愛の形
杜乃日熊
愛の形
僕は目を覚ますと、見知らぬ部屋で監禁されているのに気がついた。両腕両足はロープできつく縛られているし、見た感じ僕の部屋とは明らかに様子が違っている。
一体誰がこんなことをしたのだろう?
僕は未だに眠気の覚めない頭で思考を始める。
まずは昨日のことから思い出そう。
確か僕はいつものように学校へ向かって普通に授業を受けていた。それから家に帰ってきて、風呂に入って夕飯を食べて次の日の課題を済ませてから寝たはずだ。
特に変わったことのない普通の日常だ。誰かに監禁されるようなことは何も無かったと思うが……。
あっ。
そういえば、昨日の放課後に知らない女子から話しかけられたなぁ。
確か僕と同じ学年だって言ってたっけ。髪は黒のセミロングで僕より少し背が低くて、名前は確か──────
ガチャッ。
「おはよう。いい夢は見られたかな?」
「……おはよう
そうだ、彼女は神薙
そして、眠気が一気に覚めた僕は彼女と何があったかもはっきりと思い出した。
彼女は帰宅しようとしてた僕に対してこう話しかけてきたのだ。
「あなた、○○くんだよね?ちょっとお話ししたいことがあるんだけどいいかな?」
そう言った彼女は僕を人気の少ない校舎裏まで連れて行った。僕はてっきり告白でもされるのだろうかと内心ドキドキしながら黙って彼女の後を付いて行った。
そして校舎裏に着いて彼女が立ち止まったと思うと、途端にこちらへ振り返ってやや照れくさそうにしながら僕の方を見つめてきた。
これは絶対に告白してくるだろうな、やっべメチャクチャ緊張してきたわ、などと思いつつも僕は平静を保ちつつ彼女が話しかけてくるのを待った。
十秒ぐらい経ってから彼女はおもむろに口を開いた。
「実はね。私、ずっと前から○○くんのこと……」
そういったかと思うと彼女は僕の方へ一歩二歩近づいてきて、
バチッ!
咄嗟に彼女が鞄から取り出したスタンガンで僕のお腹に当てて放電させたのだ。
「好きだったの。だから私のモノになってもらうね?」
薄れゆく意識の中、彼女は?茲を紅く染めてうっとりとした表情で僕を見つめていた。
そして、今に至るわけだ。
これまでの経緯を思い出した僕は一気に顔が青ざめるのを感じる。
「昨日はごめんね。お腹、痛くなかった?」
「大丈夫だよ。君が絶妙な調節をしてくれたおかげで全然痛くなかったよ」
「そっかぁ。それなら安心だね」
などと和やかに話をしてる場合ではない。
彼女は初対面の相手にスタンガンを使い、さらに誘拐・監禁をするような奴だぞ!一刻も早くここから逃げなくてはならない。
「ここまで○○くんを運んでくるのは大変だったんだよ?○○くんをおぶって帰ろうとしたら、先生に見つかって色々と詮索されそうになったの。だから私は、“○○くんがとても疲れて寝てしまったから私が責任を持って連れて帰ります!”って言って何とか運んできたんだよ」
やだこの人メッチャ怖い。何で男子高校生をおんぶしながら街中を歩けるの!?
「通りすがりの人はすっごく怪しい人を見るような目で見てくるし、しかもちょうど家にお母さんが帰ってきてて説得するのにニ時間もかかっちゃったよぉ」
お母さん納得しちゃ駄目だろ。あなたの娘は犯罪を犯してるんですよ?
「でもこれでやっと私達の新しい生活が始まると思うとゾクゾクしちゃう!これからよろしくね!」
「いやいや、僕はまだ告白の返事はしてないし僕が監禁されてることに何も納得してはいないんだけど!」
今の話を聞いて疑惑は確信へと変わっていた。
この女は間違いなく異常者だ。
そして、この女と付き合ったら確実に今までの平和な日常は送れないだろう。
そんなのは絶対に御免だ!
「そういえばまだ返事を聞いてなかったね。つい先走っちゃったな、えへへ。で、もちろんOKしてくれるよね?」
「ここまで犯罪を犯しておいてOKしてもらえると思うのはおかしいだろ!答えはNOだよ!」
「えぇ~、なんで!?こんなに可愛い女の子とこれから毎日過ごせるっていうのに断っちゃうの!?」
いや、可愛さとかの問題じゃないから。これは倫理観とか常識の問題だから。
「どれだけ可愛くても、ここまで束縛が強すぎる子とは付き合えないから!」
僕がそう言うと、彼女は笑みを浮かべたまま、
「そっかぁ。私とは付き合えないって言うんだぁ」
と言ったかと思うと彼女は何かを握った右手を顔の高さまで上げる。
そして、
「だったら私に逆らえないように痛めつけてあげるね♪」
そう言って彼女が握っていたナイフを見せつけながら、僕の方へ近づいてきた。
マズイ、この女は俗にいうヤンデレという奴だ!
このままだと僕はR-18のスプラッタ状態になってしまう!
「待って待って!そんなことしたら僕と愛を育めなくなるんじゃないのかな!それはマズイと思うよ!」
「大丈夫だよ。最悪四肢が無くても顔と胴体があれば○○くんを抱いてあげられるからね」
それは大丈夫な状態とは言わない。
そうしてる内に彼女はベッドまで近づき、僕の上にまたがる。
「だから私の彼氏になってくれないならたっぷりと痛めつけてあげる……!」
彼女はナイフを僕に振り下ろそうとする。このままじゃ、僕の命が危ない!
「ちょっ、待って!分かったよ!君の彼氏になってあげるから!だからそのナイフを振り下ろさないで!!」
僕が咄嗟にそう叫ぶと、彼女は振り下ろそうとしたナイフを止めた。
「本当?本当に私の彼氏になってくれるの?」
「あぁ、本当だよ。今から僕達は恋人同士だ」
彼女は右手のナイフを床に放り捨てる。それから、顔を俯かせたかと思うと、
「やったぁ!これでずっと一緒にいられるんだね!!」
と言って僕の方へ抱きついてきた。
あぁ、言ってしまった……。
これで僕の平和な日常は終わりを告げたみたいだ。
あれから十年。
僕が神薙さんに拉致されて、なんやかんやで付き合いだして、結婚するまでに至った。
そのことを僕の両親に話したときは、二人とも呆れ果ててもはや何も言ってはこなかった。ただ、母はなぜか涙目だった。なぜだろう?
それに対して、神薙さんの両親は驚きつつも温かく受け入れてくれた。
高校卒業後に僕と神薙さんの二人で同居することになったときも、近くのマンションの空き部屋を探してくれたりもしてくれた。
そんな周りからの支えもあって、今は幸せな暮らしをしている。
と、昔のことを回想していた僕は部屋のリビングでゆったりとコーヒーを飲んでいた。
「○○く~ん。ちょっとこっちに来てくれな~い?」
寝室の方から妻である神薙さんの声が聞こえる。まだコーヒーを飲んでいたかったが、可愛いアイツのためなら仕方がない。
「分かった、今そっちにいくよ」
始まりは歪なものだったかもしれないが、今はこうして幸せに暮らせているし、あの時に彼女の告白を受け入れていて良かったと心から思っている。
そうして、僕は右手に包丁を持って妻の元へ向かっていく。
今日はどんなことをして彼女に喜んでもらおうかな。
愛の形 杜乃日熊 @mori_kuma
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