第34話

 魔法使いと戦闘員による死合いから一夜明けた午前。

 アンチマジック三十区支部に一人の若者が支部長室に呼び出されていた。

 しわの一切ない新品の黒いスーツ。着慣れていないのか初々しさが全面に出されていた。


「話には聞いていたが、君が守人君の息子か」

「はい。天童纏です」


 藍色の髪を持ち、高校生にしては少し華奢な体型をした青年――天童纏は緊張気味ながらも名前を名乗った。


「優秀な守人君の息子が入ってくれて助かるよ。使えそうな人材は大歓迎だ」

「その、親父と比べられるとまだまだな所もあるかと思いますが、俺で役に立てそうなら遠慮なく使ってください」

「いい覚悟だ」


 纏は真摯とした態度に整える。緊張感はすっかりと消え失せていた。

 支部長はその変化に笑みを零し、新たな人材に期待を寄せていた。


「さっそくだが、これを受け取ってもらいたい」


 支部長は事務机の上に、重厚な黒い小箱を蓋を開けた状態でスっと滑らした。

 そこには”magic extermination”という文字が彫られ、紫色の円形をしたバッジだった。


「これは、親父も持っていた。たしかこれで階級などが分かるんですよね」

「そうだ。同時に君の身分証明にもなる。今後はそれを肌身離さず持っていなさい」

「分かりました」


 纏は受け取った小箱を胸ポケットにしまいこんだ。

 それを確認した支部長は咳払いを一つし、腕時計で時刻を確認した後、纏に向き合う。


「天童纏。本日付でアンチマジックF級戦闘員に任命する。以後は魔法使い殲滅に尽力してくれ。期待しているよ」



 三階建てとなっている三十区支部の二階には監視室や資料室といった部屋が並んでいる。

 その端っこには休憩室といわれる大きめの部屋がある。自動販売機やダイニングテーブルなどが置いてあり、主に食事や人を待っているときなどに使われている部屋だ。

 壁はガラス張りとなっており、景色が一望できるようになっている。二階からだと見渡せる範囲はたかが知れているが、周囲には高い建築物は建てられていない。これはここから魔法使いの仕業と思われる異変を見つけれるように配慮されてのことだ。


 そのガラス張りの一角に男女五名の姿があった。


「今日から戦闘員としてここに所属することになった天童纏です。よろしく」

「樹神鎗真だ。監視官をやっている。こちらこそよろしく」


 纏の紹介のあとに一番最初に反応したのは鎗真だった。


「それにしても君が守人さんの言っていた子ですか。このイカレタ連中のなかにようやくまともそうな人材が来てくれて助かりますね」


 感きわまるように言いながら、鎗真は残りのメンバーを見渡した。


「なにこっちを見ているのよ。あんたも敬語敬語って怒ってばかりなんだからイカレタ連中のひとりでしょ」

「お前らと同列するなよ。俺はまともだ」


 ソファに座り込んでいた蘭が冷静に言い返した。それに対して、隣にちょこんと座っている月もうんうんと頷いて蘭に同意していた。


「えーっと。そういえば君は一度会ったことがあったな。たしか――御影蘭、だったか」

「あら。覚えてくれていたの。あの時はすぐに帰ったから忘れていたと思っていたわ」


 蘭は立ち上がってから意外そうに纏に答えた。さすがに座っている状態での挨拶は悪いと思っているのだろう。


「前に会った時もそうだったんだが、服のサイズが合っていないんじゃないか?」

「ああ、これ? 昔から知り合いや身内のお下がりの服を着ることが多かったから着慣れているのよ。それに、ぴったりとした服ってなんだか気持ち悪いじゃない」


 相変わらずの一回り大きいサイズを着用しており、下には短パン。上が大きすぎるせいで、短パンの裾だけがみえている状態だ。

 ほかのメンバーに関しては見慣れている様子で特に気にしているようには見えなかった。

 腰には上着も巻いていたが、直視するには恥じらいがあった纏は目を背けて、話題を変えた。


「それと、そっちの子は?」

「月だよ。水蓮月。えへへ、新しいお友達だね。仲良くしてね」


 月も蘭に倣って立ち上がると、満面の笑顔と共に自己紹介した。


「えっと、そうだな。俺の方も仲良くしてくれると助かるよ」


 輝かしい姿に若干押され気味になりながらも、纏も笑顔で返す。

 それにしてもこんな小さな子まで戦闘員なのかと感じた。

 周りにいる人間を見渡してみると蘭はおそらくは同じ年ぐらい。そして、鎗真は年上だということは見た目で分かった。月はその中でも格段に年下だと感じる。おそらくは四、五さいは下だろう。

