めぐりめぐって

みんちあ

1.旅に出逢いはつきものなんです

……ここに通せばいいんだよな。

俺は恐る恐る新幹線の切符を改札に通す。たどたどしい手つきから他の人には、俺が新幹線を利用し慣れていないということはバレバレだろう。

それでも俺からすればこれから始まる壮大な旅の第1歩なので、嬉しいものが胸にこみ上げてくる。

ホームに着くと同時に、のぞみが滑り込んで来る。

スーツケースを遠慮がちに引きずりながら指定席に腰を下ろしたところで一息ついた。

ここ、東京駅から3時間程乗っているだけで岡山駅に到着する。それからは、マリンライナーに乗りかえれば、瀬戸大橋を渡りつつ四国の一つである香川県に到着する。


俺は今まで一人でここまで遠出したことはない。少しの不安がこみ上げてきたので、それを紛らわす思いで、カバンの中から、折り目がたくさんついた旅行雑誌を取り出す。


大丈夫だ、うまくいく。

自分に言い聞かせるように心の中で呟き、耳元でお気に入りの音楽を流した。


今回一人旅をしようと思い立ったのは、バイトの先輩の話を聞いてからだった。


「広瀬、遊んでおけるのは大学2年までだぞ。3年になったらグンと忙しくなる。

何より、近づいて来る就活から逃げたくなる、ストレスになる。お先真っ暗だ」


それは流石に言い過ぎじゃ。そう思ったが、先輩達の様子を見ている嘘ではないのかもしれない。

シフトから4年の先輩達の名前、そしてこの夏からは3年の先輩の名前までが消えはじめ、その負担は俺や後輩が埋めた。そしてその分お金も貯まっていく。

彼女もいなくて、実家暮らしなら当然といえば当然だ。


「だから女とも今のうちに遊んどけよ、広瀬。家に引きこもっている場合じゃないぞ」


遊んどけよ、って言われても。俺は内心ほぞを噛んだ。


理系大学の情報学部に進学した俺は、まず女子の少なさに驚いた。

ある程度予想はついていたが、ここまでとは。

学科全体で120人の学生がいるのにも関わらず、女子は7人しかいなかった。

その中でも可愛いと思う女子には彼氏がいる、というのも難点だった。

かといってバイトの女の子とも恋愛関係までには発展しない。

そういった環境が女子と久しく遊んでいないという自分の惨めな現状を作り上げてしまったのだ。


やめよう。女子のことをいくら考えてもむなしくなるだけだ。

気を取り直して俺は、最初に先輩が言っていたことについて考えた。


遊べるのは、今しかない。


お金はある、時間もある。

なら、何をすればいいのだろう。

俺は迷っていたが、答えはたまたま本屋に売られていた本にあった。


その本は詩集で、その背景には綺麗な写真が添えられていた。

青く透き通った海は勿論、面白い形の雲や一面に広がる花畑、

闘技場で闘う犬たちと多種多様で、普段、本を読まない俺もページをめくる手が止まらなかった。


こんな綺麗な場所があったんだ……。

写真でこんなに凄いんだ……実際はどうなんだろうか。

気持ちが高ぶってくるのを自分でも感じた。


そして気付けば、その本を持ってレジに並んでいた。


家に帰ってその本を再びめくり、読み進めていく内に湧き出る気持ち。俺もこんな景色が見たい……。更に色々とネットで情報を仕入れてると驚くべきことが分かった。


「えーっ! これ高知の海だったのかよ!」


薄く緑色に輝く海を見て俺はてっきり沖縄だと思いこんでいた。

俺はもしやと思い、さっき買った詩集の名前を検索に掛ける。

有名なのかすぐに最大の情報を誇る辞典サイトにその名はあった。


"『ナミカゼ』は如月メディアワークスより出版されている秋本 柚香の詩集。

実際に著者である秋本柚香が四国を旅行した時に撮られた写真が

詩と共に大々的に取り上げられているのが最大の特徴である"


四国を旅行をした時に……ってことは、海だけじゃなくて花畑や犬が闘っている写真も全部四国のどこかにあるってことなのか!


俺は思わず両手を挙げてしまった。今まで四国は香川のうどんと愛媛のみかんしか知らなかった。悪かった、侮って悪かったよ、四国。


それと同時に俺は今まで自分が生きていた世界がどれだけ狭かったのか改めて思い知った。

それをこの『ナミカゼ』という詩集に教えられた。


……行くっきゃない!

