず、制度・政策は人的資源を得ざれば経済・社会活動を健全に保ち得ざらん。また、さらなる文明の発展には、制度・政策が自然・社会環境を考慮しつつ、次なる科学・技術の健全なる開発・普及を促すことが必要なり」
「以上のⅠ科学・技術、Ⅱ経済・社会活動、Ⅲ制度・政策、①物的資源、②人的資源、③自然・社会環境は、Ⅰ-①-Ⅱー②-Ⅲー③を頂点とする、六芒星(✡)によりて図示し得る、文明の六要素なり」
「また、それらの関係から、技術と政策には四つの
「技術には四種あり。その第一は、農業・工業・情報技術の如く、経済・社会活動を、文明段階を画するが如き〝主力技術〟なり。第二は、技術の物的資源化に役立ち、次なる主力技術も生み出し得る〝関連技術〟なり。第三は、科学・技術の研究・開発に役立つ〝研究・開発技術〟なり。第四は、政策の実現を助ける〝社会工学的技術〟なり」
「政策には四種あり。その第一は、技術による富の効率的な生産と公正な分配(再投資)の
「以上四種の政策を助けるものが、先述の第四の技術、〝社会工学的技術〟なり。これには経済・社会活動の健全な運営のための組織・会計技術や、人材育成のための教育技術、政策立案のための
「政策の実現に資する知識を求める科学が〝政策科学〟であり、その中でも特に、実用可能な〝社会工学的技術〟を与える科学が〝社会工学〟なり。例えば交通信号の
「社会を豊かにする科学・技術と、社会を健全に保つ制度・政策は、競い合うが如く社会に働きかける一方、〝社会工学〟や〝技術的政策〟を通じて助け合う側面も有せり。現皇帝サタンもまた、〝文明開発工学〟という〝社会工学〟を専門とする、
「技術を生み出す科学、すなわち工学には、二種類あり。経済・社会活動を豊かにする上で本体的な〝自然科学的工学〟と、豊かになった経済・社会活動を健全に保つ、制度・政策を助ける〝社会工学〟なり。〝自然科学的工学〟と〝社会工学〟は、自然環境に働きかけての資源生産と、社会環境に働きかけての資源分配という研究対象の分担により、双璧をなす科学分野なり」
「まず農耕なくしては都市を築き得ざるが如く、文明の発展には〝資源生産〟のための自然科学的技術の進歩が不可欠なり。また、適切なる〝資源分配〟のための政策なき社会は、旧帝国の如く衰亡し、政策実現にはその手段として〝社会工学〟が必要なるが故に、文明の維持には〝社会工学〟が必須なり。即ち、主として自然科学的工学は〝資源生産〟による文明の発展、社会工学は〝資源分配〟による文明の維持に必要な科学なり」
「また、生物の生存に必要なあらゆる物質・動力・空間や情報を、〝資源〟あるいは〝財〟〝富〟と総称した場合、全ての文明課題は、自然環境からの科学・技術による〝資源生産〟の問題と、社会の構成員間、即ち社会環境内における制度・政策による〝資源分配〟の問題からなりて、その双方の解決が必要なり」
「このうち〝資源生産〟の問題は、さらに二つに分かれん。特定の資源に関する〝資源枯渇〟と、特定資源の利用が環境内の他の資源を損なう〝環境破壊〟なり。〝資源分配〟の問題もまた、さらに二つに分かれん。資源分配が社会の維持・発展の見地からみて不適切な〝貧困・不公正等〟と、公正感覚の
「これら四つの〝文明課題〟は、六つの〝文明構成要素〟と同じく、相互作用の関係にあるも、主として〝資源生産〟の問題は技術や技術的政策、〝資源分配〟の問題は政策や社会工学的技術による対策を要せり」
「他方において、〝社会工学〟と〝自然科学的工学〟は対象領域のみならず、性質的にも異なる部分を有せり。その理由とは、〝社会工学〟が我々自身、すなわち主体性と客体性を兼ね備えた、知的生物としての〝人間〟自身を対象とすることなり」
「〝人間〟は、一定の法則性に従う自然の一部、即ち客体としての側面を有するも、これには研究・利用者自身をも含みたり。また同時に〝人間〟は、同等の能力・尊厳を有する社会構成員という、主体としての側面も兼備せり。〝社会工学〟は、全ての人々が〝自らの内なる自然〟を知りて律する、自己制御の手段なり」
「生命活動の過程を動態的に観察すれば、それは生物と環境の相互作用なり。この視点から見れば、〝自然科学的工学〟による技術は、知的種族が自然環境を操作する能力を高め、経済・社会活動の拡大など、社会環境を変える作用を有せり。これに対して政策は、知的種族が経済・社会活動内の利害調整を通じて、自らを新しき自然・社会環境に適応せしむる活動にして、〝社会工学〟はこれを助ける科学なり。即ち、主として自然科学的工学は〝環境の制御〟に必要な科学であり、社会工学は〝環境への自己適応〟に必要な科学なり」
