第壱章三話 【傭兵】


大陸では、従来とはまるで異質な兵器が運用されている

人型機動兵器、というものだ。その名の通り人間の形をした、人間が入って操縦するタイプの兵器である

驚くべきことに人型機動兵器は、従来の陸上兵器とは比べ物にならないスペックを発揮した

その性能から、それを駆る傭兵の出現は、ある意味必然だろう。彼等人型機動兵器を使う傭兵と従来の傭兵の違いは、使う機体の性能により超短期間で依頼をこなすこと

これにより、様々な依頼を様々な勢力から受けることができ、戦いの自由を得られたのである

一つの勢力に長い間こき使われ、蝿の如く嫌われる傭兵の進歩だ。一つの勢力に属さず自由を好むその生き方に、あるものは憧れ、あるものは恨みを抱いた

彼らはこの大陸において一番自由であり、また一番危険である

腕がなければ生き残れない大陸の人型兵器同士による戦場は、彼等傭兵を大陸におけるパワーバランスを崩す最強戦力にした

今日も彼等は、金と命を懸けて戦場を生きるだろう。危険に、そして自由に







基地急襲の依頼から1ヶ月。タナトスのパイロットは輸送機の修理ドックの中にいた

左腕部と頭部の装甲が破壊され、胸部もへこみ、所々かすり傷を負った機体は今やあと一息で全快というところまで修復されていた

「ぐへぇ~…」

作業用のロボットアームのそばから、今にも死にそうな整備員の声が聞こえる

「ジョナスン、だらしないぞ」

「ふざけんな、お前がタフなだけだ」

その整備員は他の整備員と会話していたようだ

彼らは、この輸送機内に五人いる整備員の中では特にスタミナがある方だ

たくましい肉体がそれを物語っている

「後は頭部の装甲だけだな、ディアーズ」

「性能はいいんだが、試作機だと割り切り過ぎている。じゃじゃ馬だ」

その二人がここまで疲労するということは、このタナトスの整備がそれだけ難しい事を意味するのである

この機体一機に1ヶ月も修理時間が必要な原因は、整備員の腕の悪さでも、輸送機の設備不足でも、機体の損傷具合のせいでもない

戦争があるなら兵器がある。兵器があるならそれを作る者達がいる

タナトスは大陸の『外』から持ち込まれた機体だ

この輸送機は、タナトスの製作者連中の支援で運用されている

彼らの目的はタナトスの戦闘データである

単機で泥沼の戦場にいる全てを駆逐し、基地を壊滅させ、

既にこの大陸で30を越える依頼を成功させているこの機体も、彼等には通過点に過ぎないらしい

そんな最先端を流星のように突き抜ける技術者達の寵愛は、整備に影響を与えるほどだった

つまり、性能を突き詰めすぎて他を潰した。直すには莫大な苦労が必要だ

そんな機体を使う側としては、直す側には感謝しなければならない

「お、パイロット君か」

ディアーズが声を掛ける

それに気づいたジョナスンも声を掛ける

「お、その袋、まさか差し入れ?」

手渡されたビニール製の袋の中身を覗くと、ジョナスンの腹が鳴った

「礼を言うよ、正直最近満足に食事してないんだ」

「ありがとうな!旨そうじゃねえか、ちょっと休憩入れるわ」

ディアーズとジョナスンは袋を持って、修理ドックの隣の整備員室に入っていった

パイロットが次の差し入れ場所に向かおうとした直後、機内に大音量の警告音が響く。次にオペレーター・ミシェルの慌てた声が鳴る

ただ事ではないのは火を見るより明らかだった

「未確認機接近!繰り返します!未確認機接近!乗組員は冷静な判断をお願いいたします!」







山の麓に着陸した輸送機と未確認機。その未確認機も、どうやら輸送機のようだ

大きなコンテナがそれを証明している

着陸寸前、機体を投下する未確認機

「い、依頼内容を説明します」

コクピットの中にミシェルの可愛らしいボイスが透き通る

「相手の傭兵パイロットの機体と戦闘してほしいそうです・・・」

そこにラドリーが慌てた声で止めに入った

「お、おい冗談だろう!?整備はまだ完了してない!」

「依頼を受けない場合輸送機も纏めて排除に掛かる、と言われました…」

「畜生、何てこった。結局戦わなきゃならんのか」

ラドリーの溜め息が重苦しく響く

彼はタナトスの修理を面倒がってはいない。むしろ戦わない自分達の仕事として、パイロットのために心血をタナトスのリカバーに注いでいるのだ