実際にこの『ナミカゼ』にのっている景色を見てみたい。


決断してからの俺の行動は今思い返しても早かった。


「店長、3泊4日で旅行に行きたいんですけど、お休みを頂いてもよろしいでしょうか」

「うーん……。でもねぇ……夏休みの時期だしお客さんもたくさん来ると考えると……」

「大丈夫っすよ、店長。一の穴は俺とか前沢がその分埋めるんで」


当初は店長は俺の申し出に眉を潜めていたが先輩が援護射撃をしてくれた。勿論俺も、4日の休みを取る為に色々な人に頭を下げ、シフトの調整を自主的に行った。皆からはお土産を条件に色よい返事をもらうことが出来た。


そして、その日のバイトが終わると同時に本屋に駆け込み、四国の情報が載っている旅行雑誌を3冊買い、ネットで新幹線の予約も済ませた。親にも一人旅をしたいと説得。


両親には口をポカーンと開けられたが、何とか許可が出た。そして今、緊張半分楽しみ半分の気持ちでのぞみのシートに座っているのである。


もうすぐ出発だな。

俺は腕時計で時間を確認する。ふと視線を上げると、一人の女の子が辺りをキョロキョロしながらこちらにやって来てるのが分かった。もしかして、俺の隣なのかな? 丁度夏休みということもあり、新幹線は非常に混雑しているので、相席になってしまうこともあると旅行代理店の人も言っていたのだ。俺の読みはあっていたらしく、女の子は俺を見て小さく頭を下げた。


「すみません」


……俺と同年代だろうか。

髪はショートの明るい茶色でネイルもきれいに仕上がっている。

化粧もナチュラルにまとめられ、肌も白い。多分、俺と違いもてるタイプだろう。


でも、俺の横に座るなんてこの子も一人旅なのか?

女の子は座るなり、鞄からスマホを取り出す。

俺も手持無沙汰だったので同じくスマホを取り出してメールは来てないか確認したが、非情にも来ていたのはメルマガだけだった。


まぁこんなものだよな。

そう思っていた時……。


「あ!」


隣の女の子が大きな声を出した。

女の子は慌てて口を抑えているが、もう声は漏れてしまっている。


一体何に反応したんだろう。疑問に思っていた俺だったが、女の子の携帯電話を見てその疑問は晴れた。


「ストラップ一緒だ!」


その女の子のピンク色のスマホにぶらさがっている猿のストラップは俺の黒いスマホにもついていたのだった。


「色まで一緒って珍しいよね」


今、俺と女の子がしている猿のストラップは黒色だったが、他にも茶色やグレー、はたまた帽子を被っていたりアフロヘアーの猿などたくさんの種類がある。

確かにその中でシンプルな黒色が被るのは珍しいかもしれない。


理系大学に通っている弊害か、俺は女の子と話すことには慣れていない。女の子の感想に曖昧に頷くだけだったが、女の子は嬉しい様子で口を開いた。


「というかさ、一人旅?」

「一応、そうかな」

「あ、じゃあそれもまた一緒だ!」


嬉しそうに手を合わせる女の子。

その笑顔に俺は心惹かれるものがあった。

やばい……可愛いかも。

そう意識すると、ますます俺は上手く喋れなくなってしまう。


「……もってことはき、君も?」


そう返すのがやっとだった。

だがなぜか女の子はぷっと小さく吹き出した。


「栞(しおり)」


「え?」


「君って言われたの多分生まれて初めてだよ。私、二宮 栞(にのみやしおり)って言うの」


まだ笑いが収まらないのか、二宮さんは口元を手で隠す。そんなおかしいこと言ったかな、俺。

俺は首をひねった。


「でさ、私が名乗ったんだから、名前教えてよ」

「名前? 広瀬 一(ひろせはじめ)だけど……」

「一かぁ! いい名前だね!」


いい名前と言われると素直に嬉しい。

とはいってもこのはじめという名前は書きやすい、というくらいしか思い入れがないのだが。


「一、一人旅初めて?」

「そうだけど、二宮さんは違うの?」

「二宮なんて堅苦しいよ、栞でいいって」


二宮さんは笑いながら手のひらをひらひらさせる。そうは言うものの、俺は今まで女子のことを名前で呼ぶことなどあまりない。情けない話、呼ぶことにためらいがあるのだ。


当然、女子にも名前で呼ばれることも少なかったので、二宮さんが平然と俺のことを"一"と呼び捨てるのにもこそばゆかった。


「そうは言っても……」

「栞って呼ばないともう口聞かないよ」


そこまで言われても俺は渋っていたが、二宮さんも頑として口を開こうとしないし、それに二宮さんとは初対面ということもあり、ちょっと勇気を出してみることにした。


「栞は一人旅は初めてなの?」


呼んでみればなんてことはない。噛まずに言えたことにホッとしつつも、右の掌はじっとり汗をかいていた。栞は、名前で呼んだことが功を奏したのか、指を軽快に折って回数を数え始める。


「6回かな?」

「6回!?」


俺はつい大きな声を出してしまった。

幸い周りの客は各々自分の世界に入っているようでこちらを見ることはなかった。


「多くない?」

「一回行っちゃうとはまっちゃうんだよね。一もまた次行きたくなるよ、きっと」


そういうもの……なのか?

