第5話 「眠れる都会の眠らず姫は、眠るために誰かの口付けを夢に見る」

 大学生の夏休み。

普通の学生ならば当然のように催されるであろうそのイベントに僕は縁がなかった。

「それは私も一緒。去年はチャラいサークルのバーベキュー行っちゃってめんどくさかったな」

カニクリは野菜を切りながら言った。

「行ったことあるんじゃん。僕は初めてって話だよ」

僕はその切りそろえられた野菜を串に刺しながら言った。

「関係ないわよ。私達は食べ物を用意する係り。で、あっちは話で盛り上げる係り」

そう言って包丁を向けた先には鹿山さんがいる。

「ミツさんもりないよね。あの子に興味すら持たれてないのに」

「それがミツさんのいいとこなんだけどね」

「椋木くんのそういうとこ、ほんとうに尊敬する」

「えー、全然モテたりしないよー」

ミツさんを含めた三人のオトコにちやほやされている。

ミツさんとモデルの医大生とワイルド系の法学部の組み合わせはちょっと意外だった。

「ミツさんとお友達、同い年だから私達より二つ上?」

「そうだね。将来有望そうな男子だね」

「椋木くんは? 大学卒業したらどうするの?」

「まだわかんないかな。カニクリは?」

「私は院まで行って栄川先生のお手伝いをするつもり」

「カニクリは頭いいから臨床心理士にもなれそうだよね」

「椋木くんも栄川先生のお手伝いしない?」

「考えとく。でも院に合格する自信はないかな」

「椋木くんなら大丈夫だよ。私と一緒にがんばろう」

「ありがとう。そうなった時はよろしく頼むよ」

「うん。期待してる」

ほとんどの食材を切り終えたカニクリは微笑んだ。

「朋弥。肉買ってきたぞ。どうすればいい?」

肉担当のミツさんが忘れてきた肉をメロスはじゃんけんで負けた女の子達を連れてレンタカーで近くのスーパーに買いに行っていた。

「僕に聞くなよ」

「まあまあ。お肉は2センチ四方に切りそろえてお肉だけで串作って。そうすれば野菜と一緒にするより焼き具合が均等になるから。焼けたらバラしてね」

「カニクリ先輩さすがですね」

バニラのアイスクリームを食べながらカニクリの後輩がその様子を見ていた。

「メロスくん、アイス買ったの?」

カニクリはその後輩、渡来和紗わたらいかずさをちらりと見ると、メロスに鋭い視線を送る。

「いや、まあそうだね。買い与えました」

「その子に奢ってあげても徒労に終わるだけよ。鹿山さんと一緒でだから」

と小声で伝える。

「カニクリ先輩、聞こえてますよ。てゆか、梨世先輩と一緒にしないでください。私はあんなビッチじゃないんで」

後ろのユウキとマイが和紗に何かを知らせようとする。

「何か呼んだかな? 和紗ちゃん」

向こうのオトコ達の囲みをいつの間にか抜け出した鹿山さんが和紗の後ろに立っていた。

「呼んでないですよ。ここは椋木先輩とカニクリ先輩がやってくれるんで大丈夫ですって。バーベキューにそんなヒールで来るようなヒトはちやほやされてればいいじゃないですか」

