第2話 話倉庫部屋と副隊長

「なんでここ?」


 髪の色をすぐに確認できるように少し髪型を弄りながら、私はシビアナに追いついた。

 それから、こいつの後ろをとことこと付いて行ったその先は、王宮の一階奥にある倉庫部屋がずらっと並んでいる場所だった。


 こんなところで何をするというんだろうか。

 探し物でもあるのかね。でも、そんなことでは私を呼んだりしないだろう。

 他の侍従官達にやってもらえばいいし。父様の許可をとって私が必要となるとしたら、宝物庫ぐらいだ。けど、宝物庫は一階にはない。


 私は疑問に思いながらも、シビアナの後ろを付いて行った。


「あれ?」


 廊下の奥に見えた倉庫部屋の前に、見覚えのある若い騎士がひとり直立不動で立っている。短めの黒髪で長身。体躯は細めだが、がっちりとした印象はある。


 ていうかシビアナの夫のイージャンだ。妻帯者なのに若い侍従官達にきゃーきゃー言わす人気がある。強くて格好良くて頼れるんだと。

 うーん。確かに武芸の才はあるし、キリっとして端正な顔立ちなんだけど、好みではないというか。

 あいつは近衛騎士隊の副隊長だ。騎士では一番強いだろう。まだ二十代で経験不足ということで副隊長だそうだ。


 まあ、シビアナの夫であることはすごいとは思う。

 夫婦仲もいいんだよな。主導権はシビアナにあるが。


 ちなみに結婚の申し出はシビアナからだったらしい。

 シビアナがどういった基準で結婚しようと思ったかは知らないが、どういう経緯で結婚まで至ったのか参考なまでに詳しく聞いてみたいものだ。


 しかしなんで副隊長に、ここで新人衛兵みたいな真似させているんだ?

 私は副隊長がわざわざ出張ってきていることに違和感を覚えた。

 結構大事なのかな。


 私とシビアナはそのまま歩みを進める。


「イージャン、ここで何してるんだ?」


 近くまで行くと私達が来たことに気付いたイージャンが、敬礼をしてくれたので直接聞いてみた。


「ああ殿下、詳細の程は聞いていないのです。ただシビアナがここで立っていろと。陛下からは御許可を頂いているみたいです。正式に通達がありましたし」

「へえ……。そうなのか」


 シビアナの方に二人で顔を向けると、彼女はにっこりと笑みを湛えるだけだ。


 騎士隊の副隊長にも事情説明がなしということは、政治の類でしかも結構な機密に関わることみたいだな。

 だからあえて、こんな場所を選んだのかもしれない。

 父様は事情を知っているらしいが。


 でもこれ、私の執務室でもいいんじゃないか?

 内緒話をするのにも問題はないはずだ。ここにくるだけの理由はなんだ?


 ふむ。


――執務室には呼べない人間でも来るのかもしれないな。


 思い当たる事例を組み合わせて考えていると、それらしい答えに行きついた。


 やっぱり大事っぽい。

 やれやれ、何があったんだか。


「そっか」


 そう答えて――あれ? イージャンの様子が変だな。なんで今一瞬ビクってしたんだ?


「殿下、しばらくこの部屋でお待ち下さい」


 シビアナが倉庫部屋の扉を開けながら私に入室を促してきた。


「分かった」


 イージャンの挙動が気にはなったが、私は取り敢えず中に入った。 


 部屋の中は薄暗くて、小さな換気用の鉄格子から光が差し込んでいた。

 倉庫部屋なのに特に荷物もなく、がらんとした感じだ。

 部屋の真ん中に単純なつくりの作業机とあと木の椅子がその机を挟んで手前と奥とで向かい合って置いてある。机の上には一本の小さな蝋燭と燭台以外何もない。

 ただ、机の脇に黒い鞄が置いてある。


 一応聞いておくか。


「シビアナ、ここで一体何をするんだ?」 

「お話は後程。とりあえずこちらにお座りください」


 駄目か。話してくれそうにないな。


「ああ」


 シビアナが手前の椅子を勧め、


「すぐに戻って参りますので、そのままお待ちください」


 そう言って、そのまま部屋から出ていく。

 イージャンの前を通り過ぎる時、目配せをしてそれにイージャンも頷いていた。


 うーむ。目と目で通じ合うというやつかあ……。


 夫婦って感じがしてた気がして少し羨ましくなってしまった。実はああいうのは私も憧れているのだ。

 あいつら結婚して何年ぐらいだっけ? 十年くらいだったか。それくらい経てばあのような事が出来るのかな?


