第112話

 窓のない生活って実際に体験してみると、とんでもなく不便過ぎる。というのが白聖教団で住み始めてから最初に思ったこと。

 時間の感覚がさっぱりだし、常に電気が点いているから普段までの生活と照らし合わせると、今が夜のような感じがしてくる。もう一日中夜な気分。

 だから、私は気分転換によく外に出ることが多くなった。というより、一日一回は外に出て太陽の下に出ないと気が済まない。

 そう――例え、今日のような雨の日であっても。


「凄い雨だね……」

「朝は晴れてましたのに」


 あれから一度、部屋に戻って爆睡してから昼過ぎの現在。軽めにお昼ご飯を取ったあと、緋真さんからそろそろ紗綾ちゃんらが戻ってくると言われ、日課になりかけている日向ぼっこを兼ねて出迎えに来たのに、生憎の空模様。

 だったら、わざわざ外で待っていなくても、中で待機しておくのも一つかなと思い直す。私たちがここに来た時に使った出入り口。どうせ組織関連者ならそこを使うだろうし、その辺で待っていればいいや。風邪でも引いたら色々言われそうだし。特に緋真さん。

 そうと決まれば。と、茜ちゃんと蘭を連れて一緒に戻ろうとしたとき。


「そんなところで何をしていますの」

「……! 汐音ちゃん」


 後ろから掛けられた声に反応すると、ビニール傘を差した汐音と無言で傍に控えている紗綾ちゃんがいた。


「おかえりー。出迎えようと思って待ってたんだよ」

「私たちの後始末を押し付けてしまいましたし、せめてこれぐらいはしたくて」


 二人は傘を畳みながら、屋根下まで移動してくる。滴る水滴がまるで滝のようで、すぐにアスファルトが湿った色へと変化していった。


「ありがとう。けれど、何も外で待つことはなくてよ。風邪でも引かれましたら、緋真がうるさいんですのに」


 それには今更だけど同感。みんなで苦笑いして、ちょっと場が和んだ。


「そういえば、研究所にいた魔法使いはどうしたの?」


 汐音と紗綾ちゃんだけで、それらしい存在はどこにもない。急な雨だし、別の場所に隠しているのかな。


「もうすぐ来る」


 紗綾ちゃんが言った直後のこと、一台の救急車が私たちの目の前で停まり、運転席から組織の関連者が顔をだす。


「ご苦労様ですわ。とりあえず中に入れておいてくださいな。その後のことはこちらで引き受けますわ」


 運転手は了解の意を示して、地下駐車場に向かって車を走り出した。


「救急車とはまた、上手い運搬方法を考えたわね」

「これでも表向きは病院ですもの」


 確かにそれだと普通に公道を走り回っていても怪しまれる要素は何もなさそう。むしろ、普通にしていないとおかしいし。発想がいいね。


「でも、それなら一緒に乗って帰ってきても良かったんじゃないですか」

「あ、ほんとだ。そっちの方が楽じゃん。安全だし」


 私たちの帰りと違って、色んな意味合いで。


「どうやら何者かに気づかれていたらしく、監視の目から逸らすために陽動となる必要がありましたのよ」

「たぶん、あいつね」


 うん。同じこと思った。きっと、誰もが予感している人物で間違いない。


「心当たりがありまして?」

「はい。私たちを追っていた人と同一人物だと思います」


 ――ソーマ・エコー。元監視官で現在は戦闘員。けど、その正体はディミオスと呼ばれる数人で構成された処刑部隊の一人とのこと。

 思えば、柚子瑠を通信で即撤退させたのはこのためだったのかもしれない。


「かなりの手練れっぽい?」

「ディミオスってメンバーの一人らしいよ」

「……診断室関連なら納得。通りで振り切るのに手間取った」


 うんうん。それには同意。まあ、私たちの場合はナビをしていただけで、実際の相手は柚子瑠だったんだけど。それでもどこからともなく正確に先回りしてくるように誘導されていたし、そんな相手の監視から逃れるなんて紗綾ちゃんたちも大概な気がする。


「よく振りきれたわね」

「私の魔法を使って攪乱させ、頃合いをみて百匹ほど仕向けて足止めさせましたのよ」


 汐音曰く、シェパード風の犬が魔法で生みだされる。地面がアスファルトのせいで質感や材質も同じもので、湿っていた部分がまるでまだら模様のように浮き出ていた。


「それを百匹?」

「そうですわ。数匹程度では足止めには不十分でしたもの。おかげで魔力の消耗も激しく、途中休憩を取ることになりましたの」


 うわー。これを深夜の内に百匹なんて、悪夢以外の何ものでもないような。きっと、襲い掛かる様は猟犬の如くだったに違いない。


「無茶はしないでくださいね」

「お気遣いどうもありがとう。それよりも、あなたたちの方こそ大変だったんじゃなくて? 緋真との行動は」

「……えーと、それほどでも」


 言葉を詰まらせながらもはっきりとは言わない辺り、茜ちゃんなりの優しさというかフォローみたいなものだよね。

 あの寿命が縮まる様な体験の記憶は永劫封印しておきたい。


「分かりますわ、その気持ち。付き合ってられませんのよね」

「お姉ちゃんって、昔からああだったわね」


 そうなんだ。だからなのかな、蘭だけ慣れてる感があったのは。


「蘭は真似しちゃ駄目ですわよ」

「いや、それはもう手遅れだと思う――あいた!」


 突然、私の頭を殴った本人は怒りの手刀を振り抜いていた。


「ちょっとー……不意打ちは勘弁してよ」

「しばくわよ」

「終わった後に言うの!?」


 続けて額に振り下ろした手刀で以て、ようやく蘭の怒りも収まったみたい。


「馬鹿ね。二撃目の予告よ」

「分かりづらい!」


 構えが解かれたことでさすがに三撃目はないんだなと安心する。どうやら満足したみたい。私と違ってね。

 私と蘭でじゃれあっていると、不意に紗綾ちゃんが小さなくしゃみをする。ここまでの長い道のりを雨の中歩いてきたこともあって、身体も随分と冷えている様子。なんていうか、小動物みたいでほっとけなくなる。けれど、不思議とその仕草にちょっと笑みがこぼれそうになる。

 普段は無表情でまるで生きているのに生きていないような。

 猫に餌をやって名前を付けて、可愛がっている時でも心がないみたいに。

 ただそうするべきだと決めて動いている、ロボットのように。

 そんな命を感じさせない子が、この時に初めて普通の女の子なんだと実感させてくれた。まだまだ知らないことの多い紗綾ちゃんの新しい一面が見れて、今日は得した気分。

 何はともあれ、さすがにこれ以上外でダラダラしているのもよくないし、紗綾ちゃんたちもつかれているだろうから、教団内へと入ることにした。

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