第33話

 夢を見ているようだった。

 突然現れた二人組。

 一人は女性。綺麗な人だと思った。緋真さんも綺麗な人なんだけれども、また違う美しさ。

 ロングの銀髪。光に反射して水に濡れたような艶は儚く幻想的で、風で流されてしまいそうなほどな質感は羨ましい限りで思わず見惚れてしまいそう。首元にはシルバーのネックレスが気品さを醸し出していて、まるでどこかのお嬢様みたい。


 そして――もう一人。彼は私たちの友人で、中学生の頃からの付き合いのある男の子。――いや。少年っぽさはなくて青年そのものだから男の子ではなくて男性か。

 その人はこの魔法使いや戦闘員といった、おおよそ表向きにでると騒ぎが起きるようなメンバーにはいてはおかしい人のはず。

 それが、現状を分かっているようで私たちを颯爽と助けてくれた。

 まったく意味の分からない展開に頭が混乱してしまう。


「な、なんで覇人がここにいるの!?」

「話せば長くなっちまうんだが、簡単に言ってしまえば成行きってやつだな」

「なにそれ……?」


 ものすごい省略されて言われたような気がする。まあ、長くなるような話なら分かりやすく結論だけ言ってくれた方が、難しいこと考えなくて済むから楽でいっか。


「それでは、そちらの女性の人は誰なんですか? もしかして、公園で聞いた親戚の人ってこの人なのですか?」


 それも気になるところ。こんな美人さんが覇人の親戚だなんて……なんか似合わない。


「私はあなたたちの同類ですわ。覇人も含めてですけど」

「私たちと、ですか?」

「色々話すことはあるが、今はこの状況をなんとかしてからだな」


 そう言って、覇人は手を前にかざし、突如空間が収縮された。



 ――歪曲された空間に浮かびあがる鋭利。立体化される透明の領域。

 無にして個なる造形。そこに裏はなく、表もない。また、虚像でもなく。

それこそは有。それこそは無。

始めからそこに在るという約束。固形という概念。無かったという矛盾。可能な限りという法則。肯定という主張は揺るぎない。

 疑う必要はなく、起こりうることこそが真実。有無を云わせぬ確かなる存在。


今ここに――完了された大気が存在する。

 

 両先端に形成されし矛は引き千切り、穿つために用意されたもの。

 斬、刺、射といずれに用いるかは千差万別。

 刮目せよ。異質なる御業にして、最上の創造魔法を――



 実体はなくとも触れることは出来る。

 中身のない虚構の物質は風を切り裂く音とともに空間から切り取られた。


「と、取れちゃった……。どうなってるの?」

「もしかして、魔法ですか!?」


 いましがた起きた現象に、ただ驚愕の表情と言葉だけが漏れる。


「そうよ。その二人も私たちと同じ魔法使い。だからこうして助けに来てくれたのよ」


 空間に実体のない半透明の物質を生み出す――それが覇人の魔法。

 さっき月ちゃんの元に降ってきたものと同じだった。ということは、覇人が助けてくれたんだ。


「そういうことですわ。ですから、あなた達はさっさとお逃げなさいな。ここは私たちで抑えておきますわ」


 銀髪の綺麗な女性。名前はたしか、汐音と呼ばれていたっけ。

 その人は指を弾くと、それが鐘となり合図となる。



 ――それは、地表から咲き誇る。築かれし紛い物。世界の法則性を覆す事象を呼び覚ます。

 精巧なる魔力の宿る人形。その姿は本体リアルと一寸の狂いもない完成されし神秘。

 生み出された常識に、もはや否定は意味を成さない。

 その生誕に拍手と喝采こそが相応しい。

 この世の枠組みに囚われない、夢幻にして無限の造成魔法。

 いま――数多の魔力人形が全となり、一の生命として。主の元に馳せ参じる。



「これは?! 犬……ですか」

「そうみえるけど……でもなんかゾンビみたい」

「私の魔法で創ったシェパードをゾンビ呼ばわりとは失礼なのではなくて」

「ご、ごめんなさい……」


 物凄い睨まれてしまった。

 地面から生まれたからか知らないけど、ところどころに草が生えていて、そのせいで余計にゾンビっぽく見えてしまった。


「というより、この犬はシェパードだったんだ」


 なんでもいいような気がするけど、妙なところでこだわる人なんだなあ。


「お兄さんたちが誰かは知らないけど、月とお姉ちゃんたちの邪魔をしないで」


 犬たちの射殺すような視線を一身に受けながらも月ちゃんは気丈に振舞う。


「おら、これ以上厄介なことになる前にとっとと行け!」

「そうね。彩葉ちゃん、茜ちゃん先に行きなさい」

「え! ですが、あの強い二人を相手に覇人くんたちを置いていくのですか!」

「あの二人なら心配はないわよ。お姉ちゃんが保証するわ。それよりもあなたたち二人の安全の方が優先よ」

「そういうことだ。俺たちのことは気にするな」

「覇人……」


 私たちの方は振り向かず、背を向けるその姿は死地に赴く兵士のようで不安になった。


「お前たちとは近い内にもう一度会うことになるはずだ。その時までは元気でいろよ」

「約束だからね……!」


 無事を祈りつつ、覇人から目線を逸らすとその場から去る。


「行くよ。茜ちゃん」

「彩葉ちゃん。いいのですか」

「うん。覇人は私たちの友達で仲間なんだから、信用しよう。それに私たちがここにいてもあの二人には何も出来なかったんだから、かえって邪魔になると思うの、だから……」


 本当にいいのか逡巡する茜ちゃんの手を強引に握りしめて、駆けだす。

 

 ――絶対に振り向かない。

 