 だが驚くところはそれだけではなく、胸にあったバッジの色から判断するに月が一番上の階級だということも分かった。

 そこからさらに視線をずらしていくと、ガラス壁にもたれかかって目を閉じている青年の姿が目に映る。


「あんたも自己紹介ぐらいはしておいたら?」

「……」


 返事がない。


「お~き~ろ~」


 月が青年の体をゆすって目を覚まさせようとした。

 右へ左へゆらして、服を引っ張る。すると、あっさりと目を覚ました。どうやら深くは眠っていなかったらしい。


「あ、おきた」


 青年は月を見下ろす形で睡眠を妨げた存在を確認すると、大きな欠伸をだした。


「……ふあぁぁ。なんだよ、またお前か。こっちは寝不足で眠みぃんだ。大人しくしていてくれ」

「この場面でよく寝ていられますね。降格でもさせたらちょっとは変わるんじゃないか?」

「あんな時間に帰ってきたんだし、気持ちは分からなくはないけどね」

「お寝坊さんだね。殊羅は」


 昨日――日付で言えば今日になる――は深夜一時を回ってから支部に帰還し、睡眠を取った。

 普段から暇さえあれば、寝ている男にとっては相当に眠いらしい。

 月はといえば、朝からご覧の状態で眠気など微塵も感じさせない。子供は元気なものである。


「とりあえず名前だけは名乗っておきなさいよ。これからあたしたちと同じ戦闘員の一員なのだから」


 眠気を押し殺し、目の前の青年――纏に目を向ける。


「俺は神威殊羅。――階級はS。一部の連中からは”魔人”とも言われている」

「S級……! 親父よりも上なのか」

「親父? ああ、たしかオッサンのガキだったか」


 殊羅は思い出し、興味深そうに纏を眺める。実力を測るかのように人を物色しているようだ。


「どれほどのものかと思ったが、かなり小物っぽいな」

「いまはそうかもしれないが、いずれはあんたたちの領域にたどり着けるように努力するつもりだ」


 殊羅の目に見えて分かる失望ぶりにあえて舐めるなよとばかりに強気に出ている。

 向上心はありそうだと一同に印象付ける。


「素晴らしい発言だ! 纏。その向上心はさすが守人さんの息子というだけはあるようですね。この連中とは格が違いますよ。俺は君となら上手くやっていけそうですよ」


 感動しきった鎗真が纏に詰め寄る。それは殊羅や月、蘭には決して取らない態度であった。


「ねえねえ、月もこーじょーしん? いーっぱいあるよ! だから月とも上手くやれるね」

「お子様にそんなものがあるわけないだろっ」


 一蹴された月はむくっと膨れながら「あるもんっ」っと蘭の手を握って呟いた。

 そんな時、扉が開く音とともに男の声が部屋に入り込んだ。


「自己紹介は済んだようだな」


 全員がそちらを振り向く。

 入室してきたのは、身だしなみのしっかりと取れた天童守人だった。


「ええ、丁度終わったところですよ」

「そうか。不十分なところも多いだろうが、よろしくやってくれ」

「分かったわ」

「月とはもう仲良しだよね!」


 今度は纏の背中にしがみ付く勢いで後ろから抱きしめる。

 馴れ馴れしく無邪気にしてくる月に頭を撫でるように手のひらを置いた。 

 傍から見れば、仲睦まじい兄妹のようにも見えるだろう。

 守人はフっと微笑を零して、二人の様子を眺めた。


「で、オッサンはなんのようだ」


 守人は緩んだ表情をいつもの不愛想の物に戻すと殊羅の質問に答える。


「我々の次に取るべき行動を伝えにきたのだ」


 まず、殊羅と月を視界に入れて続ける。


「殊羅と月は本来の予定通り、”回収屋”の捜索に回ってもらおう。――そして」


 今度は蘭に目を配る。


「蘭は私と引き続き例の魔法使い共を追う。鎗真は私たちと殊羅のバックアップだ」

「了解」


 鎗真だけが返事をする。


「例の魔法使いってブロンズの人のことよね。……たしか、それ以外にも魔法使いが現れたらしいじゃない。そっちのほうはどうするのよ?」


 殊羅と月が帰ってきた深夜、待機していた戦闘員は一通りの結果を聞かされていた。その内容のなかに、白い外套を身に付けた二人の魔法使いが新たに出現したという報告があった。


