第105話
――深夜。
夜に飲み込まれた時間帯の中、唯一の明かりが灯った研究所跡地を前にして、私たちは襲撃の気を窺がう。
ふと、ちらりと車を停めてある橋の上に視線をずらす。あそこにはいま、蘭と緋真さんが待機してくれている。
時間を迎えたとき、一度車内に集まって私たちは作戦会議を取った。そこで私は思いついた案を晒してみたのだけど、これが意外と好評でそのまま採用されたのだ。
まず、蘭には橋の上から魔眼を使って全体の把握、それと得意としている魔力砲での援護射撃。この二つを担当してもらう。
蘭ならたとえ暗闇の中であっても、魔眼の前ではそれも無力化されるから、昼夜問わず視通せる蘭にうってつけの役割だ。
それと緋真さんは目的達成後にすぐ逃亡できるように車で待機してもらっている。ついでに戦場を常に見張ることになる蘭の護衛も兼ねたりもする。
最後に残ったメンバー全員で研究所跡地の制圧に挑む。こちらには教団の幹部である覇人がいてくれるから、最悪強敵が出てきた際には任せてしまえるし、その時は雑魚の相手を私たちだけですればいい。
それに、私たちには緋真さんが助言してくれた万が一のときの保険もかけてある。それが橋の上から行われる蘭の援護射撃。
そんな提案をしたら、意外そうに驚かれてしまったのが地味にショックだった。まあ別にいいけど。緋真さんなんかは一応褒めてくれたりもしたし、特に反対の意見もなかったから、結局これで行くことになった。
かくして予定の時間を迎え、それぞれが配置に付いて待機中のところまでが現在の状況。
暗闇の中で唯一蘭だけが明瞭な視界を確保できていることもあって、突入の合図は任せている。蘭が何らかの攻撃を仕掛け、戦闘員たちが動揺の渦中に陥れられている中を私たちが突入する。――という感じで待機していると、いつ開幕するかも分からない緊張感にじれったくなってくる。
もうそろそろかな? やっぱりまだかな? とか色々と余計なことを考えてしまうんだよね。ただ待ち続けるだけというのは思った以上に神経使うなあ。と……リラックス、リラックス。あまり気を張り過ぎておくのも良くないし、気持ちを落ち着かせる。
大丈夫、大丈夫。こんな場面は何度も経験させられたし、なんとかなる。いざ始まってしまえば身体が無意識に動いてくれるんだから。そこが私の取り柄。私ってたぶん本番に強かったりするかも。
その時、橋の上から魔力がみなぎる気配を察知した。
――いよいよだ。
蘭の放った魔力砲による遠距離射撃が研究所跡地を薙ぎ払い、突然の砲撃に戦闘員らは騒ぎ立てる。
月の綺麗な夜の下に続く静寂が裂かれ、いま――作戦が始動する。
混乱する戦闘員らの真っただ中を私たちは迷うこともなく突っ込んでいき、急襲をかける。そんな中でも一部の戦闘員には即座に状況を把握され、私たちの突こうとした不意を台無しにしようと阻んでくる。
それでも私たちは止まることをやめない。だって、私たちには最高のバックアップが付いているから。
再度――研究所跡地に蘭の魔力砲が蹂躙する。
地、空からの攻撃に翻弄される戦闘員たちを私たちは各個撃破していき、魔法使いが保管されているらしい地下を目指して進む。
「どうやらこいつらは雑魚みてえだな」
「D級。と言ったところか」
確かにそれぞれの黒服にはランクを示す青色のバッジを装飾されている。戦力的には前回ここから逃亡する際に追ってきた戦闘員とあんまり変わらなさそう。てことは、割と余裕で攻略出来そうかもね。
「ですが、油断は禁物ですよ。まだ下にも控えているらしいですから」
魔法で創造された幾何学模様が描かれた銃で次々と戦闘員を撃ち倒しながら、茜ちゃんが今回一番の心配事を気に掛けてくれる。
そう。未確認の存在がまだ控えているんだ。決して油断は出来ない。
その心構えがあったからこそ、突然の脅威にも反応を取って見せることも可能だった。
敵陣の真っただ中、地べたを蛇の如く這いずって襲い掛かってきた鞭が私の刀を絡めとる。即座に私は魔法で創造した刀を消失させ、鞭の射程範囲から引き下がる。と同時にその行動が無意味だと理解する。
再度、振りあげられた鞭が現状から更に飛距離を伸ばして私に喰らい付いてくる。その寸前に茜ちゃんの弾丸が鞭を弾き、軌道が逸れたことによって何とか無傷で帰還する。
そういえば、一度あれを体験したことっがあったっけ。
記憶を探ればすぐに探り当たった。確か――伸縮自在の鞭型魔具。そして、それを操る人はあの戦闘員しかいないのも分かっている。
伸びきった鞭は過半数以上が倒れた戦場内の主へと戻り、その姿をようやく目視する。
この暗がりを斬り裂く閃光のような鞭さばきと柚子のように染まった黄色の髪。――蘭の同期だったという、華南柚子瑠で間違いない。
「騒がしいと思ったら、またテメエらかよ。つくづく縁があるな、テメエらとは」
「ランクB。厄介な人物が待機していたみたいだな」
上から数えて三番目の階級。正直、この場では覇人以外では歯が立たない相手だ。それでも目的のため、押し通らないと――。
「――ん? そういや蘭の奴はどうした? 来ていねえのか?」
「ええと……蘭ならあっち」
橋の方とは真逆の位置に指を差す。釣られて柚子瑠はそちらの方を向く――その瞬間のこと!!