――よし、このままいるのもあれだ。すぐに戻ってくるというし、せっかくだからその間イージャンと結婚について話をすることにしよう。さっきの反応も気になるしな。これも聞いておくか。






「――しかし、よくあんなのと夫婦やってるな」

「やっぱあれか第一印象はおっぱいか?」

「あれ揉んだらどうなるんだ?」

「い、いえ、その殿下……」


 わははは。愉快愉快。真面目なやつをからかうのは面白いのう。しどろもどろになっておるわい。

 結婚について話をするつもりが、何故だかイージャンをいじることになっていた。

 さっきのシビアナにやられた仕返しとばかりに、こいつが答えにくい質問をしてみるかと思ったのがいけなかった。

 イージャンは普段、寡黙で余計なことは話さないことは知っている。だから、この手の話は同僚にしていないだろうから対応に困るはずだ。その証拠にほらお顔が真っ赤っ赤である。


「私の結婚の参考までに聞かせてくれると助かるな」

「は、はあ」

「あいつのどこに惚れたんだ?」

「いっ!?」


 ぐふふふ。さらに赤くなりおったわ。

 こちらの優位性を保ちながら、ちくちくとちょっかいをだす。相手は王女様だからな。強くは言ってこれまい。くくく。

 おっといかんいかん。髪の色が黄土色だ。恍惚の感情がばれてしまったかな?

 まあ今さら構わないか。


 今日はもう駄目だな。感情にすぐに反応してるし、銀髪を維持するのは無理だろう。

 シビアナもこんな状態で、私が不利になりそうな仕事をさせることはない。

 あいつの仕事に対する姿勢は国益になることを最優先で徹底しているしな。

 今回は髪の色が変わるということが分かっていても、それでも問題ないみたいだが。


 さて、気も晴れたし夫婦に関しての答えづらい質問はこのあたりにしておこう。ありがとな、イージャン。


 イージャンのたじろぎに満足した私は別の話題にすることにした。


「テレルは元気か?」


 話が自分の娘のことに変わって、あからさまにほっとした表情になったな。すまん、やり過ぎた。


「はい、毎日元気に走り回っております」


 うんうん、目に浮かぶようだ。テレルはこの夫婦の一人娘だ。歳は今年で6つになる。

 うん、元気で何よりだ。

 あの子は、両親に連れられて去年初めて王宮に来て私と遊んでくれたのだ。

 その時以来、私に懐いてくれていている。ふふふっ。嬉しいよね。

 そんなテレルは、何物にも代えがたい私の癒しだ。

 今でも私が必死に頼んでやっとシビアナが連れて来てくれるんだが、来る日が決まると楽しみで仕方がない。

 堪らないな、あの笑顔。はあ……、思い出してしまった。


 これがシビアナに横暴な振る舞いができない理由だ。

 テレルはシビアナも大好きなのだ。

 もし、シビアナに対して酷い仕打ちをして、それがテレルに知れたら間違いなく嫌われる。会えなくなる。

 そんなのは、絶対に嫌だ。考えただけでぞっとする。


 とはいえ、シビアナは基本優秀だ。テレルの事を考慮に入れなくても、私があいつに酷いことをすることは、まあ今後ともないだろうがな。あの性格に毒され尽くして麻痺しているというのもあるけどね。


「また連れてきてくれ。そろそろテレルが恋しくなってしまう発作が起きそうだ」

「はっ。仰せのままに」

 

 そう言うとイージャンは、恭しく敬礼をしてくれた。


 うーん。


 こうしてイージャンとシビアナを比べてみて思うんだが、やっぱりシビアナは自由過ぎだろ。

 王族に対しての対応はだいたいこんなもんだ。これが普通だよ。シビアナが近くにいるせいか時々分からなくなるわ。

 でも……。思えば今日は特におかしかったよなあ、あいつ。いつもの三割増しはあったはずだ。


 ああそうそう、聞き忘れるところだった。


「そう言えば何でさっきビクってなっていたんだ?」


 変な感じだったんだよな、こいつ。


「え!?」


 おお、挙動不審っぷりがすごいな。またビクってなったし。


「いや、さっきシビアナの顔を見たときビクって――」

「お待たせしました、殿下」


 あちゃあ。シビアナが戻ってきてしまった。






 シビアナが帰ってきたので、イージャンの挙動についてそれ以上聞くこともできず、私は再び部屋に入った。


 うーむ。からかう時間をかけ過ぎてしまった。最初に聞いておくべきだったな。


 そう思いつつ私が手前の椅子に腰を掛けると、シビアナが奥の椅子に腰かけ蝋燭に火をつけた。

 机の辺りが蝋燭の火に照らされ、ぼうっと明るくなる。シビアナの顔も照らされてちょっと怖い。


 ガコンッ。


 扉の方から響くような音がした。私は扉の方に目をやる。

 どうやらイージャンが鍵を掛けたらしい。


 あれ? なんだこの状況。

 薄暗い部屋にシビアナと二人。

 机で向き合っている。

 そして鍵を掛けられた。

 これって――。


 取り調べに似てる気がするんだが。


 シビアナの方に目を戻すと、彼女は机の脇に置いた鞄から両手に収まる程度の箱を取り出したていた。


 げえっ!!


 その箱を見た瞬間、私は汗がどっと出てきた。


「殿下……。この箱に見覚えがありますね?」


 シビアナが底冷えするような声で静かに問いかけてきた。

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