「いずれにせよ〝社会工学〟は、研究対象及び技術の目的・特性といういずれの見地からしても、〝自然科学的工学〟と並び立ち、あるいは向き合いて対を成す、重要な科学なり」
「ただし、自然・社会的な科学・技術の発達により、自然環境は克服よりも保護の対象となりゆき、社会環境はその制御の必要性と可能性が人々に理解されゆかん。また、政策の巨大化や民主化により、政府と他国や国民との一体化は
「この自己制御という側面は〝社会工学〟を巡り、
「まず、『広い意味では人間も自然の一部』という点から見れば、〝社会工学〟の究極の目標は、『如何なる決定が最大多数の最大幸福を実現し得るや?』という、人間の欲求に関する最大の科学的難問にまで
「然し現実には、『社会工学の主体も客体も人間自身』という点から、社会工学は常に、相互作用からくる困難性を伴わん。例えば〝許認可利権〟や〝法規の誤認〟など自らによる悪用・誤用に加え、〝脱法行為〟や〝補助金詐欺〟など〝上に政策あれば下に対策あり〟や〝
「さらに、〝自然科学的工学〟の研究者は当該技術に関する政策の立案等、〝社会工学〟の分野においても貢献し得る場合が多からん。これは、〝社会工学〟あるいは〝制度・政策〟が、異なりつつも〝自然科学的工学〟と結びつく場面なり」
「然し、二つの工学を分けて学術としての性質を論じる限り、〝社会工学〟とは自然科学に人文・社会科学も加えたる、全ての科学領域に及ぶ広汎な識見と考察を基礎として、技術と政策を結ぶ架け橋となる、重要な科学なり。我アミーはこのことに思いを致す時、汝等の〝空想科学小説〟に書かれたる、『法律は究極の科学なり』という一文を想起せざるを得ず」
「〝先帝〟種族の亡命者達が自らの受入先として、またアスモデウスを初め理事種族がその同盟者として、善良にして心優しく、〝社会工学〟に
(2)星間社会の技術と政策
「中枢種族は、自らの内部人格群における上位階層の記憶や意思の偏重によりて専制化せり。その背景には、〝先帝〟種族が経験せし不幸なる歴史的経緯以外に加え、旧帝国の急速なる発展という事情も有りたらん。即ち、超光速航行を可能とせる高次空間航法、及びその発展分野として、高次空間から素粒子変換を介して莫大なる動力の獲得を可能とせる高次元動力工学の開発によりて、帝国は分岐系列を含めば数十万もの種族系列を
「然し、銀河系外とて無人無限の
「後にサタンは、星間文明の発展に伴いて民主的・平和主義的政体への移行が必要となる事実を発見し、発展途上種族を初め他種族への文明発展支援において、人道的な手段による人的資質の向上を達成することによりて、これを実現せり」
「即ち本来、種族融合段階の量子頭脳工学は、適切なる制度・政策の実施やそのための人材育成を可能とする〝社会工学〟を活用せば、高次空間を経由して惑星を動かし、素粒子変換によりて恒星活動を操り得る星間文明をも制御する能力を、十分に備えたり。然るに中枢種族は、自らの内部人格群と系列種族群を啓発して制度・政策を転換し、高次元動力技術の悪用・誤用を防ぎて、経済・社会環境を健全に保つことに失敗したるが故に、いわば惑星文明における大規模核戦争の如き惨禍を二大銀河に招来せしものなり」
「然し、かかる社会的〝圧力〟の増大は、社会の膨張のみから生ずるものに非ず。我等はそれが、膨張の減速に成功せる社会における種族間交流・取引の活発化や融合体構成比の増加による、格差拡大・文化摩擦や種族の〝世代〟間対立からも生じ得る事実を忘れること能わず」
「かつて惑星文明は〝情報技術〟を開発し、工業生産力の増大による社会の膨張を減速して文明の自壊を免れし後、〝生体親和技術〟による人工物と自然物の融和によりて、さらなる持続可能性を獲得せり。同様にして、既に我等は〝種族融合技術〟を活用し、星間文明の軍事的膨張を制御してその自壊を免れたり」
「故に我等は今後、〝種族間親和技術〟を利用して種族融合体と個体群種族、〝天然の融合体〟や単一個体種族との融和を達成し、社会の統合と発展を維持することによりて、星間文明のさらなる持続可能性を獲得せん。また、この技術の適正な普及を図りつつ、経済・社会活動内の利害を調整し、そのための人材を育成して、自由で民主的な銀河群国家を維持するためには、それを支える各種の〝社会工学〟を開発し、応用することが不可欠なり」
(3)〝種族間親和技術〟