一人旅経験が0の俺からすれば、いくらなんでも6回は多過ぎるような気がしないでもない。


「なんでそんなに一人旅してるんだ?」

「……内緒」


栞はちろっと舌を出して答えた。

その行為は免疫が薄れてしまっている俺の心に一々響く。


「じゃあ逆に聞くけど、一は何で一人旅しようと思ったの?」

「バイトの先輩の様子とか見てたら、遊べるのは大学2年の今だけかなって思ってさ」

「あ、2年生なんだ? 私と同じだ」


栞が嬉しそうに手を合わせる。まさかたまたま隣り合わせた子が自分と同年代とは中々数奇なものだ。


「文系の大学に行ってるの?」

「いや、理系の大学」

「あー確かに文系っぽさはないよねぇ」


悪気があるのかないか定かでないが、どこか理系を小馬鹿にしたような栞の言葉に俺はムッときた。


「そういう栞は文系だろ、そんな感じする」

「なにその鼻にかけた言い方? 私がバカっぽく見えるってこと?」


文系、ということをバカにする気持ちはないが、少なくとも俺の大学に栞のように垢抜けた女の子はいない。栞はさっきの俺と同じようにカチンとくるのがあったのか声を荒げる。


「そうは言ってないだろ、雰囲気だよ雰囲気」


一体何が気に食わないのか栞は俺の言葉のいたるところにかみついて

くる。


「じゃあ男にワンワン尻尾を振る尻軽ビッチとでも言いたいわけ? 言っておくけど、私からすれば理系=オタクだからね!」


「だからなんでそう捉えるんだよ! それに俺はオタクに見えるのかよ!」


栞は目を三角にさせながら俺のバッグに付いているチャームを指さす。そこに付いている女の子のキャラは、今、巷(ちまた)で流行っているアニメの人気キャラのものだった。


「そんな物ぶら下げておいてよくそんなこと言えるわね」

「いや……これは……その……」


見てないのに批判するな。そう言いたかったが、火に油を注ぎかねない。それに、栞みたいにアニメを全然見なさそうな女の子に言っても無駄なのかも知れない。


「ほら、そうやってすぐドモるのもオタクの特徴。これだから理系のアニメオタクは……」


大げさにため息をつく栞。


俺はこれ以上話していても無駄、と察しイヤホンを耳につけ栞を遮断した。栞も乱暴にバッグから本を取り出し、お互いに自分の世界に逃げ込む。


……話しやすくていい奴だと思ったのに。


俺は心の中でふてくされ気味に吐き捨てた。


音楽を聴きながら、俺はこれからの予定を見直すことにした。11時頃には岡山駅に到着するので、12時という昼食にピッタリな時間に高松駅に到着することが出来る。


高松と言って、まず最初に思い浮かぶのはうどんだった。しかし裏を返せば、うどん以外は思いつかないというのが本音だった。


旅行雑誌を見てもピンと来るものがなく、新幹線の中で雑誌を読み返してきめようと思っていたのだ。


しかし今雑誌をめくってみても、結果はやはり変わらない。

このままでは向こうで何もすることなくグダグダになってしまいそうな気もする。さて……どうしようか。


「香川県にいくの?」


栞が読んでいた本を閉じて俺の観光雑誌を覗きこんで来る。ついさっきまで俺と舌戦を繰り広げていたのに、ずいぶんとマイペースな奴だ。


「まぁ……そうだけど」


「香川と行ったらうどんだけじゃなくて骨付き鳥もおいしいよね。後、今日は天気もいいから高松シンボルタワーの展望スペースから瀬戸内海を一望してもいいかもね。今は少し暑くて大変だけど金刀比羅宮に行ってもいいかもね。全部を回ろうと思うと階段が1000段以上あるから汗かいちゃうと思うけどさ」


何も見ずにぺらぺらと観光情報を話す栞に俺は呆気に取られてしまった。


「栞、香川県良く行くのか?」

「というか偶然にも私も香川に向かうところなのよ」

「え……マジかよ」


こんな偶然があるのだろうか。たまたま席が隣になった人も香川県に向かうだなんて。


「それで一は香川県で何をしたいの?」


グイッと顔を寄せてくる栞に俺は若干照れてしまう。瞳の奥がキラキラ輝いていることから、栞は本当に旅が好きなんだろう。初めて一人旅をする俺は少し恥ずかしい気持ちになる。


「き……決まってないけど」

「決まってない!?」


信じられない、と言わんばかりの顔で栞は俺を見た


「私も香川県含め、四国には初めていくのよ。初めて行くならある程度情報をインプットしておかないと駄目じゃない。まさか何も調べないできたわけ?」


「俺だって旅行雑誌を3冊も……」


俺は持ってきた雑誌を3冊栞の前につきつけるが栞は話にならないとばかりに大げさに肩をすくめる。


「あのねぇ。それじゃ、どこに何の情報が載ってるか分かりにくいじゃない。インプットしたものはキチンとアウトプットできるようにしないと意味ないじゃない。そういう一みたいのを頭でっかちっていうの」