「そうですねー。でも清純装ったひらひらのワンピで来るオンナもどうかと思うけどね」

「褒めていただいてありがとうございます」

この二人を呼んだのは誰だ。

と僕達は思っていた。

こんなに相性が悪いなんて思いもしなかった。

「あ、和紗。ミツさんが呼んでるよ。ユウキとマイも行ってきて。もう少しで準備できるからって」

洗い場から離れていく和紗達三人はミツさん達三人に囲まれておしゃべりを始めた。

「あの子、心理学部の後輩なんだっけ?」

「うん、鹿山さんごめんね。栄川先生の知り合いの娘さんで面倒見てやってって頼まれた子なんだけど、ミツさんがやけにお気に入りで」

「カニクリがそこまで優しいとは知らなかった」

「私もそう思う。ただ、栄川さんに頼まれたからにはさ」

カニクリが栄川先生から頼まれごとをされているのは何回もあった。

よほどお気に入りなのはカニクリの頭がいいだけではない、深い理由があるのかもしれない。

「何か、手伝おうか?」

と鹿山さんは言った。

「ん? だったら肉を串に刺して。椋木くん」

「え? あ、鹿山さんこれを刺して。四個ずつ」

彼女は僕の隣に立つと、

「うん。わかった」

と僕が渡した鉄の串に肉を刺し始める。

「椋木くん、今日さ」

彼女の髪が揺れるたび、甘ったるい香水の匂いが隣にいる僕に届く。

「何か、いつもより服かっこいいね」

そっと僕にだけ聞こえるその声は、耳の奥をくすぐる。

「………ありがとう。シズクが選んでくれてさ」

まるで服に着られてるような居心地の悪さ。

シズクはそんな僕を見て、似合ってる。読者モデルみたい、と言って喜んでいた。

「そうなんだ。シズクと、———付き合うことにしたの?」

「———うん。何か、いろいろと迷惑かけてごめん」

「迷惑? 全然。二人はお似合いだからなー。シズクはセンスもいいし。椋木くんがいつもの何倍もかっこいい」

もう一度、彼女がいつもと違う表情でそう言ったから、僕はその長いマツ毛の横顔を見つめずにはいられなかった。

「ん? どしたの?」

「いや、何でもない」

この思いは何なんだろうか。

その横顔をずっと見ていたいとか、そばにいたいとか、思ってしまうこの一瞬を恋だというのなら、

「………椋木くん」

これは恋なんかじゃない。

きっと恋なんかしていない。

何て言えばいいか、そう、ただの憧憬だ。

雨上がりの虹の根っこを探すような、夜空の星に手を伸ばすような、ただの憧れ。

「———今、幸せ?」

どれだけ走ったとしても、どれだけ手を伸ばしたとしても、それには手が届くはずがないんだから。

「———うん。幸せだよ」

「そっか。お幸せに」

完成した肉の串を持って鹿山さんは歩いていった。

「鹿山さんもね」

と、僕は彼女の背中に投げかける。

どうにもできない、胸のもやもやを、頭の中のいら立ちを、何にも表現できずに我慢しながら。



***



ミツさんが発案した突発的なバーベキューは準備不足のおかげで昼をだいぶ過ぎてから食べ始めることになった。

周囲では食べ終えた他のグループがまったりと過ごしている中で、全力で肉を喰らう肉食系のオトコどもとマイペースにタマネギを食べている椋木くんを見比べていた。

「椋木くん、野菜ばっかりだとお肉なくなるよ」

と私はほどよく焼けた肉を、お節介とわかっていながら皿に乗せてあげる。

「ありがと。カニクリは食べないの?」

「お肉? 私は肉食じゃないから」

売れ残ったカボチャが網の上で焦げ始めていた。

私はそれを拾い上げ、そのまま少しかじってみる。

カボチャ本来の甘みが、———いやそんなことはほとんど感じられなかった。

「………昨日、シズクからメッセ来たよ。椋木くんとヨリ戻すからって」

だから手を出すなよ。

シズクは裏側できっとそう思っている。

そういう人付き合いのわずらわしさみたいなモノが、最近ひどく億劫おっくうに感じる。

それでも、それらの際たる恋愛から随分ずいぶんと遠ざかっていた、というよりは意図的に遠ざけていた状況から少しずつ変わってきているのを自分で理解していた。

「ねえねえ、梨世ちゃんの好きなタイプってどんな?」

「えー、チャラいヒトかな」

それもこれもコイツのせいかもしれない。

「チャラいヒトが好きなの?」

「うん。だってチャラいヒトってオンナの扱いになれてるでしょ? だから優しいし、マメじゃん?」