柚子瑠がよそ見をした隙を突いた蘭の先制攻撃。長距離から放たれた魔力砲は寸分の狂いもなく、最高のタイミングで柚子瑠へと射貫く――!
着弾を知らせる衝撃が震え渡る。だがしかし、それは柚子瑠が打ち払った|“終末無限の世界蛇”(ヨルムンガンド)によるものだった。
「ああ……そうか、そうだっけな。蘭は元々そういう戦闘スタイルだったよな」
「さすがに蘭の同期なだけあって、そう上手くはいかないか」
奇襲失敗。纏の言う通り、同期だったら蘭の戦闘員時代でのことだって人一倍知っているはずだった。
まるで最初から分かっていたみたいな動きで無駄なく対処された。そして、蘭の位置も同時にばれてしまい、そちらへの警戒心もより一層高まってしまってるよね。二度目以降もそう簡単には当てられそうになさそう。
「……あの橋の上ってとこか。相変わらず良い目をしてやがる」
完全にバレてるっぽい。だけど、幸いにも狙撃を遮るような障害はここにはほとんどない。格好の的にはなっているのだけど、当てることができなければ意味がない。
「おい、てめえら。何人かは橋の方へ回って仕留めてこい。残りは狙撃にだけ気を配れ」
柚子瑠の出した指示に乱れていた戦闘員たちの動きが変わる。
「行かせるかよ――」
即座に対応を取ったのは覇人。橋の方へと回ろうとしていた数人の戦闘員に向けて、束ねられた大気が刺突状の形でもって投擲される。
「邪魔すんな」
柚子瑠の鞭が覇人の魔法を破砕し、そのまま風を切ってしなりながら私たちへと牙を向く。事のついでに攻撃してきたようで、随分と荒っぽくなっていたおかげで回避するのはそう難しいことじゃない。
だけども代償にまんまと戦闘員たちを素通りさせてしまうことになってしまった。まあ、仮に向こうまでたどり着けたとしても、緋真さんがいるのだから心配する必要性はなさそうだし。こっちはこっちの心配をする方がいいかもね。
「上手くいってたのに……彩葉ちゃんの作戦、失敗しちゃったみたいですね」
応援を回させてしまい、更には目の前には格上。結構いい線いってると私も自画自賛していた作戦だったのに。
「ち、しょうがねえ。こうなったらこいつの相手は俺が引き受ける。その隙にお前らは先に行け」
「……平気なのか」
「任しとけって。B級ぐらい俺一人でも訳ねえっての」
覇人の一言で苛ついた様子を見せた柚子瑠。だけど、それでも一切隙を見せようとしないどころか、一層気合を入れ直してるようにも見える。たぶん、本人も覇人の実力には敵わないってことを感じてるんだろう。
私たちのことはもう眼中にないようにして、狙いをただ覇人一人に絞り、覇気を漲らせている。
片手には拳銃。そしてもう片方には鞭。――B級戦闘員”華南柚子瑠”の戦闘スタイルが威圧感を漂わす。
「勝手に言ってろ。B級だと甘く見ている内にサクッと殺ってやるよ」
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