的を得ている栞の意見に何も言い返せないのが悔しい。現に俺は香川県でのプランをまだ決められていない。早口でまくしたてている栞からすれば、親切のつもりなんだろう。

だけど俺にはお節介としか受取れなかった。


「うるさいなぁ、栞には関係ないだろ」

「……あっそ!人がせっかく忠告してあげてるのに何その態度!」


栞は完全に腹を立てたのか、俺の広げていた観光雑誌をバンと叩き、露骨に嫌な顔を浮かべた。小さく舌打ちを残すと、栞は可愛らしいバッグの中から音楽機器を取り出した。


俺は何気なくその液晶を覗きこむと、液晶に表示されていたアーティスト名を見て声を上げてしまった。


「ココロネ!」

「……まさか、一も好きなの?」

「好きって言うか、今の今まで聞いてたし」


俺は自分の音楽機器を栞に見せる。

ココロネとはリーダーのジュンと女ボーカルであるみーなのツインボーカルが特徴のバンドで、若い層だけではなく主婦やご年配の方といった幅広い層の人気を獲得しているのだ。雑誌のアンケートの、先が期待できるバンドではナンバーワンに選ばれている。


「なーんか、一とは趣味が合っちゃうんだよねぇ」


栞は不満たらたらに音楽機器をバッグにしまう。そして腕組みをして何やらうんうん唸っている。


「そんなに不満かよ」

「そりゃ不満よ、大不満。こんな理系のオタク君と趣味が合うなんて」


さっきから一言多いんだよな、こいつは。俺の方こそ不満が募っている。しかし、ストラップといい、好きなアーティストといい、趣味は合っているのには違いない。


「これも何かの縁かもね」


ニッと笑うと栞は掌を大きく開いた。


「五千円」

「は?」

「五千円で私が観光ガイドやってあげる。香川観光でしょ? 力になれると思う」

「ご……五千円って高くないか?」


五千円もあれば昼と夜のご飯に贅沢をしてもおつりが返ってきそうな金額だ。それを栞に払う価値などあるのだろうか。


「あのね、20歳のぴちぴちの可愛い女子大生がガイドやってあげるって言ってんの。安いくらいよ」


しかも自分で可愛いなんて言ってるし。だけど実際栞は可愛い部類に入っているから言い返せない。


「いつもこんなことやってんのか? 男には」


面白くないので軽口を叩いたつもりだったが、言葉を言い終えた刹那、強烈な衝撃が右頬を襲った。栞に引っぱたかれたと理解するのには少々時間を要した。


「私そんなに尻軽くないし、男に飢えてません」

「……ごめん」


言い過ぎたという自覚はあったので素直に頭を下げると、栞のつりあがっていた目が柔らか味を帯び始める。


「何か一のことほっとけないんだ。せっかくの一人旅、目一杯楽しんで帰って欲しいんだ」

「栞がいる時点で一人旅じゃない気がするんだけど」

「ガイドは数に含めなくていいの! ほら、払うの、払わないの? どっち!」


詰め寄られて俺は返事に困った。栞は悪い奴ではないのは確かだ。口うるさいが俺の旅のことを気にかけてくれているのは伝わってくる。それに一人旅の経験も積んでるし、同年代だし、趣味も合う。お金の心配もしなくていい、あるだけの額を持ってきたから。


整理するといい話であることに気付いた俺はは財布からお札を5枚取り出した。


「毎度あり! じゃあ改めまして私二宮栞、よろしく!」


一人旅のはずだったけど、これもまたいい。旅に出逢いはつきもの、昔からそう言うじゃないか。


「俺、広瀬一。よろしく」


俺と栞はがっちりと握手を交わした。


「でも栞はそもそもどういう旅行の計画を立てていたんだ?」


俺がそう聞くと、栞は小さなカバンの中から紙を取り出した。さながらそれは中学生の時に作成した修学旅行のしおりのように見えた。栞はそれをパラパラとめくる。


「まず最初は香川県に行こうと思ってたんだ。香川県には長くいないつもり。今日の内に松山に向かっちゃって、そこで道後温泉につかって日頃の疲れをリフレッシュしようと考えてたの」


「俺も香川県を観光した後は愛媛の方に行こうと思ってたんだけど……」


ここまで旅行のプランが一緒だと奇跡を通り越して恐怖すら覚えてしまう。その気持ちは栞も同じだったようだ。栞は肌を大げさにさすりながら顔を引きつらせる。


「一。あんたもしかして私のストーカー、とかじゃないよね? ちょっと引くを通り越して被害届かけそうなレベルでさっきから一緒なことが続くんだけど」


「それはこっちのセリフだよ。俺は旅行代理店の人のプランを参考にしただけだ。真似したってなら栞の……」

「プラン!? ちょっと待って、それってもしかして"波風プラン"?」


ものすごい勢いでグイッと顔を近づける栞に俺は反射的に顔をそむけた。女の子の顔を至近距離で見ることなど普段滅多にないからだ。


「そ、そうだよ。四国グリーン紀行が付いてくるからおすすめだって旅行の代理店の人が……」


俺が旅行代理店で「四国に行きたい」ということを伝えると、今四国人気なんですよねと笑いながら紹介してくれたのがこの波風プランだ。四国全線の鉄道が4日間乗り放題になるという四国グリーン紀行という名の切符が付いてくるので、四国をゆっくりとめぐることが出来るという。俺は断る理由もなかったので、そのプランにしてもらったのだ。