鹿山梨世が椋木くんの周りに現れてから、私達の距離感は少しずつ変化してきている。

友人のままでいられたのが、そうではいられなくなっていた。

「だったらチャラいオレ達三人の中で、誰が一番タイプか選んで」

「じゃあ、ミツさん———」

「マジで!?」

「———は、とりあえずなしで」

「えー! 梨世ちゃんひどいよ!」

「ミツさんはそういう役回りなんですよ」

「だったらオレ、ヨウスケとコイツ、マサヤのどっちがタイプ?」

医大生でサロン系モデルのヨウスケと法学部の渋谷系で色黒のイカツいマサヤ。

「えー、どっちも選べなーい」

このいら立ちは何だろう。

「今のアンタ、マジウザいよ」

私はバーベキューグリルの向こう側にいる鹿山さんに思わず言ってしまった。

「出たよドS発言。カニクリひどくなーい?」

「ひどくないでーす」

その場の凍り付きそうな空気をものともしないで笑いながら鹿山さんが返すから私もついつい言い過ぎてしまう。

「カニクリちゃんかわいいのにドSなんだ。意外だな」

医大生のヨウスケがはにかんだ笑顔を見せた。

さすがオンナ慣れしている。

必ず一つは褒めてくる。

「梨世ちゃんは? S? M?」

もはやSでもMでもどうでもいい。

「私は、Mかなー」

法学部のマサヤに鹿山さんは素直に答えた。

「だったらオレとかマジ合うんじゃね? オレ結構Sだよ」

「ほんとー? でもね、とりあえず命令口調なのは嫌かな。興味ないヒトに言われても内心、ちげーよ。オマエに言われても何も感じねーよってなって私の中のSが目覚めるよね」

オトコにかまわれてさえいればいいのかと思っていたから、その答えは鹿山さんらしくない気がした。



「じゃあさ、ここに男が五人います。結婚するなら誰で、恋人にするなら誰で、あとセフレにするなら誰か」

用意した食材を食べ終えてお酒の勢いでさらに饒舌じょうぜつになるオトコ達三人。

そこに加わっている鹿山さんと和紗を横目に、私は今後の講義について質問してきたユウキとマイに椋木くんと一緒に説明しようとしていた。

その矢先、ヨウスケの提案で私達までその会話に巻き込まれた。

今度栄川先生の部屋に来て、と私は二人に伝えた。

「じゃあ、最初にカニクリちゃん。誰を選ぶ?」

何を考えているのかわからないヨウスケが私を指名する。

「興味ない」

私が空気も読まずに言い放つと、

「はいはーい! 和紗が答えまーす」

すかさず和紗が名乗り出た。

「和紗だったら、恋人がヨウスケさんで、セフレならマサヤさん、それで結婚するなら、椋木先輩かな」

予想してなかった名前が出てきて焦ったのは私だけではなかった。

「和紗ちゃん、椋木くんに興味あったの?」

梨世がヨウスケ達よりも先に声を上げた。

「えー、どっちかっていうとないですけど、椋木先輩って優しいじゃないですか。だから結婚しても甘やかしてくれそうだなって」

「そんな理由かよ」

私が想わず言うとみんなが少し笑う。

「梨世ちゃんは? 誰がいい?」

鹿山さんの隣をキープしているマサヤに聞かれると鹿山さんは気まずそうに、

「恋人がヨウスケくんで、セフレがマサヤくんで、結婚するなら、椋木くん………」

だんだんと消えていく声で言った。

「和紗と一緒じゃないですかー」

「別に狙って一緒にしたわけじゃないし」

「ほんとですかー?」

そのやり取りを困り顔で椋木くんは見ていた。



オトコっていう生き物はどうしてこうも品のない武勇伝をこうも高らかに語れるのか。

「んでヨウスケの元カノがイツメンの中にいんだけど、宅飲みしてる時に盛り上がっちゃったらしくてさ、オレが寝てる部屋のドアに手付いて立ちバック始めやがってさ」

「それでマサヤが壁を思いっきりたたきまくって穴あけるっていう」

そんな話をキャーキャー言いながら聞いてあげている鹿山さんと和紗達三人もよくやってると思う。

私だったら数秒で無言のままいなくなる。

というか私はもうそのグループから離れて、一人で片付けを始めていた。

あと一、二時間で日が暮れる。

そうなる前に終わらせたかった。

「私、生理不順でピル飲んでるんですけど」

「だったらヤリまくりじゃん」

今度は和紗までが下ネタを話し始めた。

「そうなんですよ。で、セフレとヤったあとに顔とか体とか、じんましんが出ちゃって。最初は気にしなかったんですけど次もその次もあとから出てきて。ヤバいから病院行ったらタンパク質の過剰接種って言われたんですよ」

