第3話
お昼をファーストフード店でお持ち帰り。
何気ない話題で茜ちゃんと私の家で夕方まで時間を潰した後、一緒にバイト先である茜ちゃんの家に帰る。
勤務先である楪生花店のある商店街は、ここから徒歩五分もかからない距離に位置しているので、急ぐほどでもない。
商店街はスーパーや百円均一の店に薬局などが建ち並び、行き交う人々は子供から年寄りまで様々だ。
目的地である楪生花店は商店街の出入り口に位置している。
茜ちゃんの先祖代々続いているだけあって、店自体は古くなっているがそれを補うほどの花が美しく彩る。商店街の出入り口としては上等な出迎えといえるだろう。
そこに今日はいつもの看板娘に加え、アルバイトとして私が店に立つ。
茜ちゃんにそっくりな顔立ちにまっ黒な髪をショートカットに切りそろえられた四十前後の女性。茜ちゃんの母、楪桜(ゆずりはさくら)から本日の業務内容が告げられる。といってもいつも通り接客に専念するだけで、それ以外だと店回りの清掃などをするだけだ。
「それじゃ、今日もよろしく頼むわね」
「はい! 任せてください」
コートを脱ぎ、その上に楪生花店の赤いエプロンを身に着けて、お仕事モードに切り替える。
店内に顔を出して接客に専念する。その横では茜ちゃんが花の手入れに集中する。二人の若い少女が店内に、桜さんは店の奥に引っ込み裏方の作業に専念する。これが私がいるときのいつもの風景だ。
一人、また一人と順調に愛想よくお客を捌く。
一年半もやっていれば手馴れたもので、中には常連の人もいて顔も覚えられた。
私の性格も合わさってか、入って一週間も経たぬ内に商店街に溶け込むことが出来た。以来、ここで買い物をするときなんかは周りのお店からサービスもしてもらえたりしてる。色々とラッキーだ。
「さすが彩葉ちゃん。今日もお疲れさまです」
横で見ていた茜ちゃんも満足気だ。
「私にとって意外と天職なのかもね」
「いつでも歓迎しますよ! あ、あとはお掃除だけやっておいてください」
「はーい」
日も黄昏色から月光に照らされる闇に移り、点々と発光しはじめる街灯が夜闇を彩っている。
各店舗では店仕舞いの準備をはじめる時間でもある。
それに倣い楪生花店も店を畳はじめる。
散らかった花びらの清掃をして、今日の業務もおしまい。冬のせいなのか、あっという間に時間が過ぎ去ったようにも感じた。
「これで、一日も終わりか」
「ごくろう様。あとで温かい飲み物でも出しますね」
「ありがとー」
人通りも少なくなり、活気づいていた商店街は今では不気味な静寂が支配している。
と、そこに囁くような小声で話し声があちらこちらから聞こえてきた。
波紋のように、人から人へと流れていき、不安を煽らせてくれる。
「なんだろう……なにかあったのかな?」
「そうですね。気になるから聞いてきます。彩葉ちゃんは片づけを続けておいてください」
桜は買い出しに行き、一人残された私はせっせと店内、店回りの掃除を再開した。
近所で物騒なことが起きたりすると嫌だなあ。明日から冬休みなのに、鬱屈としてしまうよ。
なんて考えていたら手が止まってしまっていた。バイト一人残して、店を任されているということは信頼されている証拠だ。
帰ってくるまでは私が守ってあげないと。
「大変だよ! 彩葉ちゃん!」
辺りに漂う不穏な雰囲気が気になり、近所の八百屋を営んでいる店主と話をしていた茜ちゃんが血相を抱えながら帰ってくる。
「どしたの? そんな慌てて」
「事件です……事件!!」
「事件?」
傷害事件、はたまた強盗でもあったのだろうか。どちらにしてもあまりいい話ではないだろうなと予測してみる。
しかし、茜ちゃんの物々しい語調は静寂に包まれつつある商店街と相まって、それ以上のなにかを感じさせる。
「八百屋のおじさんも詳しくは知らなかったみたいなんですけど、火事があったらしいですよ……それも町全体を飲み込むような大きなのが」
「火事?」
大きな事が起きたんだろなとは思ったが、まさか火事とは。町全体だとどうやら普通の火事でもなさそうだ。
「隣の三十一区の東部が焼けたそうよ」
不意に背後から声が聞こえてくる。
そこには、夕食の買い出しに行っていた桜さんが、重そうに買い物袋をさげながら疑問に答えてくれた。