「ちょっと待って一。じゃああんたもしかしたら、この本読んだりもした?」


そう言って栞がバッグから取り出したのは俺が今回の旅行に行こうと思ったきっかけを作った『ナミカゼ』の本だった。


「それ! 俺、そこに乗っている景色を見ようと思って今回四国に行くのを決めたんだよ。栞も読んでたんだ?」

「読むも何も私、柚香さんのファンだもん。毎回買ってるよ」

「じゃあ栞も四国に行くのを決めた理由って……」

「察しの通り、『ナミカゼ』を読んだから、になるわね」


そういえば旅行代理店の人も言っていた。このプランは柚香さんの『ナミカゼ』に載っている名所を巡ることも可能になっているプランだと。


「私、柚香さんの新刊が出るたびにその舞台に行ってるの。屋久島も行ったし、宮城・秋田の方にも行ったなぁ……。どこも素敵なところだったからきっと今回も素敵な……」


栞はどうも柚香さんにお熱のようだ。


「ってことは今まで一人旅してきたのは……」

「うん、柚香さんの本の場所だよ」


栞はさっき一人旅に行った回数を6回と言っていた。きっと本当に柚香さんの新刊が出るたびに一人旅をしていたんだろう。でもこれって何かに似てる気がする……。少し考えて、俺はその答えにたどり着いた。


「それって聖地巡礼みたいだな」

「……なに? そのセーチジュンレイって。宗教の話?」

「それもあるけど、最近ではアニメの舞台となった場所を巡ることを言うんだよ」


さっき栞に気持ち悪いと言われたチャームのキャラのアニメは俺も聖地巡礼に行った。とは言っても俺はバイトの先輩に無理やり連れられたから行っただけのことだが……。


「ちょっと、気持ち悪いアニメの話とこっちの話を一緒にしないでよ」


栞はどうやらアニメが心底嫌いらしい。だが、そうと言われてはこっちの癇に障る。


「気持ち悪いってなんだよ! 大体アニメのことをさっきから頭ごなしに否定しすぎじゃないのか?」

「気持ち悪いものに気持ち悪いって言って何が悪いのよ。あんたのアニメは実在しないじゃない。でも柚香さんの本も舞台もしっかり実在している。だから私は……」


栞はそこまで言って口をつぐんだ。ばつの悪そうな顔を浮かべるた後、栞は俺から顔をそむけ、先程手に持っていたしおりにまた目を通し始める。


今、栞は一体何を言いかけたんだろうか。聞いてみたいところであったが、全身から殺気立っている栞には声をかけにくい。果たして本当に栞にガイドを依頼したのは正しい選択だったのだろうか。


「……まぁいいわ。一も波風プランってことは一も初日は松山市内に泊まるんでしょ? 松山に17:30くらいに到着する感じで大丈夫?」

「ああ、それで大丈夫」

「まさか泊まるホテルも一緒とかじゃないよね……? 私は松山道後ホテルだけど……」

「俺は大街道って駅のホテルだから大丈夫だよ、そんな心配しなくても平気だよ」


流石に泊まる場所まで一緒という奇跡は起こらなったか……。


「そうなんだ。身の危険の心配はしなそうでよかった」

「どういう意味だよ」

「そのまんまの意味よ。なーに残念そうにしてんのよ、気持ち悪い」


俺はすぐにでも否定したかったが、若干残念に思ってしまった自分がいたことも事実なので出来なかった。


「じゃあまず香川県のプラン決めようか」


栞はさっきまで見ていたしおりを俺と栞の間においた。


「これ栞が作ったの?」


俺が聞くと栞は得意げに頷いた。


「そうよ。栞がしおり作るなんてギャグみたいだけど私毎回一人旅の際にはしおりを作るようにしているの。やっぱり旅行と言ったらしおりじゃない」


しおりには何時にはどこに行くという行動プランだけではなく、鉄道の乗り換え方、店の地図などが分かりやすくまとめられていた。香川県のページには先程栞が話してくれた高松シンボルタワーも載っていた。


「すごい分かりやすい」

「ありがとう。一もパソコン使えるならこういうの作ってみるのもいいんじゃない?」

「うーん……俺こういうデザインのセンスないんだよな」


俺は講義でプログラムやアルゴリズムを習っている関係でパソコンに触れている時間は多いが、しおりのような物を作ったことはあまりない。同じ情報が与えられて、栞のようにシンプルに分かりやすくまとめられる自信はない。さっき言った、インプットするだけでアウトプットできていないという栞の言葉は痛いほど的を得ていたのだ。