それは彼の優しさを現している

そしてそんな優しい男が、整備不完全な機体でパイロットを戦場に出すわけにいかないのだ

ラドリーにとって、この状況は屈辱的だった

「・・・っ!敵機、急接近!」

「仕方ねぇ、行ってこい!また俺たちが直してやるからな!必ずだ!」

「御武運をっ!」

ミシェルとラドリーが、精一杯の声援を贈る

自らの仲間のために、だ

機体が大きな駆動音を鳴らす

それは、言うなればレース前のアイドリング

輸送機から歩いて出てきた黒い機体

相対するは、赤い上半身にライトグリーンの二本脚。右手にライフルを持ち、左手でそのライフルを保持している

腰にマシンガンらしき銃をマウントしているが、使う気は無いだろう。右手のライフルを確実に命中させる構えなのだ

むしろ今にも腰のマシンガンを捨てそうでもある

全体的にヒロイックな見た目の機体に、ミシェルが驚愕の声を漏らす

「き、『騎士』!?」

キーボードを叩く音の後に、タナトスにデータが届く

大陸トップクラスの傭兵、正々堂々とした勝負で数多の敵機を打ち倒した、傭兵

通称は騎士

画像はその騎士様と目の前の機体が同一だと判断させる

その機体が銃口をタナトスに向けた。時間を食うな、という合図だろうか

苛立ち具合からして、この傭兵は死神との対戦をこころから望んでいたようだ

タナトスも武器を構え、すっかり馴染んだバズーカとガトリングの砲口を騎士に向ける

騎士側の輸送機から、戦闘開始の合図、スモーク弾が発射された

煙が輸送機より挙がった瞬間、騎士がライフルを発射した

その銃口から飛び出したのはレーザービーム

大陸から出てきた『謎』の一端。無論最新技術だ

マズルフラッシュなどというものではない。本物のフラッシュが死神を焼き尽くさんとする

しかし光の速さ、という程ではない

弾速が遅い代わりに威力が向上しているのだろう。ブースターを吹かして回避したタナトスの後ろにあった岩が溶けて消えたからには、その可能性がある

死神はその手にあるガトリングで弾幕を張った

いくらタナトスより細身とはいえ、ガトリングから放たれる無数の弾丸を避けきることなどできはしない

これなら相手をビビらせ、ブースターで距離を取れる

しかしなかなかそうはいかなかった

死神を追いかけようと、騎士は全身に内蔵されているスラスターを起動した

その次に取った行動は、狂気の沙汰としか言えなかった

最後に背中の装甲を開き単発の大型ブースターを起動させた騎士は、ガトリングの弾幕に自ら突っ込んでいった

タナトスが弾の暴風雨を造り出すものの、騎士の機体は止まる様子を見せない

今まさにタナトスが肉薄されるまで、一秒にも満たない

騎士は弾幕をほぼ回避しながら接近していた。それも、ガトリングの砲口が向いている正面からだ

機体をまさに自らの体ように自由に動かし、あるときは体をひねらせ、あるときは間接を曲げさせ、直撃弾を皆無にしている

機体も、かすり傷程度では平気だと言わんばかりに稼働している

明らかにタナトスより速い

騎士は肉薄すると、いきなり死神の目から消えた

違う。騎士は全力で上昇したのだ

着地の音とともに、不安定な姿勢から発射されたであろうレーザービームの光が裏側から見えた

正面からではなく、背面からの閃光

タナトスは後ろに回り込まれていた

レーザーの直撃は、死神の片腕を焼き切るには充分すぎた。ガトリングを持ったまま地面に落ちる片腕

砂煙が腕の代わりに昇ってくる

万事休す

死神は、ファンタジーのように、騎士に狩られかけていた



輸送機の中のオペレータールームで、ミシェルは絶望していた

騎士の、身体中のスラスターによる機動力はもちろん、たった一丁でタナトスを上回る火力を手に入れられるビームガンには誰もが恐怖するだろう

蝶のように舞い、蜂のように刺す。一撃離脱に特化した、大陸トップに相応しい機体だ

「なんて一方的な・・・」

彼女がそう呟くのも、無理はない

実際目の前のディスプレイには、防戦一方のタナトスが写っていた

ビームガンを撃ちまくる騎士には、余裕すら見える

「どうしたんだいミシェル、いつになくネガティブじゃないか」

「ラドリー・・・」

今にも泣きそうなミシェルの前に、ラドリーがやって来た

「アイツが死ぬわけないだろ?」