オトコ達は爆笑していたが、ユウキとマイはきょとんとしていた。

「顔も口も中にもいっぱい出されすぎてヤバかったんですよ」

正直、オンナの下ネタのほうがグロい。

カレシの大きさがどうとか、演技してるのに気付かないとか、早すぎるとか。

「カニクリ、あの子のこといいのか?」

椋木くんと一緒に洗い場まで食器を持ってきたメロスくんが尋ねた。

「もう手に負えないって言うか、どうしようって感じ」

「ああ、わかる気がする」

「メロスくんこそいいの? お姫様がオトコに甘えてるよ」

私とメロスくんの視線の先で鹿山さんがヨウスケにもたれかかっていた。

「私、今年イチ酔ってるー。私、ほんとは強いの。友達のイズちゃんに会ったら聞いてー。ほんとは強いのー」

一見清純そうな和紗とお姉系の鹿山さんが張り合っている。

椋木くんはその姿を見ないように無言で網を洗っていた。

「メロスくんも鹿山さんのことが好きなのかと思ってた」

「友達としてはだよ。だけどオレ、好きなヤツいるし」

「へえ、知らなかった。どんなヒトなの?」

「どんなヒトって、———手の届かない場所にいるヒトだよ」

「手が届かない? どういうこと?」

「住んでる世界が違うんだよ。昔は幼なじみみたいな関係だったんだけどさ」

「幼なじみ? その子も静岡の子?」

「いや、隣の家の幼なじみのいとこ」

「今は学生?」

「ううん。モデル」

「そういうことか。だから、あきらめるってこと?」

「あきらめるとかあきらめないとかじゃなくて、今のままじゃ同じステージにすら立てない―――」

初めてメロスくんが真剣な眼差しをしていた。

いつもここよりもどこか遠いところを見ているのは、その彼女のいる場所を見ていたからだったのかもしれない。

「その子が、最初にメロスって呼んだんだ。一生懸命走っているのがかっこいいって」

「ねえねえ、何の話?」

ほんとうに酔っているのか、酔っているフリをしているだけなのかわからない鹿山さんが現れた。

「メロスくんの小さい頃の話よ」

「ふーん。ねえ、椋木くん。お水ちょーだい」

「………はい」

椋木くんは無愛想に洗ったコップに水を入れて渡した。

「で、メロスはどんなコドモだったの?」

「ん? ガキ大将みたいな感じていうのかな」

「何それ?」

「ギャングエイジの典型例みたいなモノよ。同世代のコドモ達が徒党を組んで遊んだり行動したりする仲間の中心人物だったって話」

「さすがカニクリちゃん。頭よすぎてよくわからない」

それはそうだ。

今のはわざと難しく言ったのだ。

そんなろれつの回らないフリをしているようなオンナにちゃんとわかるように説明してやる義理はない。

「梨世ちゃん! 梨世ちゃんはさ、モテるオトコとモテないオトコのどっちがいい?」

ヨウスケが急にこちらへ走ってきてまたくだらない話をし出した。

「んー、モテないよりかはカノジョがいてもモテるほうがいいかな」

この鹿山梨世という人間を知れば知るほど湧き上がる感情は何なんだろうか。

そんな答えでは自分は浮気されることを自己肯定しているようなものではないか。

「ミツさーん! もう片付け終わるから帰る支度して!」

私は目の前で繰り広げられる自虐的な鹿山さんのトークを聞きたくなくて、その場から立ち去った。



***



「ちっとも楽しくなかった」

僕が駅前のベンチに座り込んでつぶやくと、でしょうね、とカニクリは笑った。

「今日は家でシズクが待ってるの?」

最近休みのたびにこっちに来ているシズクは週末だけ同棲しているような状態だった。

「あ、うん。肉食べさせろって言ってる」

「アイツ、お肉食べるんだ?」

「ちょっとだけね。すぐにいらないって言うけど」

「らしいね」

メロスの運転で帰ってきた僕達は、和紗達三人とヨウスケとマサヤを駅から見送ってから、レンタカーを返しに言ったミツさんとメロスを待っていた。

「ねえ、カニクリ。今日泊まってかない?」

コンビニのトイレから戻ってきた鹿山さんがカニクリの隣に座るともたれて甘えだした。

「何でよ」

「今日はイズちゃんがカレシとデートだから晩ご飯作ってくれるヒトいないんだよ」

「だったらヨウスケさん達と行けばよかったじゃない」

「嫌だ。だって好みじゃないんだもん」

「あんだけやっておいてよく言うよね」

「んー、友達でもそれくらいするでしょ?」

「どんな友達だよ。そもそも私は男女の友情なんて存在しないと思ってるけどね」

「そうかな。私はあると思うよ。椋木くんはどう思う?」

「僕も、あるとは思うかな」

「それは相手が恋愛対象じゃないからだよ。どちらかに恋愛感情があったら成立しない。オンナからすればあっても、オトコからすればそれは好意で愛情で性対象として見てたら存在できない。まあ、ただ結論は出ないままで話のネタとして議論を続けたいだけなのかもしれないね」