「何事も経験よ。経験。私だって一人旅仕立ての頃は道に迷って電車に乗りそびれたし、しおりだって作るのに何日もかかったのよ」


昔を懐かしんでいるのか栞の目は遠くを見ている。このままでは話は脱線しそうだったので、俺は話を元に戻す。


「香川県に行ったらやっぱりうどん食べたいな」

「うん、私もうどん食べたい。どうしよう。3ヵ所くらい回ってみる?」

「3ヵ所!?」


またまた大きな声を出してしまった。辺りを見回すが各々自分の世界に入ってるので迷惑は書けていないようだ。なんだか既視感を感じる。さっきも同じことをしたような気がする。ただ、違うのは車窓から見える景色。随分ビルの数が減ってきた。


「バカね、一は。せっかくうどんが有名な所に行くんだから満喫しないと駄目じゃない」

「栞、結構大食いなんだな」


栞は太っているようには見えず、むしろ細くスラッとしていてスタイルもいい。とてもうどんの店を3ヵ所めぐるようにはみえない。


「ちょっと、変なこと言うのやめてよ。うどんの店にもいろいろあってミニうどんを売ってる店もあるってことよ。そのミニうどんを3ヵ所で食べるってことよ」

「なるほどな。でもさっきから3ヵ所3ヵ所言ってるけど、なんで3ヵ所なんだ?」

「あのね、一。良く聞いてね」


栞は右手の指を3本立てる。


「香川のうどんのスタイルは大きく分けて3つ。セルフ・製麺所・一般店。この3つなの。その3つを食べたいっていう旅行者も多いのよ」

「セルフっていうのは自分で作るってことだよな? 製麺所・一般店の違いは何なんだ?」

「一般店はレストランみたいなところでテーブルで注文するの。製麺所は製麺工場の一画でやってるセルフみたいなところ。製麺工場だけあって作りたてのうどんが食べれるわよ」


栞はしおりのページを最後までめくる。そこには補足情報という欄があって今栞が話してくれたことが全部書かれていた。


「まるで本当のガイドみたいだな」

「どう? うどん、食べたくなったでしょ?」


栞がウインクを飛ばしてきたので、俺は思わず目をそむけた。


「あはは、理系君にはちょっと刺激が強すぎたか」


栞はクスクス笑う。俺、完全に栞に舐められてるな。やっぱり、女の子に慣れていないというのはこういうところで響いてきてしまうのだろうか。栞は笑いをこらえつつも、バッグからメモ帳を取り出して何やら頷きながら書き込み始める。


「何書いてるんだ?」

「えーっと、お店のチェックリスト。思い出した店があるの」

「……ふーん」


その割には慌ててたように見えたけど、気のせいだろうか。


「でも俺、あたたかいうどんとざるうどん、二種類食べれれば満足だけどな」

「じゃあそうしようか。ざるうどんは行ってみたい店があるから私に任せて」


栞はしおりの昼食のところにかけうどん・ざるうどんを書き込んだ。


「かけうどんの店はどうする?」

「どこかお店があったらふらっと入っちゃおう。それとも一はどこか調べてきてある?」


栞の問いかけに俺は首を横に振る。栞はそんな俺を見てやっぱりねと言わんばかりににんまりと笑う。


「俺が調べてきてないのは栞も知ってるだろ。それに、旅行の計画はしっかり立てないと駄目じゃなかったのかよ」


「もっと頭を柔らかくしないと。うどんを食べるって目的さえしっかりしていればいいのよ。うん、目的さえはっきりしてれば……」


栞は言葉を一旦切ると、視線を下に落とす。そして、珍しくか細い声でつぶやいた。


「迷わないのよ。その為に行動できるから」


栞の余りにもしおらしい様子に、俺は遠まわしに頭が固いと言われたことに対する反論を引っ込めた。


「なんてねっ! 大丈夫大丈夫。きっと駅前にもかけうどんのお店はあるはずだよ。私に任せなさい」


わざとらしく胸を叩く仕草を取る栞に違和感を覚えたが、かける言葉が見つからない。栞が変だという確証が持てない。


「んっ、もう京都に着いたんだね。後一時間くらいで着いちゃうなんて新幹線は本当に早いね」


栞の言葉に視線を窓の外に移すと、ちょうど京都駅と書かれたプレートが目につく。


「ずいぶん遠くまで来ちゃったなぁ」


思わず呟くと栞はくすくす笑った。


「何言ってんの。一はこれから四国に行くのよ。本州ともおさらばするんだからねっ」


栞に言われなくても分かっている。けれど、いつも俺が暮らしている街から出て、こんな遠くまで来てしまったことに少し感動している自分がいた。


その後も栞と今日のプランを詰めていき、そのプランが完成した時に丁度、新幹線のアナウンスがもうすぐ岡山県に到着することを告げた。


「お、もうすぐだね。やっぱり人と話していると時間がたつのは早く感じるね」


栞は荷物をまとめ、出る準備を始める。栞は小さなピンク色のバッグと俺の物と比べて大きめのスーツケースを持ってきている。やはり女性は持ち物が多いのだろうか。


新幹線の速度が遅くなり、俺と栞は同時に席を立つ。ガラガラとスーツケースを引っ張りながらドアの前へと向かう。タイミングを見計らったかのようにドアが開き、岡山駅のホームへと降りる。


