リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件

粟生木 志伸

第1話 リリシーナ王女殿下とシビアナ侍従官

  

 とある国にー、とても美しーいリリシーナという王女様がおりましたー。

 彼女には、あるううう悩みがありましたー。ふふふふーん。

 清らかな心をー持ちー民の皆から愛されー、そーの国一番のー美少女だと誰もが持て囃すのに、結婚が出来ないのですー……。くっ……。


 勿ー論、こんな超優良物件をー世の男性達が見過ごすはずがありませんー。

 王女様は美少女で性格も良くて結婚相手を募集してますと、きちんとお触れも出していますしー。

 ですのでー、王宮にはそんな美しい王女様と結婚しようとー、毎日のように大勢の魅力的な男性が会いに来ますー。

 かっこいいー王子様、かっこいいー騎士、あとはー……えーと。……かっこいい大金持ちの商人とか、か?


――ん゛っんん!


 しかし! 王女様とー会った途端ー、彼らはその神々しいまでの美しさを前にひれ伏してしまーい、「自分なんかではー、王女様にはふさわしくありませーん!」と自ら身を引いてしまうのでしたー。


 そう、王女様はその神にも匹敵するであろう自分の存在によって、自らの首を絞める結果を招いていたのでーす……。

 美しさは罪ー。ららららー。そんな言葉が王女様の脳裏を掠めますー。

 そしてー、王女様はーひとり悲しく物思いにふけーる日々を送るのでしたー。


 ああ! 王女様と結ばれる御方はーいつ現れるのでしょおおーかああー?

 らっらっららーんらっらっ。


 つづく。




「――結婚したいな」

「――何をなさっているんです? リリシーナ殿下」

「ぎょうわあ!?」


 いきなり背後から声がしたのでびっくりした。

「ぎょうわあ」って声が、自然に出ることに気づいて二度びっくりだよ。

 いや、そんなことはどうでもいい。


 早めに摂った昼食後、久しぶりに暇だった私は一人であることをいいことに、執務室で即席の演劇を作って遊んでいた。

 初めは自作の歌を口ずさみながら、それから自然と体が動きだして軽快な足取りで踊っていただけだったんだが、最近観た劇を思い出して、じゃあちょっと自分でもやってみようかと興が乗ったのだ。


 この劇の最後は、左膝をついて右手を天に向かって手前に挙げた状態だった。

 表情は以前劇場で見た女優の真似をして、悲しみを湛えてるようにしてみた。頭を左右に流れるよう揺らすと更に気分が乗る。

 それを見られてしまった。最悪だよ。


 すぐさま声の主との間合いを取る為、私は右膝をついたまま前方にゴロンと体を回転させ、意識を刈り取る為の攻撃体制を作る。記憶を飛ばし全てをなかったことにする為だ。

 そして、声の主が誰かをきちんと確認するため顔を上げた。


――くっ駄目だ、こいつにはこの攻撃は当たらない。


「シビアナか……」

「はい」


 執務室の扉の前には、まあ多分この国で2番目くらいの美女がいた。

 私付侍従官のシビアナだ。

 こいつは私が幼少の頃から知っている侍従官で、付き合いも一番長い。

 私の携わる執政を補佐する優秀な部下でもあり、武芸の方もかなりやる。

 黒みががった紫色の長い髪を左右二つに束ね、三つ編みにしてから頭の後ろでまとめているのが特徴的だな。


 あとおっぱいが、すごく、でかい。なんだあれ。


 王家に仕える為に専用で作られた格式高い侍従服が、何故あんなにも色っぽく見えるのか。

 ちなみに、初めて彼女と会う者は老若男女問わず、だいたいまず顔をちらっと確認してから直ぐにその胸へ視線を移し驚愕する。

 偶に「でかっ」って無意識に言う奴もいたので、今では例え声に出さなくても口の動きだけで「でかっ」って言っているのが分かるようになり、その事実が私をイラッとさせる。


 私もあれだけのおっぱいがあれば、あんな事をしようとは思わなかったんだよな。

 ――はあ、思い出したらなんか泣けてきた。


 何より羨ましいのが、こいつは既婚者であるということだ。結婚をしてるんだよ結婚を。ちくしょう。子供も女の子がひとりいる。すごく可愛い。

 ああ、久しぶりに会いたくなってきたな。

 ……ちっ。いいよな、こいつ。自宅に帰ればいつでも会えるんだし!