「その二人に関しては同時進行で捜索する。なにしろ手掛かりが少なすぎるのでな。対処のしようがない」

「そう。分かったわ」


 会話に一区切りつき、方針が決まる。そのタイミングを見計らってか、それまで黙って聞いていた纏が口を挟む。


「親父。――俺はどうしたらいいんだ?」


 守人は纏を一瞥をすると、試すような口調で問いただす。


「お前はどうしたい? 殊羅に付くのもいいだろう。それとも、私と付いて母さんの仇の魔法使い、ひいてはお前の友達の魔法使いを殺しに行くとでもするか?」

「――っ! 俺は……」


 纏は歯噛みをして俯いてしまう。どうすればいいのかが分からなかったから言葉がすぐには出なかった。


「ちょっとっ! それを選ばせるのはひどいんじゃないの?! これだと見殺しにするか、自分で殺すかを選べって言ってるようなものじゃないのっ」


 まさしくこれは究極の選択だろう。どちらを選んでも纏には得をすることもなく、ただ損をするだけだ。

 ゆっくりと思考を止めると心が冷静になっていく。これは考えてでることではない。


     ――自分がどうしたいのか? 

きっとこれに答えはない。本能に問いかけるしかないのだ。


 それは纏にとっては数十分にも感じられ、あるいは数時間にも及ぶ自問自答だった。だが、実際には数秒のことでしかなかった。

 ゆっくりと目を開き、毅然とした瞳で守人を見詰め返す。


「俺は親父に付いていく」

「ほう。では、友人を殺す覚悟が出来たということだな」

「そんなものは出来てはいないさ」


 言葉はよどみなく流れる。迷いなどなかった。あの長いようで短い時間で浮かんだ選択だ。


「ただ、あいつらを俺以外の誰かに殺させることなんて許せない。俺は彩葉や茜の友として、魔法使いとなったあいつらともう一度会わなければいけないんだ。

――大体、こんな訳も分からないうちにバラバラになってたまるかっ」


 最後は吐き出すようにして叫んだ。

 魔法使いが現れて町が壊れた日。同時に四人の運命も捻じれ、満ち足りた日常は狂い出した。

 それは、取り戻したくても取り戻せない日々であった。


「……」


 守人は当然の如く、ほかのメンバーも黙って纏の覚悟に耳を傾けていた。


「それに、覇人ととも連絡が取れていないしな。多分、あいつも俺や彩葉、茜を探すと思う」

「なぜ、そう言い切れる?」

「俺たちが友達で、最高の仲間だからだ。――それ以上の理由はない」


 変わったことはたくさんある。だが、纏にとってはそれだけは変わらないことだと確信があった。

 単なる付き合いが長いだけではないだろう。これまでに培ってきた思い出が纏をそう思わせたのだろう。


「後悔をしなければそれでいい」


 守人はそれだけ言い放ち、扉に手をかけて後ろを振り返ることなく、業務連絡を告げるようにして纏たち全員に言い聞かせる。


「出発は昼だ。それまでに準備をしておくといい」


 部屋を出る。

 蘭たちもあとを追うように出口へと向かう。

 すれ違うなか、言葉を発する者はいない。無言で過ぎ去ったおかげで平穏が訪れた。

 纏はガラス壁に近づき、景色を一望する。

 都会の喧騒とまではいかないが、賑やかに走る車や人波が耳に届きそうだ。


 変わらない景色。


 守人に連れられて何度か足を運んだことがあった。

 ここから覗ける世界のどこかに三人がいる。

 いまはまだ会えない距離にいるかもしれないが、いつかきっと四人が再会する時が来る。


 その日を前にして、纏は戦闘員としてその手で決めなければいけなかった。


 彼らはお互いにすれ違った人生みちを進み出し、運命の歯車が回りだす。

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