 ――だって、約束したんだから。

 

 振り向いたらそれを破ってしまいそうで、いまは明日へ向かって走っていくことに集中しよう。


 SIDE CHANGE


「二人には迷惑をかけるわね」

「もう慣れましたわ」

「さすがは私の親友ね」

「……早くあの二人を追いかけなさいな」


 照れくさそうに汐音は顔を背けて言った。


「緋真、しばらく頼んだぜ」

「任せなさい。姉の威厳にかけて何がなんでも守り抜いてみせるわ」


 ウィンクを残して、覇人、汐音から遠ざかっていく。


「あ、待って。逃がさないんだから~」

「行かせはしませんわ」


 月が緋真を追おうと走り出す。

 

 ――が、

 

 汐音の合図を元に、行く手を阻むようにして犬たちが前に出る。


「ワンちゃんたちそこをどいて!」


 犬たちに叱咤するも、さらに攻めよってくる人形にたじろぐ月。

 そうこうしているうちに緋真の姿は闇に溶けてしまう。


「あー! 逃げられちゃった……」


 釣った得物を逃したようながっかり感をだす月。


「さて、どうする? 俺としては時間稼ぎさえできたら十分なんだけどな」

「そうですわね。さすがにS級相手に敵いそうにありませんし」

「そいつはどうだろうな。そっちの灰色の小僧は少なくとも月と同等かそれ以上に強そうだがな」


 おもしろいものを見るように覇人を一瞥する殊羅。


「買被りすぎだっつーの。それにあんたが相手だと絶対に勝てそうにないしな」

「意外と冷静だな。お前」

「負け戦に正面から挑む度胸なんて持ち合わせちゃいねえよ。格上相手だともう少し戦略を練ってからやり合うもんだぜ」 


 腹を探り合うようにお互いを注視しあう二人に騒がしく声が挿し込まれる。


「そんなことよりもどうして邪魔をするの? 月はあのお姉ちゃんを捕まえないといけないのに」

「お前たちにとっては敵かもしれないが、あいつらは俺たちにとっては仲間だ。そんなやつらをみすみすお前らに追わせるわけねえだろ」

「その通りですわ。どうしても追いたいのでしたら、もう少しあとにしてくださる?」


 地団駄を踏むような勢いで月はさらに喚き出す。


「そんなことをしたら追いつけなくなっちゃうからダメだよ!」

「でしたら、どうするつもりですの?」


 汐音はあえて、どう行動にでるのか試すような口振りで言った。

 月にとって害悪だと思われる魔法使いにしか手を出してこないことは分かっている。今のところは月に敵とみなされるようなことはしていないので、この場で月との戦闘は起きないことは分かっていた。


「月はお姉ちゃんたちと戦う理由がないから、代わりに殊羅が相手になるもん。殊羅! いっけーー!」


 さあ、行ってこい! とばかりに手をビシっと覇人と汐音に向ける。

 汐音は自分の軽率な発言に後悔する間もなく、犬たちを自分の周りに集める。

 そうして、殊羅に備えるが、


「いや、時間切れだ」

「ふえ? なに? ――わっ……わっ……!」


 月が殊羅に何事かと振り返ると、携帯を投げ渡される。

 二度、三度と手のひらでバウンドし、危うく取り落としそうになるも何とか受け止めることに成功した。


「物は投げたらダメなんだよ!」

「鎗真からの連絡だ」

「え? 鎗真から? もしもし、月だよ~」


 通話相手は監視官――樹神鎗真からのものだった。

 しかし、そのことは覇人と汐音には知るすべはなく、アンチマジックの関係者であろうことだけは推測できた。

 二人は固唾を飲んで通話が終わるのを見守り続けた。

 やがて、二言三言話した月が通話を切り、口を開いた。


「あのね、近くに住んでいる町の人が騒ぎになっているらしいから、戻ってこいだって」


 現在、戦闘が起きている管理者の住まう近隣にはバリケードが敷かれ、立ち入りを禁止されている。

 その奥から激しい戦闘音が聞こえてくるとなると、不安や魔法使いに対する畏怖が住民を煽っているようだ。


「ま、あれだけ派手にやっちまったら仕方ないか」

「私たちはそのおかげでここが特定できたのですけどね」


 マグマに爆発。それだけのことが起きればいやでも目に付くものだろう。住民もそのせいで不安を募らせてしまっているのだ。


「せっかく見どころのあるやつが現れたと思ったんだがな、楽しみはあとに残しておくか。――それじゃあ俺は帰るわ」

「あ! 置いてかないでよー! もう、帰るときはすっごく早いんだから殊羅は」


 パタパタと後を追いかけていく月。

 ――が、忘れものを思い出したように足が止まり、覇人と汐音に振り向いた。


「バイバイ。お兄さん、お姉さん。今度会えた時は仲良くできたらいいね」


 それだけ言って再び、殊羅の後を追った。

 その姿が完全に見失うまで監視しつづけて、安堵の息とともに汐音が口を開いた。


「命拾いできましたわね」

「まったくだ。それでも、彩葉たちを逃がすことが出来たことだし、とりあえずは俺たちの目的は達成できたな」


 それまでの戦闘が嘘のように静まり返り、いまだ死にきれない草花や残り火が微かに戦場跡を臭わせていた。


「そうですわね。それで、私たちの今後の動きはどうなるのでしょうね」

「それに関しては組織からの連絡を待つしかねえな」


 気づけば空は暗く、黒色に染まっていた。雲が月を覆ってしまったせいのようだ。

 

 光が潰え、無となった世界に零からの始まりを予感させた。


「彩葉と茜は魔法使いになっちまったし、あとは纏だけか。

 ――さて、アイツはどう来るかね」

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