「殿下、妬ましそうな髪色・・をしてどうしました?」


 若干垂れた目を細めながら、シビアナが笑顔を作る。


「何だよ、その顔は?」

「ふふふっ」


 私の心を見透かしたように見えるその笑顔が腹立たしい。


 しかし、こいつ……何時からいた?

 ていうか気配を消して部屋に入って来るなよ。部屋に入る前に扉を叩いて私の許可を取ってから入室しろ。おかしいだろ、お前。


――まあいい。とりあえずは置いておこう。ここで怒っても不利だ。平静を装うことに集中しろ。

 そう自分を抑えつつ、私は執務室の奥にある姿鏡に体を映した。


 自分でいうのも何だが、結構いい体してるんだと思うけどな。

 身長もそこそこあって、肉も程よくついて健康的だし、肌も白くてスベスベだよ? 美容には気を使っているんだ。顔だって小さい。

 目つきはちょっときつめで眉毛もちょっと太くていい感じ。い、色気もあるし? おっぱいも普通にある……あるし……。


「…………」


 ちろりとシビアナのおっぱいを盗み見る。

 自分の胸を見る。

 まあ、問題はそこじゃない。私は鏡をもう一度見直した。


「はぁ……」


 今日は前髪を編み込みにして左に流し、残った髪も編み込みながら後ろで纏めた、ぴっちりとした髪型だ。だから分からなかったんだな。


 シビアナに言われて初めて気付いた。


 髪の色がいつもの銀色から深緑色になっている。


「気が動転してしまいましたか。あんな所を見られては仕方がないですけど」

「いや、お前が気配消して部屋に入ってくるからだろ? そうしたらこんな事になってないわっ」

「ふふふっ。良いものを見せて頂きました」

「ぐっ。――はぁ……」


 私はもう一度溜息をついた。


 私の父様が治めるこの国はトゥアール王国という。建国からそれなりには歴史は長い。

 我が王家には他の国にはない特色が色々とあるが、その中で王家の女性にはある特徴がある。

 髪の色が強い感情に反応して変わるのだ。

 

 私の場合は、嬉しかったら黄色系、怒ったら赤色系、悲しかったら青色系、とまあこんな感じでころころ変わる。

 ただ、この色合いは人によって違うし、どういった感情を抱いたかを当てるのは、長年の付き合いがないと難しい。

 どの感情がどの色に当てはまるかを知るためには、私の性格も良く知らないといけないし、全ての感情を短期間で見るのは無理だからね。

 

 髪色の変化で私の感情を推し量っているのは、シビアナぐらいなもんだ。


「最初は青に近い水色、それから徐々に深緑色に変化しました」


 そんな私の事を良く知るシビアナが、そう教えてくれる。

 まあ、お前に嫉妬したからな。結婚に可愛い一人娘……。滅茶苦茶羨ましいわ。

 私の場合、驚くと大抵水色に変わり嫉妬は深緑色になる。

 

 だが今はそんな事より――。


「そうか。ていうかさっき見たことは忘れてもらおうか」


 髪色が変わった今なら言えると踏んだ私は、そう言ってシビアナを睨み付けた。 

 こいつのこういった行動は一度や二度ではないのだ。

 お前には私の恥ずかしい歴史を量産させようとする意志を感じる。

 その行動を改めさせるために、少し脅しておこうじゃないか。


「ふふ。一人前だと陛下に認めていただくのはまだ先になりそうですね」

「うっ」


 嫌なことを言い返されてしまった。さっき溜息が出た原因はこれだ。

 父様にはトゥアール王家の掟に倣い、自分の感情をきちんと制御できるようにして髪の色を変えないようにしろと言われているのだ。

 感情というより動揺がすぐに分かる髪なので、政務に支障をきたすことを懸念してのこと。

 まあそれは表向きの話だけど。


 父様に認めてもらえれば、王家の女性として一人前と見做される。それなのに、こんな調子では認められるのが当分先の話になりそうだと、溜息が自然に出てしまったようだ。


「とにかく! ――誰にも言うなよ?」

「ふふふっ」

「ふふふっじゃねえよ。はあ……。――次回の演劇三人分で手を打て」

「はい。畏まりました」

 

