トマトの味噌汁

伊和 早希

第1話

「こら、アルミ!」

 台所から、じーちゃんの怒鳴る声がする。

「なんだお前、味噌汁にトマトが浮いてるじゃねえか」

「あーっ。また、のぞいたね」

 わたしは、茶の間でお膳の用意をしながら答える。

「絶対おいしーから。だまされたと思って食べてみって! じーちゃん」

「だっておめーよ、こりゃ人様の食いもんにゃ見えねえぞ」

「なにいってんの。それを食わず嫌い、ってんでしょーが。じーちゃんがいっつもわたしに『よくねー』っていってることじゃない」

 じーちゃん曰く、わたしがたまに変な味噌汁を食卓に乗せるから、気になって鍋のフタを持ち上げるのが習い性になってる、らしい。


 トマトの味噌汁はおいしい。雑誌に載ってるのを読んで作ってみたら、おいしかったので今日のデビューとなったわけだ。

 いくらわたしでも無試食なものをお膳に出すほど無謀じゃない。おススメは小ぶりのプチトマト。ヘタを取って二つに切る。最後のタイミングでトマトを入れて決して煮たたせないことが大切。トマトの酸味が味噌味にベストマッチでわたし的にはハマりそーなんだけど、じーちゃんにはもう見た目がダメ、なんだろうね。いかんなあ。いかんいかん。ものは見た目だけで判断しちゃあ、ぜったいにいかん。


 あ、言い忘れたけど、わたしの名前は荒井或美。あ・る・み、って言う。

 

 そう、さっき、じーちゃんが呼んでたのは、わたしの名前、というわけだね。

「子どものとき、名前でいじめられたでしょう」ってよく聞かれるけど、別にそんなことはなかったし、自分ではこの名前けっこー気に入ってる。

 それでもって麹町平河町に五代続く荒物屋の一人娘、それがわたし。

 続くって言っても、四代目のとーさんは継がないで死んじゃってるし、ビミョーな状況で、有名無実ってこういうのを言うんだと思う。じーちゃんは継ぐもんじゃねーって言ってるんだけど、わたしはどこかで継ぐものなのかなって思ってるところがある。

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