第3話

壁に掛かった時計は夜の7時25分を指していた。

 食卓のテーブルには色とりどりの料理が並べられ、今日買ったフランス産の赤ワインが置かれていた。ワイングラスは香りを楽しめないまま二つ寄り添っている。

 武元美織が、ワインを開けたのは諦めと、淡い希望を持ってしまった自分に嫌気が差したからだ。何度かそんな事はあったが今日は特別だったのだ。

 テーブルに伏せて寝ていた事に気付いた時、ワインはボトルの半分以上減っていた。

 玄関からドアの閉まる音と、鍵とキーホルダーがぶつかる音が聞こえてから美織は目を覚ました。

 リビングのドアが開くと、酔っぱらった武元信吾が入ってきた。

「おう。美織、起きていたのか」

 信吾は悪気もなくそう言ったのだろう。ただ、美織は腹立たしさと信吾の態度がかけ離れすぎている事を感じ、何も答えなかった。

 信吾は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グラスを取り出す。

「しょうがないだろ。会社の付き合いってものがあるんだから」

 美織の黙った表情を見て、先制した。

「へえ、また会社の付き合いなんだ」

「ああ、そうだよ」言葉を間違えて墓穴をこれまで掘ってきた信吾はバツが悪そうに言った。

「前は会社の付き合いって言って、あの女と一緒にいたわよね」

「今回は関係ないだろ」

 信吾はグラスに入れた水を一気に飲み干した。

「あんなおばさんのどこがいいのよ」

「その話しはもうやめてくれ」

 信吾はキッチンの水道で顔を洗った。その動作は荒々しく見えた。

「まだ関係が続いてるんでしょ?」

「もう終わったんだ」

 美織はソファの方まで歩き出した信吾の姿を目で追いながら、空になったグラスに赤ワインを注いだ。

「終わったんだって。なんかおかしくない? 終わらせたくなかった様に聞こえるけど」

「そんな訳ないじゃないか」

「そんな風に聞こえるわ」

 信吾はいつもより突っかかる美織が不思議に感じた。

「なんだ? 今日何かあったのか?」

 ソファに座ったまま信吾は言った。

 最終的に信吾は言ってはいけない事を言ってしまった。正確に言うと、今の美織に対して言ってはいけない事をだ。

 美織は、体の動きを止められなかった。手元にあったグラスを持って立ち上がり、信吾に近づいた。

 信吾の白いシャツはたちまち赤く染められた。

「なにするんだ」

 信吾が驚いた表情で見ている。

 先ほどまで入っていた赤ワインはグラスから消えていた。

「昨日は何かあったのよ」

 美織はそう言うと、リビングを出て行った。

 壁に掛けられた時計はいつのまにか深夜1時を超えていた。

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美織じゃなければ @toshi

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