「現在新帝国においては、社会活動の活性化及び種族間協力の円滑化、さらには国政民主化の準備のためにも、〝複合分離体〟の形成が奨励せられたり。これは種族融合体・単一個体種族や個体群種族が、各自の分離体や使節団を派遣して形成する分離体にして、帝国各所における種族間の利害調整に多大なる実績を挙げつつあり。また他方では、〝大戦〟によりて壊滅的被害を被りたる種族の復興のため、我等三姉妹やアモン・サタンと同様の〝種族間融合体〟を形成すべく、当事者間の協議が進展中なり」
「また個体群種族に対しても、個体群の長所を生かしつつ発展を促進すべく、
「軍事種族融合体の職能多面化を可能とする、〝
「三者の協力関係は、かつて二大銀河の中心部と周縁部に分かれて対立せる旧帝国系種族と非酸素・炭素系種族の間に、親密にして対等なる友好関係を築かん。またこの関係は、彼女達の星域や開発予定の銀河外宙域に、古代文明の如き専制統治や中世軍事身分の如き軍事専業種族への依存を要せざる近代的防衛能力と、様々な職能を通じたる個体群種族との融和を提供せん。さらに、最も重要なることに、彼女達の友好関係は二大銀河における中心部と周縁部の均衡のみならず、両宇宙域とその間に挟まれし中間部分、さらには銀河系とアンドロメダ銀河の間にも多層的な均衡関係の形成を図る、新帝国の統治政策にも適合せり」
(4)〝多層均衡政策〟
「現皇帝サタンは、文明発展に伴う経済・社会変化が、制度・政策の巨大化・分権化と、そのための人的資質向上を求めることを発見せり。確かに意思決定の巨大化・分権化は、組織の腐敗や内部分裂、構成員の怠惰や非違行為の危険を招き、これらを防ぐには人的資質の向上が必須なり」
「然し、かかる巨大化・分権化は、人的資源に向上の義務を課すのみに非ず。彼女はそれが、他方では同時に、単一社会内の様々な主体間における建設的競争を可能とし、向上を持続化し得るという、好循環の機能に着目せり」
「故に新帝国政府は、多種多様なる種族間融合体・複合分離体及び分離個体の形成や、
「この平和的・建設的なるも公正を保ち、馴れ合いに陥らざる〝協調〟と〝競争〟は、無策なる淘汰の黙認や非情なる殺戮の誘導によらざる資質の向上を可能とし、〝個の尊厳〟と〝全種族のための文明発展〟即ち、全生物の生存に必要な車の両輪たる〝個体保存〟と〝集団維持〟の両立を持続せしめん」
「我等は飽く無き欲求を抱き、向上を願う知的生物なるが故に、動物の如く場当たり的な〝協調〟と〝競争〟の切替えによりて、〝文明発展の停滞〟や〝発展のための犠牲〟を繰り返し続けることには堪え得ざらん。故に我等は、適切なる環境制御と
「勿論、軍拡競争においても技術開発を民生に生かす者あり、運動競技においても反則を為す者あるが如く、生産的競争と破壊的競争の境界は連続的ならん。然し前者は、敗者にも自らの向上と発展の配当を与えるが故に、我等はあらゆる手段を以て、可能な限り生産的競争の比率を最大化すべく、努力を継続する所存なり」
「従来我等は、〝全種族のための文明発展〟を求める新国家の政策方針を〝分権と協働〟と説明せり。その基礎にあるものは、種族間の融和によりて豊かさを生み出し、巨大国家の成立と共に分権化を可能とする、自然科学的工学なり。然し前述の如く、これと相互補完の関係にある社会工学をさらに用いれば、〝分権と協働〟を守りつつ健全な〝競争〟を促すことも可能とならん」
「以上の如く、〝自然科学的工学〟の成果たる〝種族間親和技術〟を用いつつ、〝社会工学〟に基づく〝均衡の形成〟も図り、〝分権と協働〟のもとで〝生産的競争による向上〟を促すことにより、文明の持続的発展を目指す政策を、サタンは〝多層均衡政策〟と名付けて推進しつつあり」
「アモンもまたこの政策に従いて、星域防衛用の兵器から転用せる恒星動力伝送網の技術を、アンドロメダ銀河の〝先住種族領〟を初め、必要な星域に輸出する事業の運営を開始せり」
「然し、かかる潮流の中に最も喜ばしき新職能を
「先般彼女は新帝国政府より、銀河系とアンドロメダ銀河を結ぶ銀河間輸送及び警備・密輸取締に関する、事業の運営及び育成を認可せられたり。自由・公正・安全なる銀河間輸送は、民主的なる銀河群国家を維持するための必須条件なり。彼女の通商・交易に関する知識と経験は、取締りに際しても大いに役立つものとならん」
「安全保障環境の変化に伴いて、バールゼブル艦隊に続きゴモリー艦隊が自動機械化・少数精鋭化せる後も、
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