「あつーい!!」


俺も思わずひるんだ。流石に8月だけあり、外の焼けるように熱い空気が肌にまとわりついてくる。栞は岡山駅の名前が見えるところに立つとバッグからデジカメを取出した。


「一、写真撮って」


俺は栞からデジカメを受け取る。俺が構えると栞はすぐにポーズを作る。よくすぐに可愛らしいポーズを作れるなと俺は感心してしまう。撮り終わり、俺は栞にデジカメを返すと同時に俺もデジカメを取り出した。


「一もとってあげようか?」

「俺は駅の名前だけ写ってればいいよ」

「せっかくの記念なのに勿体ない。あ、じゃあ二人で撮る?」

「おい!」


栞は悪戯っぽく笑うと俺に体を寄せる。俺の右腕に触れた栞の肌の感触に心臓が高鳴る。


「あはは! そんなにウブだと彼女出来ないぞー」

「余計な御世話だよ!」

「ごめんごめん。早くマリンライナー乗り場行こう?」


栞は俺をからかって気分がいいのか、鼻歌交じりでがらがらとスーツケースを転がしていく。いつかやり返したい。そうは思うも、特にその手段も思い浮かばなかった。俺も栞を追うようにスーツケースを転がしていく。


マリンライナーは俺達が到着するのを待っていたかのようにホームに滑り込んできた。空席が多かったので、俺と栞は並んで腰かける。行きの席は俺が窓側に座ったので、今回は栞に譲ることにした。


「意外と気が利くね、ありがと」


意外とが余計だっての。俺は心の中で悪態をつく。

発車する時間が近付くにつれて席はだんだんと埋まっていく。俺と栞はボックス席に座ったのだが、向かいの席は小さな男の子とそのお父さんと思われる人が座った。


定刻通りにマリンライナーは発車し、体がかすかに揺れる。その揺れに呼応するように俺の胸は高鳴っていく。


「いよいよ四国入りだね」


隣の席の栞もそわそわして落ち着かない様子が見受けられる。俺も特に栞と会話をすることもなく見慣れない車窓を眺めている。俺の住んでいる街とは全然違う。


「一、もうすぐで瀬戸大橋を渡るんだよ」


栞はもう左手にデジカメを持って、今か今かと撮影の時を待ちわびている。児島駅を出たマリンライナーは長い長いトンネルを抜け、視界が開けていく。


「わぁ……」


俺と栞は思わず声を漏らしてしまった。左側に見えたのは想像よりも、『ナミカゼ』に載っていた写真よりも綺麗な青い海。栞も一瞬見とれていたようだが、我に返ったのか慌ててシャッターを切り始める。


「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」


俺達の向かいに座っていたお父さんらしき人物が笑いながら話しかけてきた。


「瀬戸大橋を渡る時はマリンライナーの速度は落ちるからね」


その言葉通り、ゆっくりとマリンライナーは進んでいく。

俺も栞に続くようにデジカメのシャッターを切る。


「四国には良く行かれるんですか?」


栞が聞くとその人は苦笑した。


「俺の実家が四国にあってな。夏休みの旅に帰ってるんだ。嫁は『あんな自然しかないところに行きたくない』と言ってるがな」


なるほど。だから子供の方はこの景色に驚くこともなく静かに海を眺めているという訳か。毎年来るとあれば見慣れてしまうということもあるのだろう。


「あんたらはカップルかい?」


その言葉に俺はぎょっとし、慌てて栞の方を見る。栞もそれは同じだったようで俺達は顔を見合わせてしまった。


「若いってのはいいことだなぁ。俺の嫁もお前さんみたいに可愛かったんだが今じゃ見る影もない。年の流れってのも残酷だなぁ」


豪快に笑うと、横の子供は呆れたようにお父さんを見つめる。


「パパ、そんなこと言うとママにお小遣い減らされちゃうよ」

「おっといけない。気を付けないとなぁ」


なんだか微笑ましい会話だ。俺もこんな家庭を気付くことが出来るのだろうか。いや、まずは彼女を作る方が先だな……。俺は思わず肩を落とした。


その瞬間俺の脇腹に重い衝撃が走った。こんな鈍い衝撃を受けたのは高校時代、サッカー部のシュートが脇腹に直撃した時以来だ。こんなことをするのは栞以外にはいない。俺は涙目のまま栞に文句を言おうとした。


「何する……!」

「失礼ね」


頬杖をついたままぶっきらぼうに言葉を吐き捨てる栞。顔は確認できないがこの声はきっと怒っているに違いない。


「私とカップルと思われるのがそんなに心外なの?」

「はぁ!?」

「はぁ!?じゃないわよ。そんなあからさまに落ち込むリアクション取る何てどういう神経してんのよ。言っとくけどね。そのリアクションは私が取る予定だったんだからね!」


こちらに居直り、人差し指を突き付けてくる栞。


「それは誤解……」

「逆に喜ばれるのもそれはそれで気持ち悪いのよ! 勝手に舞い上がらないでよ」


反論の隙もないままに栞は俺に言葉を叩きつけてくる。


「やっぱり若いころの嫁にそっくりだ。俺も口では嫁に勝て……」


栞はじろりとお父さんの方を睨むとお父さんはびくっと首をすくめて黙り込んでしまった。


「パパかっこ悪い」


悲しそうにつぶやく子供の言葉が耳にむなしく響いた。結局栞にはかけうどんとざるうどんを奢るということでなんとかお許しを得た。良く考えてみると、栞の巧妙な作戦だったのかもしれない。