カニクリの持論が展開されるのを僕と鹿山さんが黙ってきいているとメロスとミツさんが戻ってきた。

「お疲れー。カニクリ熱く語ってたけど何の話?」

「男女の友情はあるのかって話。ミツさんはどう思う?」

「オレはその子が落とせなかったら友達になるかな。つーか梨世ちゃんってオレら以外に友達いないの?」

「親友って呼べる友達はいないかな。知り合いはいっぱいいるけど、友達はいない。てか、ミツさんは友達じゃないけどね」

「おいおい。失礼だな。オレは友達だと思ってるよ」

「それはそれはどうもありがとう。やっぱ男女の友情はないのかもね」

男女の友情がないのだとしたら、僕らのこの距離感を何と言えばいいのだろうか、と僕は鹿山さんの笑顔を見て思った。

「だけどないとしたら、友達以上恋人未満の関係もないってことなのかな。………何かもうわけわかんないからいいや」

「それは梨世の好意のレベルによって違うんじゃねえの? たまに会うくらいがちょうどいいとか、一緒にいて楽しいとか、毎日会いたいとか」

「メロスは毎日会いたいヒトいるもんねー」

「うるせーなー」

「いいよねー。そういう付き合う前のドキドキする関係がいいよねー」

「何言ってんだコイツは」

カニクリは相変わらずキツいツッコミをいれる。

「だったらさ、付き合う可能性がゼロでも友達として優しくしてたらいつか恋人になるってことなのかな?」

ふと思って僕が口を開くと、

「それってさ、可能性を期待しているほうからしたら辛いよね。ゼロのままで進展なくて、そしたら向こうに恋人ができるんだよ」

隣に座るカニクリがどこか先を見ながら話し出す。

「それでも、それでもだよ。好きになってくれる可能性がゼロだとわかっていても、どうしようもなく会いたくなったり何してるか気になったりしたら、それはもう大好きってことなんじゃないかな」

そっと僕を見たカニクリの瞳が潤んで街灯の光をゆらゆらと反射していた。

「カニクリ………」

僕はカニクリにかける言葉を見失っていた。

カニクリがそんなふうに思っているなんて知らなかった。

それと同時に、僕の中にも同じ気持ちがあった。

会えなければ、何をしているのか気になる。

会えたとしても、僕以外のヒトと話しているのはうれしくなくてついつい興味のないフリをしているのに気になっている。

ああ、僕は彼女が好きなのかもしれない。

いやきっと、これは好きだというのが正しい。

と、僕はカニクリの隣に座る彼女を見つめた。



***



なぜだろう。

彼女の繰り返す恋愛依存が、僕にはさみしいと駄々をこねているコドモのようにしか見えなかった。

そして、その対象の先に僕がいないことに、僕はさみしさを感じた。

僕はそのことをシズクには言い出せなくて、今日もまたその寝顔を見ながらつぶやいている。

ごめんね、シズク。



***



結局、カニクリは泊まってくれた。

有り合わせの食材で軽い食事を作ってくれる彼女を私は、友達と呼んでいいのだろうか。

そして、椋木くんは私のことを友達と思ってくれているんだろうか。

それとも私を、救いようのないビッチだと思っているのだろうか。

そんなことを考えると眠れなくて、私は嫌そうに同じベッドに入ってくれたカニクリを起こさないようにベランダから見上げる月に祈った。

どうか彼が私のことを———

けれどその先を思うことすら、私には躊躇ためらわれた。

そう思う価値が、私にはないから。

こんな私が彼を、好きになってはいけないと思ってしまったから。



***



「何で付き合ったんだろう」

「何を好きにだったんだろう」

「眠れない夜にキミのことを思うと、とても胸が苦しくなる。これはきっと———」

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