「でも、もう、ボロボロですよ」

軽口を言うラドリーに、本当に泣きながら感情をぶつけ始めるミシェル

彼が死んだら・・・という、非生産的な方向へと思考がシフトしそうになる

「俺たちは過程を紡ぐ、アイツは結果を編み上げる そんなに期待されてないって知ったら、あいつは悲しむぜ」

しかしラドリーは、それだけ言った

そこには、迷える子羊を導く神父のような優しさと暖かさがあった

その優しく諭すようなセリフをラドリーが言った頃だろうか

騎士の様子がおかしくなった

ビームガンを撃たなくなった。スラスターも仕舞っている

「これって…!」

「あんな性能のいい装備が何度も使えるもんか。大方ガス欠だろう」

瞳に希望を灯らせたミシェルが、タナトスのコクピットに通信を入れ、告げた

先程の、傭兵への信頼を無くしたかのような台詞を言ったことに対する贖罪も、込みで

「敵は息切れを起こしています、今なら行けますっ!頑張って!」



タナトスの体が唸りをあげる。エンジン最大稼働の合図だ

騎士の機体はビームガンを投げ捨てた

マシンガンを取る一瞬を狙い、騎士様のご尊顔を全力で蹴りあげるタナトス

残った片手のバズーカが、騎士の体を捉えた

バズーカが火を吹こうとした、そのとき

「二人とも、戦闘を中止してください!」

ミシェルが通信を開いた

「このままでは相討ちです。お互い死にたくないですよね?」

数瞬の静寂

その問いに、先に銃を下げたのは何と騎士の方だ

死神もそれに習いバズーカを仕舞う

騎士はマシンガンを放さず、寧ろ顔を蹴られた反動で銃口を向けていた

ミシェルはそれを見逃さなかった。このままでは互いに互いの武器に貫かれる、と

「お見事だった」

騎士から通信が入る。凛とした女性の声だった

通信機の向こうからミシェル達のざわめきが響いた

ほとんどの乗組員が、騎士のパイロットが女性だとは考えもしなかったようだ

「死神、などと言われるだけはある・・・なかなかの実力だ」

女性パイロットは自分の輸送機に向かいながら、タナトスのパイロットを称えた

「私はメアリ・クロード。この機体はアリシオンだ。次もまた、お手合わせ願う」

「こちらタナトスオペレーター、ミシェル・レイクです。報酬は頂けるんですね?」

「当然だ、ここまで楽しませてもらったからには、たっぷり払わせて貰うさ」

その言葉に、ミシェルは安堵した

騎士が背を向けた

メアリとアリシオンは、彼女達の輸送機に入っていった。機体に堂々とした歩き方をさせる辺り、流石と言うべきか

やがて輸送機からコンテナが運ばれてきた

コンテナがタナトスのそばに着くと、メアリから通信が入った

やけに満足げな声が、コクピットに響き渡る

「また会おう。次こそ決着をつけさせてもらう」

メアリ・クロードの駆る人型機動兵器は、ハッチの向こうへ消えた

アリシオンを載せた輸送機は、ゆったりと空へ飛んでいった

「『騎士』・・・なぜあそこまで好戦的なのかしら・・・」

ミシェルがポツリと呟いた



「凄い、この輸送機がもう一機買えるぞ!」

「落ち着けジョナスン」

アリシオンの輸送機が土煙を振り払いながら飛び去り三時間

爆弾が付いてないか、毒ガスなど入っていないか等々安全を確認されてからコンテナが開かれた

中にはジョナスンの言う通りの金額分、黄金のインゴットが大量に入っていた。たちまちお祭り騒ぎになる輸送機メンバー

興奮する他のクルーを横目に、ミシェルとラドリーが話をしていた

「流石だな死神様は、大陸トップクラスの傭兵に、相討ちまで持ち込むたあな!」

「だから、死神なんかじゃありませんってば!」

「違げーよ!俺たちが整備したタナトスのことだ!」

ラドリーが豪快に笑う

確かに彼等の整備は、傭兵の生命線だ

特に今日は、思いっきり自慢しても罰は当たるまい

「俺達のタナトスは、大陸最強だ!」

「・・・そうですね!」

「おお?ミシェル、パイロットさんが来たぜ」

「あ、こっちですよー!」

ミシェルが手を振る向こう、夕日が黒い機体を照らす

死神を称える赤い光が、剥き出しの骸骨頭に反射する

どこかアンバランスで、その光景は美しかった

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