 いらぬ出費だよ……。本当に高くついたわ。

 しかしシビアナは、私が脅しても悠然としているよな。長年一緒にいるが、実態を掴めないんだよね。こう掴みどころがないというか。ふわふわしている感じだわ。

 よく分からないところは本当によく分からないやつだ。娘は本当にいい子なのに。


「やれやれだ……。見事に変わってしまったな、これ」 


 私は髪を触りながら姿鏡に近づいた。

 ここ最近はずっと銀髪だったので、自分の顔を動かしながらまじまじと見てみる。


「元の銀色に戻すのにも時間が掛かるんだよねえ……」


 それなりにできるようになったと思っていたが、やはり今みたいな突発的なことが起きると制御は難しいということが分かった。結構頑張って訓練したんだけどな。

 ちなみに一旦、感情の制御が出来なくなって髪色が変化すると、ころころと髪色が変わり出す。

 ただ、例えば私が怒って髪の色が赤に変わっても、強い感情を持たなければずっと赤色のまま。赤髪だからといって怒っているとは限らない。


「難儀な髪だよ」


 まあ、最悪カツラを被ればいいのだが。でも何かそれはしたくない。

 髪の毛の編み込みを解くと腰くらいあるから、結構切ることになるし。それに切ったとしても、ちゃんと地毛を隠せるカツラを被ると、もこってして嫌なんだよ。見た目も悪くなる。 

 いっそのこと髪全体を布か何かで覆ってしまおうかな。いや、でもな。負けた感じがして嫌だ。訓練を頑張ろう。


「剃りますか?」


 いきなり何言ってんの、お前?

 

「お前は何を言っているんだよ? びっくりした。本当にびっくりしたわ。王女に向かってその発言。つるつるになれって言ってんだよな? 私に恥ずかしい思いをさせるのは不敬罪だろ普通に。……まったく。それにお前は、私に髪の毛全部剃れって言われてするのか?」


 決意を新たに頑張ろうとする私に、水を差すような発言すんなよ。

 しかし、こんな事で怒っても仕方がない。ここは冗談っぽく返しておく。私は懐が深いんだよ。


「嫌です。結婚もしてますし」


 !? こいつ!!


「結婚は関係あるのか? なんで結婚してるって言った? 自慢か? 私に対する当てつけか? あと、王女の命令なのに嫌だとはっきり言うその態度も腹立つわ!」

  

 結婚という言葉がどれだけ私を苦しめているか知ってるだろうが! お前ふざけんなよ? 本当にぶっ飛ばすぞ! 

 大義は我にあり。お前は美少女の心を傷つけた。


「殿下」

「何だよ!?」

「陛下より下命を仰せつかっております。御同行をお願い致します」

「馬鹿! 一番最初にそれを言え! あと自分が面倒くさくなったら話を勝手に終わらせるのやめろ! 分かってるんだぞ! お前のその目がもう面倒くさいって言ってるんだよ!」


 普段は優秀で言うことがないが、こいつはこういう所がある。


 しかし私の怒りを余所に、シビアナはにこりと笑みを浮かべ、何も答えず綺麗なおじぎをしてそのまま執務室を出て行った。


「ええー……」


 何で出ていくの?

 しかもまた勝手に終わらせたよ。全然話聞いてないのかよ。王女様だよ私は……。

――あ、手が震えてる。本当に力いっぱい手を握り続けると震えるんだね。

 

 あいつとやり合ったら間違いなく勝てる。

 権力もこちらの方が勿論上だ。王女様と侍従官だし。


 だがもし如何なる理由でも、無闇に私がシビアナに手を上げたり、権力にものを言わせるようなことしたら窮地に追い込まれるのは確実に私だ。


「おい! 一人で行くな!」


 私はシビアナの後を追って、急いで執務室を出た。

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