第113話

 道すがら、久遠に今回の顛末の報告に向かった紗綾ちゃんと汐音と別れ、私たちは地下駐車場に向かった。目的はもちろん、押し付ける形になってしまった失態を確認しに行くため。

 研究所跡地で確保した魔法使いたちを乗せている救急車の周りには、すでに緋真さんや纏。覇人に父さんまで来ていた。たぶん、紗綾ちゃんたちが帰ってきたことを知って、ここに来たんだろう。

 依頼主である父さんの指揮のもと、運び出されていく何人もの魔法使いの遺体とすれ違いながら、救急車までたどり着く。


「結構な数だね……」

「約二十人ってところらしい」


 最初から見ていたのか、纏が答えてくれる。父さんの助手っぽい魔法使いたちが忙しなく動き、次々と運び出されていく。その手馴れた作業は、表面上のカモフラージュだけでない、さすが病院と名乗るだけはあるんだなと感心できるほど。


「救急車ってそんなにも乗っちゃうものなんですね」

「特殊仕様でな。見た目だけそういう風に装ってるだけで、中身は別ものになってんだ」


 言われて中を覗いてみたら、前に運転席と助手席があるだけで、後部は丸々広いスペースになっていた。隙間なく押し詰めれば、確かにそれぐらいの人数は入れそうだ。


「また反応に困るものが出てきたわね」

「使用用途は回収だけなのよ。だから、運搬車としての機能にのみ特化させた造りにしちゃってるの」

「霊柩車みたいな扱いね」


 一緒にしてもいいのかどうか。まあ似たような物だしいいのかな。

 遺体が一通り搬入され、改めて空っぽになった後部部分を眺めていると、護送車みたいでもあるなあ。なんて蘭とは違う感想が出てきた。


「囚われていた魔法使いは無事全員連れ出せたようだな。手間を掛けさせた」

「まあ、たまには親の手伝いをするのも、ね」

「彩葉からそんな言葉がでるなんて……この数か月で心変わりしてくれて父さんは感激だ」

「大げさすぎ。大体、今まで隠れて訳の分からないことやっていたんだから、そりゃあ避けたくもなるよ」

「……そうだったのか。思春期の娘の心は複雑だな」

「思春期ぜんぜん関係ないし」

「分かっている。照れているだけだろう」

「だーかーらー。はぁ、もういいや」


 父さんの相手疲れるし、ほっとこ。勘違いされたままでもいい。しんどい。周りの視線が微笑ましげなのが少し気になるけど、あえて気にしてない素振りを見せておく。


「ともあれ、これで僕の用事は済んだ。亡くなった者たちの供養も兼ねて、これより魔具の製造に取り掛かる。悪いが、しばらく籠らされてもらうよ」


 そう宣言した父さんを家で黙々と何かに没頭し続けていた姿と重ねてしまう。こうなっては、集中力が切れるまでは中々出てくれることはない。結局、ここにいてもやることは家の時とあんまり変わらないんだね。

 でも、だからといって文句を言うつもりはない。だって、あのころと違って研究の意味を知ってしまったから。同時にそれがどれだけ凄い事で重要なのかも。


「大変そうですね。あとで何か差し入れでも持っていってあげましょうか」

「そういうのはいいよ。かえって邪魔することになると思うから」


 経験者は語る。高校に入ってからは、父さんは昼夜逆転した生活を送っていた。研究と魔法使いとしての生き方がそうさせていたんだろうことは今になって分かったけど、当時は単に相手にされていないだけかと思っていた。

 だからこそ、父さんのことを少しでも理解した私が取れる選択は、あの頃を再現してあげること。それが父さんにとっての一番の環境になるはず。


「ま、あのオッサンのことだから、ほっときゃその内成果を出してくるだろ」

「その時を期待して待ちましょ」


 うーん。父さんの成果か。普段どうなっているのか知らないから何とも言えないけど、少なくとも魔具に関しては苦戦していることは知ってる。別れる前に家で話していたし、大丈夫かな。


「とりあえずこの件にはこれ以上、手は出せそうにないな。さて、どうしたものか」

「どうしたもなにも、戻ったばっかりなんだしよ。ちょっとは休もうぜ」

「さっきまで休んでいたじゃないか」

「やれやれ、働き者だね。どうせしばらくやることねえんだし、こういう暇なときこそパーッとしようぜ。パーッと」


 オッサン臭い。あるいは酒飲みのような覇人のセリフに不満足気な纏。父親がお堅い感じだし、そういうところは意外と似ているのかもしれない。真面目そうだしね。個人的にも纏はもう少し、気楽に生きればいいんじゃないかなと思う。


「あら、残念だけどあなたは諦めなさい。これから私と探りを入れに行く予定のはずでしょ」

「朗報だ、纏。お前に幹部の座を譲ってやろう」


 そんな簡単に受け渡すようなものなくないかな、それ。


「いらないから」

「俺だって惜しいんだぜ。けど、暇そうなお前はもう見たくねえんだ」

「良い格好をつけても無駄だから。第一、俺は組織の協力者だ。正式に入った覚えはないぞ」


 こうして魔法使い側と一緒に行動していると、ついつい忘れがちになってしまいそうだけど、纏はまだ人間側だ。半魔法使いなんていうちょっと風変わりな人種になるけど。それでも人は人。


「だから協力者らしく、手ならいくらでも貸すぞ」

「わりぃな。けど、今回はただ調査するだけだし、気持ちだけありがたく受け取っとくぜ。お前は大人しく待ってな。つーわけで、これから二、三日ぐらい留守にするわ」


 思ったよりも早く片付きそうなのかな。調査と言っていたから、たぶんこれからのことに関わることだろうし、それまでの間は特にやることはなさそうだね。


「お姉ちゃんも一緒に行くのよね」

「そうよ。ちゃちゃっと終わらして帰ってくるわね」


 それだけ残して緋真さんと覇人はその場を後にする。すぐに出発するみたいで、二人揃って外へと向かっていった。

 さて、このあとはどうしようかと聞いてみると、茜ちゃんはまたキャパシティの方の手伝いに回り。纏は自身の半魔法使いとしての制御に慣れるようにしとくらしい。二人とも真面目だねえとちょっと感心する。蘭はそんな二人と違って、勝手気ままに過ごすらしく、それならばと当然のように暇をもてあそぶ私に付き合ってとお願いするも、一人の時間が欲しいと断られる。まったく、そんなこと言って一体何をするつもりなのか。こっそり観察でもしてやろうか。けど、見つかると怖いからしないけど。

 誰も相手にしてくれないのなら、また紗綾ちゃんと触れ合っておこうかな。せっかくだからもっと打ち解けあいたいし。

 しばらくの骨休み。それぞれの時間を私たちは過ごすことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る