「え! 焼けた!? ……焼けたって、えぇぇぇぇぇ!? なにそれどういうこと?」
あまりの突拍子のない出来事に驚きを隠せない。茜ちゃんも同じ気持ちなようで続きを急かす。しかし、桜さんも相当困惑しているようで、なかなか話し出せなく一旦情報の整理をするべく一息ついてから語りだすことになった。
凍てつく夜。
妙な沈黙が支配する部屋。こころなしか暖房が利いているにもかかわらず、温度が外と同じぐらいまで下がっているような気がする。
それはきっと、いつまでも黙っている桜さんの気迫のせいだろう。表情は強張り、いつ話そうかタイミングを見計らっているような気がする。
そういう間がしばらく続いた。
やがて、桜さんが意を決したように言葉を漏らした。
「魔法使いがね……現れたらしいの」
「! ……あの魔法使いが」
「それってテレビでニュースになるあの魔法使いだよね」
それは、世界の秩序を壊す者。動く天災。人間兵器。など色々な呼ばれ方をされる人類の敵。
魔法使いはどこにでも存在し、どこにでも現れる存在。それはもしかしたら隣人が、もしくは友人が、という可能性もあり得る存在。外見上はただの人間なのだが、人類を超越した不思議な力を使う。それは、町を焦土と化すような力や手品師のようになにもない場所から物質をだすような力など様々なものがある。そのなかでも、一際目立って情報誌を賑わすものが今回のような災害じみた被害が多い。
人々はそんな力を、魔を宿した技法を魔法といった。そしてそれを行使する者を魔法使いと呼んだ。
桜さんはその魔法使いが三十一区に現れたのだと言う。町民が驚きを隠せないのも仕方がないね。なにせ、手を伸ばせば届くような距離にそれはいるのだから。
「そうよ。その魔法使いが暴れ、結果町一つが燃え尽きた。噂では魔法使いはその後行方をくらまし、消息をたったらしいの」
「じゃあ、まだこの辺にいるかもしれないってこと?」
「可能性はあると思うわね。ここと三十一区は隣接してるから」
三十一区がなくなったことで、それに隣接する三十区または三十二区のどちらかに移動する可能性は極めて高かった。しかし、今回の被害地はどちらかというと三十区よりで起きたので、遠い三十二区の方に移動するとは考えにくかった。かといってそのまま騒ぎの起きた三十一区に滞在するのはおかしいと考えられた。
なので、私の予想はあながち間違いでもなかった。その証拠に桜さんが同意を示したのだった。
可能性の話ではあるが、すぐそばに破壊と混沌をもたらす者がいるという事実だけで、この場にいる者に不安を与える。
「こんなときってどうすればいいのかな?」
初めての体験にどう対応すればいいのか分からない。
「落ち着きなさい。……まず、彩葉ちゃんは早めに家に帰って両親を安心させること。きっと心配しているはずだから」
「なるほど、それもそうだね。それじゃあすぐに着替えて来ます」
そう言ってコートを取りにいこうと席を立ち上がる。
「でも、外に出ても大丈夫なのですか。この辺りにいる可能性もあるから危険かも知れませんよ」
「平気だよ。すぐ近くなんだし、何も起きないよ」
「それでも心配です」
心配症な茜は一人で帰ろうとする私を必死で止めようとする。
「だったら、おばさんが家まで送ってあげるよ」
「大丈夫ですって。五分もあれば着く距離だから迷惑なんてかけられないよ」
「絶対無事に帰ってくださいね」
「うん。わかってるよ」
「知らない人についていったらダメですよ」
「それは安心して。私、茜ちゃん以外の人についていくことなんて絶対ないから」
これだけは自信をもてる。
「それはそれで別の意味で心配ですね」
「はいはい、じゃれあうのはそこまでにして早く帰らないと時間だけが過ぎていくわよ」
「はっ! そうだった。それじゃ、そろそろ帰るね」
「はい、気をつけて」
最後まで私の心配をしていたが、これ以上引き留めているわけにもいかないので、時間の都合で茜ちゃんが折れることとなった。
私はそんな茜ちゃんのことを見かねて最大限の笑顔で安心させて帰路に着いた。
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