「うどん、うどんっ」


打って変わってご機嫌な栞を見てその疑いは徐々に確信に変わっていく。だけどカップルと言われて悪い気がしなかったのも事実なので、俺は心なしか後ろめたかった。


でも、気になることがある。

栞には彼氏がいるんだろうか。さっきのお父さんの言葉で、もし、彼氏がいるんだったらカップルと間違えられるのは失礼極まりないことじゃなかろうか。


思えば俺は栞のことをあまり知らない。というか、知らなくて当然なのだ。俺と栞はさっき会ったば明かり。知っていることと言えば、変に趣味が合うということだけだ。聞いてもいいのだろうか、駄目なのだろうか。悶々としながら栞を見ていると、俺の視線に気付いたのか、栞は怪訝そうに俺を見てくる。


「なに? 私で変なことでも考えてる?」

「あほか。彼氏いるのかなって思っただけだよ」

「……え?」


しまった……! 俺は思わず口を押えたがもう遅い。栞も穴の開く程俺の顔を見つめている。この空気は何とかしないといけない。


「いや、もし栞に彼氏がいたとしたらさ。ガイドなんかしてていいのかなーって、ふと思ってさ」


「……今はいないよ。2週間前に別れたばっかり」

「そ、そうか……ならいいんだ」


気のせいかさっきよりも空気が悪くなっている。前のお父さんも空気を察したのか俺達から目を逸らし、子供に明るく話しかけている。


「何がいいのよ。一は彼女いないくせに」

「う、うるさいな」


突如のカウンターに心が抉られる。こっちは栞と違って生まれてこの方恋人が出来たことがない。


「うるさいって何よ! 一が最初に詮索してきたんでしょ?」

「なんでお前はいつもケンカ腰にしか話せないんだよ」

「一が私の神経を逆なでしてくるんでしょー。後、お前って呼び方やめて。私それ嫌いなの」


さっきのぎこちない空気から一変、一気に一触即発状態に入っていく。どうやら俺と栞の相性は悪いみたいだ。でもこの空気の方がさっきの空気よりもマシだ。


それに栞に彼氏がいないことも分かったし、これで後ろめたさを感じることなく旅を楽しむことが出来る。


瀬戸大橋を渡り終えたマリンライナーは徐々に速度を上げていく。左に広がる瀬戸内海は相変わらず綺麗だった。普段海を見ることのない俺は眼下に広がる海の景色に感動している。そんな時にふと栞はつぶやいた。


「ねぇ、一。一は私達の出会いをどう思う?」


「どうって?」

「趣味は気持ち悪いくらいに合うのに、さっきから私達ケンカばっかりしてる。変な関係だよね。理系の一君、私達が出会う確率って何%?」


茶化すように聞いてくる栞。正直そんなことは分からない。新幹線の席が隣になる確率、40種類以上の猿のストラップがたまたま会う確率、アーティストが被る確率……。駄目だ、どこから手をつければいいんだ。


「もう、一は真面目に考えすぎだよ」

「じゃあ栞には答えが分かるのかよ」

「そんなの分かるはずないじゃん」


自分で聞いといて分からないのかよ。俺は呆れ果てた。これだから文系は……。


「今、こうしてめぐりあったんだからそれでいいじゃん。旅に出逢いはつきものっていうじゃん? 奇跡だって必然だってどっちだっていい。今を楽しまないと損じゃない?」


俺の心を弄ぶように栞はニッと笑う。


「……100%楽しめる旅にしようね」


こんな可愛い笑顔が見れるのならば、文系だって素敵かもしれない。馬鹿にしようとしていた気持ちはスッと消えていく。


「次は高松。終点、高松でございます」


いよいよ、目的地である高松が近付いてきた。一体、どんな世界が広がっているんだろう。今までのような、バイトをして、野球を見る生活の繰り返しじゃない。きっと俺が体験したことないことが山ほど起こるんだろう。


「栞」


偶然か必然か俺達は今巡り会った。


「俺、今すごく楽しみだ。不安なのに、楽しみだ」

「……そうこなくっちゃ、旅行の醍醐味だよ、一!」


俺の背中をバシバシと叩き終わると、栞はまたもやメモ帳に何やら書き込んだ。


「先に降りる権利を一にあげよう」


栞の厚意はありがたく受け取っておこう。マリンライナーの扉が開き、俺は高松駅に足を着けた。むわっとした空気も心地よく感じるほど、心地いい第一歩だった。

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